ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#4 Defeat『敗北』5
「…つまり複数人の意識や感情の共有による新たな、もしくは未知のクリアの発現は
理論上は可能ではあるとされているが今までに実際に成功した例は報告されていない。
これはまず、複数人の感情や意識の共有という事の難易度の高さが影響していると思われ…」
その授業は、クリアについての授業だった。
遥か以前まではその存在自体知られていなかった…
もとい、ごくごく一部の人間にしか知られていなかったその異能力は今や一般の高校のカリキュラムに
組み込まれるまでに社会に浸透していた。科目名は『異能力研究』である。
傍から見れば極めて魅力的な授業…なのだが、実際に毎日毎日受けてみると、その授業を受けることに慣れてしまうと
受けている本人たちは割とそうでもないらしい。
金髪の少女は携帯を弄っているし。
ただナオは、この授業ではカオルが隣の席な為必死でノートをとっていた。
しかしカオルはそちらには全く興味がない。はっきり言って、授業にも興味がないようだ。
教科書…というか、この時代ではタッチ式のディスプレイの電源も付いていない。
その視線は窓の外、雲が散りばめられた青空を向いている。イヤホンは着けたまま。
それを、陰湿なこの異能力研究の教科担任が見逃すわけも無く。
「一茶、今言ったやつの名称は何と言う?」
授業を聞いていない生徒には全くわからないように、その教師は敢えて曖昧な言い方をする。
それも、その解答はまだ教師自身は発言しておらず、ディスプレイの電源を付けていないカオルに分かるはずもない。
ナオなどは授業を聞いていたのにわからないようだ。
しかし、カオルははぁ、と一つ気だるそうに溜め息をつくと
「多人数意識共有式クリア」
まるでどうでもいいという風に、素っ気なく答えた。
「…では、これを二つに分類する時、何と何に分けられるか」
「空間発現型と対象者影響型」
今度は、まだ習ってもいない出題の回答をカオルは即答した。
「…この理論の提唱者は」
「国立クリア研究所及び国立人造人間総合研究所勤務『限前 透(キリサキ トオル)』」
更には、習うはずもない、そのディスプレイの電源を付けても載っていないような出題をカオルはあっさりと回答した。
陰湿な教師は悔しそうに唸り、他の生徒たちは驚嘆の視線をカオルに送るだけで、
ナオの視線には憧れも多少入り交じっていて、しかしカオルは再び空に視線をやるばかりだった。
こんなことは結構あったりする。カオルにとっては。
「……はふぅ」
休み時間、ナオは自販機の前で一息ついていた。りんごジュースは彼女の好物である。
好きな異性の大勝利の余韻に浸るナオ。
自らは理解も追いつかないままノートをとっていただけで、カオル本人は興味も無い様子だったけれども。
「…多人数意識共有式クリア」
ナオは先程のカオルの真似をしてみる。キリッと聴こえたのは恐らく幻聴ではない。
しかしナオはそのことは気にもかけずムキャームキャーと悶える。
「…水川、何してんの?」
「ぎょば!?」
何時の間にか後ろにカオルがいた。
「…ぎょば?」
「い、いいいい一茶君なななんでこんなところに!?」
「いや…空き缶捨てようと思って」
カオルの手には、確かに何かの飲み物の缶。カフェオレか何かのようだ。
見慣れない図柄だから、コンビニかどこかで買ったものだろうか。
「あ…邪魔だったね、ごめん」
慌てて退くナオ。
「いや、別にいーんだけど」
カランと音を立てて、缶はゴミ箱の中へと。
やばい今の見られちゃったかなどうしようどうしようでも今一茶君と話せてる幸せすぎるかもああああ
状態のナオをよそに、カオルは一瞬虚空を見上げる。
そして、一考した後、
「…水川はさ」
「ひゃい!?」
「人造人間の扱いって、どう思う?」
「……ふぇ?」
本来なら『人造人間は人間の道具』といった旨の回答をしなければ変人扱いされる質問。
しかしいきなり話しかけられて一瞬思考が停止したナオは、その言葉の意味をよく飲み込めない。
だから思わず、こう言ってしまった。
「…り、理由も無く差別するのは…おかしいと思う」
「………………」
「………………」
少しの間、静寂と無言が辺りを包む。
そして、ナオは思った。
『い…言っちゃったーッ!』と。
「あ、あのね一茶君いい今の発言はその決してえとそのね」
「……っ、ははははっ」
「ふぇ?」
突如笑ったカオル。しかしその意図を、ナオはいまいち理解できない。
しかし、カオルは
「水川って、案外頭いいかもな」
そう言って、踵を返した。口元には笑みを浮かべて。
「………………」
ナオはというと。
「…い…一茶君に褒められ…た…?」
しばらくそこを微動だにしなかったそうな。授業開始のチャイムが鳴るまで。
「んー、あいつら元気でやってっかなー?」
所変わって、断罪者本部前。二人がいた。
「『元気』…という言い方は、人造人間に使うにはあまり適正な言い方ではないかと」
機械的に言い放った軽くはねたショートヘアの少女の、髪色は緑色。恐らく人造人間なのだろう。
ただ、服装は割と普通の服である。パーカーにミニスカート。
「いーじゃん、細けーことは」
対してくだけた口調の女性。ニット帽を被り、少しウェーブのかかった長髪はそのままおろしている。
服装は白衣。どこかの研究者のようだ。口元のタバコはどうにもそれっぽくはないが、銀縁の眼鏡はどこかそれっぽい。
「…とりあえずは、早く行きましょう。限前様」
「だーからカタいって。透でいーよ」
彼女たちこそが、新しく断罪者に配属されるSランクの人造人間『ベール』と
世界中の人造人間に携わる研究者の中でもトップクラスに位置する女性『限前 透』だった。

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