ダーク・ファンタジー小説
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- この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
- 日時: 2025/05/23 09:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919
※本作品は小説大会には参加致しません。
≪目次≫ >>343
初めまして、ぶたの丸焼きです。
初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。
この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。
≪注意≫
・グロい表現があります。
・チートっぽいキャラが出ます。
・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
※調整中
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ありがとうございますm(_ _)m
励みになります!
完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。
≪キャラ紹介≫
花園 日向
天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
笹木野 龍馬
通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
東 蘭
光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
スナタ
風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。
真白
治療師。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
ベル
日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。
リン
日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。
ジョーカー
[ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。
花園 朝日
日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。
???
リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。
ナギー
真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
現在行方不明。
レヴィアタン
七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。
学園長
聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。
ビリキナ
朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。
ゼノイダ=パルファノエ
朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
≪その他≫
・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.295 )
- 日時: 2022/03/30 21:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
21
ボクの名前を知ってるのか? 顔を隠しているのに、ということは精霊には通じないだろうからいいとしても、どうして名前までわかるんだろう。いくら〈スカルシーダ〉でも、一人の人間の名前までいちいち覚えているわけない。この青いスカルシーダ──ネラクに会ったのは正真正銘これが初めてだ。
全く心当たりがない。
『答えろ。さもないと、切る』
ネラクがそういった途端、周囲を冷気が包んだ。魔法だ。足元の枯葉や枯れ枝が凍りつき、その氷は伸びて、鋭利な先端をボクの顔に向けた。
『ここがどういう場所なのか理解した上で来たのなら、この意味がわかるな?』
怪物族はボクたち以上に五感が優れていて、吸血鬼は特に嗅覚が発達している。つまり、血の匂いに敏感だ。それにボクは大陸ファーストの人間で、怪物族とは敵対関係にある。たとえ一滴であっても、その血の匂いを奴らは逃しはしないだろう。いくら【一体化】をしているとはいえ、流石に血の匂いまでは誤魔化せない。
でも。
ここで引くわけにはいかないんだ。
「ぼ、ボクは」
あからさまに声が震えている。怖いのか? ボクは彼に、恐怖心を抱いているのか?
わからない。
『ビリキナの力で攻撃してごらん』
どこからともなく、ジョーカーの声がした。後ろを見る。いない。右も、いない。左も同様だ。どこにいるんだ? いや、そもそもこの場にいるのか?
『おい、どうした?』
ビリキナが怪訝そうにボクに問う。聞こえてないのか?
前を見ると、ネラクも変わらずボクを見つめている。
ボクにしか、聞こえていない?
まあいい。どうせ引き返せないんだ。このままされるがままになって血の匂いを漂わせながら動くよりもここで魔法を使う方がよっぽどマシだ。
匂いは、嗅覚は、壁や天井を越える。僅かな隙間から漏れ出てしまう。だけど魔力は違う。ほとんどの生物が魔力は触覚的に捉えている。もちろんボクのように視覚的に捉えるものもいれば、嗅覚的、聴覚的、そして稀に味覚的に捉える者もいるが、それは全体の割合で言えばほんのひと握りだ。匂いならば百の可能性で見つかる。けれど魔力なら、使ってすぐにこの場を離れてしまえば少なくとも匂いよりは見つかる可能性は低くなるだろう。
その結論に至ったボクはネラクに手の平を向けた。
【フィンブリッツ】!!!
無詠唱でこの魔法を使えるように、幾度となく練習を重ねた。黒い稲妻を手の平から打ち出す単純な魔法。闇魔法と雷魔法を掛け合わせた、闇の隷属の雷使いならば息をするように扱える、基本の攻撃魔法。
そう。基本の魔法だからこそ、ビリキナの魔力を扱う上で習得すべき魔法だった。そしてこの類の魔法は、術者の技術によって威力は大きく左右される。他のビリキナの魔法を使うための力を養うためには、この魔法を極めるのが手っ取り早かった。〈スカルシーダ〉に勝てるだなんて微塵も思っていない。だけど今のこの状況で最も上手く扱える魔法は、これだ。
打ち出された黒い稲妻は、まっすぐネラクに向かう。ワンテンポ遅れてネラクの表情は驚愕に染まり、彼は自身の周囲に薄い膜、バリアを張った。当然だ。ボクの魔法は弾かれる。こんな魔法が通るわけがない。
次の一手を考えるボクの視界に、信じられないものが映った。
稲妻は、いとも容易くネラクのバリアを貫通した。まるでそれが当然であるかのように、まるでバリアなどそこに存在しないかのように。そのまま吸い込まれるように、稲妻はネラクの身体を貫いた。身体の中央、腹部のど真ん中。稲妻の勢いは収まらず、ネラクの身体は吹き飛んだ。元々宙に浮いていたせいでもあるのか? いや、それはないだろう。もし仮に足を地に着けていたとしても、その程度の摩擦ではあの勢いは殺せない。
精霊はボクらと似たような姿をしているだけで、中に血は通っていない。でも、確実に重傷を負ったはずだ。
どうしたらいい? 逃げるべきか? いや、きっと追ってくる。でも〈スカルシーダ〉を殺せるわけない。その前に殺されてしまうだろう。どうしたらいい?
