ダーク・ファンタジー小説
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- この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
- 日時: 2025/05/23 09:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919
※本作品は小説大会には参加致しません。
≪目次≫ >>343
初めまして、ぶたの丸焼きです。
初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。
この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。
≪注意≫
・グロい表現があります。
・チートっぽいキャラが出ます。
・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
※調整中
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ありがとうございますm(_ _)m
励みになります!
完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。
≪キャラ紹介≫
花園 日向
天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
笹木野 龍馬
通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
東 蘭
光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
スナタ
風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。
真白
治療師。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
ベル
日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。
リン
日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。
ジョーカー
[ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。
花園 朝日
日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。
???
リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。
ナギー
真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
現在行方不明。
レヴィアタン
七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。
学園長
聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。
ビリキナ
朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。
ゼノイダ=パルファノエ
朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
≪その他≫
・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.335 )
- 日時: 2022/09/01 06:56
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
27
「朝日っ!!!」
遠くでくぐもった女の声がした。と思ったら、いきなり体を突き飛ばされた。動かなかった足が外からの力によって無理矢理動かされ、ボクはその場から逃げることができた。真っ黒だった視界には再び色が差し、恐怖心も幾分か和らいでいる。
「朝日、大丈夫?!」
ボクをあの場から逃がしてくれたのは、この目の前にいるゼノイダ=パルファノエらしい。息は荒く、目は見開かれている。焦りの感情が肌で感じられるほど剥き出しになっていた。
「なんであんなところに!? さっきまでわたしと一緒に、馬車に乗っていたはずなのに、どうして!」
どうしてという言葉に疑問の音はついていない。ならば、質問ではないので答える必要もないだろう。
「ゼノイダ=パルファノエ、ありがとう、大丈夫だよ」
ボクの呼び方に不信感を覚えたゼノイダ=パルファノエは一瞬顔を曇らせたが、すぐにほっとしたように息を吐いた。自分の呼び方よりも、ボクの安否の方が気になるようだ。
「よかっ」
た。そんな些細な音さえ発することは許されなかった。男はもう一度声を上げる。
「mleusamauaammlaalaoxumeasmumsmaelmexoemxelluaaouellslaueaueuaataasaoaosmtomtsaelmxaeseuaulatlaluatammaaxemsumameemesemsslexuaettsmemsetusmlxsmeexauoleao」
再び空間に文字が現れた。しかしそれは空間を覆い尽くすには至らなかった。それを止めた者がいた。真っ黒な文字たちがボクたちの後ろから飛んできた光の玉に吹き飛ばされて散り散りになる。
「haatinhatthaanhaihaatnthhhtnaaanainhntitnaaniaahhannhhtnataatiihntahantanihaiaiaiahiiithanhtnaaahatnainattaaainiaiiitatahinata」
空が黒くなる度に光が黒を溶かしていく。黒と白が溶け合って、空は灰色になっていた。まだ雨は降りそうにない、曇り空。
ボクは後ろを見た。なんとなく光の玉の主には心当たりがあった。あいつか、あいつ、どっちだろう。
その人物は離れた場所にいた。ボクたちがいまいる砂浜は傾斜になっていてその人物は上の方にいる。そういえばボクはいつの間にか西の海岸へ来ていたみたいだ。ダイヤはどこに行ったんだろう。百歩譲ってそれはいいとして、種がなぜここにいるんだ? さっきまでボクがいた場所はここではなかった。断言できる。自信がある。ボクと種が同時に飛ばされたというのか?
「花園先輩」
ゼノイダ=パルファノエが呟いた。希望を込めた声だった。種と対峙して恐怖に染まっていたゼノイダ=パルファノエの目に光が宿った。
「朝日逃げよう、ここにいると危険だよ!」
ゼノイダ=パルファノエはボクの右手を引いた。ボクはゼノイダ=パルファノエの力に逆らって、その場に居続けた。本来ならばここでゼノイダ=パルファノエはボクが動かないことに疑問を覚えて不思議そうにボクを見るところだろう、しかしそうはならなかった。ゼノイダ=パルファノエはボクが動かないことに気づかなかった。ボクの右腕が伸びたからだ。ボクの右肩からズルズルと液状の黒い右腕が伸びていく。違和感なく。
