ダーク・ファンタジー小説
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- この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
- 日時: 2025/05/23 09:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919
※本作品は小説大会には参加致しません。
≪目次≫ >>343
初めまして、ぶたの丸焼きです。
初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。
この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。
≪注意≫
・グロい表現があります。
・チートっぽいキャラが出ます。
・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
※調整中
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ありがとうございますm(_ _)m
励みになります!
完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。
≪キャラ紹介≫
花園 日向
天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
笹木野 龍馬
通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
東 蘭
光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
スナタ
風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。
真白
治療師。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
ベル
日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。
リン
日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。
ジョーカー
[ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。
花園 朝日
日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。
???
リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。
ナギー
真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
現在行方不明。
レヴィアタン
七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。
学園長
聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。
ビリキナ
朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。
ゼノイダ=パルファノエ
朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
≪その他≫
・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.325 )
- 日時: 2022/08/31 08:48
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: yZSu8Yxd)
17
「コンニチハ」
ふと気が向いて名ばかりの食堂に夕食を取りに行くと、珍しくゼノ以外の人物に会った。人物っていうか鬼かな。会ったことがない鬼だ。そもそもボクはⅤグループ寮に来てからここで暮らす人は、姉ちゃんを除けばゼノにしか会ったことがなかった。
「そんなに警戒しないでほしいナ。ハジメマシテ。あたいはルーシャル・ブートルプ。見ての通り、鬼族だヨ」
鬼族の最大の特徴は髪から覗く黄色い角だ。獣人族とも異なる形の角だから結構わかりやすい。あと一番鬼族に多い髪色は紫で、ルーシャル・ブートルプの髪色も紫だ。
「はじめまして。何のご用ですか?」
一応当たり障りのないことを言う。名乗るべきかなとも思ったけどそこまではする必要ないかな、聞かれてないし。
「花園朝日くんだよネ?」
名乗らなくてよかった。相手は既にボクの名前を知っていた。
いやなんで知ってるんだよ。
「はい。どうして知ってるんですか?」
「そりゃ有名人だからサ。知らないのかナ? 君が入った部屋は要注意人物の入る部屋でここ数年空室だったんだヨ。なのにこんな可愛い男の子が入ったんだからそりゃ話題にもなるサ。最近のⅤグループ寮の話題は君で持ちきりだヨ。なんてったって話す機会も話題もないんだからネ」
