ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#6 Run recklessly『暴走』2



 上層階の一角で、透と茶髪の老人は相対していた。

「―――随分と派手にやってくれるじゃない」

「相手は機械だ。加減は必要か?」

透は眼を細め、老人は口角を上げる。

「この断罪者本部を相手に加減できるほどの余裕なんて、無いでしょ?」

「どうかな。既に貴様等の切り札自身によってほぼ壊滅状態にあるようだが。…もう把握しているのだろう?」

透は答えず、老人を見据える。

「脆いものだ。そして、実に醜いものだとは思わんか?」

老人の言葉には表情には、さも自らが素晴らしい教えを説いているといったような自己陶酔が見てとれる。

「存在することが罪の、傲慢の象徴の最期には相応しく滑稽だ」

自己陶酔は止まることを知らず、老人は尚も語る。

「そう…存在することが罪…」

だが、老人の表情はその台詞を境に徐々に憤怒に染まる。

「全ての人造人間はすべからく滅ぼさねばならん……!」

「自分達が作り上げた人造人間で、か?」

「…何が言いたい」

「別に、何でもないさ」

透は煙草を口元に当て息を深く吸うと、息を吐き出して白い煙を吐いた。

「どの道、今のあんたは私を殺すことはできない。そうだろ?」

透の一言に、茶髪の老人は反論しようとはしない。

「…ああ、確かにその通りだ。しかしな…」


次の瞬間、白い閃光と共に彼らの右の空間の床がいとも容易く抉り取られた。


「…また随分と派手に壊さないでよ…」

腕で額の辺りを覆う透。

床をぶち破ってきたのは一つの無骨なグライダー。それに乗っているのは3人の若者。

三日月と樹下、それと黒いスーツの青年。

茶髪の老人はグライダーに飛び乗り、


「―――何があろうと、『デウス・エクス・マキナ』だけは必ず完成させる。其れを忘れるな」


樹下が上方へ手を振ると、白い光弾が天井に穴を空ける。

グライダーは4人を乗せ飛び去り、星の見える夜空へと消え去った。

「…まー無論聴こえてないだろうけどさ、」

一人残された透は再び煙草を深く吸う。煙を吐き出して、




「あまり私の子供たちをナメない方がいいぜ」




不敵に笑んだ。

透は煙草を捨て、靴の裏で火種を潰し消す。

かつかつという靴の音が瓦礫の山の中に響く。






 イヤホンからノイズ混じりの音声が聴こえる。

『―――…―――っ、―――』

「……………?」

ルージュはノワールから視線を背けずにその音に耳を澄ました。

『…てください、…ージュ…』

「その声…」


「応答してください、ルージュ!」


段々と鮮明になったその声はローズのものだった。

「ローズ! 無事だったの!?」

『はい、指令室は異常ありません! ただ―――』

イヤホンの向こうのローズは言葉を詰まらせ、


『…ベールや他の断罪者の反応が…』


「知ってる」

目の前に瓦礫に埋もれた仲間達がいるから。

そして、目の前に暴走して仲間殺しの死神と化したノワールがいるから。

「…倒すしかないのか………!」

歯を食いしばりながらも臨戦態勢を崩さず、ルージュは言う。


『待ってください! もしかしたら、倒さなくて済むかもしれません!』


「何だって!?」

ルージュがつられて大きな声を上げる。

『…機密事項ですが、こんな状況だし…仕方ないですよね…』

ローズは自分に言い聞かせるように呟いてから、


『…ノワールは発作的に暴走を起こすことがあります』

「え…、ちょっと待って、それってどういう…」

『詳しい説明は後です! とにかく、それでも今まではノワールは暴走しても、異常無しの状態に復帰してきました!』

「暴走からの復帰って…そんなのできるの!?」

『現時点ではノワールだけしかできません! 私にも詳しい理由はわかりませんが!』

「でも、元に戻る可能性はあるんだね!?」

『はい! 普段暴走した時は透さんが何らかの処置を施していたようですが、

 先日まで透さんは出張だった為、その間暴走した時の為にと渡された特効薬が今私の手元にあります!』

「特効薬?」

『内容についての詳細は不明ですが、どうやら記憶媒体のようです!』

 記憶媒体。

いわばメモリーカードのようなもので、人造人間の記憶を記録することができる。

おもに使用用途は断罪者による事件の捜査の補助、自供テープのようなものの代わり、

及び証拠を炙り出す手段として重宝されているが―――

「…そんなもので、どうやって暴走を止めるんだ…?」

『それは私にもわかりませんが、現状この手段でなら止められる可能性があります!

 この記憶媒体をノワールの思考中枢に接続させることができれば、暴走を止められる筈です!』

「…って、事は…」

『はい、今から私が記憶媒体を持ってそちらへ向かいますから、それまで足止めをお願いします!』

記憶媒体の接続自体は簡単だ。人造人間の体にある…ノワールなら首元にある端子に差し込めばいい。

つまり、実質的な勝負はこの足止め。


「―――任せろ!」




仲間を、親友を救う為の戦いが始まった。