ダーク・ファンタジー小説

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この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
日時: 2025/05/23 09:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919

 ※本作品は小説大会には参加致しません。


 ≪目次≫ >>343


 初めまして、ぶたの丸焼きです。
 初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
 感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。

 この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。



 ≪注意≫
 ・グロい表現があります。
 ・チートっぽいキャラが出ます。
 ・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
 ・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
 ※調整中



 閲覧回数 300突破11/25
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 閲覧回数5000突破 2/26
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 閲覧回数7000突破 7/15
 閲覧回数8000突破 8/31

 ありがとうございますm(_ _)m
 励みになります!

 完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。

 ≪キャラ紹介≫
 花園はなぞの 日向ひなた
  天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 笹木野ささきの 龍馬たつま
  通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 あずま らん
  光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 スナタ
  風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。

 真白ましろ
  治療師ヒーラー。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 ベル
  日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。

 リン
  日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。

 ジョーカー
  [ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。

 花園はなぞの 朝日あさひ
  日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。

 ???
  リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。

 ナギー
  真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
  現在行方不明。

 レヴィアタン
  七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。

 学園長
  聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。

 ビリキナ
  朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。

 ゼノイダ=パルファノエ
  朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

≪その他≫
 ・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.300 )
日時: 2022/05/02 06:32
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bGiPag13)

 26

『何言ってるの?』
『お前は信仰心が薄いみたいだけどよ、神は存在する。精霊であるオレサマが、神の力を間違えるはずねえ』
『百歩譲って神が存在するとして、じゃあ、ジョーカーが神だって言いたいの?』
『んなことオレサマが知るか。大体、神が簡単に人前に姿を見せると思うか? それもお前みたいな一般人の』
『じゃあ、何が言いたいのさ』

 ビリキナは、返事に詰まったらしい。少し時間を空けて、頭の中で声が響く。

『わからない。ただ、ジョーカーの力は神の力に酷似してる。でも、ジョーカーの魔力を直接感じたのはこれが初めてってわけでもないのに、いままで気づかなかった。よっぽど力を隠すのが上手いのか、それとも精霊よりも神に近い何か──怪物ばけものなのか』

 ばけもの、か。

『なんなんだよお前! 白眼だし訳の分からん魔法使うし! バケモノ! バケモノ!!』

 姉ちゃんは確かに、ばけものと呼ばれる存在なのかもしれない。それは痛罵の言葉ではない。ばけものが人智を超えた存在を指すのであれば。もし、もしも、神が存在するというのなら、姉ちゃんならば、神であると信じられるかもしれない。
 そういえば、東蘭も昔〔神童〕なんて呼ばれていたし、笹木野龍馬は〔邪神の子〕と呼ばれている。『神』とは一体何なのだろう。どれだけ優秀だとしても、どれだけ特別だとしても、所詮はただの〈人〉に過ぎない者に『神』の名を与えていいものなのか?

 それなら、ボクはどうして姉ちゃんなら『神』を信じられるなどと思ったんだろう。姉ちゃんは人間だ。人間であるボクの姉だ。
 どうして?

「ルア、大丈夫?」

 さっきの『沙弥』という名の女性が女の子のそばに駆け寄った。目が回復したらしい。あの男性も一緒にいる。
「それに、さっきの魔力は? まさか、あいつが?」
 女性が女の子に話しかける間、男性はボクをじっと見ている。先程までの余裕は全く見えない。警戒するように、観察するように、ただ、見ている。

「……意識が無いわ。当然よね。いくら純血の吸血鬼と言ってもさっきのを直撃したのなら、耐えられるはずない」

 そして、女性もじとりとこちらを見る。

「そしてそれに耐えているということは、発生源はあいつ。
 ろう兄。本気でかかるわよ」
「言われなくてもわかってる」

 二人の瞳は金色に変わり、爪は猛獣のもののように鋭く、長くなった。バキバキと音をたて、口から犬歯があらわになる。

 ボクはぼうっとしていた。諦めたわけではない。この先の未来を予想していたのかもしれない。いや、違うな。負けないことを確信していたんだ。勝つことを、ではなく、負けないことを。
 女の子にかけられた、おそらく呪術によって自分の意思で体を動かすことさえままならず、首の肉は抉られ、血液も致死量に至ると思えるほど出ている。さらにビリキナもボクも、魔力の底が見え始めている。成人済みの吸血鬼二人相手に勝てる要素なんてどこにもない。

「本気、か」

 限界を越えることが『本気』になるのなら、ボクはまだ本気を出していない。

 体が動かないなんて、誰が決めた?
 そんなのただの錯覚だ。

 体が重い? 気のせいだろう。
 魔力が尽きそう? まだ無くなってはいないじゃないか。
 痛みも重さも恐怖も、感情を捨てたボクがそんなものを感じるはずがない。全てはただの妄想だ、幻覚だ。

『狂気』を引き出せ。やってやる。

『吸血鬼五大勢力』? それがどうした。花園家は大陸ファーストの『六大家』の一つだ。大きな違いなんてない。そうだろう?
 俺は〔稀代の天才〕、花園七草の孫だ。どこの誰ともしれない女の血が混じっていようと、それは変わらない。

 俺と目の前にいる二人の間に、どれだけの力の差があるというんだ?

