ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#7 Centipede『絶影』6



 グレーテルが違法人造人間を両断したころ。

「間に合っ、たぁぁぁぁぁ!」

どばーん!と。

朝のカフェの扉がかわいそうなぐらいの勢いで開け放たれ、

客と店員たちは一体何事かと一斉にそちらを振り向き、ナオは肩で呼吸をしている。

はっ、と我に返ったナオは紅潮した頬を更に赤く染め、そそくさと席を探す。

そして、見つけた。


今日デートする相手が…一茶が座っている席を。


一茶はナオと視線が合うと、ふ、と微笑んだ。

ナオがぼふぁんと蒸気のようなものを頭のてっぺんから噴いたように見えたのは錯覚だろうか。

トマトと張り合える程度にもっと頬を赤く、むしろ紅く染めた純情少女は気恥ずかしさのあまりうつむきながら一茶の前に座る。

「…えと…ごめんね、待った……?」

「いや、俺もさっき来たところだし」

一茶は平然とした様子で返答する。

しかしナオは自覚があるのかないのかあーうーと言葉にならない何かを発し続けている。

彼女にとっては、全てが夢物語のようだった。

昨日の告白直後、幸せ通り越して訳分からなくてあわや気絶しかけたところを一茶に支えてもらって

更にそれで気絶しかけてまた支えてもらって…のループを数分間ほど繰り返し、

昨夜はいつもより早く寝ようとしたもののさながら遠足前日の小学生のように全っ然眠れず、

自ら取り付けた約束の時間に遅れそうになるほどに。

だが、こうして一茶の声を聞き、現実なのだと改めて実感する。

丈の長いワンピースにカーディガンという私服のナオはおずおずと視線を上げ

Tシャツにパーカー、チェーンのついたジーンズという格好の一茶をみて、二人の視線が合う。

滅多に外されることのない一茶のイヤホンは、今は肩にかかっている。

「何か頼む?」

いつも通りの口調で彼は言う。

「…………………えと、…じゃあコーヒーで……」

いつにも増して小声で言う16歳の内気な少女。

そして、彼ら二人は気付いていないが、確実に入口付近の席から彼らを監視する視線があった。

花粉防止用マスクに安物サングラス。おそらく変装はしているつもりではあるのだろうが。

それはどう見ても、ユナと金髪の少女の二人だった。

これで気付かれないと思ったのも中々なものだが、気付いていない二人も相当である。


土曜日午前8時過ぎ。恋する乙女の戦いが始まった。






「謎の団体、か」

 そのすべてが氷で形作られた巨大な空中船は朝の空を漂う。

ブルゥと十六夜は紅葉舞う庭園に佇んでいた。

「断罪者本部が陥落したようですね」

十六夜はあくまで冷静な口調で言う。

「どう思う? 十六夜さんよ」

「聞くところによると、連中は『人造人間の根絶』するために

 『デウス・エクス・マキナ』の完成を目的に掲げている…とか」

「…『Deus ex machina(機械仕掛けの神)』か」

ブルゥは紅葉の樹を見上げた。

「古代ギリシアの演劇に於いて、突如に降臨し強制的に物語を解決に導くもの……」

「一体、何を示すのでしょうかね」

「さァな。『地上のすべての人造人間を暴走させる巨大な端末』とかじゃねェの?」

ブルゥは紅葉の樹に寄りかかる。

ほんの少し、サングラスの奥の鋭い眼光が十六夜を捉えたように見えた。




「てめェらに『トリガー』を渡してきたのは

 『紫電スパイダー』の電磁波を解析して、人造人間が暴走するように勝手に応用したそいつらなんだろ?」




「…はて。何のことでしょうか」

十六夜は表情を変えようとせずに冷静に返答したが。

常人なら気付かないほどのわずかな声の震え。

それをSSSランクオーバーの『氷華スコーピオン』は見逃さなかった。

「トボけてんじゃねぇぞ」

ブルゥは樹に寄りかかることをやめ、十六夜に歩み寄る。

「悪ィが、テメェの脳の電気信号を、記憶を読み取った『紫電スパイダー』から全部聞いたぜ。

 そいつらに口止めされていた事もな」

SSSランクをオーバーするUnknownの一体、『紫電スパイダー』は電子を操る。

その能力は雷から見えない電磁波にまで姿を変え、

あまつさえ電気信号を読み取ることで相手の脳内を読み取ることまで可能。

「…だから、前にも言ったろう。

 私達はあの茶髪の老人達に脅されていたんだ。断罪者本部を壊滅させるような奴等にな」

「の割にゃァ、随分と快く引き受けていたみてェじゃねぇか?」

「…………ッ!」

「誤魔化しは利かねェぞ」

十六夜の前に立ちはだかるブルゥ。その声はまるで氷のように冷徹でありながら、確実に怒気を潜めていた。

「私は、世渡り上手なのですよ」

「…あ?」

ひきつったように笑みを浮かべて、十六夜は不気味に声をあげて笑いだす。

「ボタン一つ押すだけで作動する端末を売り捌く。そうするだけで売り上げと報酬、一挙両得の利益だ。

 所詮機械の人造人間をどう扱ったところで天罰など下るまい?」




「もっぺん言ってみろ、屑が」




風を切り裂く轟音と共に。一瞬にして、屋敷が、庭園が、船が。氷の槍の山と化す。

それらの一部が、十六夜の腕に脚に腹に胸に首に突き刺さったのは最早当然だった。

「がっ…はァ……!?」

人造人間は、生身の人間を殺せない。

つまり、殺さなければ何をしてもいいのだと。それはいつぞや別の場所で深紅の髪の人造人間が言っていた事だ。

「テメェはもう用済みだ」

急所さえ外せばたとえ全身を貫こうが、

「天罰は下らねェ? だったら今此処で喰らえ」

たとえ氷漬けにして半永久的に冷凍保存しようが。


上空の巨大船は、乗員の全てを巻き込んで大きな氷細工の花と成り果てた。

美しく、そして冷徹な。