『精霊の殺害を確認しました』
22 >>296
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.296 )
- 日時: 2022/03/30 22:00
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
22
最近は聞くことのなかった、どちらかと言うと女性的な声。感情のない淡々とした口調で、続けざまに言葉が降りかかる。
『称号【神に背く大罪人】・職業【精霊殺し】を解除。これにより使用可能武器【対精霊武器】・使用可能魔法属性【黒魔法】を解放します。職業【魔法士】を【魔術師】にランクアップ。使用可能武器が十に到達、【魔術師】level1に到達したことにより、使用可能魔法【武器生成】を解放します』
時間という概念から完全に隔離された意識だけの空間。白いような黒いような訳の分からない空間で、ボクのステータス画面が大きく表示されていた。その中で、次々に文字が増えていく。それにつれて、ボクの脳内で欠けたピースがどんどんはまる。知識とピースが合わさり、形になる。
この感覚は、久々だ。気持ち悪いのか心地いいのかわからない。確かに言えることは、『自分に出来ることが増えた』ということ。理解ではなく実感として得られる感覚。
『現在これらの武器が使用可能です。使用しますか?』
声はボクに選択を迫った。画面が切り替わり、少数の武器の名称の一覧が表示される。属性付きの武器のようで、そのほとんどの属性が、先程解放された黒魔法だ。なぜ、大陸ファーストの生まれであるボクが黒魔法を? 精霊殺しと言っていたが、〈スカルシーダ〉があの程度の攻撃で死ぬわけがない。となると、まさか、リンか? あの紫髪の精霊は弱ってはいても死ぬような様子はなかったはずだ。リンが死んだのか? それとも、『堕ちた』のだろうか。
それを確かめる術は今はない。故に悩むだけ時間の無駄だ。ボクは画面に向けて手を伸ばした。
ここは時間という概念から完全に隔離された意識だけの空間。現実世界ではボクの体は眩い光に包まれていることだろう。ボクがここでいつまで過ごそうと、現実では一秒の時間すら経っていない。
ボクは戦闘中にこの現象が起きることがとても嫌いだ。なんせ、集中が切れる。危険から切り離されたこの空間から敵からの攻撃が降り注ぐ戦闘に戻るときの頭の切り替えが苦手だ。
緊張を維持しつつ、少しでも早く現実に戻ろう。そう思い、ボクが選択した武器は。
伸ばした手から、黒いもやが噴き出した。今まで体感したことの無い未知の感覚。ビリキナの魔力を使って魔法を使うときのものによく似ている気もする。でも違う。これは、ボクの魔力だ。魂を中心にしてボクの体内を循環する、他の誰でもないボク自身の魔力だ。噴き出した大量の魔力はいつまで経っても収まらず、ボクは頭痛がした。魔力切れの兆候、とはなんだか違う。体の中を風が吹き抜けるような、そんな感覚。そういえば、ランクが【魔術師】になったとか言ってたっけ。魔力量が大幅に底上げされたのかな、魔力が尽きる様子はない。
やがて、もやは一点を中心に形を成し、そして三つに分かれ、それぞれが一つの武器になった。短剣によく似た、しかしそれよりもやや単純な見た目の、『投げナイフ』。
冒険者を含め、自分の武器として投げナイフを選ぶ人はとても少ない。そもそも投げナイフというものは、メリットよりもデメリットの方が目立つ武器だ。
弓でもそうだけど、消耗が激しく戦闘中の回収も難しい、いわば使い捨ての武器なので、出来るだけたくさんの武器(投げナイフ)を持っておく必要がある。重さだったりかさばったりなんかの問題はアイテム・ボックスに入れることで解消されるけど、そうするとアイテム・ボックスの容量が少なくなって魔物を倒したときに手に入る素材が持ち帰れなくなる、という問題が発生してしまう。魔法を使わずに投げナイフで魔物を仕留めるのは至難の業だから、素材と言っても手に入るのは大抵魔石くらいのものだけど。