「展開──【シール・サークル】」

 俺は手を二人に向け、そう唱えた。直後、うるさい女の声が警告する。

『エラー発生、エラー発生。個体名【花園朝日】の魂に深刻なバグが検出されました。魔法の使用を続けると、修復不可能な魂の破損が予想されます。直ちに魔法の使用を中断してください。繰り返します。個体名【花園朝日】の体内で深刻なバグが検出されました。魔法の使用を続けると、修復不可能な魂の破損が予想されます。直ちに魔法の使用を中断してください』

 まあ、そうだろうな。杖もなしに『使えるはずのない』魔法を使ってるんだから。

【シール・サークル】は、『六大家』の当主なら当たり前に使えて、大陸ファーストの一般住民が習得するのはやや難しい、という程度の空間魔法。【封印対象】または【排除対象】を自分の魔法が作用する空間エリアに閉じ込める魔法だ。

 この世界には、『限界を越える技術』が存在する。

 自分の『才能』『能力』『魔法』を制御し、『限界』を設けているのは魂の役割だ。限界を越えたければ、魂を壊せばいい。簡単なことだ。
 魂の中には、自分自身に関する全ての情報が入力されている。故に魂の破壊は自我の崩壊に直結する。また、魂の破壊を行う際に肉体の拒否反応と精神の拒否反応、そして異常行為の補正のための『世界』からの強制干渉に耐えねばならず、耐えられなくともそれらが原因で自我が崩壊するそうだ。そして自我の崩壊により引き起こされるであろう具体的な症状は、主に【記憶障害】、【魔力異常】、それからこの場合の自我崩壊の正式名称【段階的自我崩壊】だ。

 それがどうした。

 ……そういえば、これ、どこで知ったことなんだっけ。魂を壊すって、どうやったんだ?
 まあ、いいや。気にするような事じゃない。どうでもいい。

 バチバチと激しい音が両手で鳴る。手の平くらいの大きさの光の玉を生み出し、二人に向かって投げつけた。

 ドゴォンッ!

 重低音が響き、壁の一部が壊れた。二人は【シール・サークル】の中にいたのでその場に留まっている。

「セル・ヴィ・ストラ!」

 女性が叫び、爪で【シール・サークル】を引き裂く。限界を壊したと言っても練度は大したことないので、まあそんなものだろう。予想内だし、むしろこれくらい出来て当たり前だ。

 そのまま、女性は直線に猛進してくる。幻術がなにかだろうか、数回女性の姿がブレて見え、かと思うとボクの肩は噛み砕かれようとしていた。

 あー、やっぱり接触してくるのか。
 そう思いながら、ボクは手に持っていた聖水の瓶を割った。魔法は使わず、握力で。
 投げナイフに聖水を使ってはいるけれど、だからって聖水そのものを持っていないとは限らないでしょ? 聖水は貴重品だから、浪費しないとでも思ったのかな。

「い゛ッ」

 呻いて、女性は離れた。幸い、服のおかげか多量の出血と多少肉が無くなった程度で済んだ。

 女性の心配をする前に、男性はボクに飛びかかり、たぶん、爪かな。爪でボクを引き裂こうとした。
 その前に両手を男性に向け、目を眩ませるくらいの量の光を放った。

「くっ!」

 男性は両手を顔の前、目の前で交差させ、バックステップで下がった。なんだ、もう学んだのか。
「なんで【白】と【黒】を同時に扱えるんだよ?!」
 驚愕に染まった声音で叫んだ。さあ、なんでなんだろ。俺にもよくわからない。でも、使えるんだから仕方がないだろ?

 使えるものは、使わないと。

 27 >>301

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.301 )
日時: 2022/06/02 05:02
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 27

 そうだ。使えるもので思い出した。ジョーカーから投げナイフを教わってからしばらくして、受け取っていたものがある。

『ボクの投げナイフは特別製だから、何かあれば使うといいよぉ。持っているだけでご利益があるかもね? 一本で充分とは思うけど、一応三本渡しておくねぇ』

 鞄を探り、目当てのものを取り出す。ギラギラと輝く鉄色の投げナイフ。ボクが普段使う投げナイフよりも、一般のナイフの形状によく似ていて、ずしりと重く、受け取ったときに最初に思ったのは、投げにくそうだなということだった。使わないだろうという気持ちもあった。ただ、投げナイフは消耗が激しい武器なので、あればあるほどいい。それだけの理由で持っていた。

 使ってみようか。

 深い考えはなく、単純にそう思った。

 柄を持ち、構えて、投げる。思っていたよりスッと投げナイフは手から離れようとしていた。
 なんだ、思っていたより投げやすいんだな、と思っていた、次の瞬間。

『【神創武具・スートの忠誠】の【付与効果・一撃必中】を発動します』

 無慈悲な歌声のように、無機質な声は告げた。
 え、と思う間もなく、ボクの体は『激痛』に襲われた。

 二度目の【一撃必中】。
 今度は、肩の関節が熱を帯びた。ゴキッと骨が外れる音がした。腕全体が熱を抱いた。血管がドクドクと蠢き、今にも破裂しそうだ。左手を右腕に当てる。左手が触れた感覚がしない。

 糸が切れたように、身体中が痛みを叫んだ。
 身体がぐらりと傾いた。

 首に、肩に、防ぎ損ねた名前も知らないような奴らに付けられた些細な傷すらもじくじくと痛む。いや、当たり前だ。針で刺しただけでも痛むのだ。人間の体とは、そういう風に創られていたはずだ。剣で、弓で、武器で傷を負わされたのなら、痛むに決まってる。そのことをいまのいままで忘れていた。