「そうですか」
だから何だって言うんだ、何が言いたい? 早く部屋に戻りたいから用件を言ってほしいな。
「見た目はこんなに可愛いのに中身はそっけないナ。そんなギャップもいいネ。ちょっと好みだヨ」
背筋に悪寒が走った。何だこいつは気持ち悪い。なんのつもりでそんなことを言うんだ。
「でもその顔はどうなのかナ。虫でも見るような目をしてサ。あたいにそんな趣味はないヨ」
ボクにだってそんな趣味はないよ。
「あの、何の用ですか?」
ボクが尋ねると、ルーシャル・ブートルプはニヤッと笑った。嫌な目だ、ボクを利用しようと企む目だ。昔からよく見てきた目。
「君とは接触するなってネイブから言われたケド、そんなの言われたら逆に気になっちゃうヨ。
ねぇねぇ君って何なのサ。どうしてあの部屋に入れられたノ? あたいたち以上の化け物なのかナ、ゾクゾクしちゃうヨ」
ボクは言葉に詰まった。とっさに右手を後ろに隠す。白手袋をつけているので向こうからボクの素肌を見られることはないと分かってはいるけれど。
ルーシャル・ブートルプは目ざとくボクの動作を見つけた。悪戯っぽい光を柑子色の瞳に宿し、ぐるっとボクの背後に回った。
「何隠したのサ、見せなヨ」
どくんどくんと心臓が大きく呼吸する。吸っても吸ってもまだ足りない空気を求めるように。冷たい汗が頬を伝う。悪寒がより一層強くなる。さっきまでの嫌悪感だけからくる寒気じゃない、きっとボクは恐れているんだ。この右手の黒を誰かに見られることを。
「あっ、あの」
ボクの口から出た声は震えていた。こんな声を出したら隠していることがバレてしまうじゃないか。気をしっかり持て、そう自分に言い聞かせるけれどその努力も報われず、ルーシャル・ブートルプに右手を掴まれた。
「何か持ってるノ? あれ、そういえば君って屋内なのに手袋なんてつけてるんダ。ねーナンデ?」
「やめろ!!」
ボクは思いっきりルーシャル・ブートルプの手を振り払った。いくら鬼だとしてもあいつは女でボクは男だ。ちょっと力は込めたけど苦労なくルーシャル・ブートルプの手から逃れた。
ルーシャル・ブートルプはぶすっと不機嫌そうな顔をした。
「何するのサ、イイジャン減るもんじゃないんだカラ」
ボクを睨みつける目はだんだん見開かれていった、心なしかルーシャル・ブートルプの体の筋肉も硬直しているように見える。どうしたんだ? そう疑問を抱くが先かそれを見つけるのが先か。ボクはルーシャル・ブートルプの右手に白手袋が握られているのを見た。さあっと血の気が引く音を聞いた。慌てて左手で右手を覆うが、もう遅い、ルーシャル・ブートルプは叫んだ。
「イヤアアアアアッ! なにその腕! キモイキモイ近寄るなバケモノ!!!」
いくらなんでも大袈裟じゃないか。そう思って右手に目をやると、ルーシャル・ブートルプの反応に納得した。
ボクの右腕には無数の小粒が浮かんでいた。それらは常に蠢き、まるで大量の虫が腕の上を徘徊しているようだった。
「うわぁ!?」
ボク自身も腰を抜かして尻餅をついた。ルーシャル・ブートルプはそんなボクを足で踏み潰した虫を見るような目で見て、背中を見せた。
「ま、まって、手袋、返して」
手袋を求めて右手を伸ばすと視界にまた右腕が映った。吐き気がして手を引っ込める。こうしている間にもルーシャル・ブートルプの背中はどんどん遠ざかっていく。取り返さなきゃ、手袋を取り返さなきゃ。
「オマチナサイ」
突然赤い光が刺した。走り去ろうとしていたルーシャル・ブートルプの動きが止まり、逆再生に似た動きでルーシャル・ブートルプが戻ってきた。
逆再生じゃない。時間が巻き戻ったように、だ。
「ネイブ、離セ!」
「ダカライッタデショウ。アナタガテヲダシテイイモノデハナイト。
アナタハチュウコクヲムシシタノデス。ワルクオモワナイデクダサイ」
ネイブがそう言うと、ルーシャル・ブートルプの体の一部が石化した。バキバキと音をたてて石になった部分がどんどん広くなる。ルーシャル・ブートルプの体はみるみる灰色に包まれて、やがて石像と化した。そして、その石像は灰色の光を発して、音もなく粉砕した。
びっくりして固まっているとネイブが言った。
「ゴアンシンクダサイ。キオクヲナクシタダケデス。コレヲドウゾ」
そう言ってネイブがボクに渡したものは、さっきルーシャル・ブートルプに取られた白手袋だった。
「え、あ、ありがとう」
「イエイエ」
ネイブは何も無かったように、いつもの調子でボクに言う。
「ドウゾ。コレガユウショクデス」
ネイブはまたどこからか食事の乗ったお盆を出現させ、ふよふよと浮かせてボクに与えた。
「ありがとうございます」
「マタカオヲミセニキテクダサイネ」
これは食事を受け取りに来た生徒に言う決まり文句らしい。ここに来ると毎度言われる。適当にはいとうなずいて、ボクは食堂を後にした。帰り道に食事を片手に頑張って白手袋をはめていると、そっと食事を誰かに取られた。
見るとそこには姉ちゃんがいた。
「持ってるから、つけて」
ボクは少し戸惑ったけど、姉ちゃんの善意に甘えることにした。
「ありがとう」