切れ味も、投げた時は通常のナイフよりは切れるけど、近接戦になるとてんで役に立たない。遠距離攻撃の手段はそれこそ弓があるので、人に教えられる程の技術を身につけている人が少ない(習得が難しい)投げナイフよりも、数は限られるとはいえ一般の学校で習得出来る弓の方が扱う人は多いのだ。
でも。それでもボクは投げナイフを選んだ。理由は単純。『姉ちゃんに褒められたから』、ただそれだけだ。欠点が多いという投げナイフの特徴も理解した上で、他の武器は二の次にひたすら投げナイフの技術を磨いた。
たった八年間、されど八年間。何かの役に立つなんて思いもしなかった。姉ちゃんとの思い出が廃れてしまうのが怖くて、何度も何度も教わったことを繰り返していた。誰かに教わることもせず、遠い昔の記憶を頼りに。姉ちゃんから教わった姉ちゃんの技術が、他の誰かの技術にすり変わるのがどうしようもなく嫌だった。
『朝日くんの武器も、ボクと同じ投げナイフなんだねぇ』
いくら長い間同じことを繰り返していたとしても、必ずどこかで歪みは出てきてしまう。一度歪んでしまえば、その歪みはどんどん酷くなる。自分の投げナイフの技術が誰のものなのか自信を持てなくなったときに、ジョーカーに出会った。
『すごいね、それって独学でしょぉ? 戦闘技術として評価すればヘッタクソで荒いけど、芯はちゃんと出来上がってる。磨けば光るだろうねぇ』
最初は拒んでいた。受け入れる訳にはいかなかった。ジョーカーの技術と姉ちゃんの技術が同じであるはずがないから。ボクの中にある技術が消えてしまうと思っていたから。
でも、ジョーカーはこう言った。
『本当に君が『日向ちゃん』の投げナイフの扱い方を覚えているのなら、ボクの技を見て気づくことがあるはずだよ』
そのときのジョーカーの表情は、今でもよく覚えている。いつもと同じ何を考えているのか分からない不気味な笑みの中に、一欠片の『優越感』が埋め込まれていた。
ジョーカーの技術は、姉ちゃんのものとよく似ていた。どうしてなのかは分からない。もしかしてジョーカーも姉ちゃんに投げナイフを教わったことがあるのかもしれないとも思ったが、なんとなくそれは違う気がした。逆にジョーカーが姉ちゃんに教えたのか、それも考えたが、そうなると姉ちゃんの上にジョーカーがいるということになるので、それはありえない。
ただ一つ言えることは、ジョーカーと姉ちゃんの間には無視ができない『何か』があるということだ。その事実に目を瞑ることはしたくなかったけれど、そのとき優先すべきだったのは、ジョーカーから戦闘技術を教わることだった。
『ボクなら、君が望むように出来るよ。約束する。投げナイフに関して言えば、ボクと日向ちゃんの技術はほぼ等しいよ』
ジョーカーの言葉そのものを信じたわけでは無い。ボクはボク自身の目でそれを見て、その上で判断したんだ。
ボクはジョーカーから技術を分け与えられた。今でもそれを後悔することは無い。利用できるものを利用したまでだ。
23 >>297
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.297 )
- 日時: 2023/04/05 20:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: YC5nxfFp)
23
現実世界に戻ると同時に、【スキル・制御】を使用した。遠距離攻撃の命中率を上げるスキルで、ボクが八年の間に習得したスキルでもある。
しかし、そのスキルが無効化された感覚がした。続けざまに声が聞こえる。
『【対精霊武器】は、魔法またはスキルと併用することは出来ません』
「!」
そういう武器があるのは知っていた。でも、まさかいまボクが持っているこれがそれだなんて!
けど、それに気づいたとしてももう遅い。ボクの視界にはネラクが映り、ボクの手はネラクに向けて投げナイフを放とうとしていた。
『【付与効果・一撃必中】を発動します』
投げナイフが手から離れた瞬間、そう告げる声と共に右腕に激痛が走った。右腕の血管を全て引きずり出されたような、何かがブチブチとちぎれる感覚と、指先から肩にかけて激しい電流が走り抜けるような感覚が突如としてボクを襲う。
パリィィイン!