 熱い。

 身体の周りが熱に覆われているような、そんな感覚。不快な熱が、まとわりつく。熱と疲れと出血で、頭がくらくらする。ボクはとっくに限界を迎えていたのだと、そのとき初めて気がついた。こんな状態で魂を壊したのだから、そりゃあ、ぶっ倒れもするはずだ。

「は、は……」

 自分自身を嘲笑わらった。なんとも渇いた声だった。音ではなく空気と認識できるほどのか細い声。
 そうか、と、頭の中で呟く。『負けない』と確信していた理由を知った。ボクはボクが死ぬことを予感していたんだ。『勝つ』ではなかった。『負けない』と思った。自分で自分を殺すのだ。『殺されない』自信があった。

 痛みと共に、吐き気がするくらいの血の匂いも感じた。鼻が曲がりそうな刺激臭。ボクだけの血じゃない。女性や男性の血の匂いもすることは、血の匂いに敏感な吸血鬼でなくとも理解出来た。自分の着ている服に付いた血が、ボク自身のものだけでないことも。
 視界に投げナイフが身体に突き刺さった男性の姿が見えた。肩を抑えて掠れた息を吐く女性の姿が見えた。

 罪を自覚した。

 恐ろしかった。

 自分が自分じゃなくなる──人間じゃなくなる気がした。

 予感に過ぎない。予想でしかない。でも、確かにそう感じた。

 戦闘時間は、とても短いものだった。こんなに短いものか? そう感じざるを得なかった。女性は聖水を浴び、男性は投げナイフが刺さった首元を抑えてうずくまり、ボクはもう動けない。
『勝利』も『敗北』もない。

 何かがおかしい。

 脳内でほんのわずかな違和感を見つけた。けれど、それの正体を探す前に、男性と女性が動くのが見えた。近接戦は諦めたのか、呪術の兆候を感じた。

「……」

 ボクは目を閉じた。ここで終わりを迎えるのも、悪くは……。

『何を考えてる? 姉ちゃんのことはどうするんだ!』

 声が聞こえた。

「もう、やめてよ」

 疲れたよ。いいんだよ。もう、いいんだ。疲れた。これだけ体をボロボロにしてまで、これ以上何をするっていうんだよ。疲れた。疲れた。疲れた。

 大人しく、殺されよう。

 このままじっとしていれば、この世界に殺される。それでいいんだ。これがボクの運命だ。それがボクの末路だ。

 ボクは、もう、

 死にた──

「予想以上だ、ガキ」

 突如廊下に響く声。その声は、聞き覚えがあった。
 どこから聞こえてきたのかわからなくて、前にいる男性と女性を見ると、呆然と前(つまりボクの方)を見て、目を見開き、動きを止めている。

 振り向くと、そこには、見たこともないような凶悪な笑みを浮かべるあいつがいた。

「よお」

 海、というよりは空の色と形容するべき水色の短髪。透き通るような蒼色の瞳と、それ以外にも端正に整えられた顔のパーツ。男性が着ているような洋風の貴族らしい、それでいて派手すぎない洋服。主に黒と青で形作られているそれの足元は、べっとりとした赤で染まっていた。

 前髪が一房黒く塗られていたり、右目が夜空のような黒に変わっていたりとボクが知っている姿と少し違う。だけど間違いない。その顔は見間違うことはない。ボクがこのカツェランフォートに侵入した目的そのものである、笹木野龍馬だった。

「使いの分際で俺を呼んだんだから、腕の二つや三つちぎってやろうかと思ったんだがな。面白いもんが見れたからチャラにしてやるよ」

 使い? 呼んだ?  何の話だ?

 そう考える隙もなく、ボクの体が勝手に動いた。ビリキナが動かしているのだ。
 ボクは笹木野龍馬に跪いた。

『何してるの?』
『黙ってろ! お前が死にたくてもオレサマは死にたくなんかねぇんだよ!!!!』

 疲労困憊していたボクは必死さが滲むビリキナの声に気圧され、ビリキナに任せることにした。
 興味もないしね。

「龍馬!」

 男性が大声を張り上げた。

「華弥はどうした! まさか、その血は」
「俺と『こいつ』を一緒にすんじゃねえって、何度も言っただろうが」

 低い、苛立ちを隠さない声が、『男性の近くで』聞こえた。
 顔を向けた頃には、もう、男性の体は吹き飛んでいた。

 ドゴォンッ

 凄まじい破壊音が、廊下の先で聞こえた。

「あ? 何見てんだよ」

 ボクではない。笹木野龍馬は隣にいた女性に言った。

「い、いえっ」

 女性は青ざめ、ぱっと笹木野龍馬から視線を逸らした。

「ふうん?」

 満足気に笑い、ボクを見た。

「お前のことは気に入った。随分待たされたけどよ、殺さずにおいてやる。お前みたいな頭のネジがぶっ壊れたやつは好きなんだ」

 ゆっくりと、こちらに歩み寄る。一歩一歩、音が大きくなるごとに、怖いくらいの静寂を感じた。

「出せ」

 何を、というのはすぐにわかった。あの『ボタン』とやらのことだろう。それはビリキナも察したらしい。
『おい、どこにあるんだ?!』
『鞄の中』

 右腕が乱暴に鞄を探る度に、痛みが増した。でも、耐えることすら億劫で、ボクは黙って痛みを受けいれた。

 ビリキナは何故か焦っている様子で、落ち着けばすぐに出せるはずのボタンを出すのに手間取った。なんとか出せると、笹木野龍馬に差し出す。

「お前も来るんだろ?」

 ボタンを受け取ると、不思議そうに言い、ボクの右腕を雑に掴む。そして、ボタンの突起を押した。カチッと音が鳴り、突起は凹んだ。

 疑問はあった。ボタンのことを笹木野龍馬は知っていたようだった。笹木野龍馬の様子もおかしい。

 でも、とにかくボクは……もう、疲れた。

 28 >>302

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.302 )
日時: 2022/06/02 05:04
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 28

