ダーク・ファンタジー小説

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この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
日時: 2025/05/23 09:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919

 ※本作品は小説大会には参加致しません。


 ≪目次≫ >>343


 初めまして、ぶたの丸焼きです。
 初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
 感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。

 この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。



 ≪注意≫
 ・グロい表現があります。
 ・チートっぽいキャラが出ます。
 ・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
 ・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
 ※調整中



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 ありがとうございますm(_ _)m
 励みになります!

 完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。

 ≪キャラ紹介≫
 花園はなぞの 日向ひなた
  天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 笹木野ささきの 龍馬たつま
  通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 あずま らん
  光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 スナタ
  風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。

 真白ましろ
  治療師ヒーラー。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 ベル
  日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。

 リン
  日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。

 ジョーカー
  [ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。

 花園はなぞの 朝日あさひ
  日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。

 ???
  リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。

 ナギー
  真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
  現在行方不明。

 レヴィアタン
  七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。

 学園長
  聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。

 ビリキナ
  朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。

 ゼノイダ=パルファノエ
  朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

≪その他≫
 ・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.255 )
日時: 2021/08/28 22:43
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: MHTXF2/b)

 28

 カーテンの色が緑みの強い青なため、姉ちゃんを照らす光の色も、同じ色になる。いつもの眩い輝きは、いまは月のような静けさを感じさせる。青い光の中で白い肌が幻想的に浮かび上がり、妖精のような雰囲気を醸し出していた。
 眠っている姉ちゃんを見るのは、いつぶりだろう。幼い頃なら何度かあったが、成長するにつれてその回数は減っていった。それに、こんなに無防備な姉ちゃんを見るのは初めてだ。姉ちゃんは寝ていてすらなお張り詰めた空気を維持し続け、ボクが少し動いただけでも起きそうだった。なのにいまは、何をしても起きる気配がない。

 生きているのか、不安になるほど。

 ボクは姉ちゃんの口元に手を運んだ。鼻に手をかざし、ホッと一息吐く。よかった、息はしている。生きてる。

「やあ、朝日くん。調子はどうだい?」

 耳に息が吹きかかり、ボクの体はビクッと跳ねた。
「あはっ、驚いたぁ? 最近は慣れちゃって張り合いがなかったから嬉しいなー」
「静かにしろよっ」
 普段と同じ声量で話すジョーカーに、ボクは小声で怒鳴った。
「へーきへーき。起きないって。日向ちゃんは慣れないことして疲れてるんだから」
 ジョーカーはヒラヒラと手を振り、遠くにあった椅子を移動させてボクの隣に腰掛ける。わざとらしく音を立てるなんて下卑た真似はしなかったが、音を立てないように、という気遣いは欠片ほども感じなかった。
「チッ」
「君のその癖は治らないねぇ」
 ニヤニヤと笑うジョーカーに向かってボクは吐き捨てた。
「姉ちゃんの前に出てきていいの?」
 折角姉ちゃんと二人きりでいたのに。さっさと出て行ってくれないかな。
「ボクもそのつもりはなかったんだけどね」
 ジョーカーは目をスウッと細め、姉ちゃんを見た。
「ここまで緊張を解いたヒメサマを見るのは、初めてだからさ」

 ヒメサマ? 姫様、ってことか?

 ジョーカーは、姉ちゃんと決して薄くない関係があるらしい。語る言葉の端々で、それが理解できる。だけど、どこでそれを築いたんだろう。姉ちゃんからジョーカーのことを聞いたことがないし、出会うタイミングだって限られている。昔からよく遠方のダンジョンに行っていたから、もしかしたらそこかな? でも、コイツがダンジョンに行く理由なんてあるのか? 確かに、ボクが一人きりになると大抵現れるから暇ではあるのだろうけれど。随分前に、することがないのか、と訊くと、「ボクには悠久の時間があるからねぇ」と言われた。そういえば、コイツは何の種族に分類されているんだろう。