ガラスが割れる音とよく似た高い破裂音と、キラキラと光る透明感のある青い破片が辺りに飛び散る。
そこからは、とても静かだった。
ネラクが張ったのであろう魔法障壁を破壊し、投げナイフはネラクの体に触れる直前に、黒いもやへと形を『戻し』た。八方へ伸びる手のごとくそれはネラクを包み込み、そして捕える。黒いもやは、今度は『檻』に形を成した。
「はぁ、はぁ……」
ボクの息を吐く音だけが、やけに虚しく響く。体はガタガタと震えている。無意識のうちに、痛む右腕を左手で抑えていた。見てみると、右腕に特に変化はない。ただ、全体が麻痺しているようで、力も入らなければ左手が触れている感覚もしない。その癖に痛みは治まらない。
痛い。
「痛くない……痛くない……」
ボクは左手を離し、立ち上がった。ずいぶん暴れてしまったから、屋敷にいる奴らが来るのは時間の問題だ。先を急ごう。
「笹木野龍馬のことを探りながら、ってのは無理そうだな」
__________
『おい、大丈夫かよ』
ツェマと呼ばれていたメイドらしき女が歩いていった方向へ進んでいる道中、ビリキナからそう声をかけられた。
『なに。心配してるの?』
わざと棘のある言い方をした。ビリキナがボクの心配なんてするわけないし、話しかけられても集中が途切れるだけなのでやめて欲しい。
『契約関係だからな、そう簡単に見捨てられねえんだよ。なあ、その腕で戦えんのか?』
『うるさいな。これくらいなんともないよ』
『知らねーぞ。ま、手当のしようもねーけどな』
ボクのこの腕の状態の原因はおそらく、さっきの【対精霊武器】の【付与効果】である【一撃必中】の反動だ。
【一撃必中】のような強力な技(あるいは技術)は、主に【付与効果】と【特殊スキル】の二つに分けられる。【特殊スキル】でも反動はあるにはあるが、これほど強くはないだろう。そもそも【特殊スキル】というのは【習得スキル】から派生したもので、つまりは自分自身の力で得た『技術』だ。この場合身体、もしくは精神に与えられる影響は強い力を使ったことに対する『代償』の分だけだ。
それが【付与効果】となると話は変わる。付与されているものが『魔法』ではなく『効果』なので、実際にはない力を無理やり引き出すため、『代償』に加えて身体に異常なほどの負担をかけてしまうのだ。酷い場合は骨折どころか身体の一部が消し飛んだりもする。でも、ボクは少なくとも見た目はどうともなっていない。なんでなんだろ?
考えても答えが出ないことは、考えてるだけ時間の無駄だ。考えるのはあとでもできる。はやく、笹木野龍馬をみつけないと。
物陰に潜みながら歩いていると、段々人影が少なくなってきた。そしてついに、メイドなんかも含めて一人も視界に入らなくなった。さっきボクが暴れた場所に人が集中してるのか?
きっと、焦っているんだろう。ボクは思い切って走り出した。もちろん周囲に気を配りながら、だけど。慎重さを欠いた。
声が聞こえた。
『……』
近いとは言えないが、かといってさほど遠くもない。風に乗って断片的に聞こえる声。女の人かな、大人とも子供とも言い難い、ボクよりやや年上くらいの女性の声。
ああ、違うな。これは。
歌だ。
姉ちゃんが、昔、たまに歌ってくれていたっけ。母さんが歌ってくれる歌とは歌詞や音程が若干違っていた。
眠れ眠れ幼き子よ
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
温かな雨にうたれて
眠れ眠れ
救いの雨に身をゆだね
眠れ眠れ
大地と共に
汝が草木に寝転べば
眠れ眠れ
大地は汝の寝床へと
眠れ眠れ
炎と共に
炎は汝の守り人
眠れ眠れ
安らかな眠りを誓う
眠れ眠れ
春の風に
そよ風は汝のゆりかご
眠れ眠れ
汝はただただ身をゆだね
眠れ眠れ
雨に降られて
水も土も火も風も
全ては汝に安らぎを
眠れ眠れ
光も闇も精霊も
全ては汝に温もりを
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
我らと共に
だったっけな。
なんだか懐かしい気持ちになり、つい、吸い寄せられるように声の主の元へと足を動かしてしまった。この歌声はとても優しげで、頭のどこかで、もっと近くで聞きたいと思ってしまったのだ。
『おい、後ろ!!』
バリィィイイイッ!