遠くなっていくゼノイダ=パルファノエの背中をぼーっと見ていると、ゼノイダ=パルファノエは振り向いてボクに声をかけた。
「少しでも遠くに行かなくちゃ。朝日大丈夫?」
そう言いながら振り向くと、ゼノイダ=パルファノエは異形と化したボクを見ることになった。ゼノイダ=パルファノエは遠くにいるから声は聞こえなかったけど、ヒッと小さく悲鳴をあげる口の動きが見えた。思わずといった表情で、ゼノイダ=パルファノエはボクの右手を離す。そこで悟った。ゼノイダ=パルファノエはボクを怖がっている、受け入れてはくれないんだろうな。既にボクはゼノイダ=パルファノエのことはどうでもよくなっていた。なので、視線を姉ちゃんにずらす。
姉ちゃんは無詠唱で、しかも魔法を発動する動作もなしに光の玉を投げていた。右手を掲げたり、手のひらを種に向けたりすることもなく。次々に光の玉が姉ちゃんの体の周りに浮き上がり、数秒後、打ち出されて種の文字を溶かす。
「綺麗だなぁ」
無意識のうちにそう言ったあとに自分が言葉を発したことに気づいた。
「ΔουγιηίμραmrseγορrmτΚμaaτsseaηmΔeυsesαrσmssρήesersttίastsαetιseοφαΚροιγσφαίυαήοΔτρμτηαΚαίοφeττetήμsmΔsοσυαaρφήγρΚυομαιοηsίρατηρΔrτιασγαΚeφrρααοΔυσμτtργηeίsssτmaήοιαΚφμΔιtaρορίστυγsηsαήοeeαmτsrαΚΔριμτργτίηοααφυοήσαΚφτροαατσή」
種が文字を生み出す速度が上がった。それに合わせて光の玉が飛んで来る間隔も短くなる。あの光景をボクはぼんやりと眺める。いつまでも見ていられると本気で思った。絵画のようだと思った。
美しい。
心を奪われるとはこのことだ。ボクはこのとき傍観者だった。
「あれ、なんでここにあいつがいるの?」
緊張感のかけらのない、まるで世間話でもしているかのような口調で疑問を示す者がいた。その声はボクの近くで聞こえた。彼女は潮風で乱れた灰がかった桃色の髪を煩わしそうに耳にかけた。感情がほとんど失われた銀灰色の瞳で、種を睨みつける。
「まあいいや、好都合。ワタシ、気づいちゃったんだよね」
スナタはニヤリと笑って口元に歪な弧を描いた。幼い子供が悪巧みを思いついたような笑みだった。
「ねー、なんだと思う?」
スナタはボクに問いかけた。まさか声をかけられるとは思っていなくて、ボクは焦って首を横に振る。
「つまんないなぁ、ちょっとは考えてよ」
口を尖らせてそう言うも、すぐにスナタは模範解答を口にした。
「邪魔なやつは消しちゃえばいいんだよね」
そう言ってスナタが種に近づく。なにも持たずに、その身一つで。光の玉は止んでいた。
「άχάςηάςηοοηάητχςχτηςάχρρσςσάοοτχάοοάτχρστχσηηςηάάροςχοτοσορχορχςςάτσάράχτςτητρηροςσοηητάςησσχςάτορρσχστστςχορτσρροχςσχρσρστηάηης」
すかさず種は言葉を発する。落書きが文字を編んで空間を黒で埋めていく。光の玉の代わりに今度はスナタが文字を吹き飛ばした。ごうっと強い風が吹き荒れて文字は散っていった。これは魔法ではない。スナタは風の使い手であったが、いまの風は風魔法によるものではない。風が吹いたと錯覚しただけで風など吹いていない。スナタは種が生み出した文字に権力という力の塊をぶつけただけだ。スナタはゆっくりゆっくり歩いて、種に近づいていく。
「うわあ、気持ち悪、なにその顔」
スナタはしかめっ面で種の目の前に立った。
「じゃあさよなら」
スナタは右手を種に向けた。
種は抵抗の素振りを見せない。変わらずぶつぶつと言葉を発して、変わらず文字を生み出すだけだ。三日月は、スナタのことは見ていない。
「やめろぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
悲鳴に聞こえなくもない怒声が飛んできた。空からだ、空を見上げると隕石が降ってきていた。巨大な岩が炎をまとって降ってくる。合計で三つかな。中でも一番大きな隕石がスナタを狙って落ちてきた。隕石の上に金色の青年が立っている。
「もおおっ! しつこいなああああ!!!」
スナタは左手を動かして両手で隕石をとめた。実際に触れて止めたのではなくこちらも権力を行使した結果だが。
隕石の一つは海に穴を開け、一つは地面を抉りとった。岩石に炎を纏わせた偽物の隕石なので本物の隕石よりは威力は弱い。ちょうど姉ちゃんが立っていた辺りに隕石が落ちる。姉ちゃんは隕石が直撃する前に転移魔法でボクのすぐ側にやってきた。
「こっちにおいで」
姉ちゃんはボクの左手を握って歩き出した。連れられてきたのはゼノイダ=パルファノエのもと。言い表しがたい表情でボクを見るゼノイダ=パルファノエを、ボクは不思議そうに眺めた。
「朝日」
ゼノイダ=パルファノエは明確な恐怖をボクに向けた。やっぱりこうなるのか。ボクはがっかりしたよ、ゼノイダ=パルファノエもみんなと一緒なんだ。傷はつかない。期待なんてしていなかったから。
「これ、なに?」
ゼノイダ=パルファノエは握りしめていたボクの右手だったものを見て言った。手を離していなかったのか。気持ち悪くないの? そんなわけないよね、じゃあどうして?
「ボクの右手だよ」
ボクはきょとんとした顔でゼノイダ=パルファノエに言った。しかしその回答をゼノイダ=パルファノエは気に入らなかったらしく困ったように眉を八の字型に寄せた。
「ねえ、朝日、朝日になにがあったの?! 教えてよ、ねぇ!」
「いいよ」
ボクは笑った。教えるって言ったもんね。約束は守るよ。友達もどきには媚びを売るのがボクの生き方だ。
「えっとねー、まず真白を殺したのはボクだよ。それから精霊も殺したんだ。厳密には殺したんじゃなくて、悪霊にしたんだけど。あとはじいちゃんとばあちゃんを殺したよ」
ゼノイダ=パルファノエは目を見開いて、目の中に水が溜まっていった。それが一粒溢れただけでゼノイダ=パルファノエは両手で顔を覆う。一秒後、ゼノイダ=パルファノエは声を上げて泣いた。
「だからね、ボクは神になるらしいんだ」
姉ちゃんがぎゅっと左手を握った。
「朝日、それは違う」
「違わないよ」
姉ちゃんの否定の言葉を否定した。
「違う。朝日は神にはならない。私がそうさせない。朝日だけは守りたい、だから」
もう遅いよ。
ボクは姉ちゃんににっこりと笑ってみせた。
「神になるのはボクの意思だよ」
姉ちゃんの手を優しく解いて自分の胸に手を当てた。
「ボクは神になりたい。別に力が欲しいわけじゃないよ、そういうのじゃない。なんでだろうね、漠然とそう思うんだ」
「だめ」
「そう言われてもなぁ」
ボクは苦笑した。それでボクは姉ちゃんに抱きつく。
「姉ちゃん」
ボクはもうじき神になる、完全に人間ではなくなる。つまりそれは、花園朝日であるボクが死ぬということだ。ボクがボクであるうちに、ボクが姉ちゃんの弟であるうちに、姉ちゃんにはボクの思いを伝えたい。
