ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#4 Defeat『敗北』3



「…お、起きた」

 次に気付くとノワールがルージュの顔を覗き込んでいた。

取り敢えず、体を起こす。

「…え、と…ここは」

「断罪者本部メンテナンス室だよ」

見渡してみる。確かにここは真っ白な空間ではなく、結構見覚えのある機械まみれの部屋だ。

「ルージュ!!」

「おぶぅあ!!」
 真横から、ローズがほぼロケット頭突きに近い形で激突してきた。

「いっ…! いきなり何するんだよローズ!」

「いきなり何するんだよじゃないですよばかばかばかぁ!」

「ロケット頭突きの次は罵倒!?」

「……よかったぁ、ルージュ壊れなくてよかったぁ…」

 ぎゅ、とローズはルージュの服を掴んで俯く。

「……ローズ…」


「ひゅーひゅーアツアツでがんすなー」

 ノワールが言った瞬間ローズはルージュの髪並みに顔を赤くしてノワールの顔面を割と全力で殴り飛ばした。

彼が部屋の一角に勢いよく激突する程度の威力で。


「ちょ…ろ、ローズさん…ここには最新鋭の精密メンテナンス及び修復用機器がずらりとですね…」

「そう? ならある程度ぶっ壊れても修復すれば平気ですよね…?」

「ひぃっ! やめてマジやめて!!」

「あ…あの、ちょっといい?」

 胸倉を掴まれたノワールと拳を振り上げたローズがルージュの方を向いた。

「…あの後…ボクが倒れた後どうなったのか、訊いていいかな?」

 二人は、神妙な顔つきへと切り替わる。



「見逃されたぁ?」

 思わず変な声をあげてしまったルージュ。あまりに予想外で。

「ああ、またヤツ…紫電スパイダーの訳のわからねー能力だ。

 掌を向けられたと思ったらだんだん身体が動かなくなって……


 次に起きた時には霊零組の屋敷は欠片も無かったよ」


「は……?」

 ルージュは一瞬、その言葉の意味を理解できない。

「ルージュがいたと思われる地点、及びその付近一帯がまるで地面ごと抉られるように何もなかったんです」

「…って、ことは…つまり…?」


「文字通り再び、しかも今度は屋敷ごと消えました」


「…なんつーか…規格外だな……」

「ええ…しかし、それよりも厄介なのは…これによって捜査が再び振り出しに戻ったことでしょうか」

 それだけの大規模な移動を、レーダーを振り切ってまで行ったということ。

それはつまり、完全にこちらを撒きにかかったことを意味していた。
しかし。

「……いや、そうでもない」

「え?」

二人が、ルージュの顔を見る。

「ヤツの…紫電スパイダーの能力がわかったんだ」

「ほ…本当ですか!?」

身を乗り出すローズ。

「うん。紫電スパイダーの能力は『紫電』、電子操作らしい」

「電子操作…」

「ってことはまさか、突然落ちてきたあの雷は…」

「うん、ヤツの仕業だよ」

「いや、それだけじゃないです」

 ローズは口元に親指を添えて話し始める。

「…突然レーダーから消えた現象、此方の動きを束縛する謎の技、異常な電磁波。

 …もし、能力を使ってレーダーに介入して、此方の認識を狂わせていたとしたら。

 …もし、能力を使って思考中枢を一瞬だけ乗っ取っていたとしたら。

 …もし、能力を使って電磁波を纏い、此方に自らの情報が伝わらないようにしていたとしたら…?」

 全ての辻褄が、合った。しかし。

「ばっ、んな怪物じみたコト出来るわけねえだろ! しかもクリアに長けた生身の人間ならともかく、人造人間だぞ!?」

 喰ってかかるノワール。

「…いや、現にあいつならそのぐらいやってのけてもおかしくはないと思う。

 それに、それだけじゃない」

「え?」

「ヤツは、こっちの思考を読んでいた」

「…可能なのか?」

「理論上はね。おそらく、考え事をする際に発せられる電磁波…それを読み取っているんだと思う」

「は…はは、なんつーバケモノだよ…」

「不可能、可能ではなく、現に『そうなっている』のですから、否定したくても…できませんね」

「でも…」

「うん」

「だな」


「だったら尚更、放っておくわけにはいかない」


 三者の目つきが締まる。

本来職務を全うするためだけに生まれてきた人造人間に、

『出来ない』や『やらない』などといった選択肢は用意されていないから。

「それから最後にもう一つ…暴走事件の原因も、紫電スパイダーだ。自分で言っていたよ」

「成程、おそらく暴走するよう自身で調整した電磁波を発するようにして、端末に細工を施したのでしょうね」

「対電磁波用の装備ってあるかな?」

「現在開発中です。恐らく新しい制服にその繊維が織り込まれるかと」

「レーダーも高性能なのにアップグレードしないとな」

「それには及びません。カメラがダメなら、音です。超広範囲に高周波をかけて対象を炙り出しましょう」

「そんなものあるのか?」

「以前、初めて紫電スパイダーと接触した後にはもう製造の依頼を出しておきました」

「…とりあえず、準備は順調か…」

「ええ、後の頼りの綱は…」




「もうすぐ新たに配備されるSランク個体、『ベール』」



 敗北は終わりに非ず。断罪者たちの反撃の狼煙が上がろうとしていた。