ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#5 Act secretly『暗躍』1
「やっほー諸君! 元気にしていたかね?」
断罪者本部、白を基調としたカラーリングのロビー。
ニット帽をかぶった白衣の女性は大きく手を挙げた状態で大きく声を張り上げた。
「透さん!」
「お久しぶりです、透さん」
「いやー、出張疲れた疲れた」
この女性、限前透は国内随一の人造人間の研究に携わる科学者にして、
この断罪者本部を取り仕切る、断罪者の中でも唯一の人間である。
彼女が出張に赴いていたこの一ヶ月の間メンテナンス等は他の断罪者メンバーで代理をしていたものの、
普段はこの本部の断罪者達のメンテナンスや修理を統括しているのは彼女である。
ここの人造人間は、誰もが必ず一度は彼女の世話になっている。
もしも仮に権力が無かったとしても、人間にも人造人間にも平等に接する限前透に断罪者達は頭が上がらない。
「それで、そちらの方は?」
ルージュが訊く。
「ああ、そうだ、紹介しないとね。今日からここに配属になる人造人間だよ。『ベール』っていうんだ」
「ベールといいます。よろしくお願いします」
緑色のショートヘアーの少女、もとい人造人間は機械的に発言してルージュ達の方に向かって頭を下げた。
「今日から配属、ってことは……」
「君がローズが話していた、『対電磁波特化型』?」
「はい。正確には『対電磁波に特化したクリアを持つ人造人間』です」
ベールはやはり、機械的に淡々と発言する。
「出張先で製造された子の中に偶然その子がいてね、ちょっと無理言って連れてきたんだ。
どうにもまだ社会適応訓練を受けていないらしいから話し方とかぎこちないけど……
でもまあ、戦闘面は申し分ないと思うから安心してくり」
本来人造人間は、人間社会に適応するための訓練を製造されてから約半年ほど積んでから『出荷』される。
捜査や交渉をこなす際に、そういった人間の感情の把握や一般常識は必要になるのだ。
「至らぬ点はあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「お…おう、よろしく」
ノワールが多少面を喰らいながらなんとか返事する。こういった丁寧な挨拶はどうにも慣れていないようだ。
「後で全員呼びよせてもいちど挨拶すっけどねー」
「そういえば、新しい制服の方は?」
「ああ、もうちゃんと全員分できてる。このコの挨拶終わった後にでも配布しようか。
期待していーぞ? 今回はお前達からの意見も取り入れたスタイリッシュなやつだ」
どうやら、新しい制服に移行するにあたって、デザイン面に関してひと悶着あったようだ。
「へぇ、どんなのだろ。楽しみだね」
「えー、別にこのままでもよくね? この自衛隊の動きやすいし」
「ノワールのファッションへの無頓着っぷりは一度見直す必要があるのかと思うのですが」
素直に期待したり、めんどくさがったり、溜め息をついたり。
三者三様の光景を、透は微笑ましげに見守っている。
その光景は、まだ社会適応訓練を受けていないベールに違和感を与えた。
「よお、氷華スコーピオンさんよ」
霊零組の屋敷。
庭先を佇んでいる、その異名を呼ばれたブルゥは縁側の方を振り向く。
「…お前か。今日は戻ってくるのが早いな」
「ああ、早退してきた」
振り向いた先には、少年が柱に寄りかかっている。
その髪のシルエットとイヤホンのコードからして、紫電スパイダーではない。
「紫電スパイダーは、今はいないのか?」
「ああ、夕暮れまでには戻るってぇ話だ」
「…『ブラッドエッジの鍵』、見付かったんだってな」
「おう、だがそいつ自身が自覚するまでは泳がすみてぇだ」
「ふーん」
「そっちの首尾はどうなんだ?」
「どうもしない。まあ、逆にいえば向こうも大した動きはしていないってことなんだろうけど」
「あまり楽観はするなよ」
ブルゥは言葉ではそうは言っても、この少年の事は信用している。
「わかってる」
その証拠か、その茶髪の少年が一言は、まるで何事も問題にしないような雰囲気さえ持っていた。
イヤホンに制服、茶髪の少年。それは紛れも無く、一茶薫だった。
「…それにしても、本当にアイツは信用できるんだろうな?」
「さあな。只一つ言えるのはヤツの力は必要だって事だ」
紅葉がひとひら、ブルゥの前を遮る。
「人間どもに復讐するためにはな」
そして、紅葉は凍りついて砕けた。
「…鼠共がまたぞろうようよと群れているな……」
数々のモニターの前に、一人の老人。髪は縮れ、顔のサイズに合わない大きな丸眼鏡を着けている。
―――どうやら、ヤツも感づいたようだな。流石、といったところか。
しかし、十分だ。
最早十分に時間は稼いだ。順調に『アレ』は……
『デウス・エクス・マキナ』は完成に近付いている。
そら、近寄るぞ、這い寄るぞ。終わりの刻が、滅亡の足音が。
ヒトならざるものは、ヒトならざるものによって滅される。
さあ、足掻くといい。もがけばもがくほどその時は早まる。
最早これは因果であり、決して逃れることなどできはしないのだ―――。
「………………」
青空の下、どこかの屋上。
一際大きなビルからビル群を見渡す黒衣の青年は、紫電スパイダー。
淡い紫色の髪と瞳。髪は風にたゆたい、眼は真っ直ぐに正面を見据えていた。
まるで、これから起こる事の顛末を予知しているかのよう。
まるで、これから襲い来る因果に立ち向かおうとしているように、『人造人間の暴走の元凶』は前だけを見据えていた。

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