ビリキナの大声と壮大な雷の音が、突如としてボクの意識にショックを与えた。
何が起こったのか、すぐには分からなかった。しかし、本能が『逃げろ』と叫んでいる。
振り向くと、雷属性の魔法障壁と、それに『何か』が衝突したことによって発生した猛烈な光があった。ビリキナと視界を共有しているおかげで目が見えなくなることはなかったけれど、視界は真っ白で、そういう意味で何も見えない。
落ち着くように自分に言い聞かせながら、【察知】で周囲を探る。
囲まれてる。
……しまった。
「チッ」
舌打ちをして、投げナイフを両手に三本ずつ構える。視界に色が差し、敵の位置を確認すると同時に【制御】を使って投げた。幸いなことに、大多数がさっきの光で目をやられたらしく、こちらへの攻撃の素振りが遅い。
見つかった以上、もう前進し続けるしかない。正面の敵へ向けて放った三本のうち一本の投げナイフはギリギリのところで避けられた──けど、敵の頬をかすめる。
「ギャアアア!!」
ジュウ、と肉の焼ける臭いの中へ飛び込み、悶え苦しむ二体の怪物族の間を通り抜ける。
怪物族相手に聖水を使ったことはまだなかったけれど、想像以上の効果だ。
ボクを囲んでいたのは、全員がボクの二倍はありそうな大柄で、見るからに屈強そうな男たちだった。なのに、投げナイフが突き刺さった男はおろか、かすっただけの男も、切り口が徐々に抉れ、真っ赤な穴があいていた。それを直視し、思わず吐き気に口を抑える。
「追いかけろ!」
でも、走る足も、ナイフを投げる手も止めない。次から次に湧く男たちの位置を逐一把握しながら、屋敷の中へ入るための方法を探す。騒ぎが大きくなったいま、最悪壁を破壊するという選択肢もあるが、それは最終手段として置いておく。
『防御はオレサマがやってやる。お前はとにかく前に行け!』
『わかってる!』
とにかく走り続けていると、開けた場所に出た。庭か? 屋敷の壁に囲われた空間で、美しい景観で彩られている。等間隔に植えられた木々、丁寧に手入れされた花壇に芝、ピカピカに光る敷石、キラキラと輝く噴水。そして、ずらりと並ぶ男や女。
「真弥様と明虎様を安全な場所へ!!」
そんな声が聞こえてきた。
真弥様と、明虎様? まさか、吸血鬼か?! いや、吸血鬼なら、というより怪物族なら避難はしないだろう。応戦はせずとも威厳を保つためにその場に居続けるはずだ。奴らはそう考えるはずだ。怪物族じゃないのか? だとしたら、誰だ? プライドが高い怪物族が『様』と呼ぶ、怪物族以外の存在?
考えるな。動け。
逃げるなら、あいつらのことを気にする必要は無いじゃないか。
ボクは走り続けた。男たちが近づいてくる。その前に、ナイフを放つ。当たりさえすればいいのだ。怪物族である以上、聖水の効果を逃れる方法はない。
バチッ
時折、背後から何かが弾ける音がする。そんなものは気にしない、後ろは向かない。前へ、前へ。
「どけぇお前ら!!!」
ドスの効いた大声が突進してきた。ただでさえ大きい他の奴らよりも二回りは大きい、巨大な棍棒を持った大男。兵の制服らしきものを着てはいるものの、毛むくじゃらの全身はほとんど隠れていない。青い狼の頭の中の鋭く光る黄金の目がボクを捉えている。真っ赤な舌が、大きく裂けた口から垂れていた。
さあっと血が引く感覚がした。
怪物族の中に存在する多くの種族の中で、『狼』の姿をしたものは、特別強い力を持っていることが多い。あいつは、〈ジャイアントウルフ〉だ。名前の通り体が大きく、とにかく並外れた筋力を持つ。移動速度は飛び抜けて速いということはないが、跳躍力も高く、一度の跳躍で建物三階分は飛ぶことが出来るらしい。
ドス、ドス、と地面が揺れる。振動の音がどんどん近づく。たまらずボクは足を止めた。後ろからも敵が走ってくる音がする。
『おい! とまんじゃねえよ!!』
手が、足が、震える。気を抜けば、意識が飛びそうになる。息が出来ない。
怖い。
恐い。
こわい。
……こわくない。
24 >>298
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.298 )
- 日時: 2022/03/30 22:28
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
24
後ろは気にするな。後ろの奴らは気にするな。前を、前を。
投げナイフを構える。投げる。一つ一つの動作を丁寧に行い、投げナイフが飛んでいく様子もじっと見つめる。その間も足は止めない。大男を避けて、大男から見て左へ大きく回って走り続ける。目線は投げナイフに固定し、ボクが走る先々にいる敵の位置も把握する。
右から剣撃が来る。無視。
バチッ
後ろから矢が飛んでくる。無視。
バチッ
前から魔法による氷の塊が降り注ぐ。これも、無視。
バリッ!
