ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#9 Death『死神』後篇6



 しろいはねのまものがはかいをまきちらす。


 凄絶、と評するしかない。

そにかくそれだけ凄まじい光景であった。

彼がひとつ羽ばたく度に熱風が撒き散らされ、

移動速度は最早『速度』とは呼べない。

気が付いたら目の前にいた、というレベルで移動と切断を繰り返し青い空の下を白い流星が駆け抜ける。

戦況が傾いた、などという生易しい表現ではない。

確定していた。人間達の壊滅が。

一部においては逃げだす者まで現れる始末である。

ただ、白い魔物はそれさえ逃そうとはせず撃墜させる。

分け隔てなく、そいつは全てを破壊しようとする。

足場の消失した空中の世界。次から次へと生身の人間達が落ちていく。
もう歯止めなど利かなかった。

ルージュの背から生えた白い羽根のように、それは彼の心から溢れ出していた。





「あぁぁァあぁぁああァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 ノイズが降り注ぐ景色の中で、白く巨大な羽根を背から生やした少女が頭を抱え悲鳴を上げていた。

とめどなく揺れる視界の中、もう不協和音にさえ聴こえるほど甲高く狂った音声がルージュの思考を直接かき乱す。

まるで内側から引き裂かれるような感覚。

この感覚には覚えがある。

紫電スパイダー…シオンの電撃を浴びた時と同じ『痛み』だ。

ただあのときと違うのは、今回は意識が遠くならないこと。

むしろ、おぞましいまでの絶叫はどんどんはっきり耳に突き刺さる。

降り注いで突き刺すような激痛がルージュの全身に襲いかかり

立ち上がることさえ、意識を途切れさせることさえ許さない。

少女の背の羽根は鳥や蝙蝠のそれよりも、蝶や蛾、カゲロウのような形状をしている。

というよりは、正確には真っ白な火炎の様なものがそれに似た形状をとっている。

そこだけ切り取ったように、ノイズの様なものがまとわりつく視界の中でそれだけがはっきりと形が露わになっている。

そして一際悲鳴が甲高くなった時、感情に呼応するようにその白い羽根が膨張して。


凄まじいまでの重圧を前に為す術のないルージュを簡単に飲み込んだ。






「―――始まったか」

 断罪者本部屋上。

その光景を目の当たりにして、シオンはそれだけを呟いた。

整った顔立ちはいつもどおりである。

目の前を見ているのに遠くを見ているような、虚無を湛えたような表情。

まるで、こうなると予測していたかのように。

何の変哲もなかった。無表情ですらあった。


 彼の頬を一筋の雫が伝っていたこと以外は。


それは彼にはどうしようもなく似合わないように見える。『兵器』として育て上げられた分際で、それを流すなど。

ただしかし、当たり前のようにも見えた。

彼はこうなることを予測していたようであった。

そして出来ればこうなってほしくないとも思っていたかは、本人にしかわからない。

もしかしたら、本人にもわからないのかもしれない。

 ただ、それでもシオンは仮面を着けた。

紫色の六眼を付けた漆黒の仮面で、その事実から目を逸らすように。
その事実を隠すように。

その程度のことは、今の彼にとっては最優先事項ではなかったから。


「…さあ、全てのピースが揃う時だ」


シオン…もとい、紫電スパイダーはそう言った。

自分は目的を果たすだけだと割り切って。

自分の目的は『ブラッドエッジ』を発動させ、『その力を自らのモノにする』ことだと割り切って。

むせかえるほど熱を帯びて吹く風が、紫色の髪を揺らした。

あまりの熱風は上昇気流を生み出し、空には雲が形成され始めていた。






 ルージュは、断罪者本部のエントランスにいた。

「―――え」

白を基調とした、広い空間。

破壊された跡も残っていない空間。見慣れている空間の筈であるのに、違和感を覚える。

先程の空間からいきなり突如見慣れた空間に自分がいた、というのは確かに不自然だらけではあるが

違和感といってもそういう事ではない。

そして、気付く。


行き交っている断罪者メンバー達の制服。

それが最近新調されたものではなく、少し前までのあの陸自の制服を転用したものだという事に。


そもそもが、殆どの断罪者メンバーは先の事件で破壊された筈。

そして何より…知っている顔の人造人間がいない。

更にもう一つの違和感に気付く。

つい先刻吹き飛ばされた筈の自分の左足は、確かにくっついていた。

それどころではない。制服にも、傷一つさえついていない。

 さっき悲鳴を上げていたあの少女は、あの場所がルージュ自身の精神の中だと言っていた。

そしてあの制服。見覚えのない仲間。違和感のあるエントランス。

 その時、視界に入ったのはメンバー達が整列している一角。

彼らに向かい合っているのは、限前透と―――


「…という訳で、今日から第一部隊に配属になるSSSランク『ブランシュ』だ」

「はじめまして、皆さん。ブランシュといいます。よろしくお願いします!」


白いツインテールの少女はそう言った。

笑顔には屈託がなかった。




後に『煉獄メイフライ』と呼ばれることとなる人造人間の物語が、語られようとしていた。