「ボク、姉ちゃんのこと」
何度も何度も言ったけど、足りない足りない、ちゃんと言うんだ好きだって。大好きだよ、姉ちゃん。
「大き──」
……いま、ボクはなんて言おうとした? 大好きじゃない。ボクはいま、なにを。
嗚呼、そうだ。ボクは姉ちゃんのことが好きじゃない。好きなふりをしていたんだ。姉ちゃんのことを好きで居続けなきゃ、ボクはボクでなくなる気がした。狂ってしまいそうだった。心の支えがなくなることは怖い。
心の支え、それは姉ちゃんの存在自体を指すのではなく姉ちゃんを好きだというボクの感情だった。それに気づいていながらもボクはそれを意識的に無視していたんだ。
『だってボクは』
『だって俺は』
『好きなんて』
『嫌いなんて』
『……愛なんて』
『「……わからない」』
ボクはもう一度口を開いた。
「だいっっっきらい」
姉ちゃんから体を離す、姉ちゃんは相変わらず光のない虚無を宿す瞳をボクに向けていた。この瞳も白眼も嫌いだ。なにもかもが嫌いだ。
突然その虚無の瞳が感情を宿した。驚愕に目が染まり、姉ちゃんはボクに手を伸ばした。
「朝日っ!!!」
ボクは後ろを見た、姉ちゃんがボクの後ろを見ていたから。背中の方に伸びていたボクの影が地面から離れて立っていた。
影はボクを飲み込んだ。
28 >>336
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書きをお読みください】 ( No.336 )
- 日時: 2022/08/31 21:09
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8GPKKkoN)
28
「これが、一時的に預かっていた君の記憶の全てだ」
影は言った。ぐにゅぐにゅと形を変えて、笑った顔のように見える。
「君はよく働いてくれた。予想通りだ。褒美として、君が望むものを与えよう」
ぐにゅぐにゅ、影は立体となってこちらへ伸びた。
「君に名前を与えよう」
かげは輝いた。ゆっくりと底から這い上がってくるような声に侵され、ボクは静かに目を閉じた。
「〈ラプラス〉。君に与える力は【万里眼】。過去、現在、未来を見通す眼だ。そしてもう一つ。霊道の〈案内人〉の役を与えよう。霊道の中は自由に動き回ってもらっていい」
ボクは目を開いた。そのときには影もかげも消えていて、女が二人いた。
「ハ、ハハ……」
花園日向の口から、渇いた息がこぼれた。それはいわゆる笑い声であり嘲笑であり自嘲の笑みだろうが、なんとなく、嗚咽にも聞こえた。
「アハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!」
花園日向は天を仰いだ。何重にも木霊するその声は彼女のものであり彼女のものではなかった。彼女は既に彼女ではなくなっていた。いや、既に、ではない。たったいまこの瞬間に『戻った』のだ。どうやら彼女の弟の実質的な死が糸を切ってしまったらしい。彼女の目の前には花園朝日であった器があった。二人の女は、それで花園朝日が死んだことを悟ったのだ。器は十秒ほど経ってから消滅した。
ゼノイダ=パルファノエは困惑した。涙で濡らしていた目元を拭い、花園日向だった少女に控えめに問う。
「どうして、笑っているんですか? 悲しくは、ないんですか?」
少女はくるりとゼノイダ=パルファノエを見る。笑ったその顔に空いた二つの穴からは、透明な液体が流れ出ていた。
「悲しい? なにそれ?」
少女は楽しげにくすくすと泣く。わかりやすい悲哀の笑顔を浮かべながら、虚無に染まっていた瞳に光が宿り始めた。
「知らない知らない。そんなの知らない。知れない知りたい知れない私はそんなの知れない。わタシの罪はわタしの罰はどうしてどうしてワタ私のせいで朝日は死んだ死んだのかな気配はするのだけどそれは朝日じゃないわからないわからないどうしてわからないのワタシは全てを知っているはずなのにわからない許されていない」
少女はにっこりと怒りをあらわにした。その矛先は誰に向いているのだろうか。
「抱く必要がない。ワタシのせいで壊れた者は腐るほどいる。抱く権利がない。ワタシは全ての罪が許される。ワタシは全ての罪が許されない。罪を抱くという行為が許されない。贖罪という行為が許されたい。罪悪感も背徳感も、ワタシは知れない知りたい知りたい」
操り人形のようにかくんと体を傾けて、少女はゼノイダ=パルファノエに詰め寄った。
「わかる? わからない? どうでもいい。悲しいも嬉しいも楽しいも怒りも哀れみも、ワタシはなにもわからない。それが許されていない」
誰よりも美しい光をたたえる金髪に、幼い子供のように無垢な青眼。虚無であった両の眼には色が差し、付き従う精霊はもういない。
「苦痛も悩みもなにもかも、ワタシは全てを奪われた。いや、元から持っていなかった。そしていま、奪われた」
頬を伝う渇いた涙はそのままに、少女は叫ぶ。
「この馬鹿馬鹿しい世界にも、救いがあると思っていた! アハハハッ、それこそ馬鹿みたい!! あるわけないあるわけない! この世界は馬鹿馬鹿しい!!! 同じことの繰り返し、同じ過去の繰り返し、同じ未来の繰り返し!! それに従うワタシも馬鹿馬鹿しい!!!! アハハハハハハハハッッ!!!!!!!」
少女は肩で息をした。最後に大きく深呼吸をして。
『こちら』を見た。
「自己紹介をしておきましょうか」
余裕に満ち溢れた笑みを浮かべる彼女。
「初めまして、神々諸君。ワタシは支配者。名を剥奪された種子の一人だ。聞きたいことは山ほどあるだろう。しかしワタシからはそれを告げられない。その役割をワタシは担っていない」
ゼノイダ=パルファノエの『恐怖』の二文字が刻まれた黒い瞳は少女を凝視している。しかしその文字は『驚愕』に変わった。彼女の瞳に映る少女が突然姿を変えたのだ。なにも異形になったわけではない。ただ成長しただけだ。元々高身長であった少女は背丈はあまり変わっていない。ただし体つきが明らかに女性のものに変わった。微かに残っていた少女の面影は完全に消滅し、ガラス細工のように華奢であった体には付くべき場所に肉が付いた。言ってしまえばそれだけの変化で、それらは大きな変化だった。
「おねえちゃん!!」
重たい空気に突如、明るい声が響き渡った。幼い子供が母親を見つけたときに出すような純新無垢な喜びの声。その声の主はスナタ──名無しだった。
「おかえり、おねえちゃん! 戻って来てくれたんだね!」
弾んだ声に満面の笑み。平凡な彼女の見た目の唯一の特徴とも言える銀灰色の瞳からは光が無くなっていた。その瞳の奥に宿るどす黒い独占欲が、スナタもまた、なにか別の存在に変わってしまったことを告げている。しかし彼女には呼ぶべき名はない。肉体に付属するスナタという名しか。
支配者はスナタを見た。
「なにを勘違いしているの? ワタシはお前のものではない」
「うん、わかってるよ。お姉ちゃんは誰のものでもない。むしろワタシがお姉ちゃんのものなんだ!」
スナタはうっとりと目を細める。頬をとろけさせて狂気すら感じる眼差しを彼女に向ける。彼女に陶酔しているようで、彼女に酔いしれている自分自身に酔っているようにも見えた。
