ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#6 Run recklessly『暴走』1



 突如入ってきたその通信を。

敵前であるにも関わらず、ローズの焦燥に満ちた声を聞いてルージュは呆然とした。


「…ノワールが…暴走した―――!?」


三日月が「ふむぅ?」などと呟いた事などルージュの耳には入らない。

「おい…どういう事だよ!? ローズ!」

『敵の一名がノワールにトリガーを使用したんです! ルージュ、今は冷静さを欠いている場合ではありません!』

そういうローズこそ、冷静ではない。ただ言っている事は正解である。

しかし、冷静になれるわけがない。

「ちくしょう…畜生ッ!」

歯ぎしりをしたって何の意味も無い事ぐらい、ルージュは知っている。それが人造人間らしくない動作であることも。

けれど、けれど。けれど!

「―――ふむぅ」

三日月の呟き。それにより、平常心をほぼ失いかけたところで我に返ったルージュ。

ルージュは先程以上に三日月を睨みつける。

三日月はその視線を相手にすらしない。

「成程、貴様の仲間が暴走したようだな。全く、トリガーはSSランクに使えと言っておいたのに…」

ノワールが暴走したことに関して、そう冷静に簡潔に意見を述べ、

そして、

「まあ、いいか」




その瞬間、ルージュの中の何かが完全に切れた。




「ふッ…ざ、けるなぁぁぁぁぁぁァ!!」

ノワールを暴走させたことに対して?

普段から鬱積していた憎悪?

大切な仲間を守れなかった自分に対して?

自分の『仲間』を完全に『モノ』としてしか認識していない目の前の敵に対して?

全て全て入り混じってわけわかんなくなって、その全ての矛先は目の前のそいつに向かう。

「この私の能力に対して、感情に任せて突撃するか」

三日月は左手をかざす。

「それを何と呼ぶか教えてやろう―――『愚直』だ」

光の曲線がルージュめがけて高速で奔る。




が、彼の左腕の深紅が描いた軌道はその全てを切り裂いた。




「馬鹿なッ…!?」

それまで余裕だった三日月は眼を見開いた。

冷や汗と呼べばいいのだろう、それは一筋三日月の頬を伝った。

自らに向かって直線的に向かってくるその少年は、最早『只の人造人間』などではない。

まるで、緋色の鬼神だった。

三日月が右手もかざす。恐ろしい速度で純白の装甲が展開されてゆく。

彼女の能力の展開速度はそのまま計算速度に由来する。死に物狂いで物質を変換、再構築して―――




鬼神の紅い刃が、白い装甲ごと三日月の左腕を切断した。




「ぐぅぅぅッ!」

赤の後から赤が追う。白い装甲の破片と共に鮮血が舞った。

少々遅れて、斬りおとされた左腕の肘から先が白い床に落ちて血を撒き散らす。

 ルージュの左腕、通称『オリハルコン』と呼ばれるもので構成された刃は遍く全てを容易く切り裂く。

鉱物だろうが、あまつさえ水や空気さえ、

そしてクリアで構成された物質であっても。

「…安心しろ。僕達人造人間は生身の人間を殺せないようにできている」

背後から聴こえる、平坦で抑揚の無い、しかし殺気に満ち満ちた声。

三日月は振り向く。嫌な汗が止まらないまま。

其処に居る紅い髪に深紅の瞳左腕に緋色の刃を携えた断罪者は、静かに此方を見据えていた。


「―――だから、楽に死ねると思うなよ」


其処に。紅い悪魔は佇んでいた。

ルージュは体勢を低くし、前に体重をかけ、刃をきしりと軋ませ―――




 突如、ロビーの天井が崩れ落ちた。




「……………!?」

がらがらと、瓦礫や鉄筋が崩れ落ちる音。二人は意図せずそちらの方を向く。

 今思えば、ルージュも疑問に思うべきだったのだ。

何故他の断罪者の増援が来ていないのか。

直ぐに来れるとは限らない。ただ、もう警報が鳴ってから多少の時間は経っている。

上の階に居る仲間だってもう来ていてもおかしくは無い筈だ。

それでも来ていない理由。

そして、先程からローズの通信が聴こえていない理由。

そんなの二つしか考えられない。

一つ目はこの侵入者たちによる仕業か、

そして、もう一つ―――




瓦礫の粉塵の中から姿を現した、暴走した死神の仕業かだ。




「ノワール…」

先程の憤怒と一変して、ルージュの声はどこかすがるような含みをしていた。

しかし、ノワールは二つのライフルを携えたまま、俯いたまま歩いてくるだけで返事をしない。

「おい…ノワール、無視するなよ……」

死神は歩み寄るだけ。

粉塵は少しずつ霧散し、その向こうの瓦礫と一緒くたになっているのは…

「―――ッ…!」


動く事の出来なくなった仲間達の姿だろうか。


「…成程、これでは分が悪い。それに戦果は上々だ」

左腕の切り口を抑えている三日月は言う。

左腕の切り口を押さえていた右手で白衣のポケットから携帯端末を取り出して、口元にもっていき。

「ノルマは達成した。今日はこれで撤退するぞ」

ルージュは再び三日月を見て、言う。

「…何言ってんだよ、お前」

「今日は退かせて貰う」

グライダー状に白い装甲が構築されていく。

「させる訳無いだろ!!」

左腕を振りかぶり、言いながら襲いかかろうとする。




銃声と激突音。それはルージュの左腕が銃撃によって弾かれた音だった。




「―――――ッ!」

金属片が散る。

ルージュの左腕は原形は留めているものの、制服と皮膚の色をした部分などが吹き飛ばされ、金属の骨格が露わになる。

肘から先が、深紅の刃が生えた鉄の骨格と配線の血管となる。

銃声の出所がどこであるか。それは明らかにノワールの左腕のライフル。

その一瞬の隙を三日月は見逃さない。グライダーに飛び乗り、

「…此処で破壊されなければ、次は貴様も仕留めよう。SSランク『ルージュ』」

ルージュが「待て」と言う暇も無しに、グライダーは天井に大きく空いた穴へ。

憎しみを込めてそれを見送る暇さえもない。右方から、瓦礫の方から死神の足音がする。

「…ってんだよ…」

俯き、拳を握りしめ、歯ぎしりし、声を絞り出す。

死神の両腕が、ゆっくりと水平に上がる。




「…どうなってんだよ…ッ!!」




機械が発するにしては、余りに悲痛な声。

ルージュはノワールの方を向き直り、深紅の刃を構えた。

ノワールの右目代わりの照準が、『標的』を捉える。