ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#1 Minotaur『牛頭鬼』3
「…で、実際に会ってみたら人造人間だったんだって」
「うわ何それ、マジ萎えるわー」
「幾ら顔が良くても、人造人間じゃあね……」
「てか人造人間が出会い系使ってんじゃねえよ、機械のくせして」
「それ、言えてる」
甲高い笑い声。都内某高等学校。
黒いセミロングの髪の少女は、その会話の輪の中に入れずにいた。
別段仲間外れにされているという訳でもないのだが、その議題の中に飛び込むことは
今日の彼女にはいささか抵抗があった。
人造人間を差別することに関しては、現代日本では何の問題も無い。
差別する理由としては、『機械だから』『暴走するから』『人を殺せないようにプログラミングされているから』
『人間サマに生み出された木偶人形だから』『そのくせ人造人間人権なんか持っていて生意気だから』
『ていうか何時の間にか差別されていたから』
等、上げればキリが無い。
極論、社会におけるイジメといった類のものと何ら変わりは無かった。
その矛先が人間か機械かというだけの話である。
しかしこの少女は、先日緋色の髪の人造人間に助けられたばかりだった。
確かに自分を襲ったのは暴走した人造人間だが、それを止めてくれたのも人造人間だった。
緋色の髪の人造人間は少女の無事を確認すると、ほっと安堵のため息をついていた。
仲間を切断したその瞬間の表情は、今思えばどこか悲しげでもあった。
…本当に、人造人間だからって差別していいものなのだろうか?
少女の脳内の議題は、現状それで手一杯だった。
「ナオ、どうかしたのー? 今日はやけに元気ないじゃーん」
声をかけられて、少女ははっと顔を上げる。
「…ううん、何でもないよ」
机から立ち上がり、考える事を放棄して、会話の輪の中へと入っていく。
とりあえず、今度あの人に会ったらお礼を言っておこう。そんな事を考えながら。
人造人間に葬式は無い。残骸はそれ専用の収集車に運ばれてまた新たに再利用される。
言ってみればその残骸が収集される瞬間こそが、人造人間の葬式のようなものだ。
ルージュは必ずと言っていいほど、自分が手にかけた人造人間の仮初めの葬式に行くようにしている。
行けなかったとしても、その遺族の元へは必ず謝りに行く。
人造人間にも人権はあり、またその中ではコミュニティ、つまり家族を持つ事が許されている。
つまり、人造人間が死んでも、もとい破壊されても、悲しむ人造人間はいる。
人間が眼に留めなくても、それは確かに存在する。
「…すみませんでした」
紺色のタートルネックのセーターに黒いズボン姿のルージュは、人造人間の婦人に向かって頭を下げた。
この人造人間の婦人とは、先日ルージュが破壊した牛頭鬼の妻である。
そして牛頭鬼の残骸は、既に収集車に運ばれていった後だった。
「…謝らないで? 暴走したのはあなたのせいではないし、むしろ感謝しているの。
あと一歩で、主人は人間を手にかけてしまうところだった。あなたはそれを食い止めてくれたから」
Cランクの人造人間である婦人の顔は機械で覆われていて、その表情を読み取ることはできないが
ルージュには、婦人が苦笑している様にも見えた。
「でも…まさかあの人が暴走するなんてね」
婦人は少し俯き、
「…やっぱり、悲しくないって言うと嘘になっちゃうわね。
あーあ、来世は人間に生まれてみたいわ。こんな時思いっきり涙を流せるもの」
ルージュもまた、口をつぐむ。
「…それに、君みたいな可愛い男の子にも助けてもらえるかもしれないしね。
ほら、こんなところで油売ってないでお仕事頑張れ!」
不意にそう言われ、とん、と胸を叩かれる。
「…はい」
苦笑したのは、ルージュの方だった。
しかし、もう一度頭を下げ玄関から出る時に見た婦人の姿は、あまりに悲しそうで。
そんな数日前の事を考えながら、ルージュは集団暴走したCランク人造人間達を相手取る。
右へ左へ人造人間を薙ぎ払う度、深紅の刃は動力中枢を、思考中枢を確実に穿ち、切断する。
肘打ちの要領で、刃で目の前の人造人間の動力中枢を貫き、切り開く。
その人造人間を足場に空中に跳び、奇襲で周囲を一気に薙ぐ。
幾人かの人造人間の思考中枢を切り裂いた。
そして任務が終わる度、ルージュは言葉では言い表せないような心持ちになる。それは今日も例外じゃなかった。
その度にあの屋上で、この街を眺めながら缶カフェオイルを飲むのだ。
ルージュは特に意味も無く、自分の腕の刃を見た。
深紅の刃は、今まで斬ってきた人造人間の血のような気がした。
やがて刃は、軽い金属音を発してルージュの腕の中へと収納される。
そして、イヤホンでローズに報告をしながらそのビルを後にする。
また遺族の方々に謝りに行こう。そんな事を考えながら。

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