スナタは支配者の狂信者だ。スナタは本来この世界が創られる前に種子が滞在していた世界の住人であった。二人は姉妹として生を受け、共に育ち、無限の時間を過ごした。あの世界の住民に『寿命』という概念は存在しなかった。スナタにとって種子は、退屈な悠久の中の唯一の光であった。スナタは生まれついての種子の狂信者だったのだ。
種子は種のいない世界に用はない。世界を一通り見て回ったあと、そこが種がいない世界だとわかるとすぐに創世の準備を整えた。当時の彼女にはまだ自らの宿命を疑う心はなかった。
異世界転生。支配者はそれをひたすらに繰り返して種を探し求めてきた。種子はなんの疑問も抱くことなく無感情に、そして機械的にそのときも異世界転生をしようとした。
しかし。
『ワタシも連れて行って!』
目ざとく種子の行動を付け回し把握していたスナタは彼女にそう言った。姉であった種子以外に親しいものがおらず、他者と友好関係を築くなど頭の片隅にすらその考えがないスナタにとって姉を失うことは実質的な『死』であった。
神は気まぐれだ。そのときの彼女もそうだった。彼女の正体に気づき彼女の行動を予測する者はそのときまでにも何度も何度も存在した。しかしそれに同行したいなどと言い出す者はいなかった。種子はただ『面白い』とだけ思い、たったそれだけの理由でスナタを異世界転生させた。種子である彼女にとっては造作もないことだ。一人であろうが百人であろうが一億人であろうが、彼女が指先一つ動かす数秒で運命はねじ曲げられる。ときによってはねじ切られることもある。スナタもまた、犠牲者であった。
「日向!!!」
スナタが支配者と二人だけの空気を作りあげた気になっていると、ふとそう叫ぶ青年がいた。鬱陶しそうにスナタはそちらに目をやる。
「なによ、蘭。ワタシとおねえちゃんの邪魔をするつもり?」
「邪魔とかじゃない!」
彼は姿の変わったかつての花園日向を見て、絶望の表情を浮かべた。崩れ落ちそうになるひざを懸命に支え、奥歯を強く噛んで言葉を絞り出す。
「遅かったか……」
とにかく悔しそうな顔をする彼。彼もまた、スナタとは違った意味で特殊だった。ディフェイクセルムと同様に、支配者によって神から人間に堕とされた存在。こちらも自らそれを望んだ。彼はかつてのヘリアンダー。ディミルフィアとして転生した支配者の弟だった。そして彼は再び神に堕ちていた。
支配者は唯一無二の存在だ。彼女は彼女の意志に関係なく精神を歪めてしまうほどに心酔する信者を生み出してしまう。スナタもスートも種も花園朝日もそうだった。しかしヘリアンダーは違った。彼は精神を侵されてはいない。彼はただ弟として、姉であるディミルフィアを救いたいと思っていた。それは純粋な家族愛から起こる感情であり、時空の頂点に君臨する支配者への畏敬の念であり、己の宿命に抗おうとして苦しむ女への慈悲でもあった。
「日向! 戻れ! 頼む、頼むから日向に戻ってくれっ!! じゃなきゃ、じゃなきゃ」
必死に訴えるヘリアンダーの声を支配者は確かに受け取った。その上で彼女は彼を鼻で笑う。
「何故?」
とっくに手遅れであることはヘリアンダーも理解している。それでも諦めるという選択肢を無視して彼女に訴え続ける。
「全部が振り出しに戻るからだよ!!! このままじゃ日向は本当に支配者に戻ってしまう! これまでの記憶もなくして帰って来れなくなる! あと少しだから! あと少しだけ耐えてくれ! 頼む!!!!」
支配者の思考の変化は世界にとって、そして時間にとって想定外のことだった。自分の宿命に疑問を抱くなど他の種子はしなかった。無条件に宿命を受けいれるか、もしくは宿命に伴う種子だけの特権に傾倒する。彼女は数えることもできない無限の世界と時間を越えたあるとき、ふとこう思った。『自分はなにをしているんだろう』、と。この異変はバグと呼んでもいいだろう。ひとたび生じたバグは猛烈な勢いで支配者を侵食した。自分がなんのために生きているのか、自分のすることになんの意味があるのか、この宿命を背負うのがどうして自分でなければならなかったのか。彼女はなにもわからなかった。そして、答えを求めてしまった。答えという名の、救いを。そんなものがあるわけないと知りながら、彼女は種と出会った。出会ってしまったとでも言おうか。種は彼女にとっての救いそのものであった。彼女を彼女の宿命から解放する鍵となる彼。
「リュウさえ、戻ってきたら……」
支配者は無情に呟いた。
「リュウって誰だっけ」
29 >>337
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書きをお読みください】 ( No.337 )
- 日時: 2022/08/31 21:11
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8GPKKkoN)
29
ヘリアンダーは今度こそ膝から崩れ落ちた。
「まさか、もう」
記憶の崩壊が始まっている。支配者は花園日向としての記憶をなくしている。いや、花園日向としてだけではない。支配者でなくなっていたときの記憶の全てが失われつつある。それを知って絶望したのだ。
「まだだ、まだ諦めない」
ヘリアンダーは自分自身に決意を示した。重い足を立たせる。支配者に背を向けて種を見る。種は一度言葉を止めてただそこにいた。ヘリアンダーにとって最後の希望は種だった。種──リュウだけが支配者を救えると信じていた。
「そろそろ諦めた方がいいんじゃない?」
スナタが問いかけ、種に向かって権力をぶつけた。粗雑な力の塊をもろに受け、種の体が吹き飛ぶ。
意地悪く笑うスナタをヘリアンダーは睨んだ。
「本当におれの邪魔をするんだな?」
スナタは一瞬だけ頭に疑問符を浮かべたがそれを顔に出すことはなかった。歪んだ笑みを顔に貼り付けて、ヘリアンダーを嘲る。
「ええ、もちろん。あいつを解放させるわけにはいかないから」
支配者の本当の願いを叶えるためには種が必要であることはスナタも理解していた。しかしそれを許容するわけにはいかなかった。支配者の本当の願いを叶えることになればその未来にスナタはいない。それをわかっていたからだ。
「わかった」
ヘリアンダーの姿が黒く染まった。髪も瞳も服も全て。黒手袋に黒いブーツ。肌以外の全てがさまざまな色を組み合わせ作られた不純な黒に覆われる。両手には巨大な鎌が握られていた。
「じゃあ、まずはお前を倒す」
ヘリアンダーはスナタをも救おうとしていた。それが不可能だと知っていながら、できる限りのことをしようとした。ヘリアンダーがスナタと行動を共にすることが多かったのはそういう理由があったのだ。しかし、あくまでヘリアンダーにとって一番に優先すべきは支配者だ。支配者の救済の邪魔をすると言うのなら、ヘリアンダーは誰にだって刃を向ける覚悟があった。
「物覚えが悪いなぁ。敵わないって言ってるのに。せっかく教えてあげてるのにさ」
