ダーク・ファンタジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
- 日時: 2025/05/23 09:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919
※本作品は小説大会には参加致しません。
≪目次≫ >>343
初めまして、ぶたの丸焼きです。
初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。
この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。
≪注意≫
・グロい表現があります。
・チートっぽいキャラが出ます。
・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
※調整中
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ありがとうございますm(_ _)m
励みになります!
完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。
≪キャラ紹介≫
花園 日向
天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
笹木野 龍馬
通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
東 蘭
光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
スナタ
風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。
真白
治療師。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
ベル
日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。
リン
日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。
ジョーカー
[ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。
花園 朝日
日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。
???
リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。
ナギー
真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
現在行方不明。
レヴィアタン
七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。
学園長
聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。
ビリキナ
朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。
ゼノイダ=パルファノエ
朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
≪その他≫
・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.260 )
- 日時: 2021/10/28 22:10
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: iTqIkZmq)
33
少しした後、ボクも第一グラウンドに向かった。長くて滑りやすい廊下を早足で駆けて校舎から出ると、ガヤガヤと騒がしい声を耳にした。目的地に近づくにつれてその声は大きくなっていく。
なぜ騒がしいのかはともかく、主だった騒がしさの元はなんだろう? 騒がしくなって当然の出来事が今日は大量にあったから、その中のどれなのかが分からない。