雷の魔法障壁が変形し、前にいる奴らを飲み込む。
大男が動いた。目にも止まらぬ速さで棍棒を一振りする。投げナイフが木っ端微塵になるのが見えた。爆風がこちらにまで襲い来る。棍棒を振ったときに生じた風だ。それは木々を薙ぎ倒し、ボクを含めた範囲内のほぼ全員の体を吹き飛ばした。
体が浮いた。足が地面から離れる。視界がものすごい速度で広くなる。
視界の端で、さっき「真弥様」、「明虎様」と呼ばれていた子供が見えた。一人は姉ちゃんと同じくらいの年の女の子。一人はボクよりも小さな男の子。怪我でもしたのか、体のあちこちに包帯が巻かれてあったり、湿布が貼られていた。
この騒動での怪我じゃないよね?
ガッシャアァァァァアアン!!!!
派手な音をたて、ボクの体は窓ガラスに衝突した。ガラスが広範囲に弾け飛び、ボクは屋敷内の侵入に成功した。そのまま廊下の壁に激突する。壁はヒビが入り、ところどころ崩れ落ちた。
「ケホッ」
砂埃が舞って、咳が出た。服の効果のおかげで骨は折れていない。動ける。行こう。
立ち上がった途端、床が揺れ、ボクはよろけた。
ズシン、と、重い振動音がすぐ近くで鳴る。音の発生源を見ると、庭側の壊れた壁に出来た大穴に、大男が器用に立っていた。外から見たよりも屋敷の天井は高かったが、〈ジャイアントウルフ〉からすればまだ足りないらしく、背を丸め、足を曲げてそこにいる。
「死ね」
手に棍棒は握っていなかった。生来備わっている鋭利な爪が、ボクの体を狙う。巨体に似合わぬ素早さで腕がボクの方へ伸びてくる。
「待て」
しかし、その爪がボクの体を引き裂くことは無かった。廊下の向こうから聞こえてきた制止の声に従い、振りかぶったところで腕はピタリと止まる。
「なんの権利があってカツェランフォートの屋敷を破壊してんだ?」
声の主を見た大男の表情がみるみる強張る。目は大きく見開かれ、分かりやすく体が震えた。
ボクも声がした右側を見た。そこには二人の男女がいた。大人らしいが見た目はまだ若く、姉ちゃんとさほど年は離れていないように見える。見た目は。
「が、雅狼様、それに、沙弥様まで……。一体なぜここに」
男性は緑味のある長い髪が特徴的だった。髪の長い男性はたまに見かけるけど、あまりいない。束ねることもせずに後ろに垂らしている。切れ長の目の中にある水色の瞳は楽しげで、口元も歪んでいた。怪物族らしい高身長で、洋風の貴族らしい煌びやかな衣装を身につけている。
女性は男性よりも深い青の髪を編んで、肩に垂らしている。キュッとつり上がった黒い目は男性とは違って冷たい光を宿している。こちらも貴族らしいドレス、しかし落ち着いた雰囲気のものを着ていた。男性ほどではないにしろ、やはり怪物族らしく高身長だ。
その二人を見た瞬間、散らばっていた点が一つに繋がった。
尖った耳に鋭い牙。二人にはそれがあった。それくらいなら怪物族なら当然だ。しかし、名前に『様』をつけて呼ばれていることと服装から、二人が吸血鬼であると確信する。つまり、笹木野龍馬の血縁者だ。
『沙弥』という名前から、『真弥様』と呼ばれていたあの人、そしてそばにいたあの男の子が笹木野龍馬の血縁者であると推測出来る。思い出した。笹木野龍馬は、人間と吸血鬼の〈ハーフ〉だ。確か父親が人間のはず。だから『あの男』は昼だっていうのに屋敷の外で歩いていたのか。
「俺は質問したんだよ」
雅狼と呼ばれた男性は拳を握り、少し自分の体の方へ引いた。
「ヴッ!」
すると、大男は苦しげな声を発した。そしてそれ以外の言葉を出さぬまま、体が後転し、庭へ落ちていった。
「まさか、『虫』を屋敷内に入れるなんてね」
「本当だよ」
「別に、殺したって良かったんだがなぁ」
最後の言葉は、ボクに向けられた言葉だ。
男性が、話しかけるように呟きながらボクに近づく。その一歩遅れて、女性もそれに続く。
「新月の日、しかも龍馬があんな状態になってる今日にわざわざこのカツェランフォートに入り込むなんて、ただの虫がすることじゃねえよな?」
『あんな状態』?
