ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#10 Mayfly『煉獄』前篇3



 死なないだって、破壊されないだって? そんなこと出来る訳がないとブランシュは断定した。

周りで今まで何体も何体も破壊されていったというのに。

破壊していったというのに。

 人造人間なんて、所詮消耗品でしかない。断罪者なんて、所詮捨て駒でしかない。

なのに、明日目の前の誰かが壊されない保証なんてどこにあるというの?

 ―――いつも、あたしだけが生き残る。

だから、周りは皆あたしに近寄ろうとはしない。そりゃそうだよね、誰だって自分の身が可愛いんだから。

消えていった皆にしたって、一体として破壊されたがっていた人なんていない。

 だからこれでいいんだ。

どうせ皆いなくなっちゃうんだから、なら最初から独りでいいよ。

最初から独りで、最後まで独りでいれば、誰も苦しまなくても済むでしょ?

だから、独りでいたいのに。

どうして、君は独りにしてくれないの?

どうして私に希望を持たせるの。―――






 『煉獄メイフライ』。

ブランシュがそんな皮肉な異名で呼ばれるようになったのは、いつ頃からのことだったろうか。

 ある程度は秘密裏に任務を実行する断罪者と言えど限界はある。

その凄絶な戦闘の様子を見ていた一般人達の情報網は、クリアという存在も相まり限りなく拡大している。

つまり、その人自身が手に入れた情報をあっという間に不特定多数の多人数に発信することができるのだ。

 ただ、あまりに高すぎる戦闘能力、速度、クリアの強さゆえにそれが断罪者の少女であるという根拠までを手に入れた者はいない。

『正体不明の大きな白い羽根が、人造人間を破壊して回る』という噂は、時間を置かずに全国各地に広まる。

破壊される対象が人造人間だからなのか、断罪者による情報規制なのか、

その噂『煉獄メイフライ』が一線を越えたブームとなることはなかったが。

 そしてこの噂が一気に名を馳せるのもある事件を経てからのことであり、

またその噂の原因も、今は孤独のまま暴走した人造人間を薙ぎ払うのみである。

 ブランシュの今日の仕事も、暴走した仲間の始末。

市街地での任務中に暴走したなんて事は何の関係もなく、彼女の予想以上に何の手応えもなく元仲間は金属片に成り果てた。

ブランシュのクリアにとっては、一般市民と市街地の建造物に何の被害ももたらさず対象を消滅させることなど容易い。

 だから、金属片の山の上にひとり座っていた彼女はひとつ溜め息を吐いた。

いつものことだと理解して。どうしようもないことだと割り切って。

そして、踵を返して歩き出そうとする。


 その瞬間側頭部に攻撃を加えられたことに気付いたのは、彼女がコンクリートの地面に伏してからだった。


 状況を把握できないブランシュは、すぐに一つの可能性に辿り着いた。

ブランシュは、任務の事前に相手の情報を把握しようとはしない。

彼女の強さであれば知らなくたって何の手応えも感じずに倒せるし、何よりその相手のことを知ってしまうのが怖いから。

相手にも今まで経験してきたことがあって、過ごしてきた時間が、思い出があると。

その事に少しでも触れるのが嫌だったから。

だから、彼女が最低限知るのは相手の対象の外見的特徴と電磁波のパターン、製造番号のみだ。

 故に気付かなかった。

『気配を完全に隠す』事が出来る断罪者が、今回の標的に含まれていたことなど。


そしてその断罪者の能力の真髄が、『自分だけでなく、特定の人数までなら自分以外の対象の気配も消すことができる』事など。

詰まる所、任務が終わり油断したブランシュの上、前後左右から襲い来る暴走した断罪者。


今からクリアを発動したところで、間に合わない。

自分を守るようにクリアを展開するまでの一瞬で、この物量に押しつぶされるという事も理解している。

 突如襲い来る、『死ぬこと』への実感。きっと人間はこう云う時に走馬灯を見るのだろう。

だが、ブランシュは走馬灯の代わりに諦めたような笑みを浮かべた。

 この煉獄から解放されるという嬉しさが彼女の胸中に湧かなかったと、証明する術はあるだろうか。

強さが仇になったのではなく、こうなることを望んでいたという可能性は無いと言い切れるだろうか。




 しかし、受け入れた死は阻まれた。




舞い踊る硝煙と破片。

正確無比正確緻密な射撃。

圧倒的な火力。

繰り返す爆音の果てに放たれた一条の弾丸が巻き上げられた煙を引き裂いて

ブランシュの視界に晴れ渡った空が入り込む。

ブランシュの目前を通り過ぎて行った弾丸に撃ち抜かれた最後の標的は、粉々に吹き飛ばされた。

この威力の砲撃をここまで正確に絶え間無く行える生身の人間は存在しない。

人造人間にしても、一人しか思い当らない。

 ブランシュの、少し遠くの右方。

彼の足元、手元には重火器。

彼女と双璧を為す断罪者である、ノワールはそこに立っていた。