支配者は二人のやり取りを退屈そうに見ていた。退屈で退屈で仕方がない。この光景はすでに何度も見てきたものだ。支配者を狂信する者、支配者を憐れむ者。この二つが衝突することは稀ではあるが皆無ではない。初めの数回は彼女も双方の衝突を面白がって見ていたが、数十回にもなるとこの後の展開も見えてくる。支配者はつまらないと判断すると無言でこの場から去っていった。
「あっ、お姉ちゃん!」
スナタは寂しそうに言う。支配者はスナタを無視した。支配者にとってスナタはただのおもちゃだ。不要になれば捨てるだけ。スナタは捨てられたことにまだ気づいていない。
「あとで絶対追いかけるからね!!」
そう叫んでヘリアンダーを見た。負けることがないのはわかっている、さっさと目の前の身の程知らずを潰して、早く姉の元へ行こう、そんな思いが透けて見える。
ヘリアンダーは鎌を構えた。負けることが確定しているこの戦いを彼はまだ諦めていない。なにが彼を立ち上がらせるのか、彼の闘志の燃料はなんなのか。それは誰にも知り得ない。
スナタとヘリアンダーとの間には距離がある。しかしヘリアンダーは鎌を大きく振った。ぶんっと風を切る音がして斬撃が飛んだ。スナタは面倒くさそうに空を掴んだ。そして、そのまま空気を払うような仕草をする。
斬撃の方向が変わった。大きな弧を描いて斬撃はヘリアンダーのもとに戻ってきた。ヘリアンダーはこのままだと自分の体がまっぷたつになることが容易に想像できたので慌てて避けようとした。しかし体が動かない。瞬時に理解した。スナタの仕業だ。そんなことがわかったところで体が動くようになるわけでもなく。
斬撃はヘリアンダーの体に深く食い込んだ。骨が完全に断ち切られることはなかったが、幸いにもとは言い難い。ヘリアンダーの体に流れる血液のほとんどが弾け飛んだ。ヘリアンダーから一瞬意識が遠のいて、二、三歩足が下がる。
「痛いのって辛いよ? 大人しくしたら? 神だから死ぬこともできないだろうし。なんでそんなに頑張るの?」
スナタは全く理解できないとばかりに肩をすくめた。たまにチラチラと支配者が飛んでいった方角を見ていることから、あまりヘリアンダーとの戦闘に集中していないことが分かる。
痛いより熱く、熱いより痛い傷口の感覚に必死に耐えるヘリアンダーはスナタの問いに答える気力など残っていなかった。ヒューヒューとかろうじて息をするだけで立っていることもままならない。気力だけでスナタを睨むことが精一杯だ。スナタは鼻で彼を嗤う。
「お姉ちゃんやそいつを救いたいって言うけど、そうして蘭になんの意味があるの? お姉ちゃんに溺れることもできずに可哀想。そんなに中途半端だからなにもできないんだよ」
スナタの言う通り、ヘリアンダーは中途半端な存在だ。神であるが太刀打ちできない存在は多く、神として人々の願いを叶えようと誓った過去もいまは忘れ、支配者を狂信することもなかった。それがヘリアンダーの強みでもあることをスナタは知らない。
スナタは権力がヘリアンダーの体に加わる範囲を点と呼べるほどに絞る。その一点に凄まじいほどの力を加えた。一瞬の静寂のあと、ヘリアンダーの体に無数の穴が開いた、大きく裂けた腹の肉がさらに切れる。
「はっ……はっ……」
ヘリアンダーは肩で息をした。息を吸うたび吐くたびに傷口が塞がっていく。神が持つ圧倒的な再生能力だ。スナタは鬱陶しいと言いたげに顔をしかめた。
「それやだな」
スナタは不快の念を訴える。ヘリアンダーに再度攻撃を仕掛けようとスナタが両手に力を入れた、そのとき。
「srteldlolnaooa」
種が言葉を具現化させ、その文字を使ってヘリアンダーを縛り上げた。
「ちょ、ちょっと!」
種の力はスナタを凌ぐ。スナタも抵抗の手段はなく、腕ごと胴体を縛られた。
「ああああああもう! じゃまああ!!」
スナタの叫び声が響いた。
スナタは背中にズドンと衝撃が加わるのを感じた。不思議と痛みはなかった。なにかに背中を突かれた感触だけが脳に伝わった。なにが起こっているのかわからない。スナタが自分の背中を見ると、誰かの腕が背中に突き刺さっていた。
「え……」
腕を辿ってその人物の顔を見る。スナタは彼に見覚えがあった。ヘリアンダー同様、邪魔者とみなしていつか消してやろうと思っていた人物だ。
「小説から退場願います」
スペードはスナタに告げた。ゆっくりスナタの背中から腕を引き抜く。手にはぼんやりと光る小さな球体が握られていた。
「あ、やだ……」
その球体はスナタの魂だった。ヘリアンダーがどうしても手に入れられなかったそれをスペードは簡単に手に入れた。
「やだやだやだああ!! 絶対帰らない、絶対にいいい!!!!」
幼い子供が駄々をこねるように、スナタは両足をバタバタと振った。腕は種の文字で固定されているため動かないが、もし種の拘束がなければスナタは暴れ狂っていたことだろう。しかしもしそうなっていたとしてもその抵抗は意味をなさない。スペードは握っていた手を開いて魂を解放した。魂はふわりと浮き上がって飛んでいく。スナタの体ではなく天空へ、そしてスナタが元いた世界へ。
「やだ、助けて」
スナタが体がどんどん薄くなっていく。スナタと対面していたヘリアンダーの視界に、スナタの背後にいるスペードの体が徐々にはっきりと見えてくる。ヘリアンダーはその光景を呆然と見ているしかなかった。スナタは目に涙を浮かべてヘリアンダーに向かって叫ぶ。
「蘭助けて! ワタシ帰りたくない、もっとこの世界にいたいよ、ねえ!」
ヘリアンダーにはスナタをこの世界から消し去る覚悟があった。しかし不覚にも、ヘリアンダーは悲痛な叫びを訴えるスナタに手を伸ばしそうになった。ヘリアンダーも種に拘束されているため手は動かない。
「やだああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
スナタの叫び声はだんだん小さくなった。そしてスナタの体は光に包まれ霧散する。
「次は種ですね」
スペードがヘリアンダーを繋いでいる文字の鎖に手をおいた。すると文字は腐って崩れ落ちた。ヘリアンダーは解放された。
「いままでありがとうございました。あともう少しです。頑張りましょう」
スートたちは他の神々と連携を取ることはなかったが、スペードとヘリアンダーは協力関係にあった。と言ってもヘリアンダーはあまり自分が役に立っていないと思っているが。
支配者を救おうとしている存在はとても少ない。スペードにとってヘリアンダーは頼もしい協力者なのだが、ヘリアンダーにはその自覚がない。
「はい、わかりました」
ヘリアンダーは力を切り替えた。死神から太陽神へ。ヘリアンダーの姿が金に包まれていく。
スナタとの戦闘は属性が関係しない、と言うよりも関係できないただの力と力のぶつかり合いだった。しかしそれはスナタが異世界人だからだ。存在価値に圧倒的な差はあれど、ヘリアンダーと種は生まれた世界は同じだ。種の闇の対抗手段である光をヘリアンダーは自らに宿した。金色の大きな翼を背負い、灰色の大空へ駆けて行く。
「頼む、戻ってきてくれ」
ヘリアンダーは必死に願いを世界に訴える。種を見て、叫んだ。
「リュウ!」
30 >>338
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書きをお読みください】 ( No.338 )
- 日時: 2022/09/28 15:27
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HSAwT2Pg)
30
ゼノイダ=パルファノエは放心して自らの左手を見た。そこにあるのは片方だけの白手袋。花園朝日が身につけていたものは服含め全てが消えてしまったが、消えるそのときまでゼノイダ=パルファノエが握っていたこの白手袋だけは、彼女の手に残り続けたのだ。
ゼノイダ=パルファノエは自分の目の前で起こった光景が、そして起こっている光景が信じられなかった。自分はどこか元いた世界とは別の世界へ入り込んでしまったんじゃないか、そんな思いにさえ駆られる。それが普通の感性だ。唯一の友人が異形に成り果て消えてしまい、目の前では、神々の争いが繰り広げられている。
「これ、夢だ」
ゼノイダ=パルファノエは呟く。自分を守るために脳が導き出した設定にすがりつき、それを言葉にして意識に擦りこもうとする。
「そうだよ夢だよそうに決まってる早く目覚めなきゃ。目覚めて、そうだ、わたしは明日、朝日をいつもしている散歩に誘うつもりだったんだ。きっと楽しい一日になるはずだって思いながら寝たんだよ。だから、早く目を、覚ましてよ!!」
白い閃光、黒い爆発。他の色を置き去りにして強大な二つの色が空間を制する。遠くで戦う三人の神から目をそらし瞼を閉じる。それでも一向に目は覚めない。痺れを切らしたゼノイダ=パルファノエは思いっきり頬をつねった。古典的な方法だ。
「痛い!」
ゼノイダ=パルファノエは自分が思っていたよりも強い力で頬をつねってしまったらしい。血のついた右手を見て涙が溢れた。涙の理由は頬の痛みだけではない。
「夢じゃ、ない」
乾いた涙の跡に新しい涙が伝う。
「じゃあ、朝日は本当に死んじゃったの?」
その問いに答える人物はもういない。
「そんな、わたし、これからどうやって生きていけば」
ゼノイダ=パルファノエは孤独だった。少なくとも彼女自身ではそう感じていた。〈呪われた民〉である姉を持つゼノイダ=パルファノエはそれだけの理由でも孤立していたし、そもそもの性格が内気なため他人と関係を築くのがとことん苦手だった。ゼノイダ=パルファノエのバケガクの在籍日数は他の生徒と比べてもかなり長い方だが、その長い学園生活の中でできた友人は花園朝日ただ一人であった。花園日向の弟である花園朝日に興味を持ち、話しかけたのがきっかけだった。いつのまにか親しくなり、友人となり、ゼノイダ=パルファノエにとって花園朝日はかけがえのない存在となっていた。勉強も運動も彼女は苦手で、ただ時間を消費するだけだった学園生活が、花園朝日という存在がいるだけで華やかになった。依存と呼べるほどではないが、ゼノイダ=パルファノエは花園朝日を心のよりどころとしていた。生きる理由といえば大袈裟になるが、それに近しい存在だった。
「朝日、帰ってきて」
嗚咽交じりのその声は、伝えたい相手である花園朝日どころか足元の虫けらにすら届かなかった。しかし届いた者もいた。白と黒だけだったゼノイダ=パルファノエの視界に赤が侵入した。
「花園朝日が欲しい?」
ゼノイダ=パルファノエは目を見開いた。無理もない。突然現れたその人物はゼノイダ=パルファノエがついさっきまで求めていた花園朝日と姿が酷似している。
ダイヤは無邪気な笑顔でゼノイダ=パルファノエに話しかけた。
「ねえ、どうなの?」
しかし、ゼノイダ=パルファノエはダイヤの問いに答えなかった。流れていた涙の量をさらに増やし、かがみ込んでしまった。
「朝日、朝日、もうどこにも行かないで」
ダイヤはげんなりして面倒くさそうな声を出した
「似てるだけでオイラは花園朝日じゃないよ。オイラはダイヤ」
ゼノイダ=パルファノエは屈んだ体勢のままダイヤを見上げた。
「なにびっくりしてるのさ、ちょっと考えたらわかるでしょ。オイラの髪とか瞳とか見てみなよ。それにかなり似てるけどところどころ違うところだってあるよ」
ゼノイダ=パルファノエはダイヤの言葉に納得し、再度絶望した。もう二度と花園朝日に会えないことを再認識させられたような気がしたのだ。だが、ダイヤはそんなゼノイダ=パルファノエの思考を否定した。
「オイラの話聞いてた? 花園朝日が欲しいかどうか聞いてるんだけど?」
「それを聞いて、どうするんですか?」
ダイヤはにやっと笑った。
「オイラなら花園朝日を元に戻す方法を教えてあげられるよ」
ゼノイダ=パルファノエの瞳に光が戻った。直後、疑わしそうな目をダイヤに向ける。
「あなたは誰ですか? 別人だと言うけれど、それにしてもあまりに似すぎている。無関係とは思えない」
ダイヤがスートであることからも判断できるが、ダイヤと花園朝日に血縁関係は全くない。なのに二人の姿形がこんなにもよく似ているのはダイヤがのちの花園日向、つまり当時の支配者に作られたから、そして、その花園日向と花園朝日が姉弟という極めて近い血縁関係にあったからだ。
支配者はいくら転生しようとその姿に大きな違いは生じない。それはその個人の外見の情報が魂に入力されているからだ。魂を元に肉体は構成される。花園日向の魂もディミルフィアの魂も、どちらも同じ支配者の魂だ。
転生するにあたってどの親の元にでも産まれられるわけではない。条件がある。子の外見は親の外見に遺伝する。それが世界の設定だからだ。だから転生者は自分の外見と似た外見の情報が入力された魂を持つ親の元にしか生まれることができない。よって同じ親の元に生まれた花園日向の外見と花園朝日の外見は必然的に似る。そして支配者から作り出されたスートは合計で五十五人いるので、その中で一人ぐらいは花園朝日と外見がよく似た個体が存在するのもおかしくはない。
しかし、そんなことをゼノイダ=パルファノエが知るわけがない。自分の大切な人である花園朝日と他人の空似にしてはあまりに似ているダイヤを奇異の眼差しで見た。
「それってどうしてもいま知らなきゃいけないこと?」
ダイヤはあざとく首を傾げた。ゼノイダ=パルファノエはぐっと言葉に詰まる。
「そんなことより、君はもっと気になることがあるはずだ」
ダイヤはゼノイダ=パルファノエに一歩近づいた。
「花園朝日に会いたくないの?」
ゼノイダ=パルファノエは首を横に振った。
「会いたい」
「花園朝日を救いたい?」
「救いたい!」
「そうこなくっちゃ」
ダイヤは開かれた右手をゼノイダ=パルファノエに差し出した。なにをしているんだろうとゼノイダ=パルファノエがダイヤの右手を見る。ダイヤが右手を握り、そしてもう一度開いたとき、ダイヤの手のひらには包装紙にもくるまれていない、赤い飴玉があった。
「残念ながら花園朝日をいますぐに救い出す方法は無いんだよね。オイラもどこにいるかわかんないし。探したきゃ探したらいいけど絶対見つからないよ」
ゼノイダ=パルファノエはなにも言わずにダイヤの言葉を待つ。
「ただ、時間が経てば結果は変わる。オイラは君に、時を超える能力【タイムトラベル】の力をあげるよ。この力で未来に行って、未来で花園朝日を救えばいい」
急に突拍子のないことを言われてゼノイダ=パルファノエは当然困惑した。