白手袋をつけて、姉ちゃんから食事を返してもらってから、姉ちゃんに尋ねた。
「珍しいね、姉ちゃんが部屋の外にいるなんて。どうかしたの?」
「朝日に伝えないといけないことがある」
「ボク?」
なんだろう。一緒にご飯食べるのかな?そうだったら嬉しいな。
「一週間後の今日の昼、学園長室に行く。予定空けといて」
「学園教室に?」
ボクは首を傾げた、なんでわざわざ学園長室に行くんだろう。
「どうして?」
姉ちゃんはその問いに答えてくれなかった。何を思っているのかわからない空虚な瞳はボクに向けられているはずなのに、ボクを映しているようには見えない。そういえば、光の反射でそう見えるのかな、姉ちゃんの白眼にほんの少しだけ青色が混ざっているような気がする。
「じゃあ、また一週間後に」
「え、うん、わかった」
うーん、腑には落ちなかったけど仕方ないか。どうせ一週間後になればわかるんだし。わからないままモヤモヤするのと比べれば何十倍はマシかな。
自分を言い聞かせる文句を脳内で並べながら、自分の部屋へ戻る。
「ただいま」
中にいるはずのビリキナに向かって言う。返事はない、言う気がないんだろう。いつものことだ。特に気にせず中に入って部屋の明かりをつける。目に飛び込んできた光景に思わず肩をビクッと震わせた。
「えっ」
驚きで固まっていたのはほんの数秒だった。机の上に食事を置いて、床の上にうずくまるビリキナに近づいた。
「ビリキナ、大丈夫?」
ビリキナは部屋の中央で倒れていた。黒い液体を半径一メートルほどの円状に吐き出して。ビリキナの体の大きさから考えれば、とてつもない量の吐瀉物だ。いや、例えこれを吐いたのがボクだったとしても異常事態となるだろう。それがボクの手のひらの大きさと同じぐらいのビリキナが吐いたんだ。
「生きてる?」
やっぱり返事はない。このまま放っておくのはいくらボクでもさすがに気分が悪いのでつまんで持ち上げた。魔法は使わない。黒属性のビリキナに対して白属性のボクが魔法を使うのはあまりよろしくないだろう。何かあっても困るし。
うげぇ、気持ち悪い。黒い液体でびしゃびしゃになったビリキナを見てそう思った。液体は吐瀉物にしてはかなりサラサラしていて色も黒単色だ。見ていると意識を奪い取られそうなくらいに純粋な黒。この黒だけを取り出して見てみれば、誰も吐瀉物だなんて思わないだろう。
こういう時はどうすればいいんだっけ。よくわからないのでとりあえず振ってみた。人体に対してはしてはいけないことだとは思うけど、まあ精霊だから大丈夫でしょ。
『ゲホッ』
ビリキナが咳き込んだ。口からがぼっと音がして、新たに黒い液体がビリキナの口から飛び出した。びちゃっと液体が床で跳ねる。幸いボクにはかからなかった、危ない危ない。
「生きてる?」
ボクはもう一回聞いてみた。ビリキナは恨めしそうにボクを見る。
『お前、人の心ってもんはねえのか』
さっきボクがビリキナの体をぶんぶん振ったことを指しているのだろう、ボクは頷いた。
「ないよ」
ビリキナは毒づく元気もないのか、くたりと体から力を抜いた。時々くぐもった音がして、なおビリキナは黒い液体を吐き出す。
「ちょっと。部屋汚さないでくれる?」
返事がない。ボクはハァとため息をついてビリキナを吐瀉物の上に置いた。これ以上吐き続けるんなら、この上にいてもらえた方が処理するときに楽だ。吐瀉物の範囲を広げられても困るし。どうせ片付けるのはボクなんだから、別にいいよね。
しばらく吐き続けるビリキナを眺めてビリキナが落ち着くのを待った。十数分もの時間ビリキナは吐瀉物を吐き出し続けていた。ハァハァと荒い息遣いをしながらきついまなざしをボクに向ける。
『お前なぁ……』
しかし何か言いたげではあったもののその体力がないらしい。そして助けてほしいと言いたげな目をしていながらもプライドが許さないのだろう、ビリキナは何も言わない。別にいいよ、言わなくたって。分かってるから。
「ちょっと待ってね」
ボクは部屋にくっついて設置されている洗面所へ向かった。洗面器にお湯を入れてビリキナの元へ戻る。
「はい。精霊は体を洗ったりしないだろうけど少なくとも気分はさっぱりするでしょう?」
多分。
ビリキナはぽかんと口を開けているだけで何も言わない。問答無用で洗面器の中に放り込んでボクは吐瀉物の掃除を始めた。
18 >>326
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.326 )
- 日時: 2022/12/09 07:52
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: gf8XCp7W)
18
「落ち着いた?」
ボクが尋ねると、ビリキナは胡散臭そうな顔をしてボクを睨んだ。
『親切にしてなんだよ、気持ち悪いな』
「親切にしてもしなくても怒るってどういうことだよ」
ボクはため息をついた。
「で、なんであんなことになってたの?」
ビリキナは顔をしかめた。
『それはだな……』
なんだか歯切れが悪い。話すか話さないかをうんうんと悩んでから、ビリキナは口を開いた。