「皮肉だよね。ボクとヒメサマを繋ぐ糸は限りなく強いはずなのに、ボクはヒメサマの全てを知っているのに、ヒメサマはボクに対してすごく冷たい。なのにこんな魔力切れなんかで簡単に隙だらけな姿を晒すなんて」
 ねっとりと絡みつくような視線を姉ちゃんに向けるジョーカーから感じるのは、いつものようなふざけた雰囲気ではなかった。
「まあ、いいんだけどね。そんなこと。ボクはヒメサマの狂った姿が好きなんだから。ヒメサマの目がボクに向かなくたってどうでもいい」
 いつの間にかボクの向かい側に立っていたジョーカーが、手を姉ちゃんの顔に伸ばした。
「姉ちゃんに触るなッ!」
 そう言いながら立ち上がろうとしたけれど、体が動かない。魔法だ。
「チッ」
 人形のようにただそこにいる姉ちゃんの頬を、ジョーカーの指がなぞる。それを見ているだけで虫酸が走り、言いようのない嫌悪に襲われた。
「やっぱり、りゅーくんが原因なのかなぁ。ヒメサマはおかしいよ。あまりにも人間らしくなっちゃって」
 手は固定したまま、顔をボクに向けて、ジョーカーは言った。
「知ってる? 日向ちゃんの放つ本来の狂気は、それはそれは美しいんだよ。飛びっきりの笑顔で血の海に溺れる姿は艶やかで……」

 ジョーカーはそこで言葉を切った。

 29 >>256

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.256 )
日時: 2022/02/10 16:56
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 0j2IFgnm)

 29

「うーん、思ったよりも早かったなぁ」

 ゆっくりと姉ちゃんから手を離して、ジョーカーはいつものようにニヤニヤと笑った。研ぎ澄まされたナイフのような、モノクロの狂気が消えていく。部屋から色彩が戻り、青い光が満たしていった。

「そんなになまっていないみたいだね、彼女も」

 もう少し力が弱まっていると思っていたんだけど。そんなことを楽しそうに呟いて、ベッドに手をついた。ぎしりとベッドがきしみ、ジョーカーは姉ちゃんの額にキスをした。

 気持ち悪い。

 まただ。また、この感情が頭の中を塗りつぶす。嫌悪に憎悪。嫉妬と、それから……。

 だけど、違う。なんなのだろうこの情は。ざわざわと背筋に虫が走るようなこの感覚。無意識に体が痙攣し、脳が麻痺したように思考が冷えきり、なのにうるさいくらいに警報が鳴り響く。
 恐れ、怖れ。すっかり忘れてしまっていたその感情が呼び起こされる。

 畏れ。

 畏敬。

 三音の言葉が、脳裏にこびり付いた。

 頭で確立した結論を、心臓が拒否する。そんなはずはないと、神にすら抱いたことの無いこの感情を、あろうことかこんな訳の分からない男に向けるだなんて。

「おい」

 喉が震えるくらいの低音が、腹の底から響いてきた。

「姉ちゃんに、触るなよ」

 ボクは今、どんな顔をしているんだろう。アイツを睨んでいるのかな。笑ってはいないと思うけど、どうだろ。わかんないや。
 ジョーカーはクスッと笑って、体を起こすとボクに言った。

「触るなよ、かあ。日向ちゃんは朝日くんのものでは無いでしょぉ?」
 音もなくボクに近寄り、目というよりも穴と称する方が相応しいような真っ黒なそれで見下ろす。
「というか、不可能じゃない? 君は近いうちに神に裁かれるんだから。日向ちゃんの傍に居続けることは出来ないんだから。日向ちゃんを独占することは叶わないよぉ」
 コイツも姉ちゃんも、何故神が存在することを疑わないのだろう。他の人とは違い、『絶対である』と信じているのではなく、『それが当然である』と考えている印象を受ける。
「勘違いしない方がいい。日向ちゃんはボクらのものだ。他の誰でもない、ボクらの。言葉には気をつけなよぉ。ボクは頭がやわらかいから見逃すけど、は冗談が通じないからねえ」
 彼? 彼って誰だ?
「ま、君が彼に会うことはないかもね」

 今まで見たことの無いような、見る者に恐怖心を植え付ける笑みを浮かべ、言い聞かせるようにジョーカーが言う。

「神は慈悲深い。君は彼ではなく神に罰せられることを感謝すべきだ。優しい易しいカミサマは、甘い判決を言い渡すだろうからねぇ」

 ボクらなら、そうはいかないよ。

 警告するように、ボクに言葉を突き刺した。
 それはナイフではなく杭のようなもので、言葉をボクの中に留めるものだった。

「チッ」

 知るか、そんなもの。

「ボクは神を信じない」

「とんだ姉不孝、者だねぇ、君は」

「ッ!」

 ギリ、と奥歯を噛み締める。自覚がある分言い返せない。姉ちゃんは昔から、あれだけ神の怒りだけは買うなと言っていたのに、ボクはこの世界における禁忌を犯した。そしてそれを姉ちゃんは知っている。ボクから言ったことは無いけれど、時折見せる悲しげな表情が全てを語っている。