鬱蒼としげる木々の海を抜けると、一気に景色が変わる。建物らしい建物はなく、広がる地面と転がされた負傷者達──と言っても、外傷を負った者はほとんど居ないから、姉ちゃんの魔法の被害者達と言った方が正しいのかな。非常事態に使用される大量のシーツのようなものがひかれ、その上に仰向けに寝かされている。おそらく安静にさせておくというよりかは、待機させていると形容した方がいいのだろう。魔法障害はその種類によるけど、盲目は別に寝かせておく必要はないだろうから。
広いはずの第一グラウンドも、無数の兵士達でぎちりと埋め尽くされている。その中で立っている人は僅かで、逆に目立っている。
姉ちゃんは、偉そうな男と話しているようだった。時折激昂して怒鳴る男をうんざりしたような目で見つつ、何かを告げている。
密集された人達を誤って踏まないように気をつけながら、姉ちゃんに近寄った。すると、こんな声が聞こえてきた。
「なんなんだよお前! 白眼だし訳の分からん魔法使うし! バケモノ! バケモノ!!」
白眼? 姉ちゃんのことか?
声の主はやはり姉ちゃんと話していた男だった。半ば狂乱状態に陥って、頭を抱えて喚いている。ついさっきまで普通に話していたはずなのに、どうかしたのかな。
「あっ」
ボクは気づいた。いや、思い出した。母さんのこと、ばあちゃんのこと。姉ちゃんと関わって精神を病んだ大人たちのことを。
子供は違う。精神を病む前に、トラウマを抱く前に、何に恐怖すべきなのかを理解していないから。白眼も『珍しい』と捉え、大きな魔法を使うところを見ても『すごい』で終えられてしまう。
心を壊すのは、常に大人だった。
母さんやばあちゃんだけじゃない。親戚のおじさんやおばさんたちも段々とおかしくなっていっていた。普段は何ら変わりなく過ごしているが、姉ちゃんを前にすると、ひどい場合は震え出す人もいた。『何を恐れるべきか』を理解しているボクと同年代の子で、気弱で敏感な子は、恐怖で失神する時もあった。
姉ちゃんを怖がらない大人なんていなかった。父さんやじいちゃんだって例外じゃない。あの人たちは姉ちゃんを愛そうとしてはいたものの、恐怖を拭い去れはしなかった。心の奥底に恐れを抱き、常に姉ちゃんと接していたのだ。
ボクはため息を吐いた。姉ちゃんを恐れる理由なんて大してないのに。そりゃ、怖いときはある。昔ボクを『白眼の弟』と罵っていじめていた子供に、姉ちゃんはトラウマを植え付けた。と言っても、姉ちゃんがしたことといえばあいつらを睨みつけて「次やったら三倍にして返すよ」と脅したくらいだ。けれど、あの時の姉ちゃんは空虚な目に氷水に浸しておいたナイフのような眼光を宿し、感情を直接向けられていないボクでさえ、生きた心地を感じさせないほどの恐怖を与えられた。
でも、それだけだ、あの時くらいだ。姉ちゃんを『恐い』と思ったのは。普段の姉ちゃんはとても静かで、本当の姉ちゃんは賢くて強くてとてもすごい。それに美人だ。周囲の人間は姉ちゃんを、そして姉ちゃんを姉に持つボクを羨んでもいいと思う。妬んでいいと思う。それをしないことが理解できない。
ふと視界を広く捉えてみると、怒りを隠そうともしない笹木野龍馬が目に入った。額に浮き出た血管が見え、眉間にはシワが寄っている。「何言ってんだこいつ」というセリフが良く似合う、他人を見下したような表情をしながら男を睨む。話をする二人に気を使っているのか距離が空いていることと、両脇で東蘭とスナタがなだめつつ押さえ込んでいることで奇襲をかけずにはいるものの、今にも襲い掛かりそうな勢いだ。
もうあの男はだめだと理解したのだろう。姉ちゃんは屈んだ男の頭に右手をかざした。
「お や す み な さ い」
姉ちゃんの唇がそう動くのが見えた。そして、男の目から全ての『色』が消え、体の端から端まで力が抜け切ったのが遠目からでもわかった。
『相手を眠らせる闇魔法』、【喪神】は、昔から姉ちゃんがよく使っている魔法だ。そしてこの魔法を使うとき、姉ちゃんは決まって「おやすみなさい」と口にする。しかし、特に意味があって使っている言葉という訳ではないらしい。