「未来?」
「そう、未来」
ダイヤはにこっと笑った。
「悩まなくていいよ。なにも受け取った瞬間いきなり未来に飛ばされるわけじゃない。行きたい時間、行きたい場所に行きたいと思ったときに君自身の意思で行くことができるから」
ゼノイダ=パルファノエは疑問が浮かんだ。ダイヤの目的はなんだろう。なんのために自分に力を与えようとしているのだろう、と。
「オイラの考えていることが知りたいの? いいよ、教えようか。
まず大前提として、花園朝日がこうなったのってオイラたちが元凶なんだよね」
「え?」
楽しそうにからからと笑うダイヤを見るゼノイダ=パルファノエは唖然とした。
「えっとね。簡単に言うと、花園朝日を殺すことで花園日向を狂わせることが目的だったんだ。それで花園朝日はもう役割を終えたからあとはどうなっても別にいいんだよ」
花園日向の依存対象であった笹木野龍馬がいなくなったことで、花園日向は花園日向であり続けることが困難になっていた。その時点で彼女は支配者に戻りかけていた。そこでスートたちは彼女の背中を押す為に花園朝日を消すことにした、正確には神に仕立て上げることにした。花園朝日の自我を崩壊させ、無理やり神の力を与えた。その行動も実際は操られていたことによるものだったが。スートたちは生まれながらの傀儡だったため、操られていることを知りながら自ら喜んで神の意志に従った。
「で、オイラたちの役割は終わったし、また前みたいにひたすら暇つぶしする生活に戻ろうかなぁって。それで試しに君に力を与えてみようと思ったんだ。人を超越した力を持った君がこれからどんな行いをするのか観察させてもらおうと思ってさ」
ゼノイダ=パルファノエは驚きのあとにふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。人で弄ぶ神を目の当たりにした気がした。いや、気がしたのではない。ダイヤたちスートは本当に欠片ほどの罪悪感もなくヒトで遊んでいる。ヒトを暇つぶしの道具としか見ていない。これが本来の支配者の姿勢であり、その支配者の分身である彼らだから仕方ないといえば仕方ないのだが、遊ばれる側のヒトとしては許容できるものではない。
ゼノイダ=パルファノエはダイヤから視線を外した。ちらっと遠くを見やると三人の神はまだ戦っている。それを見て、ゼノイダ=パルファノエは決意した。
「わたしは……!」
ダイヤの紅玉が楽しそうに揺らいだ。
31 >>339
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書きをお読みください】 ( No.339 )
- 日時: 2022/08/31 21:15
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8GPKKkoN)
31
ヘリアンダーは弓の形をした炎を落としそうになった。
彼の武器は自らの魔力で生み出した炎の弓。炎そのものが弓の形を持って武器となったものだ。矢も炎で作り出されるため攻撃は無尽蔵に打ち出すことができる。しかしその無数の矢を持ってしても太陽神の力を駆使しても種には傷一つ入れることができなかった。それどころか、ヘリアンダーの体はもう既にボロボロだった。ヒトとは比べ物にならないくらいの再生能力を持った彼でさえも、次々にできていく傷の修復は間に合わず、ダメージだけが蓄積していく。
弓を落としそうになったのはそんなただの疲れだけが原因ではない。ヘリアンダーの横でヘリアンダーと同じように種と戦うスペードの姿を見て、自分が情けなくなったのだ。自分はなにをしているのだろうか、これではただの足手まといではないのかと思ったのだ。スペードは確実に種にダメージを入れている。スペードもスナタと同じように権力だけで戦う戦闘スタイルだ。つまり、素手で魔法も使わずに戦っているのだ。対してヘリアンダーは弓という武器を使い、魔法も使っている。それなのに。
スペードと自分を比較してはいけないことはヘリアンダー自身がよくわかっている。それでもなお思ってしまうのだ。
(おれに、なにができるんだろう)
彼は決して諦めたわけではない。彼の闘志はまだ燃え尽きていない。しかし戦うことがいまである必要を感じないのだ。
(あいつを元に戻すのは一秒でも早い方が望ましい。ただそれはおれがいなくてもできるんじゃないか?)
ヘリアンダーは三本の矢を弓にかけ、種に向かって放った。
「ssroodlladaorodalsrslooolraosalllolrooldoaslododloooor」
しかし、放った矢は種の文字によっていとも簡単に弾かれる。さっきからこれの繰り返しだ。頭が武器をおこうとするのを理性で必死に止めて無理やり腕を動かして矢を放つ。
スペードは純粋な権力の塊を種にぶつけた。スペードの攻撃に抵抗するために種は文字の盾を張るが、スペードの力はその文字ごと種の体を吹き飛ばす。スペードが攻撃するたび、種の体が後退する。
「倒れろ」
スペードが宣言し、これまでよりも強い力を種にぶつけた。すると、種の身体は大きく跳ねた。ぐるぐると獣の唸り声のような音を発して、種は地面に打ち付けられた。
『グゥッ』
三日月がくるんと回転し、それぞれの三日月が不快の感情を示した。目を表す三日月は下に弧を描き、口を表す三日月は上に弧を描く。
「…………」
奇怪な言葉を発したあと、種は落書きの範囲を広げた。青年の体の顔だけに覆い被さっていた落書きはじわりじわりと胴体の部分も蝕んだ。
スペードは種がこの後なにをしようとしているのか予測できなかった。警戒をしながら種を見ていたので、自身の足元がぬかるんでいるのに気づくのが遅くなった。
「なんだ?」
曇り空はまだ泣いていない。なのに地面が濡れているというのは一体どういうことか。しかもここは砂浜だ。それにしてはやけにドロドロしている。一体どういうことだろう。
泥が動いた。ボコボコと泡を立てたかと思えば、丸く膨らみ、地面から離れた。それはスライムによく似た粘性のある液体の塊だった。それを見たスペードは嫌な予感がして種を見た。嫌な予感は当たっていた。種の体を蝕んだ落書きはしゅるしゅると蔦のように伸びる。今度生み出されたのは文字ではなく生物だった。種は生物を生み出した。
それがただの生物であればスペードはここまで困惑はしなかった。種以外はスペードにとってただの雑魚だ。雑魚がどれだけ増えようとそれは零の集合体であり、零がいくつ集まろうと一には成り得ない。問題はそれらがただの生物でないということだ。それらはかろうじて人の形をしているが皮膚の代わりに灰色の液体に覆われており、手足などは今にも崩れてしまいそうなほど不安定だ。
「ゾンビか、厄介だな」
困惑していたのは、スペードだけではなくヘリアンダーも同じだった。出てきた生物は原動力である魂を持っていない。これではいくら倒そうが倒れまい。彼らは不死身の道具だ。
(弱音を吐いている場合じゃない)
ヘリアンダーは弓を握りしめた。種を倒すことはできないがゾンビたちの相手をすることはできる。
(あいつらがスペードの邪魔をしないように注意を引きつける。それくらいなら!)
