ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#4 Defeat『敗北』1



 銀色の掌が視界を覆った瞬間、ルージュは高い金属音と共に吹き飛ばされた。

「―――ッ」

 ルージュは体勢をたてなおし、口元を拭う。


その瞬間に、既に紫電スパイダーはルージュの目の前に居た。


「…っ!」

次は白銀を纏った蹴りをルージュの腹部に叩きこんで、さっきよりも吹き飛ばす。

紅葉の木に叩きつけられ、座りこもうとして、しかしルージュは倒れまいと耐える。

紫電スパイダーは軽く手を振る。その腕も脚も銀色に染まったのは一瞬だけで、今はもう元の漆黒。

「…さっきまでの自信はどうした? …いや、蛮勇と言うべきだったのか?」

「黙れっ……!」

 虚空に向かって、全力で腕を振る。

生み出された真空の刃が紫電スパイダーに襲いかかる。が。その行動を読んだかのようにそれよりも早く動いてはかわされる。

横に跳んで、紫色の髪を揺らして、しかし、感情はまるで一切動いていないかのように。


 ―――本当に、お前は一体何者なんだ!?

突然現れ、突然消え、思考を読んで、こちらの動きを束縛して、オリハルコンの刃を遮るまでに硬化して。

そして、何よりも―――


「……お前の目的は、一体何だ?」

 ルージュは、真っ直ぐに紫電スパイダーを見据える。

対する漆黒の人造人間の漆黒の表情は紫色の六眼は、何も示さない。

「人造人間が暴走している原因はお前なんでしょ?」

「…その通りだ」

紫電スパイダーの返答には表情が無い。

「どうやってかはこの際訊かない。どうせ後で訊き出すつもりだ。

 ボクが訊きたいのはどうして、そんな事をするのか」

ルージュは真摯に睨みつける。

紫電スパイダーの表情は、何も示さない。

「暴走された人造人間は処分されるしかない。それは知っている筈だ。

 お前も人造人間なら、どうしてわざと仲間を壊すような、壊させるような真似してるんだよ?

 どうして、そんなことができるんだよ」

尋ねるルージュの表情は、あまりにも悲痛。

紫電スパイダーは無表情のまま。

無表情のまま、告げる。




「答えてやる義理はない」

 紫電スパイダーが腕を振った瞬間、紫色の高圧電流の線が幾つも空中を奔ってルージュを斬り刻んだ。




「―――ッ、が……ァ…っ!!」

一瞬のけぞった後に、ルージュは仰向けに倒れた。

「……興が削がれた。もう少し愉しめると思っていたのに残念だ」

ただ単純な破壊などではなく、思考を堰き止めて身体の芯を突き刺して引き裂くような一撃。

ルージュは、指一本動かすことができない。声さえ出すことも。

されど、混乱とダメージの中、ルージュはようやく理解することができた。


―――そうか。


「丁度良いな。ブルゥが作り出した雨雲を利用させてもらう」


消えることさえ可能で、現れることさえ可能で、思考を読むことさえ可能で、相手の動きを束縛することさえ可能で

異常な電磁波を放つ、紫電スパイダーの能力の正体を。


―――ヤツの能力は…紫電スパイダーの『クリア』は―――!!


紫電スパイダーが軽く指を鳴らす。小さい、紫色の電光のようなものが一瞬で空へと昇って見えなくなる。

「…やっと気付いたみたいだな。そう、俺の『クリア』は―――、」

仰向けのルージュだけでなく、ブルゥも十六夜も、霊零組の面々もその空を見上げる。




 突如雨雲に現れた雷の嵐は、まるで蜘蛛の巣のようにも見える。

「『紫電(バイオレット)』。電子操作だ」

轟音が鳴り響いて。淡い紫色の落雷がルージュを喰らった。




 閃光と爆音は辺りに烈風を巻き起こす。

地面をいとも容易く抉って、紅葉の木を巻き込んで何本かへし折るほどの衝撃。

ルージュは衝撃で浮かんだあと、今度はうつ伏せに地面に叩きつけられた。

人造人間だから、『痛い』と感じることは出来ない筈。

しかし受けたものが電撃だからなのか、ルージュはそれをどうしようもなく痛いと感じた。

 限りなく薄い薄い意識は、更にどんどん薄くなっていく。視界にノイズが混じり始める。

次第に、混じり始めたノイズの所為で、ルージュは伸ばした自分の左腕さえも視認することができなくなって、


「……へぇ。アンタも来たのか」

 不意に紫電スパイダーは振り返って、十六夜たちの背後からやってくる一人の人影に視線を移す。

十六夜とブルゥも振り返ったが、ルージュは動けずともその姿をわずかに捉えることができた。




 黒い髪と大柄な身体。自衛隊用の装備。

紅葉を踏み分けて来たのは、ノワールだった。


 ―――ダメだ、ノワール…。


ルージュの左腕はほんの少しだけ宙を掴んだが、


 ―――紫電スパイダーには、勝てない…早、く…逃げt―――





ピー、と、短い電子音とテレビを消すような音と一緒に、ルージュの機能が停止した。

左腕は、ネジの切れた人形のように沈んだ。




 落雷を吐き出した雲は割れ出して、星空がその隣片を覗かせている。