 どこかから、嗚咽混じりの泣き声が聞こえる。
 彼は、すぐ近くにいた。
 ボロボロの服とマントを身につけ、傷だらけの両手で何度も何度も涙を拭う。その繰り返し。
「なにしてるの?」
 問いかけても、返事はない。聞こえていないらしい。
 暗く、冷たく、たった独りの空間で、少年は泣いていた。
「どうしたの?」
 もう一度問う。返事はない。
 だけど少年はこちらを見た。その顔を見て、驚いた。髪は長く、結われて肩から垂らされ、姿も小さかったが、それ以外はあいつに瓜二つだった。
 息を呑む程に綺麗な『蒼』の瞳が、まっすぐに虚空を映している。

 どこかから、罵声が聞こえる。
 彼らは、やや離れたところにいた。
 似たような服を身につけ、髪色は、濃淡の違いはあるが全員同じような青系。顔は見えないが、何となく、兄弟なんだろうと思った。
「うっわ、きったね!」
「また吐いたのか。全く、情けないな」
「仕方ないよー。〔出来損ない〕だもん!」
 そう言う三人の少年と、何も言わずにクスクスと笑う少女。そしてその四人に囲まれてうずくまる、さっきの少年。
「こんなんが片割れの俺の身にもなれよ。もっと王家らしくしろ!」
 嘲笑を含んで少年を怒鳴りつける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 舌が上手く回っていない声が、小さく聞こえた。その声にも、聞き覚えがあった。

 どこかから、声が聞こえる。なんと言っているのかはわからない。さっきまでの暗い場所ではない、どこか。風景すら見えない。真っ白い光の中から、声が聞こえる。
 言葉は聞き取れない。だけどそれが先程までの悲しい言葉ではないことだけは分かった。
 光はとても暖かく、そして、冷たかった。

 どこかから、声が聞こえた。

「おーい、朝日くん?」

 ジョーカーの声だ。

「ん……なに」
「ああ、良かった。生きてたんだね」
「なに、を」

 声を出した瞬間に先程までのことを思い出し、ぼやけた意識を無理やり覚醒させ、自分の状況を確認した。
 視界が元に戻っている。ビリキナとの【一体化】が切れているんだ。顔に被っていたマスクも取られている。でも、身につけている服はそのままだった。
「お疲れ様、朝日くん。外も中もぐちゃぐちゃだったからとっくに死んだと思ったよ」
 その言葉を無視して、横たわっていた体を起こそうと身動みじろぎした。
「動かない方がいいんだけど……うん、座った方がいいね」
 矛盾したことを言いながら、ジョーカーは笑みを顔に貼り付けながらボクを見ている。

 ボクがいたのは、なんとも暗い場所だった。ぼんやりと青黒く光る円柱が等間隔に立てられていること以外なにも分からない。円柱は神殿にあるようなデザインと形で、見上げると、天井がなかった。どこまでも伸びている。
 それから、とても静かだ。ボクの呼吸音すらも響くほど。
 そしてなにより、この空間に充満する異様に濃密な魔力に吐き気を覚えた。空間そのものが『歪んでいる』と錯覚してしまうほど、異質な魔力。

「ここは?」

 ジョーカーは楽しそうに、いや、面白がるように笑った。

「うーん、そうだね。天界の[負の領域]なんだけど、信じる?」
「天界?」
「天界というか、神界だね。神々が住まう場所。ただ、人間である君が来るとなったから少々弄っているよ」

 急に突拍子のない話をされても、受け入れられるかと言われれば答えはノーだ。
「何言ってんの?」

「あはは。君らしい答えだけど、神の前でその言葉を口にするのは控えた方がいいよ」

 その言葉を聞いた途端、背筋に悪寒が走った。ジョーカーの言葉に恐れをなしたわけではない。

 本能が導くままに振り向いた。そこには、さっきまで居なかった──気づかなかった、『神々』がいた。

 中央の玉座にどかりと構える、獣よりも雄々しい、顔の見えない毛むくじゃらの巨漢。黒いもやをまとい、全体像を捉えにくい。ただわかるのは、離れていても感じる、ビリビリとした威圧感。
 腕を組んで仁王立ちをし、鋭い眼光をこちらに向ける、強面の、大きな男。正面から見ると髪は短く見えるが、後ろで編んでいるのがちらりと見える。下唇から飛び出た長い牙と、腰に差した大振りの剣が特徴的だ。
 玉座の肘掛けにちょこんと座る、男か女かわからない人物。ほかの二人と比べれば五回りくらい小さく、子供っぽさが滲んでいる。可愛らしい顔立ちで、肩甲骨あたりまでの髪の長さも相まって中性的な印象を受けた。口元には笑みが浮かんでいるが、その笑みは嘲笑に見える。
 通常の羊よりも毛の量が多く、体格も大きい黒羊に乗った少女。くるくるした髪に羊の角が埋まっていて、どことなくゼノに似ている。真っ黒な瞳には光が一切なく、虚ろだった。

 異様な四人が、石像のように、佇んでいた。

「彼らは君に興味が無いみたいだから、ボクが説明するね」

 ボクは何も言えなかった。薄々その正体に気づいていたから。気づかざるを得なかったから。疑う理由がわからなかった。ジョーカーの口の動きを凝視し、言葉を待つ。

「組織の名前は[ニオ・セディウム]。目の前にいる彼らはテネヴィウス神をはじめとした『六帝』だ」

 そう。四人──四神の姿は、本に描かれたニオ・セディウムの神々の姿にそっくりだった。
 獣の姿の最高神、テネヴィウス神。大剣を持った戦神、プァレジュギス神。性別を持たない、与奪を司るイノボロス=ドュナーレ神。六帝の唯一の女神、新月を司るノックスロヴァヴィス神。

『これは、神の力だ』

 ビリキナの言葉を思い出し、震える声を絞り出す。

「じゃあ、ジョーカーも」
「いや、ボクは神じゃないよ」
「で、でも、組織の幹部だって」
「ボクはね、元々組織にいたわけじゃないんだ。言ってしまえば協力関係にあるだけ。立場として『幹部』の肩書きを預かってたんだ。それももう、終わるんだけど。

 ボクは〈スート〉。ただそれだけだよ」

 スート。その言葉を、どこかで聞いた覚えがあった。どこだっけ?
 ああ、そうだ。確かあの時。

『【神創武具・スートの忠誠】の【付与効果・一撃必中】を発動します』

 ジョーカーから貰ったあの投げナイフの名前に、スートという文字が入っていた。神創武具とはその名の通り、神が創った武具のこと。そういうアイテムはダンジョンや遺跡で見つかったり、歴史ある国や家で厳重に保管されていたりする。だけど、そういう場合、当たり前だけどアイテムは一つ、多くても二つであることがほとんどだ。いくら数が必要な投げナイフだって例に漏れないだろう。少なくともボクはいままで神創武具の投げナイフの話なんて聞いたことがなかったから、本当にそうかはわからないけれど。
 なのに、ジョーカーはボクに『三本』の投げナイフを渡した。その上で、ジョーカー自身も大量の『同じ』投げナイフを持っていた。明らかにおかしい。そんなにたくさんの神創武具を一人が所有しているなんて、ありえない。

 それこそ、神でなければ。

 そして、【スートの忠誠】という名称。普通、武具の名称は、例えば剣なら『〜〜剣』、『〜〜ソード』というようにひと目でそれが何の武器なのかがわかるようになっている。たまに固有名を持つ武具で、『剣』や『ソード』などが省略された武具はあるにはある。でも、【スートの忠誠】のような、文のような名称の武具は聞いたことがない。さらに武具の名称は一般的にその武具の特徴がわかる名称になっているのに、その要素も含まれていない。スートってなんだ? 忠誠ってなんだ?
 わからないことだらけだ。

「ああ、そうそう。一応治癒魔法をかけておいたよ。まだ死なれちゃ困るからね。君は君の役割を、全うし切ってはいない」

 そう言われて初めて気がついた。体のあちこちにあった傷が治っている。所々破けてしまっていた服も元に戻っているし、染み付いた血も消えている。
 黒魔法による治癒は、基本的には外傷にのみ適用される。でも、疲れやそれ以外から来る気だるさもある程度解消されている。これは白魔法による治癒と考えていいだろう。つまりジョーカーは、白と黒の両方の魔法を使えるのか? ますますジョーカーについて不信感が増す。

 全ての生物は、白か黒のどちらかの隷属だ。それは決して覆らない。だから扱える魔法の種類も白か黒のどちらかになる。白の隷属の生物が黒魔法を扱うなんて有り得ない。逆も然り。ボクはボクの人生の中で、その有り得ない人物を一人だけ知っている。
 当然だと思っていた。当たり前だと思っていた。それに疑問を抱いたことがなかった。姉ちゃんなら、非常識なことも常識に思えた。

 初めからそうだった。少なくとも、記憶にある限りでは姉ちゃんのすることに違和感を感じたことがない。あまりにも、『違和感が無さすぎた』。

「りゅーくん、起きてるー?」

 ジョーカーはボクから離れた。見ると、そこには笹木野龍馬が倒れていた。転移前と同じ格好で、眉間にはシワが寄っている。苦しげな表情だ。

「気を失ったままだね。魂に相当負荷がかかってたから、疲れてるのかな?」

 すると、静かだった四神のうちの一神、イノボロス=ドュナーレ神が動いた。

「起こすよ。どいて」

 いつの間にかジョーカーの隣、笹木野龍馬のすぐ近くに移動していた。そして、ジョーカーが何かを言う前に、笹木野龍馬の腹部を強く蹴った。ドゴッと重い、打撲音。

「いつまで寝てんだよ! さっさと起きろ!! ハハハハ!!!!」

 あくまで楽しげに叫ぶ。あどけなさの残る顔に浮かんだ狂気の笑みは、子供が虫を殺すときのように、無邪気なものだった。

「ていうか、重くなったんじゃない? 幸せに生きてるみたいでよかったね!!」

 その言葉が意味するもの。それは、つまり。

 ボクは大体のことを察した。この状況になれば、誰でもそうならざるを得ないだろう。

「うっ……」

 何度も何度も蹴られ、笹木野龍馬は呻き声を上げた。それを聞いた直後、イノボロス=ドュナーレ神はしゃがみ、笹木野龍馬の髪を掴んだ。

「やあ。ようやく起きたんだね、〔出来損ない〕」

 29 >>303

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.303 )
日時: 2022/06/02 05:07
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 29

 絶叫が響いた。それが笹木野龍馬の声なのだと認識するのに時間を要した。正しい言葉は聞き取れず、声と言うよりも音に近かった。獣の咆哮によく似た、地の底から空気を揺らすような叫びだった。

 その悲しみが隠れた声に、聞き覚えがあった。

 イノボロス=ドュナーレ神は笑みを浮かべながら、瞳の奥に怒気を宿した。それを見たからか、笹木野龍馬は青ざめ、両手で口を抑える。

「うるさいなぁ、生意気。何様のつもり? は?〔出来損ない〕の分際で? 自分の立場忘れた?[王家]から離れて平和ボケでもしたの?」

 怒りを隠そうともせずににこりと笑う。それは転移前の笹木野龍馬が浮かべていた笑みに、そっくりだった。
 イノボロス=ドュナーレ神は、掴んだ笹木野龍馬の髪をグイッと自分に寄せる。痛みに微かに表情を歪め、笹木野龍馬はだらんと手を下げた。

「あの女にそそのかされてフローの肉体を消滅させて姿を消して。探したんだよ? まさか下界に降りてのほほんと暮らしていたなんてね。楽しかった? 自分の罪を忘れて過ごして、楽しかった?」

 そして、自分よりもやや体の大きい笹木野龍馬を軽々と突き飛ばした。
 イノボロス=ドュナーレ神の左腕が青黒く光る。ちょうど、周囲にある柱と同じ色だ。その手は目で追えるか追えないかくらいの速度で笹木野龍馬の顔を掠めた。何をしたのかわからないでいると、イノボロス=ドュナーレ神が語り出す。

「例え同じ[王家]の一員だとしても、『王家殺し』は重罪だ。それくらい、馬鹿なお前でもわかってるよね?」

『王家殺し』。王家というのは、[ニオ・セディウム]、つまり『六帝』のことだろう。この場にいる『六帝』は四神。二神──双子神が足りない。どちらか一人を笹木野龍馬が殺したということなのか? そして、笹木野龍馬は。

 イノボロス=ドュナーレ神は笹木野龍馬に、握っていた自身の左手を開いて見せた。遠目でそれが何か視認出来ないけど、笹木野龍馬の右目がなくなっているから、それが何なのかは明らかだった。
 不思議なのは、笹木野龍馬が右目から、右目があった場所から血が流れても何も言わないことだ。目線を下に向け、なぜかじっとしている。さっきあの叫び声を上げたのが嘘のように、とても静かだ。痛くないはずがないのに、表情に感情が現れてすらいない。時間が経つにつれて、まるで人形にでもなるかのように、静かに、無表情に、無感情になっていく。

「安心しなよ。お前の罪は新たな支配者マストレスによって許される。〔出来損ない〕のお前がようやく役に立つ時が来たんだ! むしろ喜べ! そして、馬鹿な自分を呪うといい。それか、お前みたいな〔出来損ない〕に手を貸したキメラセルの最高神。あの女もあの女だ! わざわざ自分の価値を下げてまでお前を助けようとして? 結局出来てない! お前が[王家]から逃げられるわけないのにね! ハハハ!!」

 今度は笹木野龍馬は表情を変えた。顔を上げ、驚いたようにイノボロス=ドュナーレ神を見る。苦しそうで、悲しそうで、今にも泣きそうな表情だった。けれどそれもすぐに消える。

「イノ、やめろ」

 プァレジュギス神が口を開いた。不機嫌そうで、それでいて無感情な声。

「茶番はいい。お前だって好んで〔出来損ない〕と話したいわけでもないだろう」
「当たり前ですよ。でも、だからこそ、絶望に叩き落とすのが楽しいんじゃないですか」

 イノボロス=ドュナーレ神は、少しの穢れすら知らないような幼い笑顔でプァレジュギス神に向かって言い放つ。

「もう、会うことも無いのですから」

 ボクに向けられた言葉でもなければ、そもそもイノボロス=ドュナーレ神の意識の中にボクはいない。なのに、どうしようもない恐怖を感じた。子供らしい笑顔がさらにその恐怖を際立たせる。

「嫌悪しかない『弟』に、最期の挨拶くらいしてもいいでしょう?」

 弟。

 第二帝であるイノボロス=ドュナーレ神には、あと三神、弟妹神がいる。弟神であり双子神であるディフェイクセルムとコラクフロァテ、妹神であるノックスロヴァヴィス神。
 もう疑いはない。笹木野龍馬は神だ。実際の神を目にしてわかった。神は実在する。信仰心のないボクにでもわかる。信じる以外の選択肢がない。それほどまでに強烈な存在感と魔力と威厳があった。そしてその神が「弟」だと言った。他の四神ほどの、神だと信じられるほどの要素は笹木野龍馬にはなかったが、『神がそう言っている』のだから、『それが真実に決まっている』。

 笹木野龍馬は双子神のどちらかだ。ボクは笹木野龍馬の真の名を既に導き出していた。

「ん?」

 イノボロス=ドュナーレ神が呟いた。自分の手に乗った笹木野龍馬の右目に目をやる。

 異常な光景だった。笹木野龍馬の右目がどろりと溶けた。イノボロス=ドュナーレ神の手から溢れるほど体積が増え、水が沸騰するように気泡が次から次へと物体から飛び出す。粘り気のあるそれはぼとりと地面に落ち、ぐにゅりぐにゅりと形を成した。

 双子神の力は、繋がっている。ディフェイクセルムが生物を生み出し、コラクフロァテが生物を融合させ、新たな生物を作り出す。

 ディフェイクセルムは、自身の血や涙、腕や『目玉』から生物を生み出す。

「あ……あ、あ」

 真っ青な顔で、笹木野龍馬は地面に座り込む黒い小動物──たった今生み出された生物を見た。黒いトカゲのような姿をしていて、それはすぐに霧となって消えてしまった。

「下界に行ったみたいだね」

 ジョーカーが言った。笹木野龍馬はようやくジョーカーの存在に気づき、同時にボクにも気づいたらしかった。

「え、ど、うして、朝日くん、が」
「ひっどいよねー。あいつがお前をここに連れて来たみたいだよ?」

 笹木野龍馬の言葉を遮るように、イノボロス=ドュナーレ神は立ち上がって、弾んだ声で言った。
「残念だね。あいつがいなかったらお前はもう少しくらいは夢を見ることが出来たのにね! ハハハハッ!」

 イノボロス=ドュナーレ神の顔を見て、言葉を聞いたあと、笹木野龍馬はボクを見た。笹木野龍馬と、目が合った。
 ボクは目を逸らした。なぜだか罪悪感に浸された。少しの沈黙、その少しの時間が重くのしかかる。自分のしたことが笹木野龍馬にとっての『悪』だという自覚があった。笹木野龍馬なんかどうでもいいと思っていた。いや、違う。どうでもいいと思っている。そのはずなのに、なぜ罪悪感を抱くのだろう。自分でもわけがわからない。

「巻き込んで、ごめん」

 しっかりとした口調で、そう言われた。イノボロス=ドュナーレ神と向かい合っていたあの情けない様子とは打って変わった、芯のある声。
 わけがわからない。
 笹木野龍馬はボクを責めるべきなのに。どうして謝るんだ? 

 驚いて笹木野龍馬を見ると、イノボロス=ドュナーレ神がまた笹木野龍馬を蹴っていた。今度は、顔を。

「はあ? なんだよそれ、つまんないなー。恨めよあいつを!! 毎度毎度絶望ばっかしてんじゃねーよ! 下界人相手にも『そう』なのか!?」

 それからチッと舌打ちをして、吐き捨てる。

「フローを殺ったって聞いたから、ちょっとはまともになったと思えば、それかよ。
 てか、お前喋れたんだ。いつも同じことしか言わないからてっきり……」
「イノ、いい加減しろ。父上をこれ以上待たせるな」

 プァレジュギス神が声を張った。ぎろっとイノボロス=ドュナーレ神を睨む。イノボロス=ドュナーレ神は肩をすくめて、悪びれない調子で言った。

「すみません。もう終わります」

 顔面が血にまみれた笹木野龍馬を放置して、元いた場所に戻って行った。それを待っていたと言わんばかりにジョーカーが笹木野龍馬に近づく。

「君には、正しい支配者マストレスのための生贄になってもらうよ」

 30 >>304

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.304 )
日時: 2022/06/02 05:08
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 30

 笹木野龍馬は座ったままジョーカーを見上げる。光を失った虚ろな目をジョーカーに向けて、か細い声で問いかけた。

「あの方に、なにを」

 言いきらずにそこまで言うと、また人形に戻った。その先は言わなくても通じるだろうという意思を、なんとなく感じた。

「あの方には、何もしないよ」

 ジョーカーは感情が見えない笑みを浮かべた。

「その必要が無いからね。君はボクを信用出来ないだろうけど、これは信じてもらっていい」

 同じく感情が見えない空虚な表情を浮かべた笹木野龍馬を見ながら、説明口調で語り出す。

支配者マストレスを、君はどこまで知っているのかな。君はあの方からろくに話を聞いていないようだけど。でも、その様子だと少しくらいは知っていそうだね」

 さっきから言っている、マストレスってなんだ? 聞いたことすらない言葉だ。

「ここは、『世界』だ」

 右手の人差し指で自身の足元を指し、ジョーカーは当たり前のことを言った。

「ここが神界だという意味じゃない。それは世界ではなく『領域』だ。ボクが言う世界というのは、神界も魔法界も悪魔界も天界も、全てをひっくるめた世界のことだ。
 そして、世界というものはここだけにあるものではない。同じような、あるいは全く違った世界が数多存在する。

 ここから先は少しややこしい。ボクは理解することは求めない。理解したければすればいい。ボクは契約に従って、説明をするだけだ」

 そう言いながら、ボクを見る。契約?

 ──ボクの、姉ちゃんを知るという目的のことを言っているのかな。だとしたら、姉ちゃんとどう関係するっていうんだ?

「この世界が生まれる前、ここではない別の場所せかい支配者マストレスはいた。そしてまたその前には、そこではない他の場所せかい支配者マストレスはいた。逆に言えば、支配者マストレスは世界の創造を繰り返し、世界を転々と移動している。そう。マストレスは支配者であり、かつ、創造者でもあるということだ。
 そうして種子マストレスが移動してきた道筋を、『世界線』と呼ぶ。

 また、世界線は枝分かれする。一人の種子マストレスが新しく世界を創造するとき、創造する世界は一つじゃない。厳密には、『Aという世界を作る種子マストレス』や『Bという世界を作る種子マストレス』が存在し、世界は無数に出来ていく。つまり種子も無数に増えていくということだね。そんな、一人の種子マストレスが生み出した無数の世界線をまとめて『次元』と呼ぶ。

 そして最後。世界線が枝分かれする前、無数に増える前の種子を、『芽生えの種子たね』と言う。この『芽生えの種子たね』は複数いる。つまり、次元も複数あるということだ。こういった、複数の次元を合わせて『時空』と呼ぶ」

 あまりにも情報が、多くて、頭の中がぐしゃぐしゃになりそうだ。それに加えてジョーカーは理解させる気がないから余計にわかりにくい。それでもボクは何とか思考回路を動かし、多少無理やりに自分自身に理解させた。

 でも、それがどうしたって言うんだ? ジョーカーは、何が言いたい?

「……と、ここまで種子たねの具体例としてマストレスを出してきたけど、マストレスはこの世界にいる種子たねの一人だけだ。他の種子たねはただの種子たねにすぎない。
 ただし、マストレスになる権利はどの種子たねにも平等にある。マストレスの象徴であり、種子たねがマストレスになるための条件が」

 ジョーカーは言葉を切り、表情を消した。睨むような目つきで、しかし宿す光は緩くもなければ鋭くもなく、ただ単純に、笹木野龍馬を見た。

「君だ、笹木野龍馬──いや、ひとり

 ひとり? また知らない言葉が出てきた。ひとり。笹木野龍馬が、ってことだよな。でも、ひとりってなんだ?『一人』ではないと思うんだけど。『独り』? それもなにか、違う気がする。

「君が特に知らないことは、君自身のことだろうね。君はあの方から直接聞くことを望んでいるようだけど、そんなの、待っていても無駄だよ。あの方は臆病だ」

 待って。まだ喋るの? これ以上情報を詰め込める余裕ないよ。
 ああもう! 仕方ない。ジョーカーの言うことを信じるなら、姉ちゃんに関係することなんだ。ジョーカーが嘘をついているという懸念はある。でも、根拠がない。少しでも姉ちゃんを知れる可能性があるのなら。

「何から語ってあげようか。君の役割なまえひとり。独と書いてひとりと読む。世界に一人いる種子に対し、一つの時空の中でたった一つしかない特別なたね。種子は、そしてあの方は、君を探すためだけに世界の創造を繰り返してきた。
 君は、魔力に色がついていることは、知っているには知っているだろう? 大きく分けて白と黒。白は最も純粋な魔力。黒はあらゆる魔力が混在し、その中に青や黄など、様々な色の魔力が混在している。まあ、純粋な黒、というものもあるんだけどね。ボクの力もどちらかと言えばそれに近い。
 下界人ひとびとは忘れているようだけど、白と光、黒と闇は等しい関係ではない。もしそうであるとするならば、大陸ファーストの民の象徴である金髪は明らかにおかしい。光で金の色を作ることは出来たとしても、光の三原色に『黄』はない。白の隷属、黒の隷属という表記は誤りだ」

 またか。また知らない言葉が出てきた。光の三原色ってなんだよ。でも、納得出来る部分もある。キメラセルの神々に服従する種族が白の魔法を使えるのなら、キメラセルの最高神、ディミルフィアが白と黒の魔法を使えることは多少の違和感がある。

「一度は気にしたことがあるだろう。この世界には、赤い見た目をした存在はいない。なぜ、という疑問に対する解答はあまりにも単純。『許されていないから』だ。
 だれも赤い魔力を持っていないということではない。紫だったり橙だったり、他の色と混ざった状態で、赤の魔力は存在している。ただ、純粋な赤の持ち主がいないだけだ。そして、種子たねを除き、唯一純粋な赤の持ち主である君も、普段はその特徴は隠れている。髪の色にも瞳の色にも赤は表れていない。だから君を含め、君が赤の持ち主であることに気づけない。それでも種子マストレスは、君が赤の持ち主だとわかる。自身の不十分な要素を埋める『道具』に、気づけないわけがないんだ。君がいてはじめて、『支配者マストレス』は完成する」

「どうぐ……」

 笹木野龍馬は言葉を繰り返す。

「ほら、思い出してみて。あの方の外見、足りない色は? 純粋な黒、数多の色が混在する黒を操るあの方に、足りない色」

 そこで、笹木野龍馬の目が大きく見開かれた。

「そう。そういうことだよ。理解出来た? 理解出来ても出来なくても、ボクはどちらでもいいけどね。

 種子マストレスは世界を創造し続ける。ある世界にひとりがいなければ次の世界を創り、そこにもひとりがいなければ次の。同じことの繰り返し。通常の精神ならとっくに朽ち果てているだろう。何万年何億年の規模じゃない。兆、京、垓……無限の刻を、あの方はそうやって過ごしてきた。それが種子マストレスの役割。この虚無のループを止める鍵となるのは君だ。嬉しいだろう? あの方を救えるのは君だけなんだ。あの方にとって君は唯一無二の、自らの解放のための道具なんだよ。
 他の種子たねは救われない。救われるのは支配者マストレスだけ。きみを使って新しい時空を生み出す。そこで支配者マストレスの役割は終了する。その時点で他の種子は最後に創り出した世界に、永久に閉じ込められる」

 ジョーカーはしゃがみ、笹木野龍馬と視線を合わせた。目を細め、自身の両手を笹木野龍馬の頬に添わせる。

「だけどそれでは退屈だ。ありきたりでこれまでの繰り返しで、あまりにもつまらない。それよりももっと面白いことが出来る。君の持つ、もう一つの特徴。君を使うことで、他の方法でもあの方を救うことが出来る。

 ──支配者マストレスの権限の譲渡だ」

 幼い、少女の声がこだました。

「ねぇ、まだ?」

 31 >>305


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