ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#9 Death『死神』後篇1



「う、ぁぁぁぁあああああッ!!」

「……ッ!」

 グレーテルが全力を振り絞り大剣を振り抜き、シオンは空に放り出される。

「シオン!」

「余所見をするな! アンタはアンタの役目を全うしろ!」

シオンの言葉が功を奏したのか、ルージュは間一髪のところでベールの一撃をかわす。

空中にワイヤーを張りそれを足場にして体勢を立て直すシオン。




だが、その瞬間にはグレーテルは彼の目前にまで迫っていた。




高い金属音を発して、シオンのワイヤーの束がグレーテルの大剣を受け止める。

グレーテルは風を操る。空中戦こそを最も得意とする彼女にとって、まさにここは独壇場である。

「私を覚えているか? 『42号』」

「………………」

無言で、答えようとしないシオン。

グレーテルはそれを見てこれまでの嬉々とした表情と一変して、少し悲しげな顔をした。

「―――そうか」

だが、それも一瞬。

「ならば、思い出させてやる!」

ぐお、と。周囲の空気がうねりを上げる。

瞬間烈風が吹き荒び、シオンはあわや遥か遠くに吹き飛ばされそうになる。

が、ワイヤーを断罪者本部の一角にひっかけなんとかそれを凌ぐ。

しかし。

今度はその風に乗って、グレーテル自身が小さな竜巻を帯びた大剣を振りかぶり追撃にかかる。

風を操ることによって剣の重みを完全に無視して、空気の足場を踏み込んで連撃を叩きこむ。

吹き飛ばされながらも紫電を纏わせたワイヤーを繰り、更にはそれらを足場にして回避を続けるシオン。

まるで曲芸のように動き回り、強烈な一撃の全てを回避していく。

次から次へと響き渡る金属音、風は逆巻いて光は閃く。

上下左右前方後方。とめどない高速の剣戟の雪崩とそれを迎え撃つ淡い紫の閃光。

まさに疾風迅雷。SSSランクオーバー同士の戦闘は苛烈を極める。

だが、均衡は長くは続かない。

突きを繰り出したグレーテル。

シオンは間合いを見切ってそれを避ける。が、それがよくなかった。

蛇腹のような刀身はシオンめがけて一気に伸びた。

「―――ッ」

避けようとして、ほんの一瞬。微かに僅かに体勢を崩す。

それさえも、この勝負では命取りとなる。
疾風の連撃がシオンに襲い掛かる。

しかしやはりシオンはそれさえも回避にかかる。

だが、今のグレーテルの狙いはそうではない。

風の流れが集まる先、グレーテルの胸元がオレンジ色を帯びて輝く。




グレーテルの本当の狙いは、疾風によって空気を圧縮させて放つ一撃。空気の圧縮による―――。

「―――プラズマ砲か…!」




両手を広げたグレーテルの胸元から巨大な光の束が放たれる。

それはシオンを易々と丸呑みにして、遥か遠くまで一直線に伸びていった。






「映画、面白かったね」

 映画館を出たナオは、笑顔で一茶に言う。

「ああ、そうだな」

一茶もまた微笑んで。

「ただ、今度からはポップコーンひっくり返すなよ?」

「……………はい」

恥ずかしそうに顔を赤らめて、ナオはうつむく。

しかし、

「…今度、か。えへへ……」

「…? どうした?」

「あ…な、なんでもないよ。…そうだ、一茶君、ジュース飲む? そこに自販機あるよ」

ナオは映画館を出たところに三台ほど並んでいる自販機を指さして言う。

ちなみにこの自販機もまた結構な高性能で、購入したものを取り出すときにいちいちしゃがんだりしなくて良い。

タッチパネル式なのは最早この時代では当たり前のことだ。

「あー、俺は今は喉かわいてないからいいよ」

「そう?」

思えば、今日一茶は一度もナオの前で飲食していない。

あまり食べたり飲んだりする人ではないのだろうかと予測する。

「そういえばもうお昼だね。どっかでご飯食べてく?」

「あー…そうか、もうそんな時間か」

「一茶君は、何か食べたいのとかある?」

「ん、俺は特には無いかな」

「んー…私も、かな。何にしよっか?」

などと話しているとき、

「…っと、ゴメン」

一茶のポケットから電子音が鳴る。

ナオはちょっとびっくりしたのかちょっとだけびくっと肩を震わせた。

一茶は携帯端末を開く。

「もしもし、と。…どうした?」

一茶が怪訝な顔つきになり、次に嫌な顔をしたのをナオは見ていた。

「―――ああ、わかった。…今からそっち向かうわ」

そう言って、一茶は携帯端末を閉じる。

「…何か、あったの?」

「ん…ごめん、急用入った…」

一茶はナオに向かって申し訳なさそうな顔をする。

「いやいやそんな! 一茶君が謝らなくてもいいよ! 私から誘ったんだし…」

「ホントごめんな。また今度一緒に出かけような」

「え…あ、うん!」

「…じゃ、また今度な」

そう言って、一茶はナオに背を向けると雑踏の中を走って行く。

「……また今度か、えへへ……」

などとナオは言っていたが、やがて疑問を抱く。

「―――そういえば、いきなり何の用事なんだろう……?」






 一茶は大通りの雑踏の中を走る。息切れ一つせずに。

走っている最中自販機を見つけて立ち止まり、一茶は思う。

「…そういや、ちょっと何か飲みモン欲しいかもな……」

自販機へと駆け寄っていく一茶。

そして硬貨を何枚か投入して、それを購入する。

そして缶を開封すると、それの中身を一気に飲む。




人造人間しか飲むことのできない飲み物、カフェオイルを。




飲み終わった空き缶をゴミ箱に投げ捨てると、一茶は腕で口を拭い。

「―――行くか」

再度走り出す。

甘いラブコメなど存在しない非日常の中へと。


平々凡々な日常と殺伐とした非日常の境界線は、わずかに綻び始めていた。