ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#6 Run recklessly『暴走』4
「―――う、そ…」
記憶媒体が目の前で破壊された瞬間、ルージュはたったその二文字しか発することができなかった。
人造人間が、時間がスローモーションになったような錯覚さえ覚えた。
ノワールが床に倒れる音と、ルージュが何もない空中を掴んだのは同時。
ルージュは記憶媒体の代わりに、絶望を掴んだ。
「あ……………」
ローズもが硬直する。そしてそのまま、力無くその場にへたり込む。
ルージュは握った自分の右の掌を見てみる。しかし、そこには記憶媒体も何もない。
「…冗談でしょ?」
それはとても人造人間とは思えない科白だった。
「壊されたのか………!」
「……透さん…」
苦い顔をして階段の上に立っていた人物、透の方をルージュ達は見上げる。
ここでローズは一つの希望を見出す。
今までノワールが暴走していたときに鎮めたのは透。
―――もしかしたら。
「…透さん」
―――人造人間に関する研究の権威の、彼女なら。
同じ事を考えたのだろう、ローズの質問に耳を傾けるルージュ。
「あなたなら、ノワールを救えますよね…?」
縋るようなローズの問いに。
「不可能だ」
返ってきたのは、残酷な最後通牒だった。
今度こそ希望を失った表情になるローズ。
思わず言葉を洩らすルージュ。
「…そ、んな……」
という事は、もうノワールは元に戻れないのか?
という事は、もうノワールとあの屋上でカフェオイルを飲むことはもう無いのだろうか?
という事は、もう破壊するしか手立てが無いのか?
「うそ…でしょう……?」
ルージュは弱々しく問う。
だが透が発言を撤回することはない。彼女自身もまた奥歯をただ噛みしめることしかできない。
「…ねえ、嘘だって言えよ……!」
縋るルージュの左方から、ノワールが立ち上がる音がした。
「…ノワール」
ルージュは視線をノワールの方へと向ける。
淡い期待を抱いて。非現実的なその願望を抱いて。
だが。
標的を狩るだけの死神となったノワールは、無情にも再び銃口をルージュに向ける。
「―――――ッ」
もう、淡い期待も許されなかった。目を背けることさえ許されはしない。
かつての親友は今暴走している。それから目を背けてはいけない。
なぜなら、それは事実だから。
断罪者であるルージュはその介錯を負わなければならない。それから逃げてはいけない。
なぜなら、逃げればローズとベールは破壊され透は殺され、民間にも被害が及ぶだろうから。
もう元に戻す方法は本当に存在しない。それを認めなくちゃならない。
なぜなら、迷っていれば破壊されるのは自分だから。
今になって、ルージュはノワールが味わい続けてきた苦痛を理解することができた。
「…ちく…しょう」
全てを受け入れるしかない現実へのせめてもの、最後の抗いにルージュは叫ぶ。
「どうして! 仲間を殺さなくちゃならないんだよ!」
銃声が響いて再度戦闘が始まる。今度は本当に仕留める為に。
最高速度で弾丸をかわしノワールの懐に突っ込み蹴りを浴びせる。
しかしノワールはそれを銃身で受ける。
「ベール! ローズと透さんを退避させて!」
「しかしそれでは戦力的に状況が厳しくなるかと…」
「早く!」
論理的な説明さえしない。明確な根拠さえ提示しない。
だが、言い放ったルージュの瞳を見たベールはそれ以上追及はできなかった。
感情が未発達のベールには、全く理解の外の話。
しかし、どうしてか断る事が出来ない。
それほどまでに強い意志が、決意が、ルージュから感じ取れたのだろうか。
「…退避させ終えたら、私も参戦いたします」
それだけ言うと瓦礫の陰を通りローズの方へ走っていく。
「ローズさん、立てますか?」
ローズは俯いたまま。自分から動こうとはしない。
ならばとベールは肩を貸そうとするが、
「……して…」
彼女はその時に気付いた。
「…どうしてっ……!?」
ローズがそう呟いていることに。
片や、ルージュとノワールは一触即発する。
散弾銃から弾丸がばらまかれ、距離を取ったルージュはその間を縫って疾駆する。
次にライフルが向かってくるルージュを狙う。
引き金が引かれる直前にルージュが瓦礫を蹴りあげ、
引き金が放たれ、銃口のすぐ前でルージュの盾となった瓦礫が四散する。
粉砕した瓦礫はほんの多少ノワールの視界を遮る。
その隙に割り込んだルージュの刃は既にノワールに届く距離にまであった。
ノワールは咄嗟に足元の床を撃って衝撃で跳んで距離を取る。
しかし着地した瞬間には追い打ちとして既にルージュが目の前で刃を横一文字に振り抜かんとしていた。
銃身を無造作に投げつけて、自身の体躯を転がせて全てを両断する一閃を回避するノワール。
先程よりも明らかにルージュの動きが良くなっている理由。それは明確にある。
迷いが無くなったからだ。
ノワールは起き上がるとほぼ同時にバズーカを取り出す。
断罪者に所属する人造人間でさえも一撃で粉砕するほどの威力を誇る兵器。
それは確実にルージュを狙い、間違いなく彼めがけて一撃が放たれる。
が。
ルージュは宙返りしながら中空を舞い、
着地と同時に振り下ろした刃がノワールを右の肩口から切り裂いた。
ノワールが咄嗟に半歩後ろへ下がった為、動力中枢にまでは至らなかった。
しかしノワールが体勢を立て直すよりも早く
紅刃を振りかぶり、反動をつけてノワールの首筋へと放とうとする。
『______』
だが、その時。
「―――ッ!?」
本当に、ごく一瞬だった。
本当にごく一瞬、ルージュはそのままその刃を振り抜くことを躊躇った。
決意した筈が、揺らいだ。
そして、気付いた時にはもう遅い。
「しまっ―――」
更に半歩後ろに下がったノワールが、ライフルの銃口をルージュの胸に当てたことに気付いた時には。
至近距離で放たれた一撃が、ルージュに大きな風穴を開けた。

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