『覚えているか? オレがジョーカーから渡された酒をよく飲んでたこと』
「うん」
『あれだよ、あれの中に仕掛けがあった。ジョーカーの魔力が込められていたんだ。道理でおかしいとは思ったよ、オレはあんなに強くなかった。
お前はオレの魔力を使ってカツェランフォートの屋敷で戦ってたよな。オレは精霊だから負けることこそなかっただろうが、あんなに高い純度の魔法は出せなかった』
この世の全てのものは魔力を宿している。生物でも無生物でもそれは同じだ。そして魔力を宿しているものは自然そのままの姿のものだけではなく、それこそ酒なんかの加工されたものもそうだ。だからこそほかの魔力と混ぜることが出来て魔道具なんかを作り出すことが出来る。人工的に行われる聖水の精製も『魔力を混ぜる』という方法で作られる。ただし注意点がある。物質には耐えられる魔力量の上限が存在し、それを超えると魔力が溢れ出して物質が壊れてしまうのだ。
「え、まさか」
『そのまさかだよ。言っただろ。ジョーカーの魔力は神のそれと酷似している。精霊であるオレの器が神の力に耐えられるわけがない』
それで吐いてしまったのか。じゃああの吐瀉物ってイロナシの魔力を具現化したものってことになるのかな。
「なら自業自得じゃないか」
だって、イロナシからもらった酒を飲みたいって言っていたのは他の誰でもないビリキナ自身だ。やっぱり酒に溺れるのって良くないよね。大人になっても飲む気はないや。大人になれるかどうかもわからない。おそらくむりだ。
『うっせーな、わかってるよ』
ビリキナはぷいっと顔を逸らした。拗ねないでよ。
『とにかく、オレの中にはいまジョーカーの魔力がある。あのリンって精霊にオレの魔力を注ぎ続けさせたのも、オレを介してジョーカーの魔力を注ぐためだったんだろうな。あいつの体がジョーカーの魔力に耐えられずに崩壊して、そして堕ちたんだ』
「ちょ、ちょっと待って!」
まだ言葉を続けようとしたビリキナを遮りボクは大きな声を出した。せっかく言葉を用意していたビリキナは不快そうに肩眉を神げてボクを見た。
「その理論でいくと、ビリキナも悪霊化するんじゃないの?」
『そうなるな』
なんでもないことのようにビリキナは言う。いやいや、何でそんなに平然としてるんだよ。一大事じゃないか! どうするんだ!?
慌てるボクを呆れたような目でビリキナは見た。
『何度も言っただろ、オレたち精霊と人間の考えることは違うんだ。神のお遊びに付き合わされるのには慣れてる。そして付き合わされることはオレたち精霊の宿命だ、生まれたときから受け入れざるを得ないものだ。今更悪霊化するぐらいでギャーギャーわめいたりはしない』
「だとしても、つまりビリキナもリンみたいになるってことでしょう? ビリキナはそれでいいの? 本当に?」
ビリキナは呆れた目の中に哀愁をほんの一滴だけ垂らした。
『決定権自体、オレたちにはないんだよ』
そして、全てを諦めたような顔で微笑んだ。
『受け入れるしかないんだよ』
こんなのってないよ。
身勝手なのはわかってる、ビリキナをこんな目にあわせてしまった原因はボクにある。ボクがジョーカーの誘いに乗らなければ良かったんだ。自らの意思でボクから離れた姉ちゃんに早々に見切りをつけることができていればこんなことにはならなかった。姉ちゃんのことが知りたいなんて思わなければ、姉ちゃんのことを教えてあげるというジョーカーの誘いに乗らなければ、ボクの心がもっと強ければ、ボクもビリキナも運命を狂わされることはなかったんだ。ボクのせいなんだ、ボクの。ああ、だけど、ジョーカーの誘いに乗らなかったらボクは、ビリキナと出会うことはなかった。出会っていたとしてもこうして契約関係にはならなかっただろう。全ては必然という名の台の上になり立っている。いまボクが立っているこの世界線しかボクに用意されていた運命はなかったんだ。
こんなのってないよ。
『神の寵愛を受けている以上、運命が狂うことは必然だった。
自分のせいなんて思うなよ。元はと言えばオレがお前のババアに手を出したのが悪かったんだ。花園日向の正体にもっと早く気づいておけば良かったんだ。いや、もしかしたらオレは望んでいたのかもしれない、この未来を。精霊である自分に嫌気が差して、さっさと死にたかったのかもしれないな』
ビリキナの憂いを帯びた笑みが自嘲的なものに変わった。ビリキナが死にたいと思うなんて想像もできない。
『オレたち精霊は神のおもちゃだ。精霊であるということ以外に何の価値もない、価値を得ることすら許されない。そんな運命に抗いたかったのかもな。今となっては当時の自分が何を考えていたのかなんて覚えてないよ』
なんだかビリキナが遠くへ行ってしまうような錯覚に陥った。今この瞬間にビリキナの体が透明になって消えてしまうような、そんな感覚。思わずボクはビリキナに向かって手を伸ばした。モノクロの両手で、強大な神の力に耐えた小さな体を包み込む。
「お疲れ様」
『まだオレの役割は終わってねえよ』
ビリキナは苦笑した。いつもだったらボクを睨んで嫌味を言ってくるのに。そんないつもとは違う雰囲気も相まって、ビリキナが遠くに感じた。どうしようもなく、痛々しい。