 でも、仕方ないじゃないか。

 ボクが大罪を犯す度。
 姉ちゃんはその顔を悲しみに染めるのだから。

 30 >>257

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.257 )
日時: 2021/10/02 17:07
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: NGqJzUpF)

 30

「ああそうだ。このことも話しておこうかな」
 ジョーカーはボクに自分の腕を見せた。
「なに?」
 ジョーカーの腕なんて見たくないんだけど。
「我慢して少しの間だけ見ててねぇ」
 もう片方の手で、腕をなぞる。肘から手首にかけて、ぐるりと一周するように。
 色を失ったような真っ白な腕を見ていると、突然、模様が表れた。大量の黒い糸が絡みつくような不気味なそれは、吐き気がするほど気持ち悪いものだった。見れば腕をなぞる手や顔、身体中のあらゆる部分からその模様が浮かび上がっていた。

「なに、これ」

「この学園に仕掛けられた魔法だよぉ。魔力の供給元は学園長。日向ちゃんに危害が加わった時にその原因を潰したり、日向ちゃんの魔法の助けをしたりする。まあ、条件が厳しいからあまり作動することはないんだけどねぇ」
 つまり、学園長の魔法ということか? 姉ちゃんを守ったり、助けたりする?『生徒』ではなく?
 というか、潰れてないじゃん。潰れればいいのに。学園長の魔力を、ジョーカーが上回っているという考えでいいのかな。
「学園長についてはかなり謎なんだよねぇ。大体の検討は着くんだけど、そうする理由がわからないんだあ。本名すらもわかんないしねえ」
 ジョーカーの言う通り、学園長は謎に包まれている。名前どころか種族すらも明かされていない。魔法を含めた個人の能力は、主に『種族』と『家系』に左右される。もちろん例外(おそらく姉ちゃんも例外に当てはまると思う)は存在するが、大抵はそうだ。現にボクは天陽族という『悪に対抗する種族』の生まれで、エクソシストの家系だ。故にボクは、光属性の魔法を得意としている。

 しかし、学園長のような特殊な魔法に長けた種族も家系も思い浮かばない。もしかしたら姉ちゃんと同じ『例外』なのかな。
 それだけじゃない。少なくともボクが聞いたことがある限り、バケガクの学園長を務めた人が、今の学園長以外にいないのだ。およそ十歳の頃から通っていたらしい(具体的な時期は教えてもらっていない)姉ちゃんも、今の学園長以外知らないそうだ。姉ちゃんは学園長のことを「理事長」と呼ぶから、昔は理事長とは別に学園長がいて、何らかの事情で学園長に役職が変わったのかと思ったけど、姉ちゃん曰くそんなことはないとのこと。ちなみに、昔は知らないけれど、いまのバケガクに『理事長』なんて役職はない。それに加えて、ボクは学園長室に何度か入ったことがあるけれど、そこの壁には本来飾られているはずである歴代の学園長の絵が無かった。もちろん何らかの事情があるのなら話は別。だけど。

 もし、これまでに学園長を務めた人が居ないのだとしたら──

「まあ、そんなに重く考える必要はないよお。向こうも隠している様子はなさそうだから、そのうち分かるだろうしねえ」

 思考に耽っていたボクにジョーカーが言った。模様の浮き出た腕を擦りながら、ニヤニヤと不気味に笑っている。
「それにしても、やけに早かったなぁ。見つからない自信すらあったのに」
 なんて言っていると、ふとなにかに気づいたように顔を上げ、数秒後、ボクをみた。
「ねえ、もしかして、日向ちゃんのことヒメサマって呼んだ?」
「え? ああ、うん」
 なんだ、もしかして気づいていなかったのか? 意図的にそう呼んでいるのかと思っていたのに。というか間抜けだな。自分が何を言ったのかすら把握していないなんて。
「失礼だなぁ。無意識ってやつだよ」
「心の中を読むなよ」
「どーりで早いわけだよ。まさかボクがミスしていたなんてねぇ」
 まるで自分が間違いを犯さないとでも言いたげなセリフを吐いたあと、ジョーカーはボソッと呟いた。

「これは……少しマズイかもな」

 ? 何の話だろう。

 ジョーカーは何故か姉ちゃんを睨んだ。いや、睨んだと言うよりも、その瞳に宿す感情が強過ぎるあまりに睨んだように見えたと言う方が適切だろうか。ただ、その感情が何なのか、ボクにはわからなかった。執着のような、嫉妬のような、何か。