「なんか知ってんじゃねえの? お前」
ボクは両腕を突き上げ、出来得る限りの力で振り下ろした。
「あ?」
わざわざおしゃべりに付き合ってる時間はないんだよ。
ドオ……ン
重厚な爆発音にも聞こえる、強烈な落雷の音。
精霊であるビリキナの大量の魔力を使って、巨大な雷を落とす魔法【焼失地帯】を発動した。
倒すことが目的じゃない。
雷は天井を突き破り、半径三メートルの範囲にある物を焼失させた。そして、それ以上の範囲に強い『光』を振りまく。
怪物族は、夜目が効く代わりに光に弱い。暗い中に急にこれだけの光にあてられたら、しばらく目が見えなくなるはずだ。
いくらビリキナがいるとはいえ吸血鬼と本気でやりあっても、力と時間を消耗するだけだし、命だって危ない。だから雷のサイズも抑えた。本来ならもっと大きく出来るけど、目的は『光』だから、あれくらいでいいのだ。
ボクは二人がいた方とは逆を向き、廊下の先に進んだ。
『おい! 魔力を大量に使うなら先に言え!』
『そんな暇あった?』
『あのなぁ……。魔力練り直すから数十秒魔法障壁張らねぇぞ』
『わかった』
それを聞き、ボクは一層周囲に気を配った。【察知】や【索敵】に加え、感覚そのものも使い、そう時間のかからないうちに来るであろう敵に備えた。
そのつもりだった。
「え」
気づけば、ボクの腹に、ナイフが刺さっていた。
25 >>299
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.299 )
- 日時: 2022/05/02 06:31
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bGiPag13)
25
目の前には、幼い女の子が立っていた。ナイフを真っ直ぐに持っている。構えとも言えない持ち方なのに、それはボクの体に深く食い込んでいた。
「え」
あまりに突然で、ボクは二度目の言葉を漏らした。
「わたくしは手を出さないつもりでしたわ。雅狼さんと沙弥さんがすることですし、そもそも元はお兄様のお仕事ですもの。わたくしが手を出すなんておこがましいですわ」
身長差ではボクの方が上のはずなのに、見下すようなオーラを感じる。冷ややかな紫の瞳が、ボクを睨みつける。
「けれど、先程の会話を聞いて気が変わりましたわ。あなた、何かをご存知ですの? お兄様の──いまのお兄様のことを。
もし知っているというのなら、大人しくなさいませ。全てを仰るまで、殺しはしませんわ」
お兄様? 誰のことだ? 屋敷に入ったばかりのときに聞いたことと合わせれば、笹木野龍馬か?
「あら?」
女の子は、ズッと血塗れのナイフを引き抜いた。そして、ナイフに付いた血をぺろりと舐める。
「これは、大陸ファーストの……」
そちらに気を取られているすきに、ボクは駆け出す。あんな小さい子の足では、ボクには追いつけないはずだ。
そう思ったのに、五秒もしないうちに後頭部に強い衝撃が加わった。蹴り飛ばされたのだ。ボクが倒れ込む直前に、小さくトンッと着地する音が聞こえた。飛び上がって蹴ったのだろう。
「何故お逃げになるの? 殺さないと言っているのに。わたくしはただ、話をお聞きしたいだけですわ」
立ち上がって、投げナイフを構える。後ろを振り向き女の子の姿を視界に捉えたと思ったら、女の子はボクの体に手を触れていた。
「少しは理性的におなりなさい」
それは、粘り気のある液体を流し込まれたような感覚だった。急に体が重くなる。かしゃんと乾いた音をたて、手から投げナイフが落ちた。足に力が入らず、床に膝をつく。
「少し考えれば、お互いに利のある話だとお気づきになるはずですわ。
随分純度の高い聖水をお持ちですのね。やはり大陸ファーストの人間かしら?」
喉に何かが張り付いている感覚がする。上手く呼吸が出来ない。
「わたくしは知りたいだけなのです。お兄様を解放して差し上げたい。苦しむお兄様も、苦しみを隠すお兄様も、もう見たくないのですわ」
何を、言ってるんだ?
「わたくしごときにそんなことが出来るなんて思っていませんけれど、それでもわたくしは……」
「ルア、甘いよ」
声がしたと思ったほぼ同時に、首に鋭いものが突き立てられた。なんだ?
「ルイ!」
「龍馬さん自身がアレの原因を突き止めるために動いてるんだから、わたしたちが特別何かをする必要なんかない。侵入者は、さっさと殺すか捕まえて吸血奴隷にすればいい」
「わかってるわ。でも」
「でもじゃない。ルアこそしっかりして。人間の血が入ってるあの人にそこまで踊らされるなんておかしいよ」
「っ! お兄様を侮辱するのはやめなさい! お兄様は素晴らしい方よ! ルイこそどうしてそれがわからないの?!」
「だから、それがおかしいって言ってるの。だから、甘いままなのよ」
ルイと呼ばれたもう一人の女の子が後ろから姿を現した。片手が血に染まっている。突き立てられたのは、爪だろうか。長い爪がしゅるしゅると縮んでいく。
『おい、どーすんだよ。お前、死ぬぞ?』
『…………』
「わたしは、あの人が嫌い。昔比べられたことがあるとか以前に、吸血鬼らしくないし、なんか、嫌」
「それはっ、そう、かもしれないわ。だけどお兄様は!」
「何度も言ったでしょ。わたしはわたしの意志を曲げるつもりは無い。龍馬さんは嫌い。何より吸血対象でもない人間の女を好いているっていうのが気持ち悪くて仕方ない。この話は終わり。
こいつもすぐ死ぬ。部屋に戻って、それで寝よう。先戻ってるから」
そう告げて踵を返し、ボクに目を向けることなく立ち去った。
「わたくしは、わたくしのやり方で」
女の子は苦しそうに言うと、ボクを見た。
「答えなさい」
ボクが答えられるはずのない質問を、投げかける。
「どうしてお兄様に、他人が宿っているんですの?」
まだ、言葉は続く。
「お兄様は苦しんでいらっしゃるわ。悩みを話すのは真弥さんに対してだけですけれど、近しい者はみんな知っていること。誰しも苦しみを抱えているもの、そう言えばそれきりですわ。けれど、どうして苦しまなければいけませんの? お兄様が何をしたの?! 知っているなら、答えなさい!」
そんなの、ボクが知ってるわけないじゃないか。
というか、なんだよ。『他人が宿っている』なんて、何の話をしているんだ?
「答えないなら、殺しますわ。さあ、どうなさるの?」
『ビリキナ。ボクの体を動かして。出来るよね?』
それは『乗っ取り』に近いものだ。ボクの体はもちろん、ビリキナにも大きな負担を与える。意識のある体を他者が動かすのは難しいのだそうだ。
『どうしろってんだよ』
『えっと』
『じゃあ、ボクがあげた魔法石を壊してみて?』
さっきと同様に、ジョーカーの声が聞こえた。体が動かないからどこかにいるのかすらもわからない。でも、目の前の女の子は変わらずボクに視線を固定している。
『ジョーカーの、魔法石を、破壊して』
『なんでだ?』
『わかんない』
『は?』
『いいから、やって』
この際、もう、なんでもいい。もうすぐ死ぬんだったら、なんでもやってやる。
『しゃーねーな』
ボクの手はポケットを探り、中にある白色の魔法石を取り出した。破壊しようと力を込める。
「なぜ動けるんですの!?」
さすがに硬い。だからこそ、魔法石を壊すなんて発想はない。それよりもまず、魔法石が壊れたら、中にある魔法が漏れ出て、魔法石として機能しなくなる。
『かてーな、クソッ』
マスクをずらし、口の中に魔法石を放り込む。嫌な予感が脳裏を横切るより前に、ガリッと硬いものを噛む音と、ゴリッと奥歯が折れる音がした。
プッとなんでもないことのように折れた歯と血、魔法石の破片を口から吐き出した。
『これでいいのか?』
文句を言おうかと思ったが、そんな気力も起こらない。
「なにをして」
女の子は言い切らなかった。ボクも言葉を失った。
ありえないほど濃厚な魔力の渦が、ボクらを直撃した。物理的な力ではない、魔法的な力が意識を大きく揺らし、視界がぐるんと歪む。
女の子が、ふらっと倒れた。ボク自身は意識が飛びそうだけど、ビリキナが耐えているのか体は動かない。
何が起こったのか、わからない。魔法石を破壊しただけだぞ? 魔法石を破壊しただけでは、こんなことにはならない。きっと何かほかにあるはずだ。でも、何かって?
『なんだよ、これ』
ビリキナが呆然と呟く。
『何が起こったの?』
ビリキナは、『何か』を知っているのだろうか。そう思って尋ねると、ビリキナは語り出した。
『魔法爆発に似たようなもんだよ。魔法石の中の魔力が、魔法石が壊れたせいで外で暴れてんだ。
どうなってんだよ! あんなちっぽけな石ひとつにこんだけの……しかもこの魔力は……。
なあ、お前も感じるだろ?』
『感じるって、何を?』
『はあ?!』
聞き返すと、怒声が飛んだ。
『感情がぶっ壊れてんのはいいけどな! 感覚まで鈍ってんじゃねぇよ!!!』
そんなこと言われても、感じないものはどうしようもないじゃないか。
『この魔力はただ強いだけじゃない。オレサマみたいな精霊の力に近い。でも違う。これは』
震えるような、恐怖を含んだ声で、ビリキナは言った。
『これは、神の力だ』
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