どうしても、愛おしい。
「ううん、終わらせよう」
ビリキナはボクが言っていることを理解していないみたいだ。そりゃそうだよね。正気だったらボクだってこんなことは思い浮かばないはずだ。ボクもおかしくなっている。
ボクは何でもないことのようにビリキナに言った。さっきビリキナがしたみたいに。
「ボクがビリキナを殺してあげる」
『は?』
少し怒りが混ざった声をビリキナは出した。
『お前、今まで何聞いてたんだ? そういうのは許されないんだって言ってたんだよ、オレは。わかってなかったのかよ』
「違うよ」
わかってる。わかった上で言ってるんだ。
神の気まぐれで精霊は消されるんだったよね。
「ボクは神になるんでしょう?」
ビリキナは目を見開いた。ボクがなにを言おうとしているのか察したみたいだ。
『おい待て、やっぱりお前はわかってない。お前の神化をオレは止めようとしているんだって言っただろう。神の意思でお前を止めようとしているんだ。お前が自分で神になることを選択したらそれこそオレはオレの役割を果たせなくなって、神から』
ビリキナは声を止めた。
「天罰が下るの?」
ビリキナが小さく頷くのを確認して、ボクは呟いた。
『ボクは神だよ』
ビリキナを安心させるために、ボクはにっこりと微笑む。
「確かにボクは神なんかになりたくない」
だってボクは人間だもの。人間として生まれてきたんだから、人間として死ぬのが当然でしょう? 種族を変えて生きるだなんてそんなことを急に受け入れられるわけがない。
『しかし、ボクは神だ』
「ビリキナに会えてよかったよ」
普段は絶対言わないけれど、腹が立つことだってあるけれど。でも、姉ちゃんがいない生活の中でビリキナとの会話が心の支えになっていた部分も少なからずあることは自覚している。恥ずかしいからそんなこと言えなかったんだ。
『精霊であるお前の決定権は、ボクにある』
「これはボクのせめてもの罪滅ぼし」
ビリキナには悪いことをしてしまった。ボクが狂ってしまったせいで、神と密接な関係になってしまったせいで、ボクが神になってしまったせいで、ビリキナも本来の運命とは違う運命を歩くことになったんだ。
『そしてこれはお前の運命だ』
「『ボクがビリキナを殺してあげる』」
ボクの手に包まれたビリキナは力なく両手で顔を覆った。
『なんだよ、それ』
大きく息を吸って、大きなため息として吐き出した。時折聞こえてくる嗚咽が、精霊として生きる辛さとか宿命とかの重さを感じさせた。精霊の中にも数多くの種族があって、その中でビリキナと同じ〈アンファン〉は契約主が変わると記憶がリセットされてしまう。記憶がなくなってしまうのって苦しいよね、経験したことはないけどわかるよ。そうなることが分かっているのだから、怖くもあるだろう。
『ビリキナはよく頑張ったよ』
普段口を開けばむかつくことを言う、か弱い契約精霊にボクはいたわりの言葉をかける。
『ボクがビリキナを救ってあげる』
ビリキナは何も言わない。ただされるがままに神の意思に従おうとしているのだろうか。最後の最後まで自分の意思を貫こうとはしないらしい。どこまでも精霊という宿命に染まりきってしまっているんだ。
『だってボクは神だから』
もしも神様がいるのなら、どうかボクを救ってください。
いないとわかっている神に向かって、ボクは何度もそう願い、そしてその願いは何度も打ち砕かれてきた、今だってそうじゃないか。
そんな神にボクはならない。救いを求める声に応えていたい。ビリキナは救いを求めているんだと思う。言わないだけだ、言えないだけだ。だからボクはそれに応える。
『何か言いたいことはない?』
ボクは優しく言うことを心がけながら、ビリキナに確認した。やっぱり何も言わない。わかったよ。きっとビリキナにとっては、このボクのおせっかいも神の気まぐれでしかないんだろう。でもボクは、ビリキナのこと嫌いじゃなかったよ。
『今まで振り回してしまってごめんね』
『せめてもの償いとして、貴方の最期に安らぎを与えます』
『お や す み な さ い』
ビリキナはボクの手の中で息絶えた。
精霊は美しく作られた存在だ。だからだろう、ビリキナの死に顔はあまりにも美しかった。この世のものとは思えない。ビリキナと一緒にボクもあの世に逝ってしまったんじゃないか、そんな感覚。ついさっきまで生きていた命が
ボクの手の中にある。自分がどんどん壊れていくのがわかる。それを心地いいと思ってしまっているボクはもう人間に戻ることは決してない。
ビリキナの死体はどうしようか、お墓でも作ってやるべきか、それとも。
ボクは悩んだ。悩んで悩んで窓の外が白んでいくのを見て、ひらめいた。
考えているうちに一晩が立っていた。美しかったビリキナの死体はドロドロに溶けて真っ黒な液体と化していた。
ボクは丁寧に両手でそれを掲げて、ゆっくりゆっくり飲み込んだ。
19 >>327
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.327 )
- 日時: 2022/09/01 06:53
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
