ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#9 Death『死神』後篇3



「中々粘るもんだね。流石は断罪者本部のエース達、ってとこかな」

 敵と味方が展開する弾幕に掠ることさえなく、透は目の前の戦場を眺めている。

うすら笑みを口元に浮かべながら。

爆風が起こるたびに白衣が翻り髪が揺れるが、しかしその被害は絶対に受けない。

まるで事前に予測でもしているかのように、歩いて逐一位置を調節するだけでその全てを回避している。

「でも、それがいつまで続くもんかね?」






 白い棒状のものが、幾つも一直線にノワールに襲いかかる。

しかしノワールは『絶対射程』を応用しその全てを一つの動作で、

つまり思い切り地面を蹴り前へ飛び出すことでかわす。

真っ直ぐ三日月に向かって走りつつ、ほぼ一瞬で狙いを定めてライフルの引き金を引く。

しかし。

三日月が片手を振る動作。それと同時に三日月の前に丁度人一人分程度の白い壁が顕現し弾丸を遮る。


「…かかったな」


次の瞬間、三日月は眼を見開いた。

弾丸が壁に着弾すると同時炸裂し、金属製の網を展開したからだ。

捕縛用の弾丸である。

加えてこれにも、『能力無効化』が組み込まれている。

故に弾数は限られているが、その分有効であることは言うまでもない。
白い壁は砕けるように消え去り、網が三日月を捕えた。

『絶対射程』。戦闘開始から戦闘終了までを瞬時にシミュレートし、それを正確に実行する能力である。

「くぅっ………!」

身動きがろくに取れなくなった三日月はまだ抵抗しようとするものの、

網に触れた瞬間に消え去る彼女のクリアではこれを破壊する手立てはない。

ノワール自身を攻撃しようとするも、彼はそれすら『絶対射程』で計算済みである。

SSSランク相当のSランク。その実力は惜しみなく発揮されている。






「南西からのクリアによる敵の弾幕展開を迎撃。南南西上空の敵機を真空波で攻撃、北方上空に真空波を展開。

 北西に二発の真空波を。西方からの敵の弾幕を迎撃後、敵機を攻撃。更に追撃し更に敵機を撃墜してください」

 ローズの『道標はこの手の中に』と、ルージュの刃。それらが合わさり、今や彼ら二人は小さな要塞と化していた。

真空の刃が白いグライダーを撃ち落としていく。

だが一向に数の減る気配を見せない。

攻撃だけではなく、迎撃もこなさなくてはならない。しかも360度の包囲網。

その状況でここまでの均衡を保っていること自体が通常ではあり得ないことなのだ。

しかし彼らの瞳は意を決し、されど負ける意思は微塵も入っていない。

背中合わせに、白いグライダーが飛びまわる青空を見上げてただひたすらに戦う。


そして次の瞬間である。飛行機のような轟音。彼らの視界に巨大な、ガラス細工のような花が飛びこんできたのは。


それは屋上に影を落とし、周囲に今までとは別の風向きの風をもたらす。

巨大な花はひとりでに粉々に砕け散ると、その破片をキラキラと撒き散らす。

やがて。

白いグライダーに生身の人間に。触れたそばから触れた部位を見境なく凍結させていく。

「これはッ……!?」

「この能力…まさか……!」

綺麗な氷の破片の雨より上。


ガラス板を無造作に切り取ったような足場の上から、

茶髪の少年と『氷華スコーピオン』ブルゥがルージュたちを見下ろしていた。


「『氷華スコーピオン……!』」

「よォ。久しぶりだな」

黒い羽織と蒼い髪。SSSランク相当のUnknown。

一度はルージュが退けた相手である。が。

「仮にも俺を倒した奴がこの程度で苦戦してんじゃねェよ」

それは、彼が巨大船を維持しながら戦っていた時の話。


ブルゥは何の動作も見せなかった。
しかし、彼から冷気のようなものが周囲に発せられた瞬間、全てのグライダーは凍りついた。


「な……!?」

凍結し、連結していく。それは10秒にも満たないうちに断罪者屋上周囲を氷細工の世界に変えた。

「ここでやられんじゃねェぞ、紅い髪の。オマエは俺達の計画には必須なんだよ」

「………!? それはどういう事です!?」

「詳しい説明は後だ」

自身の凍結を免れた、グライダーに乗っていた人間達がグライダーを放棄し氷の足場に、白い足場に降り立つ。

一気に白兵戦を仕掛ける気だ。

「まずは露払いだろうが!」

周囲に再び、冷気が奔る。

ただし今度はブルゥに向かって。

凄まじい圧縮度で、みるみるうちにカタチを形成するそれは、彼の異名の由来である。

巨大な氷の蠍は重い音を響かせて屋上に降り立った。

「行くぞ、オラァァァッ!!」

鋏が振り回される。針が連弾する。その脚で猛進する。

その蠍が触れた場所から氷の柱が聳え立つ。

硬度も破壊力も機動力も、以前ルージュが相対したときとは比べ物にならない。

暴君が猛威を振るっている様相であった。


そして、今度はルージュ達の右方。下から極太の、紫のレーザーのような直線が噴き出した。


ブルゥの氷と三日月の装甲。その二つが折り重なった足場を易々と貫通し。

とん、という音と共に何も無い上空に降り立ったのはほかでもない。シオンしかいない。

同じSSSランク相当のUnknownであるグレーテルと相対しながらも、傷一つさえ負っていない。

そして、彼女の姿はない。

それはシオンの完全勝利を意味していた。

『氷華スコーピオン』と『紫電スパイダー』。かつて立ちはだかった強大な敵。

それが今は、ルージュにはこの上なく頼もしく見えた。



その次の瞬間。ローズの右目が、ノワールの右腕が、ルージュの左足が突如として爆発を起こした。




悲鳴さえもあがらない。あまりに突然すぎて。

爆発の勢いでローズは吹っ飛び、ノワールの右手にあった銃はがしゃん、と音を立てて落ち、

ルージュが倒れるその瞬間。

彼は自分を見ながら、引き裂くような笑みを浮かべる透を見た。

その手には、何かの端末が握られている。