ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#10 Mayfly『煉獄』前篇2



 ノワールという人造人間の実力は、凄まじいものだった。

彼はクリアを持たない。が、代わりにそれを補って余りあるほどの銃器の制御能力を誇る。

対断罪者用のクラスター砲を片手で射出してみせるなど、

しかも正確に照準を制御しながらそれをやってのけるなどということを
可能にした人造人間がかつて断罪者に一人でもいただろうか。

そして、その強大な銃器の反動を制御できるよう調整された、彼自身の頑強さとタフネス、高い身体能力。

 ノワールは次から次へと任務をこなし、常に最前線で敵を撃ち払い続けて―――

「ノワール。そっちに行った4体、よろしく!」

「了解だ、ブランシュ!」

 ビル街、あるビルの屋上付近。

ノワールが両手に携える二つのロケットランチャーのそれぞれから撃ち出された弾頭は、標的の全てを易々と粉砕した。

爆煙は着弾点から放射状に広がり、破片を撒き散らす。ビルより少し上の空中に人造人間の死体の花が咲いた。


 ―――ノワールは次から次へと任務をこなし、常に最前線で敵を撃ち払い続けて

ほどなくして、ブランシュと双璧を為す断罪者随一の人造人間となり、彼もまた第一部隊のメンバーとなった。






「お疲れさん!」

 ベンチで一息ついていたノワールの隣に、缶カフェオイルが差し出された。

ノワールが顔をあげればブランシュがそこに立っていた。

「どうもっす」

歯を見せる笑みを浮かべて、ノワールはそれを受け取る。

ノワールのごつごつとした掌とブランシュの華奢な手はまるで対照的だった。

背負っている地獄は同じだというのに。

 ブランシュはノワールの隣に腰をかけ、缶カフェオイルを開封する。

プルトップ式は、幾らか開けるときに力を入れなくても済むようには改良されたが

そのもともとの利便性から相当以前からその基本的な構造はさほど変わっていないという。

「今日の任務も見事なもんだったね、流石だよ」

「いやぁ……、先輩に比べればまだまだっすよ」

ノワールも続いて、缶カフェオイルの蓋を開ける。ぱきゅ、と軽い音がした。

缶カフェオイルの種類は、専らノワールはブラックを好みとする。

調理に関連した人造人間でもない限り、人間のそれに大分劣るが、

というよりはほとんど缶カフェオイル限定ではあるがある程度の味覚は人造人間にも存在した。

「その敬語やめてー。なんかむずがゆくて、やだなぁ」

「あ、マジ? 実は俺も結構やり辛かったんだ」

「うおぅ、切り替え早ッ!?」

 基本的に人造人間は、礼儀作法はきっちりしたものに仕上げられている。

が、どうやらそれにも個体差があるという、とある学者の説が概ね正しいことをノワールは簡潔に証明していた。

ただ、相手によっては下手に他人行儀になるよりは此方の方が失礼にならないと判断したのかもしれないが。

「―――で、どう?」

「どうって、何が?」

訊き返すノワール。

「断罪者生活。楽しい?」

ブランシュは口元に笑みを浮かべたまま、缶カフェオイルを飲む。その瞳は彼女の前方を向いていた。

「…正直、仲間殺すのは気分よくねぇかな」

その時、初めてノワールの表情に翳りが見えた。その理由が何故かなど野暮な事は今更明言するまでもない。

ノワールの視界に、湯気を立てる缶カフェオイルとそれを持つ自分の両手、自分の脚に白い床が入る。

「当然だよね。仲間殺して悦に浸る人なんて今まで見たことないし」

ブランシュの声のトーンは変わらなかった。

「でも時々、そうでもならなきゃやってられないような気もする」

ブランシュの声のトーンは変わらない。

「皆アタシを置いていっちゃうんだもん」

ブランシュの声のトーンは、あくまで変わらない。

缶カフェオイルを飲みほしたのか、ブランシュは立ち上がる。

そして、ノワールの前に立ったようだ。ノワールの頭に影が被さる。

ノワールが顔をあげた目の前に立っていた、ブランシュという人造人間の少女は、微笑んでいる。

「一つね、お願いしたいことがあるんだ」

特に重要でもないような感じで、ブランシュは言う。

ノワールは彼女の瞳を見ていたが、彼女は普通に言い放った。


「あまり私と親しくならないでね、私が君を壊しにくくなるから」


本当に、ちょっとしたお願いを頼む感じで。

ブランシュはそう依頼した。

ノワールが覗き込んでいたものは、やはり壊れていた。

彼女の綺麗な瞳も、整った笑顔も。

ノワールよりも先に地獄を見続けてきた少女は、案の定狂っていた。

そうでもしないと、身を守れない程の苦しみ。

そんな思い、もうこれ以上味わわせないでほしいという、おそらく彼女なりの精一杯の願い事を




「悪いが、それを聞き入れるつもりはねえな」




ノワールは一蹴した。

それまでずっと笑んでいたブランシュが、目を丸くした。

全くの想定外だという表情で。

「どうして?」

「今まで、仲間が死んでいったんだろ? だったら、俺が新しい仲間になる」

「どうせ君もすぐに死ぬ」

「ナメないでくれよ、俺はそこまで弱くねえぞ」

「でも、今までみんな私のところから消えていっちゃったよ」

「それでも」

缶カフェオイルの缶を置き立ち上がって、ブランシュの目を見据えて、ノワールは断言した。




「俺は絶対に壊されたりしない、絶対に死んだりしねえ。一緒に闘う仲間を、見捨てるのは御免だからな」