姉ちゃんは笹木野龍馬たちがいる方向とは真逆を向いた。その方向には指示を待っている動ける兵士たちが整列して立っている。姉ちゃんと目が合ったほとんどが身を震わせる中で、数名、冷然と佇まいを崩さない者がいた。姉ちゃんはその数名『のみ』に意識の焦点を合わせ、言う。
──聞こえない。もっと近くに寄ろう。
そう思って止まっていた歩を進めた。一歩一歩進むにつれて、姉ちゃんの声が耳に入ってくる。
「一晩あれば、ここにいる全員を治せます。なので、一晩彼等をここに滞在させる許可と彼等に治療を施す許可をください」
その言葉を聞いた兵士たちは息を呑み、目を見開いた。
「それは、どういうことですか?」
先頭の中央に立っていた青年が言った。困惑の表情を向けられた姉ちゃんは首を傾げ、言葉を繰り返した。
「一晩あれば、治せる」
「それがどういうことかを聞いているんです。魔法障害を治す? 失明を治す? 魔法障害が治ることは無いとされていますし、失明は組織そのものが死滅しているという話です。失礼ですが、直せるとは思えません。なにか『治せる』という証拠があるのでしょうか?」
なんだよあいつ。鬱陶しいな。確かに疑問に思うかもしれないけれど、既に姉ちゃんは人間離れした魔法を使って見せた。それが充分証明になるだろうに。
姉ちゃんはすごい人だ。それがわからないのかな。
「もちろん、人間である私には出来ません」
しかし、ボクが思っていたこととは裏腹に、姉ちゃんは呆気なく不可能を肯定した。兵士たちも疑問符を浮かべた顔をお互いに見合わせ、訝しげに姉ちゃんを見る。
「ベル、おいで」
姉ちゃんの右肩に乗っていたベルが背中の羽を微弱に振動させて宙を飛び、兵士たちの前に進んだ。自身の姿を現したのだろう。青年が目を見張り、兵士たちも僅かにどよめいた。
「この子は私の契約精霊であり、精霊の中でも特殊な立場にあります。先程の魔法もこの子の助けを借りて行いました。
当然簡単にとはいきませんが、時間さえあればここにいる大半は完治させることが可能です。そして完治出来なかったとしても、八割から九割の回復が予想されます。信じられませんか?」
「……方法をお伺いしても?」
「私はどうしても治療させて欲しいと思っている訳ではありません。信用していただけないのも理解出来ますし、私はそれでも構わないと思っています。ただ、このような状況にしたのは私なので、その責任を取ろうとしているまで。その必要が無いと仰られるのであれば、それで結構です」
そりゃそうだ。警告を聞かなかったのはこいつらじゃないか。姉ちゃんは何も悪くない。責任なんて取る必要が無い。魔法障害を治せる人なんて、たとえ人でなくてもこの世のどんな種族でもどんな魔法でも不可能だろうから、こいつらはこの機会を逃せば一生このままだ。でも、そんなの知ったことじゃない。
青年は言葉に詰まり、悩んでいるようだった。さっさと断れよ。時間の無駄じゃないか。
そういえば、悩んでいるということは姉ちゃんの提案を受けるかどうかの決定権はこいつにあるということか? となると、それなりに高い地位を持っているのかな。ま、どうでもいいけど。
「では、私と私の信用のおける者数名も滞在することをお許し願えますでしょうか。もちろんあなたを疑っているわけでは」
「なら、【契約】を結んでもらいます」
姉ちゃんは相手の言葉を遮り、淡々と言った。
「【契約】、ですか?」
「一晩またぐと『明日』になってしまいますので。貴方たちが神に誓ったのはあくまで『今日』バケガクで起きたことを口外しないということです。
貴方が私を信用していないように──私が彼等に危害を加える恐れがあると思っているように、私も貴方たちを信用していません。かといって連日神に誓いを立てるわけにもいかないですし」
神に誓いを立てるということは『神に自身の言葉を聞き入れてもらう』ということで、連日に渡る神への誓いは『自身の言葉をいつでも聞き入れてもらえる』という考えの表れらしく、それは烏滸がましいとして神の怒りを買うことになるそうだ。
これは以前姉ちゃんが教えてくれたことだ。
魔法をかけられることに抵抗を感じているのであろう数名に冷ややかな眼差しを数秒向けた後、姉ちゃんは言った。
「滞在するのはどなたですか?」
34 >>261
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.261 )