19
「何のつもり?」
スナタが言った。冷ややかな視線を真っ黒な少年に向けて、呆れたような口調で彼に言う。
「なるほどね」
疑問の言葉を口にした直後に全てを理解したと言わんばかりに不敵に笑う。
「人間の肉体を取り込んでまで、再び神に堕ちてまで、ワタシを止めたいって言うの? しかも太陽神の力じゃ敵わないと思ってもう一つの力を解放したんだ」
スナタは笑った。腹を抱えて可笑しそうに笑う。その声には、その表情には、明らかな少年への嘲りが含まれていた。
「馬鹿みたい。そんな事したってワタシには敵わないってどうしてわからないの? わかった上で刃向かうの? くっだらない」
赤青黄(純粋な赤は彼が持っているはずがないのでこの場合は橙や紫などに含まれる赤)を乱暴に混ぜ込んで作り上げられた黒で塗られた髪と瞳、そして布を何重にも重ねたような、ローブにも見える衣を着た少年がスナタを睨みつける。黒いブーツを履き、黒手袋をつけている。顔以外を複数の色から成り立つ黒で支配されている彼。彼はカラスに似ていた。
「無駄な足掻きってことはわかってるよ」
少年というのはもう失礼にあたるのかもしれない。彼は童顔ではあるが体はとっくに成人と呼べるまでに成熟しているし、憎々しげに語られた声は立派な男性のものであった。
「だったら、なぜ?」
彼をバカにする態度はそのままだが、スナタは本当に理解できないようだ。その疑問は本物だ。
「何度も言っているだろう! おれはあいつを救いたい!!」
スナタは彼を鼻で笑った。
「それはこっちのセリフよ。大丈夫、お姉ちゃんはワタシが救うんだから。お姉ちゃんの幸福はワタシのそばにあり、ワタシの幸福はお姉ちゃんのそばにある。当然でしょう? だって唯一の姉妹なんだから。たった一人の家族なんだから」
「お前でもおれでもダメなんだって!!」
彼は必死に叫ぶ。スナタは眉間にしわを寄せて不機嫌そうに呟いた。
「うるさいな」
そして、彼に右手を向ける。それから放たれたものは魔法でも何でもない、ただの権力だ。重力にも似た乱暴でしかない力は彼の体を吹き飛ばし、彼を壁に打ち付けた。
「かはっ」
ズドンという大きな音と砂埃。スナタの五感からそれらを訴えるものが無くなったとき、彼の姿が映った。
「おれたちじゃダメなんだ」
彼は何度も立ち上がる。吹き飛ばされるのはこれで何度目だろうか。
「リュウじゃなきゃ」
スナタはキッと彼を睨みつけた。銀灰色の瞳の中に、憤怒の感情が宿る。
「その名前を出さないでくれる? 不愉快」
彼は力なく笑った。
「スナタだってわかってるんだろう? 自分じゃ無理だって。あいつのことは救えないって」
その笑みはスナタへのものではない。自分自身への嘲笑だった。
「リュウ以外にあいつを救えるやつはいないって」
「うるさい!!」
スナタがもう一度力を放つ前に、彼は手に持っていた巨大な鎌を構えて飛び上がった。服の裾がふわりと持ち上がり、彼の身体を纏うもやのようにも見えた。
彼は死神。万物の生と死を司る者。神の中でも直接魂を扱う権限を与えられた特別な存在だ。彼はスナタに対して大きく大鎌を振り下ろした。
「だから、無駄だって言ってるでしょ!」
スナタは再び彼に手を向けた。今度は彼の腹に向かって局部的に猛烈な痛みを与える。
「ぐっ」
苦しげな声を漏らし、彼は墜落した。
「じゃま」
スナタは狂ったように唱えだした。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!」
頭を乱暴に掻きむしり、スナタの柔らかな灰がかった桃色の髪が乱れた。
「あーもうなんで邪魔するの?! せっかく生かしておいてあげたのに恩を仇で返すつもり?」
「そんなことを頼んだ記憶はねーよ」
腹を押さえ、彼は立ち上がる。
「もう立ち上がってこないでよ! いいかげんにしてよ、もう! ワタシはただ、お姉ちゃんと幸せに暮らしたいだけなのにっ!!」
先ほどまでの怒りはどこに消えたのか、スナタは悲哀の表情を浮かべた。
「お前になにがわかるっていうの? 一人ぼっちは辛いんだよ。ワタシが元いた世界の人たちはみんな冷たい人たちだった。感情なんてほとんどなくて、会話なんて本当に数えるほどしかしたことない。寿命なんてないから、出会ってから数百年も経っても、だよ? そんな世界に一人取り残されるなんて耐えられるわけないじゃない!」
「あいつについて来たことが悪いことなんて言わないよ」
それはまるで幼い子供を諭すような声だった。
「お前をこっちの世界に連れてくることを選んだのは、あいつだ。それに文句を言うつもりはない」
彼はスナタにゆっくり近づいた。
「おれが言いたいことは、そういうことじゃない」
スナタの瞳が揺れた。それ以上の言葉を聞きたくないと言いたげに、目を閉じて耳を塞ぐ。
「おれたちじゃあいつを救えない」
そう告げる彼の表情も苦しげだった。
「あいつにはリュウが必要なんだよ」
「うるさい!!!」
スナタが怒鳴った。
「ああ、わかってるよ、認めればいいんでしょう!? わかってるわよそんなこと! ワタシじゃ足りない! ワタシじゃお姉ちゃんを幸福にはできない!!
