ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#11 Mayfly『煉獄』後篇1



 瞬間。廊下の床が抉れた。

焦げ茶色の髪の人造人間の拳が叩きこまれたのだ。

後ろに跳んで、事も無く一撃をかわしたブランシュ。

「やっと本性を現したわね、限前透!」

「…ふむ。いつから気付いていた?」

 背後から足音と声。

ブランシュが振り向かずとも、そこに透が居ることは容易に把握できた。

「少し前だよ。

 私が破壊されかけて、ノワールに助けられたあの日……

 あの日の後、少し気になったことがあってそれから色々と調べてみたの」

「ほう、何をだ?」

「あたしの仲間達が、暴走した原因よ」

ブランシュは透の方を振り向いた。

「何故それまで疑問に思わなかったのか、逆に不思議だった」

曲がりなりにも『断罪者』は、総じてスペックの高い人造人間が集まる集団である。

「なぜここまで断罪者の人造人間の暴走率が高いのか」

断罪者の人造人間が暴走することは、決してない訳ではない。

だが、本来その可能性は極めて低い筈なのである。

「よくよく調べてみると、あたしの仲間達が暴走した状況には二つの種類があったの」

何故なら、暴走するよりも前に、その元凶に対抗するプログラムが……

更に正確にいえば、

ウイルスが侵入した場合にはウイルスバスティング用のプログラムが、

有害な電磁波を感知した場合にはその電磁波を解析し、こちらからシャットダウンするシステムが。

状況に合わせて発動するようにプログラミングされているから。

断罪者の人造人間に使用されているそのプログラムの名は、

「『ステルスキーパー』」

 発明者である透の名前をもじった、世界でも最高峰とされる高度なセキュリティプログラム。

「この超高度なプログラムに干渉出来るのは、私のデータベースには二人だけ。

 その一人は限前透、あなただ。作った本人が破れないシステムなんて存在しないもの。

 どれだけ高度なセキュリティかなんて、あなたには関係なかったのよ」

「…ほう」

「まだある。何故ここまで多くの断罪者が暴走していて、世間一般からの『ステルスキーパー』の信頼が落ちていないのか。

 つまりこれだけ多くの人造人間が破壊されていながら、あなたが未だ『断罪者本部長』の座に居られるのか」

 なぜ、『断罪者』の任務は秘密裏に行われなければならないのか。

それは、『人造人間が暴走した』という事実を『無かったこと』にしてしまうため。

 なぜ、これだけ多くの暴走事件が発生していながら『断罪者』は政府からの信頼を得ているのか。

それは、『人造人間が暴走した』という事実が『無かったこと』になっているから。

「事件を起こすことが可能なのはたったの二人。

 そして、事件を起こすのと『その事件の隠蔽』が可能なのはただ一人―――


 ―――それが限前透、あなただ!」


「……見事だ。たった一人でそこまで辿り着くとはね」

 透はクックックック、と嗤いながらも拍手によって惜しみない賞賛をブランシュに送る。

「正確には、あたし一人じゃないのだけれどね」

訝しげに目を細めた透を見て、うっすらと口元を歪ませるブランシュ。

「『紫電スパイダー』」

それは、今日ここに来るとされている人造人間の通称。

しかし、

「彼が今日ここへ来るっていうのは、嘘なんでしょ?

 本当のことを全て知ってしまったあたしをここに一人でおびき寄せて始末する為の」

透は無言のまま。しかし確かにその表情はまた不快感を示すものへと変わった。

「さっき言った『あなたのプログラムを看破できる存在』のもう一人であり

 世界でたった一人あなたのクリアから逃れられる人物。

 彼がね、ヒントを与えてくれたのよ」

透は一つため息を吐いて。

「…私より『紫電スパイダー』の方が信頼に足るとでも?」

「あたしは、あなたの目的も『紫電スパイダー』の目的も知ってる。

 あなたが人造人間を破壊させるのも、その目的のためだっていうのも」

 その上で。

片や、人間を滅ぼすことさえ出来る『ブラッドエッジ』の発動を目的に掲げ、

片や、人造人間を滅ぼすことが出来る『デウス・エクス・マキナ』の完成を目的に掲げる。

 何故その内の片方を選ぶことが出来たのか。

「でも、はっきり言ってそんなのどうでもいいの」

 透が取り出した端末が一瞬で操作された瞬間。

暴走させられた大阪支部の人造人間達が、壁を打ち砕き押し寄せてブランシュに襲いかかろうとした瞬間。

 僅かに目を細めて、軽く笑みを浮かべて、ブランシュは言いきった。




「あたしは、ノワールを守ることが出来れば何でもいいのよ」




 羽根が溢れ出した。

混じり気のない白い、蝶のそれのような羽根。

ブランシュの背から突如として現れたそれは、周囲の暴走させられた人造人間をいとも容易く吹き飛ばし

廊下の壁を喰らい床を削り取り瓦礫を撃ち払い、まるで蛹の脱皮のように大きく開かれた。

断罪者大阪支部の強固な壁を、外壁をまるで蜃気楼だったかのように薙ぎ払う。

今にも雨か雪が降り出しそうな冬の曇天の中に飛び出し、何も無い中空から透を見下ろし、ブランシュは言い放つ。

「ノワールに手を出そうとする奴は、みんなみんなあたしが壊してやる!

 そのノワールを守るあたしを壊すっていうのなら……いいよ! 幾らでもかかってきなさいよ!」

 まるで光をまき散らす純白の蝶。

これが、この姿が、この少女が『煉獄メイフライ』と揶揄される所以である。

「―――あたしは、死なない!」



 ―――この日、『断罪者大阪支部』は壊滅状態に陥ることとなる。