ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#8 Death『死神』前篇6
「ローズ、そこにいて」
生身の人間達が銃口を向けている状況、ルージュはそう言ってローズを自らの背後に座らせる。
「ルージュ…」
「大丈夫」
一つだけローズに微笑みかけて、ルージュは敵の軍勢に目を向ける。
「すぐに、終わらせるから」
ローズとさして変わらないはずの少年の背が、彼女にはその時とても大きく見えたという。
―――相手は生身の人間の集団、
ならば直接斬りかからずとも、真空波だけで十分迎え撃てる―――!
腕を大きく振りかぶり、風の刃を撃ち放つ。
風が風を切り裂く音。
「おわっ、な…何だ!? 突風!?」
「う、うわぁぁぁっ!?」
不可視の刃は銃ごとグライダーを空中分解させ、生身の人間達は叫び声を上げながら吹き飛ばされ。
人造人間であるルージュが計算した軌道を画いて屋上に叩きつけられる。
その衝撃で人間が気絶することさえ予測済み。
彼が人造人間であるネックはほぼ無い。
曲がりなりにも彼は世界で数えるほどしか存在しないSSランクの一体である。
撃ち放たれた弾丸がグライダーに炸裂する。
炸裂した弾丸はグライダーを破壊する代わりに―――網を打ち出した。
「うわッ!?」
「くそっ…動きを封じられた!」
鋼鉄で製造された特殊捕縛網は複数のグライダーをまとめて捕える。
それを撃ち出したのはノワール。
しかし一度『絶対射程(デッドオンリー)』で勝利までの方程式をはじき出した彼の猛攻はこれでは終わらない。
次から次へと弾丸を撃ち出し相手の機動力を完全に削いでいく。
寸分の互いも無く、最も効率的に敵を封じながら。
ノワールの照準代わりの右目は、既に標的を捉えていた。
「―――え」
グライダーに乗った男の一人が背後の気配に振り返った時、シオンはそこに立って男を見下ろしていた。
叫ぶ暇さえ与えぬまま、淡い紫色の閃光がグライダーを貫通する。
墜落していくグライダー。
しかし、そのまま墜落させることさえ許さない。
グライダーは空中で一度『見えない何か』に受け止められ、
地上と何ら変わりなく虚空に立つシオンが『見えない何か』を掴んで投げ飛ばすと、それは別のグライダーに直撃する。
中空に投げ飛ばされた男は、やはり『見えない何か』に受け止められる。
鋭くかつしなやかで、強靭なそれ。『見えない何か』の正体。目を凝らさなければ見えないほど細いそれは。
「―――鋼鉄のワイヤー……!」
これが、あのトリックの正体。
シオンが虚空に佇む際足場に利用し、打撃時には腕や脚に巻きつけて硬化させたように見せかけ、時に相手を拘束する。
そして―――時に電流を流し繰ることによって一切を斬り裂き切断する。
まさに今、シオンが腕を振った瞬間、淡紫の閃光が迸り周囲のグライダーが微塵に切断されたように。
ふっ、と。
シオンはまるで突如見えない足場が消えたかのように重力に身を任せる。
髪がたゆたい、虚空に仰向けになって、両手を広げ、穏やかな陽光を全身に浴びながら。
次の瞬間には轟音と共に紫色の電光が周囲の全てを引き裂いた。
「…やはり、なかなかやるようだな……」
一際大きなグライダーに乗った茶髪の老人と三日月、黒髪の男。
片腕を失った三日月もまたふぅむ、と一考する。
「兎にも角にも、まずは足場を確保した方が賢明だろう」
そう言って人差し指を額に当て眼を閉じて。
すると恐ろしいほどの速度で純白の装甲が展開されていき、みるみるうちに屋上の周囲に巨大な足場を創り出す。
「この能力……三日月か!」
忌々しげな表情を浮かべるルージュ。
が、その瞬間の隙をついて。
「反撃開始、と行こうじゃねーの!」
円樹が自身の周囲に光の珠を幾つも発生させてルージュに飛びかかる。
だが、
「そうは行くか!」
紅い刃の一閃が、光の珠を消し飛ばす。
「んなッ―――!?」
次に何かを言わせる間もなく。
ルージュの右拳が円樹の顔面を捉え思い切り吹き飛ばした。
「がぁァっ!?」
屋上の床を転がるも、円樹は再度立ち上がる。
「くそ、今ので気絶しなかったか―――」
ルージュが言い終わる直前。
バギン、という音。日本刀の刀身が背後からルージュの腰のあたりを貫いた。
「―――え」
刀身が抜かれ、ルージュはよろける。
直ぐに後ろを振り返ると、そこに立っていたのは―――ベール。
もともと彼女は感情が希薄であったが、今の彼女は普段に輪をかけて無表情である。
透に強制操作させられていた人造人間は、先程シオンが一時的に行動不能にさせた筈。
だが。
「まさか……!」
ベールのクリアは、『能力無効化(スキルキャンセラー)』。
「シオンの電磁波さえも無効にして……!」
感情の無いベールの斬撃が、次から次へとルージュに襲いかかる。
「―――ッ、! ベール、ボクだ! 目を覚ませ!」
回避しながらも訴えるルージュ、しかしその声は届かない。
「無駄だっての」
そして、ルージュの背後から円樹が襲いかかってきていた。
「しまった……!」
振り返ろうとするも、今からではオリハルコンの刃による防御は間に合わない。
光の珠の群れがルージュめがけて舞い踊る。
刹那。直線を画くように紫色の電流が駆け回り円樹は弾き飛ばされた。
「うぎゃッ!!」
宙に舞った円樹の後頭部を鷲掴みにしたのは、シオンの黒い掌。
「―――へェ、面白そうな能力だな」
円樹の背後で囁いた声は、彼にこの上ない恐怖を植え付ける。
その顔を恐怖でひきつらせ。
円樹は紫電の餌食となる。
「シオン…!」
「迂闊だったな…。『能力無効化』を持っているのがそいつだったとは」
シオンが腕を軽く振ると、おそらくワイヤーによりベールの動きが止まる。
「さて―――どうしたもんか。こうしてこのままここでコイツ…ベールとやらを縛り続けるわけにもいかないし―――」
その時だった。シオンの背後からグレーテルが大剣を思い切り振りかぶり彼に襲いかかってきたのは。
「―――ッ!」
左腕にワイヤーを巻きつかせてかろうじてそれを受けるが、シオンの左腕から肩まで衝撃が駆け抜けた。
ぎりぎりと金属音を散らすシオンとグレーテル。
「お前はっ……!」
「久しぶりだな紫電スパイダー…いや、『42号』! ずっとお前を殺したかったぞ!」
グレーテルは引き裂くような歓喜の笑みを浮かべ。

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