- 日時: 2021/10/29 23:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pgLDnHgI)
34
「少し待ってください」
青年は後ろに控えていた兵士を見て、比較的近くにいた数名に声をかけた。ボソボソと会話をしたあと、改めて姉ちゃんと視線を交わす。
「私、カイヤ=ブライティアと、ルキオ=ウィスタス、イヴ=ディファーとユバ=ディファーの、以上四名です」
名前と容姿から判断するなら、きっちりと整えられた藤色の髪と青い瞳の男がルキオ、灰色の長い髪を後ろで一つに束ねた、前髪で目が見えない同じような風貌の二人がイヴとユバか。
ルキオはいわゆる大男で、二メートルに迫るほどの高身長であると同時に肩幅も広く、盛り上がった筋肉が顔を見せていた。色白の顔は体に不釣り合いで、ぼんやりと浮いているような錯覚がした。
それに対してイヴとユバは小柄で華奢で、女のようにも男のようにも見える。髪から飛び出した耳はボクより(つまり人間より)大きく、握りこぶし一つ分くらいの大きさだった。とりあえず人間ではないらしい。体の一部が発達している種族は沢山あるので種族名は特定出来ないが、おそらくその中のどれかだろう。
「わかりました」
姉ちゃんは頷くと、四人に向けて右手の平を向けた。四人に向けてということはつまり整列していた兵士たち全員に向ける形になるということであり、後ろに控えていた兵士たちは一斉に脇へ避けた。
闇色の光を放つ黒い粉が、姉ちゃんの手を中心として渦を巻いた。その渦はどんどん大きく速くなり、やがてその魔力は具現化され、『鎖』に姿を変えた。ざわざわと不快な音色を奏でる風が姉ちゃんの金色の髪を静かに揺らす。
「【闇魔法・桎梏の鎖】」
風に乗って聞こえてきた微かな声は、そう言っているようだった。
姉ちゃんの手から四本の幻覚の鎖が放たれる。襲い来る猛獣の鉤爪のごとく大きな孤を描き、四人に絡みついた。四人は一瞬だけ、おそらく本能で抵抗する素振りを見せた。しかしそれをすぐに押さえ込み、体勢を元に戻す。
契約内容を告げずに一方的に契約を結ぶ、【鎖の契約】の進化版、【桎梏の鎖】。それは主に大昔、有能な人物を国内へ縛り付けるために各国の国王がこぞって使用していたとされる魔法で、現在は『道徳に反した魔法である』として禁じられている魔法だ。けれどそれは神により禁じられた【禁術】ではなくただ単に法により定められているだけなので当然破る者は居て、現在は奴隷契約の際に使用される魔法となっているらしい。
この魔法の知名度は低いけど、職業柄、ここにいる人たちの大半は知っていたようで、醜い化け物でも目の前にしたように姉ちゃんを見た。いつものことだ。意図してなのか偶然なのかは分からないけれど、姉ちゃんはこういった人受けの悪い魔法を使うことが多い。
でも、少し考えてみればすぐに分かるはずだ。いくら道徳に反する魔法とはいえ【桎梏の鎖】は上級魔法。それを同時に四人に対して使えるという事実は素晴らしいこと。姉ちゃんは本当に、いい意味で規格外の人物であると、なぜ気づかないのだろうか。
なぜ、虫けらでも見るような目で──
「朝日」
姉ちゃんに名前を呼ばれた瞬間に、ボクの頭は晴れた。弾かれるように足を持ち上げ、駆け寄る。
「なに? 姉ちゃん」
姉ちゃんは、ゆっくりと言葉を紡いだ。声が響き、脳内を侵食されるような感覚が心地良い。
「そろそろ、帰った方がいい。私はここに残る」
「えっ」
ボクは息を吐いた。
「なんでっ? ボクも残るよ! 明日、一緒に帰ろうよ!!」
なんとなく、そう言われる気はしていたけれど、抗議しない選択肢はなかった。だって、家は一人だ。もしかしたらジョーカーが顔を覗かせに来るかもしれないけれど、ボクはそんなこと望んでない。むしろ拒否権があるならそれを使いたいくらいだ。意味もなく訪れることは無いからそれだけが救いかな。あいつは用事があるときにしか来ない。
それはともかく。ボクは姉ちゃんと一緒にいたい。別に寂しがり屋とかではない。そのはずだ。単純に、ボクにはタイムリミットがある。ボクの罪は遠くない日に裁かれる。ボクが犯した罪の全てを知っているジョーカーがボクを売らない保証なんてどこにもないのだから、その日はボクが思っているよりも近いのかもしれない。そのいつだか分からない日までに、どれだけの時間姉ちゃんと一緒にいられるのか。