ヘリアンダーの持つ弓の炎が眩く輝いた。赤い炎が純白の光に変わる。彼の闘志が激しく燃え上がった。
「ヘリアンダー!」
スペードがヘリアンダーの名を呼んだ。ヘリアンダーは目線を下げてスペードを見る。二人は離れた場所でそれぞれ戦っていたので、スペードは一度ヘリアンダーのそばに寄った。ヘリアンダーは翼を広げて宙に浮いているが、スペードはそのままの姿で飛んだ。
「いまから一時的にワタシの力の一部をお貸しします。この力で種の魂を捉え、攻撃を入れてください。一撃で十分です。攻撃が入ることに意味がある」
ヘリアンダーはスペードの言葉に違和感を抱いた。種に攻撃を入れるならスペードの方が適任だと思ったからだ。ヘリアンダーの思考を読んだスペードは首を横に振る。
「貴方以外にはできないことです。人は誰にでも精神に弱い部分があります。魂は精神と直結します。貴方は種の心の弱点を突くのです。ワタシでは届きません。貴方である必要があります」
人の心になにかしらの作用を与えるとき、対象に近しい者が行うとその効果は大きくなる。喜ばせるときも悲しませるときも等しく。種の心に足を踏み入れさせるには支配者が一番の適役であるがそれは叶わない。スペードにとってこの場においてはヘリアンダーは唯一の存在だった。
ヘリアンダーはスペードの力強い声と瞳に晒され、無意識に唾を飲み込んだ。緊張がある。その汗を拭うことすらせずに彼はスペードを見返した。
「わかりました、やりましょう」
スペードは真剣な面持ちのままヘリアンダーの両肩に手を当てた。
二秒後。
痛覚が麻痺しているのかと錯覚するほどの無痛の衝撃がヘリアンダーを襲った。快も不快も伴わない感覚。ヘリアンダーは自分の中にスペードが持つ権力が注ぎ込まれるのを感じた。彼は凄まじい圧力に体が押しつぶされそうになる。
権力とは、権利や権限を行使する力のこと。スペードは支配者の次に強い権力を持っている。今回ヘリアンダーに与えられた(貸し出された)力は、生物一個体の魂の内部を可視化する力だ。ヘリアンダーは種を見た。種に覆い被さる落書きの中央付近に魂が見える。そしてその魂の中に針の先ほどの大きさの黒点が見えた。あれが種の弱点だとヘリアンダーは瞬時に見抜く。
「ワタシがゾンビたちを抑えます。道はワタシが作りますから、貴方はあの種の弱点に攻撃を入れることだけを考えてください」
スペードの提案に抵抗することなくヘリアンダーは、深く頷いた。
スペードは這い寄るゾンビたちを片端から蹴散らした。所詮はゾンビ。厄介なのは不死の身体と再生能力。スペードはヘリアンダーが種に攻撃を入れる時間さえ稼げればいい。スペードがゾンビたちにてこずることはなかった。再生するのなら何度でも叩き潰せばいいだけのこと。せっかく舞台に上がってきたゾンビたちにあまり出番は与えられなかった。
ヘリアンダーは弓の名手としても下界人に知られている。彼が一度標準を定めたならば、軌道を外すことはありえない。先程は種が弾いていただけであり、放たれた矢が空に描く線は塵一つ分ほどの狂いすらなかった。
「ワタシが邪魔なものを全て退けます! 貴方はただ、その矢を放ってください!」
種の抵抗さえなければ、ヘリアンダーにとって種の魂を貫くことはいとも容易いことである。種を上回る力を持つスペードの助けさえあれば、ヘリアンダーガ標的を逃がすことは起こり得ない。
「リュウ、目を覚ませ」
種へ言葉を贈り、ヘリアンダーは力一杯矢を引いた。ギリギリと苦しげな音を告げていた弓の弦が唐突に緩み、それと対照的に矢は猛烈な速度で種の魂で吸い込まれていった。
「日向を救うためだけじゃない。おれは、お前のことも救いたい!」
誰に向けて言うでもなく、ヘリアンダーは言った。強いて言うならば、それは世界に向けて放った言葉であろうか。
落書きの蔦は放たれた三本の矢を絡み取り、ひねり潰そうとした。しかしそれは叶わなかった。種以上の力でスペードが落書きのツタを抑えつけたのだ。
遮るものが存在しない炎の矢は素直に種の魂の弱点に向かっていく。あと数秒で矢が種の魂を貫く。
そう、あと数秒でそうなるはずだった。この後起こることはスペードでさえ想定することができなかった。
矢が種の魂に触れるまであと僅かというところで異変が起こった。
「heeedraεcυnisaχαΣeρaieooluoloelαtlοtrροτxσclίalassdnmsπογχsςeilήtχρeγίτρsοαsaeρsocsώsμσlmnsαρφeSttiaαρτhιaeΣςoπauηoalitαaStelγeρήτuτρραmdmtτusancluaaαγaaΔnixαSlάttitantmίήοώφώmnραnanτυhυauesasiίotιonosαχoaοrφγeeaataφnoπμheteoρcrnmχmnmeσσostφnηassαγsaςαearΚΣαmάmlaρΚoγmetάεmΣΚeηalmeηιadάoσaSπaγηραnarlnalrςυήηεeleαεσρdiσρμhαοaοΔταemxαsηoώnηrnlώσslrsmτoοoτίumτρasrmσΔhτuanxstαscοtάςxseτiaoΣπsaaααoγosαοaoεaaφoolοoosΚσογτεuοesleeααrmniοίμΔormρoeaxnοedηήSχοssaoιaσamaμelΚnoiaαoουnostηlώousSmtταolmΚαsatάΣτloΔγluυeaιηmπstατστlιήγanaeeuηαllaΔμltς」
種は狂った。魂からも落書きが生まれ、文字が生まれた。密集しすぎた文字はもはや文字ではなくただの黒だ。黒が矢を飲み込み、それだけにとどまらず、ヘリアンダーの体に巻きつく。落書きはヘリアンダーを海に叩きつけた。
「ヘリア──」
ガボッと音がして、ヘリアンダーはスペードの言葉も最後まで聞き取ることができなかった。ヘリアンダーの聴覚は水圧に奪われ、視覚は水に奪われた。真冬の海の冷たさだけが触覚から脳に伝わる。濃度の高い塩水がヘリアンダーの口に流れ込んできた。かろうじてヘリアンダーは自分の闘志の存在の証明として弓を手放さなかった。しかしその弓は炎でできているためほとんど形を成していない。ほつれにほつれた一本の毛糸のようだ。あまりにも頼りない、そして情けない。
(やっぱりおれじゃ、誰も助けられないのかな)
ヘリアンダーは初めて弱音らしい弱音を吐いた。スナタとの戦闘のダメージも残ったままで、種と戦っていたヘリアンダーの体は疲れ果てていた。弓を握る手も痺れてきた。
(おれ、十分頑張ったよな)
ヘリアンダーは耐えかねて、弓から手を離し、目を閉じた。
ヘリアンダーの体はどんどん海底へと沈んでいく。しかし不思議なことにヘリアンダーの閉じられた瞼は光を感知した。見えてくるのは過去の光景。ヘリアンダーとディミルフィアとディフェイクセルムが仲睦まじく談笑している。三人が出会って間もない頃──ディフェイクセルムがディミルフィアとヘリアンダーと出会って間もない頃の過去の記憶だ。あのときは良かった。こんなことになるなんて想像もしていなかった。いつから自分は彼らを救うためにこんなにも頑張っているのだろうか。逃げる口実を探すために彼は根本にあった想いを引っ張り出した。
ヘリアンダーはこれまでの自分の行いを馬鹿馬鹿しいとは思わない。諦めたのではない、そうじゃない。ただ。
(……疲れた)
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