ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#7 Centipede『絶影』5



 AM8:15分。ビルの屋上からビルの屋上へと緑色の髪の少女が疾駆する。

少女の服装は、黒いブレザーに白いロングスカートという服装。左手には刀を携えている。

ベールと呼ばれるSランク人造人間の彼女が今追っているのは、違法人造人間。

とは言っても『紫電スパイダー』や『氷華スコーピオン』などの用に推定スペックランクがSSSをオーバーしたものではなく

せいぜいAランク相当といった程度の違法人造人間である。

Aランクといえば、断罪者のメンバーに相当するランクなのだが。

なので危険であることには変わりない。

ベールは逃亡する標的を追跡する。同じく、ビルからビルを飛び移る違法人造人間を。

だが、このままでは次のビルへ飛び移ることのできない大型交差点に出ることは明確。

つまり標的を袋小路に追い詰めた形になる…訳ではない。

むしろ人ごみに紛れるか、一般人を人質に取るかの形になる可能性がある。

人ごみに紛れられては迂闊に戦闘に及ぶわけにもいかない。

今から一般人を避難させたのでは間に合わないし、朝のこの混雑した時間帯ではパニックになる恐れもある。

やはりSSランクであるルージュが抜けた穴は大きい。

だが、その代わりに大きな勝算はあった。

「グレーテル、お願いします」

「らじゃー」

ベールが小さくつぶやいて、直後に気だるげな返事が返ってきた。

一陣の疾風がベールの横を駆け抜けて、その少女は屋上に足をつくこともなく一直線に標的に向かう。


そして、がぎぃん!と大きな金属音を立てて違法人造人間は巨大なノコギリを振りぬいた少女に両断された。


二つになった違法人造人間が路地裏に落ちていく。

グレーテルもそれに伴ったが、地面に激突する寸前でふわり、と衝撃を和らげ着地した。

「…一丁上がりー」






「まず一つ目の取引は情報交換」

「情報交換?」

 昨日夕方、断罪者本部。

一馬が持ち出した取引の内容とは、文字通りそのままだった。

「そう。『紫電スパイダー』に関する情報の交換だ」

ロビーのソファに腰掛けた、透とベール、そして一馬と『絶影セントピード』グレーテル。

「あんた達が少し前に、奴と遭遇したって噂を聞いてね。

 俺たちもちょっとした事情があって奴を追っているんだ」

「で、私たちがその時入手した情報と裏社会の住人である君たちが知り得る限りの『紫電スパイダー』の情報を交換しろ、と」

「ご名答」

ぴっ、と一馬は透を指さす。

だが、ベールの返答は

「ダメです」

無論こうだった。

「いきなり手厳しいな。どうしてだよ?」

「多々理由はありますが、何よりあなたたちが味方であるという保証がありません」

「確かにな」

「いやそこは否定してくれよグレーテル」

グレーテルはむしろふんぞり返っている。

なんというか、行動の一つ一つが善悪を判断できるようになる前の子供のようだ。

言われなければ、この少女がSSSランクオーバーの人造人間だとはだれも思わないだろう。

「それともう一つ。さっき『一つ目の』と言っていましたが、それはつまり二つ目以降の取引もあるということですね」

「まぁな。ただ、これは確実にあんた達にとってメリットになる。保障してやるよ」

全員の視線が一馬に集中する。一馬はわざと一呼吸置いてから、




「俺たちとこの断罪者本部の共同戦線だ」






 そして、今。この状況に至るわけである。

両断され、落下の衝撃で破片をまき散らした違法人造人間。その横に佇むグレーテル。

少々遅れてベールも到着する。

『一時的に断罪者の活動を援助し、断罪者メンバーと行動を共にする』。

透がこの提案を受け入れたのにはいくつか理由があった。

まず一つ、純粋に今の断罪者本部にはあまりにも戦力が不足していること。

戦力を本部の自衛に回せば市井の事件に対応できず、

市井の事件に対応しようとすれば本部が攻め入られたときにあっという間に陥落する。

そこにSSSランクオーバーの人造人間が助っ人に来ると考えれば、これほど都合のいい話もない。

二つ目に、彼らを監視下に置くことで動向を探り、下手に動かさないようにするため。

『裏社会の頂点』と『SSSランクオーバーの違法人造人間』が自ら監視下に加わる、これもまた都合のいい話である。

裏切る、という可能性は敢えて透は考慮に入れなかった。

その気なら、最初から今の断罪者本部を潰すことなど造作もなかっただろうから。

そして、本来問答無用で破壊しなければならないのに『グレーテル』を破壊しなかった理由。

「早く帰るぞ。私の腹はぺこぺこだ」




それは、グレーテルが『人造人間』ではなく『改造人間(サイボーグ)』だったからに他ならない。

つまり、一部が機械の体でありながら彼女は生身の人間なのだ。




その理由もまた、彼女が『紫電スパイダー』を追う理由に関連する。

『一時的に断罪者の活動を援助し、断罪者メンバーと行動を共にする』。

この条件を呑むにあたって、結局透たちは彼らに『紫電スパイダー』に遭遇した際の情報を提示した。

そしてそれと引き換えに、一馬たちが透たちに手放した情報。それは―――