だって、だって!」
スナタはボロボロと涙を流した。悔しそうだった。心が押し潰されそうという心情を体現するかのように、胸あたりの服をぎゅっと掴む。
「ワタシはただのおもちゃだもん」
ポツリと一言、そう言った。
彼はこの会話の間にスナタとの距離を縮めていた。既に目と鼻の先。スナタが悲しみに顔を伏せている隙に大鎌を振り下ろす。今度は当たった。体の中央、魂に突き刺さった大鎌をぐりんと回転させてから彼は引き抜こうとする。スナタの瞳がギョロッと彼を捉えた。
「なにするの」
それは疑問ではなかった。単なる警告だ。大鎌とスナタの体との間で火花が飛び散る。バチバチという音と、雷にも似た閃光。これは神々の戦いだと知らしめるような激しい光景。二人だけの戦争。
「あああああっ!」
スナタが叫ぶ。スナタは大鎌を引き剥がした。
スナタは荒い息で大鎌を持ち上げる。大鎌はバラバラに分解し、再び彼の手の中で組み立てられた。
「無駄だって言っているのにどうしてわからないの? ただの神であるお前と一つ上の世界から来たワタシでは、勝者はワタシと戦う前から決まってる。世界が決めた結論に逆らうことは不可能。そうでしょう?」
「わかってる、わかってる!」
互いは互いの正義のために戦っているのでありそこに悪は存在しない。それをスナタは理解しない。双方がそれを理解しなければ和解は成立するわけがないのだ。彼はスナタまでも哀れだと思った。
「なあ、スナタ」
彼はスナタに語りかけた。優しい優しい声だった。他者を嫌う彼はスナタに心を開こうとしていた。彼は優しい、人間が求める神だった。人を哀れみ、慈しむ心を持った神だった。優先順位こそ低かったが、彼はスナタも救おうとした。
彼が人嫌いであることには理由があった。優しい彼は救いを求める声に応えようとした。しかし気付いたのだ。神という絶対的な地位にある自分の力をもってしても救えない命があることに。最善を尽くしても、どんなに大きな手の平で下界人を掬おうとしても、どうしてもこぼれてしまう命があった。彼は次第に心を病んだ。そうして彼は決意したのだ、人を愛さないことを。人を愛する心がもたらした彼の負の感情は、人を愛することをやめることであっという間に癒えた。そうだ、彼は下界人が憎らしいのではない。ただ愛していないだけなのだ。
「大人しく死んでくれないか」
それでも彼はスナタを救おうとした。なぜならばスナタは彼と、彼が下界人を愛することを辞める前に出会っていたからだ。彼はスナタに向けて既に愛する心を持っていた。神として、人を愛する心が。
しかし、その想いはスナタには届かない、もしくは届いているのだろうがスナタはそれを不要なものとして捉えている。
「や・だ」
スナタは即答した。べぇ、と舌を突き出し乱暴な口調で彼に言う。
「絶対やだ。元の世界へ帰れってことでしょ? 肉体が死んだって、ワタシはいくらでも転生する。お前が求めてるのはそういうことじゃないもんね?」
「ああ、そうだ」
「言ったでしょ、ワタシはあの世界にとどまりたくなかったからここにいるの。自分の意思で帰りたいなんて思わない。それと」
スナタは嘲笑した。
「ワタシはワタシの意思で元の世界に戻ることはできないの。残念でした」
彼は顔を歪めた。悲しみに、いや、哀れみに。
「なにその顔。ワタシのことをかわいそうとでも思っているの? ふざけないで。これがワタシの幸せなの。ワタシが望んだ幸福なの、勝手にかわいそうって決めないで」
「いや、かわいそうだよ」
彼は大鎌を構え直した。彼はまだ諦めていない。
「一つのことしか信じられなくなっている。それはとても悲しいことだ。執着するものが一つしかないなんて。
それでいいと本人が言うのなら、それでいいのかもしれない。でもスナタの場合は違う。そのままだと、スナタは身を滅ぼす」
「それでいいよ」
スナタは悲しみも怒りも感じられない、先程までとはまるで違う表情を浮かべた。頬を赤く染め、うっとりとなにかに見とれているような顔。左頬に手を当てて狂気が垣間見える瞳を彼に向ける。
