ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#3 Enter secretly『潜入』2



「…成程。それで私達の許へ来た、と。赤髪の断罪者の少年殿」

 巨大な屋敷。

日本でも指折りのマフィア『霊零組』。その本拠地。豪勢な和式の広間の左右で、和装の男達が整列している。

男達の視線の先は広間の中央にいるのはルージュ。


ルージュの視線の先、広間の奥に鎮座しているのは霊零組頭領・霊零十六夜(ミレイ イザヨイ)。


「訊きたいことがある」

「ほう?」

 ルージュはポケットから例の端末を取り出してみせる。

「…人造人間を暴走させる役割を持つこの端末。これをあちこちに流出させているのはお前達か?」

端末を見ると、霊零はふぅむ、と指で顎をなぞる。

見た目、霊零の年齢は30歳前後。長い黒髪に淡い緑色の羽織の生身の人間。

「『トリガー』のことですか。それは否定できませんね」

特に動揺した様子もなく、霊零は肯定した。

「此処までくるということはある程度の調べはついていると同時に裏付けも取れているのでしょう。

 隠す必要もない、か。

 人の手を渡り日本の各所に広まってはいるでしょうが、間違いなく大本は我々霊零組です」

霊零は平然として言ってのけ、ルージュの眼は僅かに細まる。

「では、此方からも質問を一つ。貴方が此処に来た目的は?」

「この端末…『トリガー』と言ったね。コレの出所の制圧、及びお前達全員の検挙だ」

ほほぅ、とあくまで飄々とした様子を、霊零は崩さない。

 霊零のその態度に、ルージュは苛立ちを募らせる。

 いや、ルージュはもとより憤慨していた。

自らの同胞を暴走させた元凶の元凶、それが目の前に居るのだから。

だからこそ、ルージュは奇襲を仕掛けずにこんなことをしている。

自身に敵の意識を集中させる。一人も撃ち洩らさない為に。

殺しこそはしないが、次にこいつらが目を覚ます時は留置所の中。

 そうさせるつもりでルージュは此処に来ていた。

 しかし霊零はそんな事にもまるで気付いていないかのような、

 ともすれば油断だらけのような調子で言葉を続ける。

「それは困りますね。…と言ったところで貴方が退く訳もありませんし、

 当然話し合いで平和的に解決という選択肢も無いのでしょう?」

「言っておくが、賄賂もボクには通用しない」

「おや、先手を打たれてしまいましたか」

馬鹿馬鹿しい、そんなのは最初からわかっているくせに。とルージュは内心毒づく。

「では一つ、賭けをしてみませんか?」

 人差し指を立て、霊零が提案する。しかしルージュにその意図はわからない。

「…賭け?」

「はい。断罪者なら『裏トゥルーズ』をご存じでしょう?

 思考、機動力、馬力、能力。人造人間同士が互いの全てを懸けてぶつかる競技『トゥルーズ』。

 我々が住処とする日陰の世界にもかの競技は浸透しており、勢力と勢力が衝突する場合

 正面からの全面抗争ではなく

 それぞれの組織が『代撃ち士』と呼ばれる人造人間を擁して戦闘させることによって雌雄を決する、

 …それが裏トゥルーズです」

 以前までは、麻雀などの勝負によって勢力の命運を分ける事があった。

 それの形式が麻雀から人造人間同士の戦闘になった、という話。

「…つまり、ボクと、お前達を代表する人造人間が戦闘を行い、それにボクが勝てれば好きにしろ、と」

「流石、飲み込みが早くて助かります」

霊零の口の端が吊り上がる。しかし、ルージュは訝しげに問う。

「だけど待て。そんな事をしてお前達に何の得がある?」

「おや、ご不満ですか?
 
 私達全員を相手にする手間が省けるのですから、断る理由は無いとは思いますが」

 確かに、これを引き受けることによって生じるルージュのデメリットは無かった。

しかし、逆にそれが不気味なのと、


ルージュはとても気に食わなかった。

自分が競技の駒、さながら競馬の馬扱いされようとしていることが。

自分達の生き死にを左右するような殺し合い、それを賭け呼ばわりされることが。

そして、その賭けを断る利益も無いことが。


「…わかった。その賭け引き受ける」

「理解も早いようで助かります。断罪者殿」






 巨大の屋敷のまわりに広がる庭園の敷地も広大だった。

クリアの技術の賜物だろう、あちこちの木から季節外れの紅葉が散っている。

景色は風情を感じさせるものであったが、

ルージュは人造人間であることとは関係無しに別の事に気を取られていた。


 ―――奇妙だ。

引き受けたとはいえ、やっぱり腑に落ちない。

臓器ではなく機械が身体に詰まっている人造人間にこの表現は不適切かもしれないけど。

 向こうとしても全勢力を投入して自分を畳んだ方が確実なハズ。

人造人間にスタミナ切れを期待している訳も無し。

だとしたら、無駄な損害を出さずに事を済ませたい、とそんな意図だろうか。

そんな事を考えている余裕はあるのだろうか。仮に自分がSSランクであることを知らなかったとしても、

此処に単身で乗り込むほどの実力を持った断罪者相手に。

もしかしたら、自分の後に来る援軍にでも備えているのだろうか。

…だとしたら、先程から本部との通信を妨害しているこの電磁波はこいつたちによるものではない…?


「着きました。あの人造人間が貴方の相手です」

 不意に聴こえた霊零の声にルージュは顔を上げ、紅葉の樹の中の開けた場所、そこに佇む人造人間…

青い髪、サングラスに口元を覆う銀色のパーツ、紺色の羽織に人造人間を見てハッとする。


「…推定スペックランク、SSオーバー…!?」


つまり、その人造人間の製造スペックランクはSSSランク相当。

「…そいつが今度の相手か、霊零さんよ」

「その通りです、ブルゥ。

 …紹介しましょう、断罪者殿。




 …あれが貴方の戦う相手、製造番号Unknown 個体名ブルゥ。

 通称『氷華スコーピオン』です」




 人造人間にも悪寒が存在するのなら、きっと今ルージュが味わったそれがそうなのだろう。