ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#3 Enter secretly『潜入』5



「紫電スパイダー…!」

「流石に断罪者の情報網は侮れないらしい」

 紫色の、まるで蜘蛛の眼のような六つの珠がルージュを見ていた。

ブルゥを押さえつつも警戒するルージュとは対照的に、その口調は静かで、平坦で、声は透き通るようだった。

しかし、歩く動作さえも完全に隙一つない身のこなしである。

「この屋敷に入ってからのジャミングも、お前の仕業か?」

「盗聴器と隠しカメラはあまり褒められた趣味じゃないぜ」

紫電スパイダーは全く何気ない動作のつもりなのだろうが、しかし洞察力も侮れない。

「別に、洞察力の問題じゃないさ」

「…!? 今、思考を読んだのか?」

「さあ、どうだろうな」

動かぬ黒い顔と同じように無表情な声で、十六夜の隣まで来たところで紫電スパイダーは歩みを止めた。

「さて、実は会話は余り得意な方じゃないから、そろそろ本題だ。

 赤髪の断罪者のアンタ…へぇ、ルージュっていうのか。知ってるか?
 裏トゥルーズには『選手交代』の制度があるんだ」

「選手交代…?」

「そうです」

十六夜が割り込む。

「勝負が決する前ならば代役にバトンタッチできます。

 …つまりこの場合、ブルゥが破壊されていないならば

 ブルゥの代わりにこちらが紫電スパイダーを出すこともできるわけです」

「ちょっと待ちやがれ、十六夜さんよ!」

「どうかしましたかブルゥ、何か不満が?」

「まだ俺は負けちゃいねぇ! コイツぁ俺の獲物だ! 横取りすんじゃ…」


 瞬間、ブルゥとルージュに、体が痺れたような感覚と共に凄まじいまでの重圧。


「なッ……!?」

「っ…ぐゥ…!」


「…言わなきゃ分からないか? 俺も暇を潰したいんだ、と。
 
 なんならアンタ等二人纏めて相手をしてもいいけれど。

 それに俺はアンタに話しかけてはいない。なあ、ルージュ?」

「……?」

ルージュは思わず、少し身構える。


「もう今すぐにでも賭けを終わらせたいなら

 左腕の『オリハルコンの刃』でそのままブルゥの首を刎ねれば良い」

「!?」

「その時点で試合終了、Unknownの氷華スコーピオンはめでたくスクラップ、霊零組は一網打尽。

 それとも俺を屠れるかどうか、賭けをしてみるか?」

「し、紫電スパイダー! 何を言って…!?」

「………………」

 確かに今すぐブルゥを葬れば、ある程度の戦果を挙げられる。

仮にブルゥを倒しても紫電スパイダーと戦闘を行うことになり、その間に霊零組を取り逃したとしても

四体のUnknownの一角を落とせるメリットは大きい。

 ―――しかし。

「…なめるなよ。元よりこっちはお前を仕留めるつもりだったんだ。

 そっちから出てきてくれて感謝したいくらいだね。

「それでこそだ、断罪者」

立ち上がり、新たな相手を見据えて構えるルージュ。静かにたたずむ紫電スパイダー。


 ルージュは気付いていない。今彼自身があるものから逃げたこと、そして何から逃げたかを。


「紫電スパイダー…」

「邪魔しないでくれよ、ブルゥ。俺は今珍しくテンションが高いから」

紫電スパイダーは右手を開いて、軽く拳を握った。

「氷華スコーピオンを、たったの刃一本身一つで追い詰めた相手。久々に楽しめそうだ」


 次の瞬間、ルージュは既に紫電スパイダーの懐に入り込んでいた。


「……迅いな」

「先手必勝だ」

赤刃が中空に深紅のラインを描く。

しかし、紫電スパイダーは後ろへ体を反らしてかわす。
襲いかかる二撃目。

これもまた、跳んでかわされる。

ハンドスプリングの要領で距離をとる紫電スパイダー。

刹那、ルージュは紫電スパイダーの真上から刃を振り下ろす。

ずぐ、と地面を抉る音。

紫電スパイダーは、やはり後ろに距離をとってそれをかわしていた。


 ―――決して速くはない。普通の人間ならオリンピック級だけど

戦闘用人造人間の中では平均ぐらいといったところか。

しかし、こっちの先手を打つかのように全ての攻撃をかわしてきている。

まるでこちらの心を読んでいるかのように。

そして、何より警戒しなければならないのは、あの正体不明のこちらの動きを封じる技。

…奴の能力が分かれば何か手の打ちようもあるのだろうけれど、どうにも絞りきれない。

思考を読むのか、相手の行動を制限するのか、それとも―――?


「勝負の最中に気を抜くなよ」

「―――ッ!?」


 油断はしていないつもりだった。

だが、紫電スパイダーは、まるでこちらの心の死角に入り込むように

ぞの距離をルージュの目の前にまで詰めていた。

紫電スパイダーの右腕が銀色に染まり、ルージュに襲いかかる。

咄嗟に左腕の赤い刃で返り討ちを試みる。


しかし、紫電スパイダーの右腕と、ルージュの左腕は高い金属音を立てて激突した。


「!?」

「………!」


 ―――あり得ない。

この刃は、文字通り『何でも切り裂く』。鉱物だろうが、あまつさえ空気や水だろうが一切の例外なく。

でも、今確かに…

あの右腕は、それを遮った!


「…へぇ、ホントに硬いんだな。その刃」

 ぎちぎち、と白銀と真紅が擦れ合う音。




「思ったよりも愉しめそうだ」

                        To be continued.