ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#7 Centipede『絶影』4



 彼女の作業効率は、実に腕利きの技術者100人ほどが同時にこなす量と同等か、

彼女だけが成し得る技術のことも考慮すればそれ以上である。

神経と思考中枢の接続と、動力中枢の断裂したコードの復元を同時にやってのけたり、

破損した40箇所の精密機器を修繕、ないしは再び作り出したり、

更にはそれら全てに一切のミスが無く。

しかし、よどみなく動き回るその双腕、フル稼働する最早人智を超えたような頭脳による作業を

18時間も休みなしで持続していては、当然休憩をはさむ必要が出てくる。

今現在、限前透はロビーのベンチで横になっていた。

他の技術者たちに休憩するようにと無理やり押しきられたのだ。

なので、その代わりに今は他の科学者が修繕に当たっていた。

尤も総員で当たっても透一人の技術力に及ばないが、この状況では一刻も惜しい。

それに、機械を完全制御する『道標はこの手の中に(ルートセレクター)』というクリアを持つローズも居る。

彼女もまた、それこそ休みなしで修理、いや、彼女なりの戦いに臨んでいた。

「…さぁて、それじゃあそろそろ行くとしますか」

一つ息をつくと、いつもの笑みが消えた透はベンチから立ち上がる。

実はまだ5分しか休んでおらず、しかもその間この後の作業についてずっと思考を巡らせていたのだが。

それでも彼女は休んでいる暇はないと言わんばかりに、再度地下の技術室に向かおうとする。

その時、異変が起こる。

ロビーの外、玄関前の方が騒がしい。

何かが吹き飛ばされたような音と叫び声。

断罪者本部が壊滅したことに関して、報道は完全に抑えている。
が、それでも噂までは規制できない。

つまりここぞとばかりにこの断罪者本部に追い打ちをかける輩がいる可能性があるのだ。

今攻め込まれては、非常に危険。防御は脆く、最大戦力が今まさに修理されている状況で。

しかもオペレーターであるローズは作業中。

透は玄関前に走る。

ベール達が応戦しているか、ベール達が敵を蹴散らしたか、ベール達が蹴散らされたか。

その3つを想像の範疇に入れて。

だが、現実はその三つの予想のどれとも異なった。



吹き飛ばされた直後のようなごろつきのような集団。呆然とする他支部の精鋭たちと、そのちょうど間に立つ二人のヒト。

まるでその金髪の男と灰色の髪の女がごろつき共を一掃したような構図。




透は彼らを知っているからこそ余計に驚愕を隠せない。

本来なら、そんなことはあり得ない、あり得てはいけない立場同士のはずなのだから。

なぜなら、その金髪の片手に銃を携えた男と灰色の髪の大きなノコギリを携えた女…もとい、人造人間は。

「…どういう事だ……」

思わず呟く透。

「お? 責任者が出てきたか。そりゃ都合いいぜ」

口元をあげて笑みを浮かべる金髪の男は透の方を向く。

人差し指を立ててみせると、


「なぁ限前さん。いきなりで悪いけどさ、取引しない?」


白を基調とした、所々が崩落した巨大な建造物の前。

若くしてこの日本の裏の闇を統べる男はそう言った。






「いないけど?」

 ナオの問いに、一茶は実に簡潔に答えた。

夕暮れの住宅街、並んで歩く二人。

どうやら一茶に付き合っている人はいないようである。少しだけ安堵するナオ。

だが、一茶が次に放った言葉はナオに想像を絶する衝撃を与える。




「好きな人はいるけどね」




意外。

まずナオの脳裏に浮かんだのはその言葉。

その次に。

「…え? 嘘?」

「いや、こんなことで嘘つく理由もないだろ」

往来であるにもかかわらず崩れ落ちるナオ。

一茶の「おい、どうした。大丈夫か? おい」という言葉は耳にも入らない。

「へーそっかー一茶君好きな人いるんだーへーそーなんだーへーあははははははははは」

「マジで大丈夫かよ」

一茶君が好きになるなんてどんな素敵スペックの持ち主ですか私じゃ絶対足元にも及ばないよひーっ

状態のナオはゆっくりと立ち上がる。その動作はなぜだか、いろんな意味で怖い。

最近では一番に入るんじゃないかというほど困惑している一茶は一緒に歩き出す。

「何? そんなに意外だった?」

「う……うん、ちょっと意外だったかも」

「まあ、俺暗いもんな」

「そんなことはないよ」

ナオは大分ショックを受けながらもなんとか取り繕おうとする。

「…好きな人って、どんな人なの?」

ちょっとでしゃばりすぎかな、と思いつつもやはり気になるので訊いてみる。

「あ、えーと、嫌だったら言わなくていいよ?」

「ん? 別にいいけど」

どんな人、ねぇ。と軽く空を見上げながら独り言をつぶやいて一茶は

「まあ…結構、大人しい奴かな。うるさい奴ってあんま好きじゃないんだ」

「へぇ…」

「で、優しい。し、可愛い」

負けた。この時点で絶対負けた。とナオは白旗を振る。

「なんつーか、小動物みたいな感じ、っていうのかな」

「ふーん…」

「で、結構授業中によく寝てる」

「へぇ…って、え? 同じクラスなの?」

「まあ」

ということは、ユナ辺りだろうか。とナオは思った。

ユナは確かに面倒見がいいし、可愛い。身長も自分より少し小さいくらいなので小動物っぽいと言えば頷ける気がする。

「で」

「へ?」

が、そんなことを考えたナオに一茶が告げたのは、またしても彼女が予想だにしなかった言葉であった。

ただし、今度は良い意味で。




「今、そいつは俺の目の前にいる」




一瞬、その言葉の意味を呑み込めないナオは一茶の方を向いたまま硬直する。

一茶は意味深に口元に笑みを浮かべながら、軽く自分の顔をナオに近づけて言った。


「なあ、水川。俺と付き合ってみない?」