ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#9 Death『死神』後篇5



「ねえノワール、今日はとてもいい天気だね。

 ほら、雲一つない。

 人間って、こういうとき『すがすがしい』っていうのかな。

 ボク達って人造人間だろ? だから本当にそういう感覚なのかはわからないんだけど…

 なんか、風が気持ちいい気がするよ。

 …なんだか、カフェオイルが飲みたくなってきちゃったかな。

 ねえノワール、そう思わない?」


 ―――しかし、ルージュの目の前の鉄屑は何も返事をしない。






 戦火の中を氷の蠍が蹂躙する。

何が起こったのかを知らない訳じゃない。

死神が死ぬ一部始終を、仲間が殺された瞬間を、しっかりとその眼でブルゥは見ていた。

 だが、だからこそ、憤怒と困惑を撒き散らし、吼えて戦う。

それは鎮魂歌と呼ぶにはあまりに荒々しい。

蠍の鋏が振るわれ、蠍の尾が振り回され、氷の余波で容赦なく敵をなぎ倒す。

敵を。

こういうものだからこそ一人残らず消すと決意した、『敵(ニンゲン)』を。

氷細工の巨大な蠍は幾千もの華を咲かせ、美しくだが荒ぶる。

サングラスの下の眼光、人造人間のものである筈のそれに確かに憤怒と殺意は満ちていた。

 ダイヤモンドの様な装甲を軋ませた咆哮が響き渡り、周囲の全てを凍結させて砕いて、砕いて凍結させ。

青空からの惜しみない光をキラキラと反射させるその光景は、その感情にはあまりに眩しかった。






「なあ、ノワール…返事くらいしろよ。シカトは良くないよ?」

 ルージュはちょっと困ったように笑う。

ごくごく自然に、ごく普通に話しかけながら。

ノワールの残骸に向かって。

「ルージュ…ノワールはもう」

ルージュと一緒に磔にされたローズ。

クラスター砲が炸裂する瞬間は見えずとも、全てを理解していた。

響いた爆音と、その直前の優しい言葉で。

そのときの笑顔だって、容易に思い浮かべることができる。

そして、何が起きたかなんて理解などしたくもなかった。

だが、理解したことからは逃げられなかった。

「もしかして、スリープモード? はは、会話の途中で寝ちゃうなんてらしいなあ」

「ねえ、ルージュ…」

「でも、約束は果たせたのかな……」

「ルージュ!」


「わかってるよッ!」


ルージュは突如として、怒鳴り声を上げた。

びくり、とローズは肩を震わせる。

「…わかっているよ……」

あまりに機械らしくない行動の後で、やはり辿り着いた結論はそれしかなかった。

ローズだけではなくルージュもまた、理解したことからは逃げられなかった。

ノワールが大切な仲間であったことから。

「……、…わかってるよ」

「…ルージュ…?」

ノワールが生きていたことから。

「わ、か…っている…よ」

ノワールが戦っていたことから。

「…わかってる…y%’」

ノワールが笑っていたことから。

「わか、って$&%るy)O」

ノワールが■■■ことから。

「$%&(’)(I#$%{‘}*OI`}~(M」

目の前にあるものは、その残骸だという事から。

「……ルージュ…?」


『_____________』




羽根が溢れ出した。




混じり気のない白い、蝶のそれのような羽根。

ルージュの背から突如として現れたそれ。

それが噴き出したと同時に、ルージュを屋上に縛りつけていたものは消し飛び

ローズも横合いに吹き飛ばされた。

「あぅっ」

屋上を転がって、ようやく止まる。

そして、ルージュを見て、絶句する。

「―――ッ…!」

自ら光を放ち、その羽根の周りの空間が歪んで見える。

燃え盛る火炎の周囲が歪んで見えるように。

ルージュの左足の断面から白い焔のようなものが噴き出し、朧に足の様な形を形成する。

だが、ローズが言葉を失ったのは、ルージュの背から生えたその羽根ではない。

その足でもない。


殺意。

ルージュの表情を満たした、その意志だった。


見開かれた深紅の瞳が、捉えた。

縮れた長い茶髪の老人を。

この軍勢の中心人物を。

クラスター砲を撃った張本人を。

ノワールを『■■■』男を。

ノワールを『■■た』男を。

ノワールを『■した』男を。

ノワールを『殺した』男を。

嗤っていた茶髪の老人が威圧されたように怯んだ事を理解する為に割くキャパシティなど存在しなかった。

ズド!という轟音と共に、

辺りに熱風が奔って、

茶髪の老人が腕で目を覆い、

白い羽根はより一層サイズを拡大させ、

次の瞬間、ルージュは茶髪の老人の目と鼻の先に居て。




ローズは、ルージュの深紅の刃によって老人の首が撥ね飛ばされる瞬間を見た。




斬り飛ばされた瞬間の勢いで、首から上の無くなった体は後ろへ倒れていく。

断面から血が噴き出したのはその後で、

切断された頭部が屋上のコンクリートをバウンドして落ちたのが更にそのあとで、

そしてローズの視界に、体の半分から上が無いノワールが入って。

理解したことから、逃げることはできない。


「            」


だからこそ、ローズは壊れて。

だからこそ、ルージュは暴走した。

蝶のそれの様な形の羽根を一際大きく開いて。

生身の人間を殺した人造人間がひとつ羽ばたいて吼えた瞬間の熱風が、白い足場を粉砕して、氷の足場を消滅させた。

まるで、悪夢のようだった。