わからない。
「だめ」
「なんでっ!!」
「朝日」
ボクの名前を呼びながら、姉ちゃんはボクの頭を優しく撫でる。
「言うこと聞いて」
むっとした空気を絶えず出していたけれど、流石にこれには逆らえない。ふわふわと浮くような高揚感に浸されて、もやもやしていた気分は消し飛んだ。
「わかったよ」
ボクは呆気なく引き下がり、姉ちゃんに背を向けた。
ただ、ほんの少しだけ嫌味を投下しておく。
「いつも隠し事ばっかり」
わざと聞こえるように顔をやや後ろに向ける。これくらいは許して欲しい。
予想通り、姉ちゃんは何も言わなかった。別にそれで構わない。何かを期待して放った言葉ではないのだから。
特に何かを思った訳では無いけれど、ボクは視界にあの三人を入れた。どうやら学園長と話しているらしい。真剣な、そしてどこか寂しげな面持ちで会話する様子を見ると、その内容は気にならないと言えば嘘になる。そうは言っても特別気になるという訳でもないので、すぐに前を向いて全身を再開した。
しかし。
「花園君は、無理を重ねすぎている」
学園長のこの言葉が、ボクをその場に縫い止めた。
35 >>262
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.262 )
- 日時: 2021/10/29 23:23
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pgLDnHgI)
35
姉ちゃんの方を振り返ると、既にボクから目を背けてさっきの四人と何か話しているらしかった。そのことに少々嫉妬心を抱きつつ、この場に留まり続けても少なくともすぐには不審がられないと判断して、ボクは耳を傾けた。
「彼女は確かに君たちを信用してはいるけれど、気を許している訳では無い。むしろ君たちがそばにいることで心が休まるということは無いだろう。そしてそのことは私よりも君たち自身がよく分かっていることなのではないかな?」
気を許している訳では無い? それはどういう意味だろう。
「うん、わかった。じゃあ私たちはこのまま帰るよ。それでいいよね、リュウ?」
「……ああ。でも、たまに見に来てもいいかな?」
「もちろん。彼女もそれを望んでいるだろうしね」
ボクの脳内で、キィンと不快な高音が鳴った。
え? いや、おかしくないか? だって。
話し方が、砕けたものになっている。
『生徒と学園長』の関係であるはずなのに。確か、姉ちゃんは学園長に対してあまり敬語を使わないということは知っていた。けれど、あの三人は違うだろう? どういうことなんだ?
違うのか?
『生徒と学園長』では、ないのか?
そうだとしたら、なんなんだ、どういう関係なんだ? まさか学校外で接点でもあるのか?
わからない。
わからない。
「やあ、朝日君。今から帰りかい?」
思考に意識を向けていたせいで、学園長が近づいていたことに気づけなかった。学園長は右手を軽く振り上げて、ボクを現実へ引き戻した。
「聞いているかもしれないけど、日向君はしばらく帰らないと思うよ」
「は?」
ボクが反射的に言うと、学園長は苦笑した。
「……聞かされていなかったんだね」
そして、なんでもないことのように説明を始める。
「今日のことを含め、日向君の体には相当の負担がかかっているだろうからね。学園が再開するまでの間はここで休むように言ってみたら、良い返事が返ってきたんだよ」
でも、ボクにとってはなんでもないことではない。
「なにそれ」
低い音が喉を震わせ、ボクは首を捻って姉ちゃんがいた場所に視点を合わせた。
しかし、既にそこに姉ちゃんはいなかった。それなりの人数いた兵士たちも何組かに分かれて、移動を開始している。
「なに、それ」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
姉ちゃんに会えない。これから、しばらく。
ぐっと歯を噛んだ時、ギリっと小さく音がした。爪が手の平に喰い込む。
