ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#5 Act secretly『暗躍』2



「やっ、ノワール」

 その公園のベンチで、何かがノワールに降り注ぐ日差しを遮った。

彼が気だるそうに細目を開けると、細く白い髪をツインテールにした少女が覗き込んでいる。

 彼女の服装は、陸自の装備を基調とした断罪者の制服。

やがてノワールは少女の首元より少し下へと視線を滑らせていくと、

「…相変わらずのひんにゅ」

ガゴ!と。壮絶な音とともにノワールの額に少女の石頭、もとい材質的には超合金頭が激突した。

ノワールは人造人間であり、そのボディ及び頭部の硬さから言えば本来ダメージはない筈なのだが

それでもどうにも一瞬、眩暈を起こしたような気がした。

「多分ロリコンだったんだろう製造者に言え。アタシは悪くない」

 女性型の人造人間は製造者の趣味嗜好によって理想から平凡までそのスリーサイズを変える。

故に女性型人造人間の場合羞恥心や世間体の面から、本当の意味で『貧乳は希少価値でステータス』だったりする。

製造者の嗜好が一発で見抜かれかねないのだ。尤も、あんまりナイスバディだったとしても同じ話だが。

「…で、何か用か?」

「んー? 特に用事とかじゃないけれど」

 白髪の少女はノワールの枕元に腰を下ろす。

ノワールは何も言わない。黙って再び眼を閉じた。

陽光も何も言わずに、ただ降り注いで。その沈黙は決して重苦しいものや、鬱陶しいものではなかった。






「―――ふぇぶ!」

「よーし、起きたか?」

 眼の前に居たのは白髪の少女ではなく、スリッパを片手に握った透だった。

 ああ、そうだっけか。と、ノワールはもうあの少女はここにはいないという事を思い出した。

「…あれ? あいつらは?」

ここは公園ではなく、断罪者ロビー。ルージュらの面々はいない。

「新しい制服のお披露目。各自自室で着替えてるよ。お前も着替え終わったらまたロビー集合な」

ほらよ、お前の分。と透は無造作に折り畳まれた衣類をノワールに投げた。

 それを受け取りノワールは、

ああ、アイツが『デザインが気に入らない』と不満をこぼしていた制服も今日で着納めか。

そう思った。






「やっぱり中々いいですね、これ」

「なんか高校の制服みたいにも見えるけど」

 ロビーで、断罪者は各々の感想を述べている。その多くを聞く限り、どうやら新しい制服はなかなかに好評のようだ。

 具体的には、白いワイシャツ『のようなもの』に、白いスラックス『のようなもの』、

女性隊員はスラックスの代わりに白いミニスカート『のようなもの』或いは白いロングスカート『のようなもの』。

ローズはミニスカ、ベールはロングスカートを装備している。

更にその上から黒いブレザー『のようなもの』を着込んでいる。

尤もあくまでブレザー『のようなもの』は基本形で、ノワールなどは代わりに黒いロングコート『のようなもの』を

羽織っている辺り、どうやら個人の戦闘スタイルにも応じて設計されているようだ。

ちなみに足元は黒いブーツ『のようなもの』。

ブーツ『のようなもの』やブレザー『のようなm(ry』に入っているラインや

胸元を断罪者のシンボルを彫ったバッチで留めたネクタイ『のようなもの』のカラーリングは統一されていないことから

それは各々の好みに合わせてあるらしい。

ちなみにルージュの場合は赤で、ローズの場合は桃色で、ベールの場合は緑で、ノワールは白。

 ここまで、何故『のようなもの』という単語を多用しているのか。その要因はその材質にある。

「前もって言った通り、今回の制服は従来の機能に加え『対電磁波性能』及び『音による探知機能』を追加した」

透が話し始めると同時、断罪者達はその方を向いた。この辺りの切り替えはさすが人造人間というか。

「まあ、対電磁波というよりは『対クリア』性能といった方が正しいかな。

 このたび新しく配備された人造人間、ベールちゃんのクリアはさっき話した通り

 『一定の電磁波・電気信号の無効化によるクリアの無効化』」

 クリアとは想いの力、心の力であり、『思念の力』。

人間の思考とはつまり、電気信号によって成り立っている。

ベールの能力とはつまり、電気信号を無効化することによってクリアそのものを無効化させる能力なのだと結論付けられたようだ。

しかし透の説明はまだ続き、そして、と人差し指をたててみせる。


「なんと、我々はそのクリアの一部を複製し、実用化することに成功した!」

「…え……!?」


 ロビーがどよめく。ルージュもローズもノワールも、ベール本人以外は例外なく驚いた表情を隠せない。

 ルージュの『オリハルコンの刃』のように、直接クリアの影響を受けた物質は存在する。

しかしクリアを『複製』したというのは、今まで誰も聞いたことのない話である。




なぜなら、それは人工的に感情を作り出すという事と同義だからだ。




解析までだけでも、莫大な時間と費用、研究施設を必要とし、それでも成功するかどうかはわからないというのに。

「…さすがは、世界最高峰の異能力研究者というか…」

「とは言っても、まだまだ発展途上だけどねー。ベール本人の能力の10分の1程度の出力しかないけど」

透は苦笑するが、10分の1という数字でも本来はあり得ないことなのだ。

そして何より、ルージュの報告では『紫電スパイダーの能力は、電子操作』。

 そう、断罪者はもうこの時点で紫電スパイダーの能力を封じることに成功したのだ。

場の空気が高揚していくような感じが充満する。まるで、勝利を目前にした軍隊のように。


 しかし、その中でローズはひとつ腑に落ちない表情をしていた。

ルージュからの報告にあった、あの現象。あれも果たして電子操作で説明していいものなのだろうか?




 そして、ルージュはまた別の疑問を抱いている。

ついに感情の複製にまで成功してしまった。それは、人類が踏み込んでいいような領域なのだろうか?






 かくして、人類は少しずつ、少しずつ、眼に見えない緩やかさで大切なものを失っていく。