ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#5 Act secretly『暗躍』5



「……………!?」

 ルージュの腕と三日月との間を遮る『それ』は、突如出現した。

真っ白な大小の棒を束ねたような板のような『それ』。

空中に浮かんだそれは人造人間の馬力をもってしても微動だにしない。

「私の能力(クリア)を教えてやろうか」

三日月は宣言する。


「『王無き宮殿(フリーフォートレス)』。物質の構築と分解だ」






 光弾が宙を舞う。

「――――ッ!」

上層階の機械的な通路で、ベールはジャージを着た青年が放つ攻撃を素早く回避していく。

壁、天井、床。光の珠が着弾した場所はそのかたちに沿って溶けて無くなっていく。

耐久力云々の問題ではない。

恐らく光の珠が直撃すればベールも消滅した周囲の個所と同じ運命を辿ることになるだろう。

「ほらほら、どーしたぁ? 逃げてばかりじゃその内詰むぜ?」

『人造人間は生身の人間を殺せない』。だからベールが迂闊に攻め込めないことをわかっていながら男は挑発し、

「こんな風に、な!」

ベールの周囲を、光の数珠が包む。


「―――『能力無効化(スキルキャンセラー)』発動」


しかし、ベールが刀を逆手に持ちかえるように周囲を一閃した瞬間にそれらのものは弾けるように消滅した。

「…へぇ。オマエ、アンチクリア使いか」

青年は目を剥いて口の端を歪める。その口調は青年が場数をこなしてきていた事を示していた。

 クリアを無効化させる『アンチクリア』系の能力は希少である。

希少な獲物に巡り合えた高揚感を、青年は隠せない。

「…そういう貴方こそ奇妙な能力をお持ちのようですが」

「んぁ? ああ、これのことか…よ、っと!」

 青年は更に光の珠の連弾を放つ。

ベールは飛び退き、代わりに鉄か何かが融解するような音と共に床が球状に抉られる。

発動までの速度と攻撃の量も含めて、あまりに理不尽な威力だ。

クリア及びその技の発動までの速度と威力・量は反比例する。

かつてルージュが戦った『氷華スコーピオン』ブルゥなどが良い例だろう。

氷の槍の発生はほぼ一瞬だったが、『天譴の氷柱』の発動には少々の時間を要していた。

だが、この青年の光弾による攻撃は『速く、なおかつ複数同時に放つことができ殺傷力が極めて高い』のだ。

「その能力には何か代償がありますね?」

「…へーェ、やるじゃん」

 表情ひとつ変えないベールの問いに、青年は不敵に笑む。

「お察しの通りだ。でもなぁ、そのリスクによる優勢は期待しない方がいーぜぇ」

言った瞬間に、幾つもの光の珠がベールの周囲に発現する。

ベールは刀を構えたが、それらは直接ベールを狙わずに周囲の床をぶち抜いた。

床が崩落する瞬間、影響でベールの動きが一瞬止まる。

「俺、樹下円樹(キノシタエンジュ)の能力(クリア)は『自傷光威(ウロボロス)』」

その一瞬にベールの視界に入ったものは、光の雨が降り注ぐ瞬間。


「俺の寿命と引き換えに触れたものを消滅させる攻撃を放つクリアだ」


床や天井の一部が崩れ落ちる音が響いた。

「ベールっ!」

「余所見してんじゃねぇよ」

剣で斬りかかる黒髪の青年の一撃をノワールは銃身で受け止める。

が。

刀身は銃身に食い込み、

「マジかよ!?」

黒い機関銃を一刀のもとに両断した。がしゃと音を立てて二つになったそれが床に落ちる。

ノワールは後ろに距離を取ろうとするも、スーツ姿の青年は更に猛攻を仕掛ける。

「うぉ、うぉぉぉっ…わ、っと!?」

間一髪で回避するも、ノワールは何かに躓いた。

正確には、ベールと樹下との戦闘で床が抉れた個所に。

鋭い突きが。ノワールの額めがけて伸びる。

「貰った!」

剣の切っ先が貫いた。


ただし、ノワールの腕を。


「なッ……!?」

ノワールは自らの腕を盾の代わりにしたのだ。人造人間なので無論痛覚など無い。

「貰ったァ!」

ノワールは腕を勢いよく振り、剣をへし折り、その余波でスーツの青年の顔面に裏拳気味の一撃をお見舞いする。

うめき声をあげて吹き飛ばされるスーツの青年。

ノワールは腕から突き刺さった刃を引き抜く。

「さぁて、次はテメーだ」

コートから二丁の長銃を取り出しそれぞれ両手に構え、樹下の方を向く。

樹下の表情は、不敵に笑んでいた。

「…? 何がおかし…」

 ノワールの背後から、誰かが立ち上がる音がする。

それの発生源はスーツの青年以外に誰がいるだろうか。気絶していないことに驚いたノワールは背後を振り向いた。

「野郎、まだ―――!」

板のようなものに、ボタンがついたような装置。

スーツの青年が手に持っているものを見て、ノワールは眼を見開いた。


「―――なあ、『トリガー』っての、勿論知ってるよな?」


ノワールは『能力無効化』を発動しようと、、胸元のバッジを押そうとした。

が、間に合わない。

戦闘能力こそずば抜けてはいるが、ノワールはSランクである。

そして今現在、人造人間の暴走はSランクまで確認されている。






 ベールは先程の階を落ちて、二つほど下の階に居た。

『能力無効化』の発動さえ間に合ってしえば、人造人間なので二階程度の落下の衝撃は苦にもならない。

「とにかく、先程の場所に上がらなければならないと判断しました」

ベールは非常階段の方へ駆けだそうとする。

その時、瓦礫の山の上に誰かが降り立った音がした。

一瞬敵かとベールは警戒したが、振り返ってその影がノワールであることを確認する。

「ノワールさん、敵は―――」

ベールが訊こうとして。




銃声とほぼ同時に、ベールが携えた刀が弾き飛ばされ空中を舞った。




「―――え…?」

表情こそ変わらないものの、ベールは明らかに動揺した。

『ベール、迂闊に接近してはダメです!』

「ローズさん?」

ベール以上に動揺を、焦りを隠せないローズの声がイヤホンから響く。




「今のノワールは…暴走しています!」




 本来暴走した人造人間を介錯する事が役目の死神。
今はそれ自身が今暴走し、両手に長銃を携えてベールとの距離を一歩一歩詰めていた。