ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#0 タンポポは意外と美味しい。
それは例えるなら、幼い子供が特撮ヒーローを目の当たりにした感覚に近い。
薄暗い、四方を鉛色のコンクリートに覆われた部屋。
幾つもの配線はその壁に貼りつくような、冷たくチカチカした頼りない光しか発しない無機質な機械から
部屋の中央に居る灰色の髪の女の子に集中していた。外見から、年齢は恐らく10歳前後の年端もいかない子供。
拘束の為だろうか、鎖も巻きつけられている少女は黒いワンピースだけを着ている。
ワンピースから伸びた両脚は白く人形のよう…ではなく、冷たい金属で構成されている。
座り込んでいる少女の視線は、光が差し込んでいる開け放たれた重い扉の先に向けられていた。
そこには光を背景に、少女と同じくらいの年頃の少年が佇んでいた。
少年が片手を軽く握って、拳を放るように無造作に振る。瞬間、少女を取り巻いていた拘束は一瞬で全て切断された。
少女は呆気にとられる。
少年は構わず少女に近寄る。
逆光と突然の明るさの所為で少女は少年の表情を認識できない。
だが、少年はぶっきらぼうに少女に手を差し伸べた。
最早感情まで壊されていた筈の少女は、自身でも気付かずに涙を流していた。
そして言われずとも理解した。自分はようやく自由になれたのだと。自分はもうこの地獄を脱して良いのだと。
自分はこの少年に助けられたのだと。
鉄の脚でよろよろと頼りなく立ち上がる少女。少年の手は黒い手袋を嵌めていたが、温もりを確かに感じる。
開け放たれた重い鉄の扉は、少女を地獄に閉じ込めていたものであり、少女が新しい世界へ行くための扉だった。
「―――ん…」
夢を見ていたようだ。
目を擦ると、盛大に欠伸と背伸びをひとつ。人一人分の身長ほどもあろう灰色の長い髪が揺れる。
まずは相棒の有無の確認。
キョロキョロと辺りを見回し自分の右の手元に蛇腹になった巨大なノコギリを発見すると、満足そうに
「うむ」
と頷いた。
次に状況の確認。
自分は、確か雨が降ってきたので川の土手の橋の下に避難した筈。
おそらくそのまま体操座りの体勢で眠っていて、夢を見たのだろう。
「…随分と懐かしい夢だ」
自嘲じみた笑みをひとつ。私はやっぱり彼に依存しすぎている、その自覚はあった。
蛇腹のノコギリを握り、だいぶ汚れた靴代わりの包帯を巻いた両脚で立ち上がる。
包帯だけでなく、黒いワンピースも裾が擦り切れていて、首に巻いた深紅のリボンも薄汚れている。
水溜りを見下ろす。
目の下には、いつも通りのクマ。好き勝手に生活しているから、自業自得ではある。
瞳の色は、灰色。
あの地獄の日々から、この色は変わらない。曇った空のような、コンクリートのような灰色。
それでも、そんなみずぼらしい身なりでも生きていた。もう一度逢いたい人を捜すために、旅を続けている。
空を見上げると、まだ雲が空を覆っている。ただ、雲の割れ目から確かに光は射し込んでいる。
まるで空を掴むように、不意に手を虚空にかざす。
すると、辺りを走り抜けた突風と共に、雲が吹き飛んだ。晴れ渡る青空。高い太陽。
「あ」
よくよく考えれば雨宿りしなくても、最初からこうすればよかったと今更気付いた。
どうにも抜けているところがあるのは補う手段の無いネックだった。
しかしそんなことはどうでもいい。直面している、最大にして究極の難関がある。
そう、腹が減った。とてつもなく空腹だ。
どうしたものか。近くには食糧になりそうなものはない。
雑草ならある。雑草にしようか。雑草にしよう。食えれば問題は全くない。
そこらにあったタンポポの花をひとつ適当にむしる。
あんぐりと口を開け上を向く。
その拍子に、視界の端、土手の上に何かを視認する。
口を大きく開け上を向いたタンポポ実食体勢のまま、呟いた。
「…今日の晩飯代、ゲット」
むしゃり、とタンポポの葉を噛みつぶす音。
『絶影セントピード』として、代撃ち士として路銀を稼いでいるから、その金髪の男が私に依頼に来たことは容易に予想がついた。
そう、紛れもなく私こそがSSSランク相当のUnknownの一体、『絶影セントピード』である。
これは私の、ある人物をめぐる物語。

小説大会受賞作品
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