まだ遠くには行っていないはずだ。最終手段として気配を探って見つけ出すという手もある。今から行けばまだ間に合う。姉ちゃんの元へ、行きたい。
でも。
ボクは首を正面に戻した。進行方向を変えることなく、元々予定していた通りに足を進める。
「あれ、帰るの?」
スナタがボクに近づいて、そう声をかけた。特に意図らしい意図は見受けられない。偽っても仕方の無いことなので、ボクは頷くことで肯定の意を示す。
「そっか。もう夕方だもんね」
言葉を告げつつ表情を笑顔へと変えて、スナタは言った。
「また会えるといいね」
何か引っかかりを抱きながら、その正体を掴めなかったボクは肯定的な返事をした。
「はい。では、またいつか」
_____
バケガクを出てから十数分。広大な面積を誇りかなり離れた場所からでもその姿を見せるバケガクがようやく見えなくなってきた頃、ボクは呟いた。
「出てきていいよ」
肩から提げた鞄がごそごそと震え出し、中から小さな小さな手が覗いた。
黄や黒が入り交じった、跳ね毛だらけの髪がぴょこんと飛び出し、牙が四本生えた口は盛大なため息をついた。
『あーッ! 疲れたああ!!!』
「悪かったよ」
『悪かったよ、じゃねえよ! 息が詰まって死ぬかと思ったんだからな!』
針葉樹のように鋭い、黒い瞳を宿す目がさらに眼光を鋭くしてボクを睨んだ。
「仕方ないだろ。あの場に誰がいたか、分かってる?」
『わーってるよ。オレサマだって死にたいわけじゃない。お前がオレサマを出さなかったとか以前に、オレサマが出ていかなかったんだ。だけどな』
とにかく文句を言いたいらしいビリキナは、体を完全に鞄から出した。陽炎のようにゆらゆらと不安定に揺れる黄色の羽根がボクの視界を横切る。
『あんなにずっと誰かと一緒にいることないだろ?! 少しくらいオレサマが出られる時間を取れよ!「ボクが良いって言うまで出てこないで」っていうから前半大人しくしておいてやったら、後半はお前はちっとも一人にならなかったし! 何考えてんだよ!』
ビリキナが気まぐれを起こしてくれて助かった。たまに言うことを聞いてくれるんだよな。このうるさいのがある中でのバケガク侵入は不可能だったに違いない。
「機嫌直してよ。新しいお酒開けてあげるから」
精霊という生き物には、それぞれ食べられるものが決まっている。それは自らを回復させるための力を補給できる食べ物が定められているからだ。だから、別にそういった食べ物しか口に入れられないということではなく、単に味を楽しむことを目的として食べることももちろんある。ビリキナの場合、『食べなければいけない食べ物』はぶどうだが、好物はワインらしい。ちなみにワインがぶどうから作られているということで、ワインからでも微量ながら自身を回復させる力を補給できるらしい。
『へえ。お前からそう言うなんて珍しいな』
先程の一言ですっかり機嫌を直したビリキナは、ボクの肩に腰をおろした。
酒は、ジョーカーがたまに持ってくる。未成年であるボクが酒を買うことは難しいからだ。それと、ビリキナ曰く、ジョーカーが持ってくる酒の方が、ボクがわざわざ他大陸へ行って買ってくる酒よりも美味しいんだそう。そんなことを言われたら長時間かけて買いに行く気も失せてしまって、ボクの手持ちにはジョーカーから貰った酒しかない。
『そうと決まればさっさと帰ろうぜ!』
「急かさないでよ」
ギャーギャーとビリキナが喚くものだから、ボクはほうきを飛ばす速度を徐々に上げた。夕日が完全に沈んでしまう前には自宅に到着し、鍵を開けて中に入る。
『ほらさっさと開けろよ、酒を』
玄関に立った瞬間にビリキナが言った。
「ちょっと待って。確認しておきたいことがあるんだ」
『あ? ああ、どうせあれだろ? 早く済ませるぞ!』
「わかったから」
手洗いとうがいを済ませてから、二階の自室に戻る。ベッドの上に鞄を置いて、クローゼットに隠してあった大きな直方体の箱を取り出す。目算二十五センチほどの箱を勉強机の上に置いて、がちゃがちゃと各部をいじって蓋を開ける。
「やあ」
ボクは中にいた二人に声をかけた。返事はない。当然だ。
一人は卵型の半透明の闇色をしたカプセルに入っている、小さな女の子。容器の中には特殊な液体が満ちており、それに浸された状態だ。クリーム色の髪は僅かに肩から浮き上がり、毛先は少し黒に染まりつつある。白い肌もやや黒ずんできており、表情は苦痛にゆがめられて、目は固く閉じられている。本当なら緑の瞳にも色に変化があるのかどうか確認したいけれど、叶いそうにないかな。ああでも、羽根の変化が見られた。淡い緑の羽根はだらんと垂れて、輝きを失っている。
もう一人は、捕まえた時と変わらず拘束具をつけていることとこの箱に閉じ込めていること以外には特に何もしていない。けれど食べ物も何も与えていないから、衰弱しきっている。紫色の髪はボサボサで、ところどころに抜けてしまった数本の毛がばらまかれていた。琥珀色の瞳からは光が抜け落ち、カサカサに荒れた口はヒューヒューと渇いた息を吐いていた。
二人とも、言葉を発する余裕なんてないだろう。
「うーん。
ビリキナ、魔力を流してもらえる?」
『わかった』
ボクが言い終わるよりも前に、ビリキナはリンの前まで飛んで手をかざした。
『こんなもんかあ?』
カプセルの周りに浮く黒い粒子が一定数増えたのを見て、ビリキナは魔力の供給を止める。
「いいんじゃないかな。じゃ、行こうか」
蓋を閉めて、再び箱をクローゼットにしまう。
『あーあー、お前も堕ちたなー』
面白そうに言うビリキナに、ボクは言い返した。
「これは全部、ボクの意志だよ」
第一幕【完】
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.263 )
- 日時: 2022/01/08 09:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wNoYLNMT)
1
『学園再開のお知らせ』
大きく見出しにそう書かれた、先週届いたプリントを手にし、ボクは溜め息を吐いた。
登校再開日になったけど、結局、姉ちゃんは今日まで帰って来なかった。流石に今日は帰ってくるかな?
『ったりーな、学校なんて。サボっちまおうぜ』
「馬鹿なこと言ってないで、ほら、かばんの中に入ってよ」
家において行くと、ビリキナは何をするかわからないから、いつも出掛けるときは連れて行っている。かといってボクの契約精霊が闇の隷属の精霊であることが知られるのはあまり良いことではないので、ビリキナにはたまにかばんの中で過ごしてもらうことになる。ビリキナはそれが嫌らしい。別にずっとってわけでもないのにな。
『別にかばんの中に入らなくてもいいだろ。このまま行こうぜ』
「えー」
ボクは数秒悩んだ末に、ビリキナの希望に沿うことにした。姉ちゃんのように【精眼】を持っている人なんてそうそういないし、登校中だけなら大丈夫だろう。
「じゃあ、大陸を抜けるまでは入っててよ」
『へぇへぇ。わーってるよ』
大陸ファーストの住民には、エクソシストや呪解師や、とにかく『闇』に対抗する力を持った家系や種族が多い。もちろんその中には『闇』の存在に敏感で、近くを通るとそれを感知する能力を持った者もいる。
万一に備えて。それはビリキナも理解している。こいつは自由奔放で自分勝手だけど、馬鹿じゃない。
「行こうか」
ボクの言葉を合図にビリキナはかばんの中に滑り込み、ボクは玄関のドアを開けた。
戸締まりを終えて、ほうきにまたがる。ほうき乗りは昔から何度も何度も繰り返している魔法なので、無詠唱で行使することが可能だ。ふわりと腹が浮くような感覚がして、ボクは宙に飛び出した。
うっすらと膜を張ってあるような大陸を取り囲む結界は、ボクにとって見慣れたものだ。これは古代から神々の祝福と結界の守を任じられた家系の者によって維持され続けているものだ。しかし、近年その役割は機能しているように思えない。本来この結界は、大陸ファーストに何者も踏み入れられないようにするため、大陸ファーストの住人を外に出さないための『壁』であり『檻』だった。世界の終焉に耐えるための、『砦』であった。選ばれし民を滅びた世界の果てに連れていくための、神が用意した『箱舟』。
でも、以前笹木野龍馬が易々と入ってきたのもそうだけど、結界が役割を放棄しているように思える。結界が弱まっているのではなく、結界自体が機能を停止しようとしている──姉ちゃんは昔、そんなことを口にした。
