ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#3 Enter secretly『潜入』4
「断罪者、とは言っても…存外呆気ないものでしたね」
呟くは十六夜。佇むブルゥの前に、聳え立つ氷の塔。
その中に居るであろうルージュには最早、指一本動かすこともかなわず思考中枢さえも凍りつかされているだろう。
そう、十六夜は見当をつけた。しかし、
「―――いや、まだだ」
刹那、氷の塔の根元部分が粉砕した。
「なッ―――!?」
ひゅるひゅると風を切り裂く音の出所は赤い刃。崩れ落ちる氷の雨の中を、ルージュは何事も無かったかのようにこちらへ歩む。
「どういうことですか…確かに今、逃げ場はなく完全に詰みだった筈」
「奴の体に触れるより早く、あの赤刃に氷の破片が切り裂かれていた」
「そんな事を言えどブルゥ、貴方の『静寂なる災厄(ダイヤモンドダスト)』は触れたものを全て凍りつかせる筈では」
「だったら、触れなければ良いだけの話だろ」
ルージュが食ってかかる十六夜を遮る。
「特殊合金『オリハルコン』の刃は、原子と原子の間に割り込んで対象が如何なるものであっても切り裂く。
それは水であっても、空気であっても例外なく。つまり」
ルージュの振り上げた左腕が空を切る。それが、天を衝く氷の柱を微塵に切り裂いた。
「成程な。空気を切り裂いて、発生した真空で触れる前に氷を砕いたってわけか」
確かに、衝撃波程度ならばSSランクのルージュの体は傷一つ負わない。
だが、氷を砕くことは容易い。
「…面白ぇじゃねーか。なあ」
口元が銀色のパーツに覆われていてもわかる。ブルゥはそのサングラスの下に笑みを浮かべていた。
それは、俗に言う感情の昂りというやつであった。
ブルゥは予想外の形勢逆転に、少なからず喜びを感じていた。
「やっぱ少しぁ抵抗してくれねーとつまらねぇよ。なぁ!?」
「!?」
ブルゥが両腕を広げると、一陣の冷気の風が、先程とは比べ物にならないくらいの疾風が奔り抜けた。
螺旋を描く氷の欠片がブルゥの許へ集まり、信じられないほどの凝縮度でそのかたちを築き上げていく。
「よーく見とけよ、断罪者の餓鬼。これこそ俺が氷華スコーピオンと呼ばれる所以だ」
やがて完成したそれは、まるで氷細工のような、巨大な蠍の姿だった。
見上げたルージュは、左腕を構えると目を細める。
「さーあ、とことん抗えよ。断罪者の餓鬼」
「好い加減そう呼ぶのを止めてもらおうか。ボクは製造番号・NAR-49-997。個体名ルージュだ」
襲いかかる氷蠍。立ち向かう赤刃。舞う紅葉。闇色の空。
「…やっぱりダメかぁ…」
断罪者本部のモニター室で、ローズはひどく困った顔をしていた。
先程から全然ルージュとの通信がとれないのだ。原因は恐らく、電磁波異常。
―――ルージュはSSランクの中でも、飛び抜けて戦闘に特化している。
単身で何人相手にしようが本来は問題ない、筈なのですが―――
ローズが気になるのは、この電磁波異常は少し前のあの時を思い出させる。それが気がかりで、
「…とても嫌な予感がしますね」
ローズは険しい表情をした。
「ノワール、出動命令です。至急ルージュの所へ向かってくださ…い、
って、あれ…?」
ローズが振り返った先に待機している筈のノワールは、そこにはいなかった。
「…~~~もー! こんな時にどこに行ったんですか! ばか!」
「…さて、と」
車で夜風を浴びながら、ノワールはカフェオイルを一服していた。
断罪者専用のスポーツカーにも似た、空中さえも走るこの車の最高速度は最新のリニアさえも軽く凌駕する。
それ故に操縦できる人造人間は限られており、人間には操縦することは許されていないが。
本来Sランクの人造人間にもその権利は与えられていないが、ノワールのクリア『絶対射程(デッドオンリー)』の応用が
その権利を獲得するには十分な理由となっていた。
―――氷華スコーピオンはともかくとして、『アイツ』を倒すことはルージュにも俺にも、
それどころかルージュと俺が手を組んだって不可能だ。
それほどにまで圧倒的な差があるし、何よりも絶対に勝てない、その理由がある。
だが、勝つことは出来なくとも―――
「もう少し、持ちこたえてくれよ…ルージュ」
空になった缶を置く。アクセルを強く踏んだノワール、呼応するように加速する車。
「なッ……に―――?」
崩れ落ちる、蠍の巨躯。右側が所々凍りついたルージュ。落ちてゆくブルゥとルージュ。
地面に着く瞬間にルージュはブルゥに上にのしかかり、紅い刃の切っ先をブルゥの頭の横に突き立てた。
氷の雨が降り注いでいたが、それは凍りつくことなく解けて消えていく。
決定打は、ルージュが空中で衝撃波を放ったことだ。
あろうことかルージュはその衝撃を利用して蠍の懐へ飛び込み、八方へ真空を撃ち放ったのだ。
「…ボクの、勝ちだ」
きしり、と刃が僅かに音を立てた。
「……終わりか?」
「?」
「何故トドメを刺さねーんだって訊いてんだよ」
「ッ……!」
そう。
そういえば何故、自分は人間ではない、人造人間を破壊することに、今躊躇ったのか。
こいつは危険だ。存在そのものが危険なのだ。破壊しなければならない、今すぐに―――!
そうして自分を振り切って、ルージュはブルゥの首を刎ねようとした。
だが、腕は、いや、指一本も動かすことが出来なかった。
「―――え…?」
この感覚は覚えがある。
あの時の感覚。
「何を騒いでいるのかと思えば―――酷いな、俺だけ蚊帳の外か」
突如、背後から異常な程の電磁波。
この電磁波にも覚えがある。
あの時の、紫色の髪の―――!
ルージュは、振り返った。
「そっちの赤髪は久しぶりだな。…元気にしてたか?」
黒いスラックスと黒いワイシャツ、黒いローファーに黒い手袋。
たゆたう淡い紫色の髪。漆黒の鼻も口もない顔に、紫色の六眼。
そこに居たのは、紫電スパイダーだった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク