ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#2 Investigate『捜査』2



 ―――異常な電磁波量を持つ人造人間。彼は何としてでも身柄を拘束しなくてはならない。

しかし今ここで目立つ行動をして、逃げられるのは勿論暴れられるのもマズイ。

こんな人混みの中で人造人間同士が激突したら間違いなく怪我人が出る。

しかも、そんな状況下でオリハルコンの刃を使う訳にはいかない。

何でも斬ってしまう以上、こんなところで使えばどんな被害が出るかわかったもんじゃない。

敵は人造人間を暴走させる事が出来るほどの力を持っている…かもしれない。

そんな奴を相手に、全力を出せない状況で武力行使に移るべきではないし、

またそういう展開になるようにしてはいけない。


 ルージュはそんな事を考えながら紫色の髪の人造人間を尾行していた。

彼に接近するなら、もっと人気の無い場所へ。人々の雑踏の中、人造人間の追走劇が始まった。




 ―――おかしい。


 断罪者本部のモニターの前で、ローズもまた親指の爪を噛みながら思考を巡らせていた。


 ―――あれ程の電磁波の数値を持ちながら、歩く動作、外見。

全てにおいて紫色の髪の人造人間に異常は見えない。サーモグラフィは電磁波のお陰で使い物にならないが。

そして、それだけの電磁波を放っているのに、周囲の人間が何の影響も反応も示していない。

更には、周波数が微妙に変動している。まるで不規則に。

 ―――まるで電磁波を操っているかのような―――。

 だとしたら何故そんな存在を、今の今まで断罪者が認識できなかったのか。

 ―――裏社会と関わりが?

 …謎は深まるばかりですね……。


 ローズはマイクに口を近付けた。

「ルージュ、なんとかしてその人造人間と接触を図ってください。

 必要であれば、つい先ほど任務が終わったばかりのようですがノワールも送り込みます。

 まずは人気の無い場所へ移動してから接触し詰問、可能であれば身柄を拘束し断罪者本部へ連行

 抵抗するようであれば抵抗不可能の域まで追い込んでください。

 多々訊かなければならない事があるようなので、くれぐれも破壊はしないように」


「言われなくても今そうしようとしてる。けどアイツ中々道を曲がる気配が無い。

 長い追跡になりそうだから、ノワールをこっちに寄越すのはもう少し後にした方が良いと思う」

 ルージュは多少の焦燥を見せつつ、イヤホンから小さく伸びたマイクに向かって言う。




 言った瞬間。

突如、紫色の髪の人造人間は、ルージュの視界から消えた。

「…!?」


 ―――バカな。あり得ない。

何のエフェクトも見せない瞬間移動なんて聞いたことが無いし、

ステルス機能を持つ人造人間なんてまだ実験段階の筈。

…いや、だが相手は違法人造人間。可能性も無くはない―――


「ルージュ、路地です! 突然反応が路地に移りました!」

 ローズが驚きを隠せず、しかし言った。


 ―――突然? 本部のレーダーまで、今の一瞬誤作動を起こした? ボクと同時に?

…いや、まずはそれよりもアイツの追跡だ。


 ルージュは人混みをかき分け、突き進む。人々の冷たい視線なんて今は気にしている余裕が無い。

そしてビルとビルの間、路地に入り込んだ。


しかし誰もいない。


 やはり突然消えたのだろうか―――!?


「ルージュ、上です!」


 不意に、イヤホンからローズの声が響く。ルージュははっとして上を見上げた。




 屋上の辺りの虚空。何も無い中空に一人の人造人間が佇んでいた。




ビルの間に刺す逆光で顔は視認できない。

風を纏ったような髪のシルエットは流れるようにたゆたっている。

ルージュを見下ろしたその人造人間は、ルージュに向かって手をかざす。

「ぐ、ぅッ……!?」

その瞬間から急に、ルージュの体が上手く動かなくなった。

思考のレスポンスが重くなり、指先が動かない。

やがてその見えない拘束は腕までも侵蝕してくる。


 突然、紫色の髪の人造人間を中心として爆発が起こった。


「!?」

それと同時に、ルージュの見えない拘束が解ける。

しかし状況はよく飲み込めない。


 上空、ビルの屋上の端に立っているもう一つの影。

「よっ。待たせたな」

「その声…ノワール!」

硝煙を背景にそこに居たのはノワールだった。

「…あーあ、派手にやっちまった。ま、木端微塵にはしてねぇから安心しろ」

ノワールの視線は目の前の硝煙の渦へと。


 突発的に、その硝煙の渦が突風に吹き払われる。


 さっきまで硝煙の中に居た紫色の髪の人造人間は、何処にもいなかった。


「なッ…!?」

動揺するノワール。

「…大変です、ルージュ」

ルージュのイヤホンから、さっきよりも更に動揺を帯びたローズの声が聴こえる。




「ターゲットの反応が再び、しかも今度は完全に消失しました…!」




「バカ言うな! 破壊できるようなの撃った覚えはねぇぞ!」

「…いや、違う。破壊はされてない。破壊されたのなら破片が飛び散る筈だよ…」

ルージュはぽつりと言う。


 ―――まさか、本当に消えた……?
それに、さっきの見えない拘束。




 あの違法人造人間は、一体何者だったんだ―――?