厳格な制約の元、絶対の監視の元、閉じられた世界でのみ生きていた大陸ファーストの住人は、今や自由に海を渡り、気ままな生活を送っている。守の一族はあくまで『結界の守』を司っているのであり、住民の行動の制限の権利を神から賜っていない。結界、つまり神が人の行き来を止めないのであれば、守の一族はそれに対して何も口を出すことは出来ないのだ。つまり結界は形のみを維持しているだけで、その意味を持っていないということになる。
ただし、姉ちゃんは先日の笹木野龍馬の来訪を無かったことにしている。具体的には、あの時笹木野龍馬を見た全員の記憶をねじ曲げているのだ。その理由は『余計な混乱を避けるため』。結界は往来を禁じるものではないが、それでも悪意ある者の侵入を拒む。ボクたちにとって『悪』の象徴である闇に従属する民の侵入は口煩い上のやつが騒ぐ可能性がある。姉ちゃんはあくまで、笹木野龍馬が余計なことに巻き込まれることを懸念したのだ。
じゃり、と口の中の砂を噛み潰し、膜に触れる。結界は表面を波打つことすらせずに、抵抗なしにボクを外界へと放った。
『もういいよな?』
ボクの返事を待たずに、ビリキナは空中をくるくると回った。ぐぐっとと背伸びをした後に、ぽすんとボクの肩におさまる。
『たまには暴れてーなー。お前はそう思わねえのか? いつもちまちました地味な作業ばかりしてよ』
ビリキナの言うことも、まあ、理解は出来る。真白への誘導といいリンの『悪霊化』の件といい、成功するかも分からない気長なことばかりジョーカーは指示してくる。いや、正確にはジョーカーの上司? だけど。
真白は簡単に堕ちた。呆気ないほどだった。もっとはっきり言えば、扱いやすかった。一目見て、飢えているとわかったからそこにつけ込んだ。優しくして親切にして、引いてから押して、押してから引いて。邪魔な契約精霊を引き剥がしたらあっという間に転がり堕ちた。勝手にボクへ特別な好意を持ったのは想定内で好都合だった。
姉ちゃんほどではないにしろ、ボクは外見が整っている自覚はあるし、愛想を振りまくのも得意だ。恋心を抱かれる経験は少なくないし、それ故に真白がボクに恋心を抱いているのはすぐに分かった。
あとになって、ジョーカーから任務の成功と真白の精神的な死が告げられた。真白は、『嫉妬』の悪意と相性がいい状態にあり、真白をそうしたのはボクだとあいつは言ったが、その部分はあまりよくわからなかった。
問題は、リンだ。仮契約とはいえ姉ちゃんの契約精霊なだけあって、なかなか堕ちない。そういえばジョーカーは、精霊の悪霊化の実験は、かなり大昔から行われているものだと言っていた。
そして、その実験にジョーカーが加わったことにより成功率が上がっていて、姉ちゃんの契約精霊に手を出すことにしたのも、ジョーカーが関わっているからだという面が大きいと、あいつ自身が語っていた。
「ボクの目的は姉ちゃんを知ることであって、暴れることじゃないからね」
『つまんねーやつ』
「というか、一昨日ダンジョンに行ったばかりじゃないか。せめてあと二週間は我慢して」
『じゃあ二週間後に暴れようぜ! よし、決定!』
やれやれとわかりやすい溜め息を吐いたが、ビリキナは無視した。いつものことだと諦めて、ボクはほうきを握る手に力を込めた。
2 >>266
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.264 )
- 日時: 2021/12/24 20:11
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: tVX4r/4g)
お久しぶりですぶたさん。ベリーです。合作以来ですね。
久しぶりにバカセカに来てみたところ沢山更新されていて一気読みいたところです。毎回思うのですが、やはりぶたさんの描写は細かく、違和感がない文で、その文才が羨ましいぐらいです。
世界観も面白く、ぶたさんの影響で新しい作品に挑戦してみようと思いました。「神が導く学園生活」ですね。
すみません途中から私事になってしまいました。これからも応援しております!更新頑張ってください!
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