「彼がなんて言うか……」

 また、彼。それは誰のことを言っているんだろう。ジョーカーの話す様子からして、少なくとも姉ちゃんと無関係という訳では無さそうだ。それなら、気になる。
 そう思ったボクはジョーカーに「彼」のことを尋ねようとした。

 けれど。

「なっ」

 ジョーカーは、知らぬうちに姿を消していた。今の今まで目の前にいたはずなのに、立ち去る気配も感じなかった。

「チッ」

 まあ、いい。これでやっと姉ちゃんと二人きりになれた。

 ボクは姉ちゃんを見た。蒼い光は仄かに夕日の色を帯びている。青から赤に変わった光は、姉ちゃんをボクの手の届く場所に引き戻し、ボクが存在する空間と姉ちゃんが存在する空間とを繋げた。

 立ち上がり身を乗り出して、左手をベッドにつく。ギシッと音がしたけれど、ボクはそれを無視する。ゆっくりと、先程ジョーカーが触れた部分の頬に触れ、少しずつ手の位置をずらし、顎へ、そして首へと右手をかけた。

 ──このまま起きなくてもいいのにな。

 とく、とく、と、微かな振動を感じる。一拍一拍の感覚は一秒よりは僅かに長い。

 生きてる。

 姉ちゃんに「生」を感じたのは、これが初めてかもしれない。

 31 >>258

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.258 )
日時: 2021/10/28 21:46
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iTqIkZmq)

 31

 カーテンの色が濃い橙色に染まる頃に、姉ちゃんは目を覚ました。意識が覚醒したと同時に体を起こし、少し辛そうに顔の左半分を手で覆う。
 しかしそれもわずかな時間のこと。すぐに手を外し、顔を上げる。

「……」
 姉ちゃんは何も言わない。いつものように虚ろな目をどこかに向けて、沈黙を貫く。先程まで感じていた「生」が段々と遠ざかっていくことを自覚して、ボクは堪らず手を伸ばした。
 オレンジ色の光は姉ちゃんの顔を暗くした。暗い色の中で、青色の瞳が静かに輝く。
 白く華奢な、慌ただしい人生に似合わない綺麗な手がボクの指と絡まる。

 一瞬よりもやや長い時間、姉ちゃんは視線だけをボクに向けた。そして視線を正面へ戻し、意識だけをボクに留める。
「どうしたの?」
 握った手は握り返されない。無気力に開かれたままの姉ちゃんの手を見ながら、呟くように言葉を零す。

「えっと、大丈夫?」
「なにが?」

 ぎゅう、と、強く姉ちゃんの手を握る。姉ちゃんの言葉は、決して冷たくはなかった。なんの温もりも感じなかったけれど、冷たくも重くもなかった。けれどそれが、苦しいくらいに、悲しい。
 握り返されることを期待してはいない。でもそれでも、願望はあって。

「えっと」

 口に出したい言葉なら、溢れるように出てきた。
 あんな強い魔法を使って、体に異常はないのか。学園長とどんな関係なのか。ボクに何を隠しているのか。たくさん、たくさん。
 でも、言葉は形を成さなかった。姉ちゃんは頑なにボクを視界に入れない。どうやっても、手を握り返さない。それが、辛い。
 言葉を出せば、求めれば、どんな答えが返ってくるのだろう。突き放されたりしないかな。昔からなんだかんだいってボクに甘かった姉ちゃんだけど、今日のこれは触れてはいけない気がする。姉ちゃんの、心の奥底、触れられない場所、ボクが、辿り着けない場所。

「ねえちゃ」

 声はそこで途切れた。
 姉ちゃんがボクの手を解いた。
 心が冷える。
 心が冷める。
 色彩が消える。輪郭がぼやける。世界が堕ちる。
 待って、お願い、待って。手を握ってどうかお願い。
 置いていかないで。絶望は怖い。アレは怖い。コレは恐い。

 怖い怖い恐い恐イこわいこわいコわいこわイコワいコワイコワイコワイ──

「大丈夫」

 耳元で、平均よりも少し低いであろう声が囁いた。ボクの視界には、辛うじて姉ちゃんの肩が映るだけで、その他の部位は見えない。目で感じられない代わりに、全身で。姉ちゃんという存在を、姉ちゃんという実感を感じる。細い体は生気を失ったかのように冷たくて、けれど暖かくて。小さな心拍音が肌を通して微かに伝わる。
 ボクを包む力は強くはない。大切そうに、といった様子も伝わらない。ただひたすらに不器用に、姉ちゃんはボクを抱きしめていた。

 九年前のあの日と同じように。

「心配かけて、ごめん」

 感情がまるでこもっていないと、何も知らない人ならばそう言うだろう。
 でもボクは知っている。

 静かである以外に何も持たないような言葉の中に、確かなボクへの『想い』があることを。

 期待していなかった。期待してはいけないと、思い込んでいた。そうするようにしていた。だって期待なんかしたって、それが実ることは無いと分かっていたから、知っていたから。後で傷つくことになると、知っていたから。だから一方的な片想いで終わればいいと、それでいいのだと自分に言い聞かせてきた。どうせボクは長く生きる気がなかったから。罪を犯したボクはいつか正義を貫く誰かに捕えられて罰を受けるのだから。姉ちゃんと離れ離れになることが確実となったその時に、死ぬ気でいたから。その時は遠くはないだろうから。そう思って、そう思って。

「ボ、ボク、ずっと、不安で」

 だから尚更。期待していなかったから、それが──姉ちゃんの中にボクが宿ることが叶って、ボクは高揚した。涙は出ないが、声は震える。今までの寂しいとか、この瞬間の嬉しいとかの感情がぐちゃぐちゃに絡まってほつれて、心臓を締めつける。

「大きな魔法を使って姉ちゃんが死んだらどうしようとか、そうじゃなくても魔法障害を引き起こしたらどうしようとか、色々……いろいろ!」

 ボクは居たんだ。姉ちゃんの中に居たんだ。

 夢だったら覚めないで欲しい。もう離れないで欲しい。ずっとこのままでいて欲しい。
 だらんと下げていた手で姉ちゃんの制服を掴んだ。すると姉ちゃんは、ボクを抱く力をやや強めた。感じ取るのが難しいほどではあったけれど、確かに強めてくれた。

「ごめんね」

 なんの温度も持たない声が、無性に暖かく感じる。

「朝日」

 姉ちゃんが、ボクの名前を呼ぶ。

「話を、しようか」

 普段なら感情を込められることの無い姉ちゃんのその声からは、何故か微量の『覚悟』を感じた。

 32 >>259

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.259 )
日時: 2021/10/28 21:54
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iTqIkZmq)

 32

 話? 何の話だろう?
「どこから、話そうか」
 ボクを抱きしめたまま、姉ちゃんは呟く。
「まず、私は、魔法障害にならない」
 そして唐突に、そんなことを口にした。

 到底信じられることではなかった。そんな話は聞いたことがない。魔法障害というものは、人の体が限界を越えた時に起こるものだ。いくら姉ちゃんでも限界はある。限界を迎えることが滅多にないというのならまだしも、限界を迎えることが無いなど、ありえないのだから。

 そんなの、人間じゃない──この世の生物ではない。

「でもそれは、何もおかしなことではない。誰も彼もが私を異常で異様だと言うけれど、私からしてみれば、私でなくても今の私に辿り着くことが出来るように思う。私は少し特別だけれどそれだけで、他に何も持ち得ない。私は私の持つ物を、上手く活用しただけの、ただの人間。ただそれだけのこと」

 皮肉にも聞こえるような、理解しにくい言葉の後に、姉ちゃんは一つ一つ説明を始めた。

「魔法障害は、二つ以上を重ねて引き起こすことは無いということは知ってる?」

 ボクは頷いた。とは言っても抱きしめられた状態でだったから、実際には少し頭を動かした程度に収まったけれど。

 しかし頷いたとはいっても、その情報の信憑性はあまりない。『魔法障害は並行して引き起こされない』ということそのものが最近発見された物事であり、その原因はまだ仮説すら立てられていない状況だ。そもそも魔法障害自体が研究があまり進んでいない未知の領域なのだ。

「私が魔法障害にならない理由は、それ。私は既に、一つ魔法障害を持っている」

 その言葉を耳が脳へ伝え、そして脳が理解したその瞬間、ボクの心臓はどくんと跳ねた。脳をも揺らさんばかりのその拍動に、ボクの意識は一瞬途切れる。

「え?」

 ほぼ無意識に音が出た。脳が正しく機能しない。それほどまでに姉ちゃんが言った言葉は、突然で、理解し難い言葉だった。

「髪や瞳の色は、各個人の体内の魔力によって決定される。朝日はまだしっかりとは習っていないだろうけど、一般常識としてなんとなくは知っているんじゃないかな」

 ゆっくりと紡がれる声を聞くにつれて、ボクは姉ちゃんの言わんとすることを予測し始めた。

「髪や瞳の色が遺伝するのもそれが理由。魔力が遺伝するから、自然と色は親に似る」

 どれだけ飛び出た才能を持って生まれても、どれだけ親とかけ離れた魔法の才を持って生まれても、魔法を構成する体内の魔力の基礎は親から遺伝する。

「けれど何事にも例外はある。
 ……その例外のうちの一つが、私。」

 そんなはずはない。だって、説明の仕様がない。

『生まれついての魔法障害』なんて、聞いたことがない。

「待ってよ……だって、姉ちゃんの白眼は生まれつきなんじゃ……」
「私はその昔、とても大きな魔法を使った。【分解魔法】や【創造魔法】の比では無い、【禁術】の中にさえ含まれない禁忌の術。私はその魔法を使ったことにより、片目の色素を構成する分の魔力を失ったの」

 囁くように、呟くように、ぽつりぽつりと零れる言の葉は、まるで懺悔のように聞こえた。冷たい熱がこもった声はなんとなく苦しげで、ボクは嫌な汗を握った。

「私は朝日を責められない。その資格を、私は持っていない。朝日を『そう』したのは私だから。朝日の罪は私の罪、だけど私は朝日の罪を償えない。それは許されていない。責任が取れない、その権利を私は持ち得ない。カゾクは大切にしようって決めていたのに……ごめんなさい」

 罪悪感も後悔も、自責の念も背徳感も、何も感じない。あるのは深い歓喜、ただそれだけ。
 ボクの中には濃密な快楽のみが強く埋め込まれていた。姉ちゃんがボクを想って謝罪している。『気にしなくていい』と慰めることだって出来る。『姉ちゃんのせい』だと罵ることも出来る。ボクの言葉次第で姉ちゃんを癒すことも傷つけることも出来るという今の状況に、ボクは酔っていた。

「朝日を責める気持ちは断じてない。この結末を防げなかったのは私で、全ての責任は、いずれこうなることを予想してなお過ちを犯した私にある。それなのに償うことをしない私を、許して欲しいなんて言わない。でも……だから、ごめんなさい」

 静かに、冷たく、けれど優しく、人間らしく言葉を連ねる姉ちゃんを、ボクは再度抱きしめた。
 なんと言うのが正解なのだろう。なんと言えば、姉ちゃんは新しい表情を見せてくれるのかな。

「姉ちゃん」

 何を言おうとしていたのか、よく分からないうちにボクは口を開いた。
 この時ボクが何を告げようとしたのかは、誰も知り得ないことだった。

 突然、姉ちゃんの体が輝いた。暖かく柔らかく、それでいてどこか排他的な印象を受ける光が、姉ちゃんを中心として室内に充満した。不思議と眩しいとは感じない。後光のような輝きだった。
 やがてその光は姉ちゃんの胸の辺りに一点に集まった。そして小さく人の形を作る。そのシルエットはひどく見慣れたもので、そうであるからこそ、ボクは驚くのではなく不思議に思った。驚くということなどは、既に今更のことだから。

 輝きは徐々にシルエットに器を与えた。ふわりと風になびく金糸の髪が徐々に形を成し、服とも言えないような布を重ねた衣が現れる。金の色は白に近い薄橙に変わり衣から飛び出た肌を表す。顔には新芽色をした瞳が覗く。背にモルフォ蝶の羽根を生やし、美しい精霊は姉ちゃんの手の平に降りた。

「あら?」

 ベルはちょこんと首を傾げた。体のサイズも相まって、小動物のような雰囲気を醸し出す。
「なにか話をしていたの? 邪魔をしてしまってごめんなさい」
 申し訳なさそうに控えめに笑うベルに、姉ちゃんは淡々と言った。
「行くよ」

 呆然とその様子を見ていたボクと、さっさと毛布をたたんで出入口に進む姉ちゃんを、数回交互に見たあと、ベルは「はい」と返事をした。

「朝日」

 姉ちゃんは扉に手をかけ、振り向いてボクを視界に入れた。空虚な青と白の瞳がボクを見る。
 自分の行先はわかっているのだろう、笹木野龍馬達がいる場所を尋ねるのではなく、姉ちゃんは言った。

「カミサマには、逆らわないで」

 先に行ってる、と言い残して去る姉ちゃんを、ボクはモヤモヤとした気持ちで見送った。

 姉ちゃんのことを知れたはずなのに、教えてもらったはずなのに、前よりも距離が開いたような気がする。

 33 >>260


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