「ワタシはお姉ちゃんに殺されたい。ああ、なんて素敵なの! 甘美な響き。お姉ちゃんが直々にワタシに手を下したとしたら、それはどんな幸福を感じられるのかな?」
彼は説得をあきらめた。少なくとも、いまは。
彼は永遠に届かぬ刃をスナタに突き立てた。
20 >>328
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.328 )
- 日時: 2022/08/31 09:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: GbYMs.3e)
20
姉ちゃんに言われた一週間後の日になった。
学園長室に呼び出されるなんて一体どうしたんだろう。全く思い当たる節がない。いや、全くは言い過ぎか。だけど今更呼び出されたりするかな。あの出来事から数ヶ月は経過している。
思い出しているのは真白のこと。もちろんリンやじいちゃんのこともあるけど、それらは学園が首を突っ込んでくることではない。だからもしあるとしたらそのことかなと思うんだけど、うーん。
「やあ、よく来たね、待っていたよ」
姉ちゃんが学園長室の扉を開けると、すぐ側に立っていた学園長がにこやかに出迎えた。学園長は高身長で、姉ちゃんの後ろに立っていることもあって部屋の中はよく見えない。誰かの気配がする。誰だろう。
ボクの左手が掴まれた。見ると、姉ちゃんの冷たい右手が包む形でボクの手を掴んでいた。込められる力は優しいけれど、絶対に離さないという強い意志を感じる。どうしたのだろうと頭に疑問符を浮かべるがそれに対する答えが返ってくることはなかった。姉ちゃんの考えていることを知らないままに部屋に入る。中にいるのは担任のロアリーナ先生かな、それともどこかの大陸の役人かな。
幸か不幸かボクが思い浮かべていた誰でもなかった。そこにいたのはボクの知らないやつらだった。
老いぼれた女性と二匹の猫。目の前の光景が理解出来ずに固まった。猫はとりあえず女性の使い魔だとして、女性は何者だ? 教師だとしてもあんな先生は見たことないし、役人だとしたらもっと若いはずだ。そりゃ歳をとってからも働く人はいるし、なんならじいちゃんもそうだったけど、でもこの女性は違う気がする。根拠はない、ただの勘だ。
「さあさあ、そんなところに突っ立ってないでこっちにおいで」
学園長が誘導したのは女性が座っている長椅子の、机を挟んだ向かい側。学園長は会話の意思がないのか奥の仕事机に腰掛けた。なにがなんだかわからないけれど、とにかく相手の出方を見てればいいのかな。
そう結論を出して黙っていると、大声で怒鳴られた。
「なにか言うことがあるんじゃないの、花園朝日?!」
びっくりした。ボクの名前を知っているのか。なんで? 一体誰なんだ? 言うことがあるってなんだよ、たとえあったとしても開口一番に怒鳴ってくるやつに言う言葉はない。
「モナ、お、落ち着くニャ」
「落ち着けるわけないでしょう? 夢に出てきたことだってあるのよ!? この! ましろの! 仇が!」
真白?
「気持ちはわかるニャ! でもまだダメニャ、耐えるニャ!」
毛を逆立ててボクを威嚇する白猫と、それを止める黒猫、二匹を黙って見つめる女性は、ボクに用があってきたんだろうけど肝心の用件がわからない。そろそろ教えてくれないかな。面倒くさいしさっさと終わらせたいんだけど。
「モナ、いいかげんにしなさい」
女性が口を開いた。穏やかであると同時に空気が痺れるような凄みのある声だった。モナという名前らしい猫もビクッと身体を震わせ、殺気まで感じられたとげとげしい雰囲気も収まり、おとなしくなった。女性はさっきの一言以外なにも言わない。しばらくすると先程とは打って変わって落ち着いた口調で白猫は言った。
「ワタシはモナ。こっちの黒猫はキド。そしてこちらの方はアニア様。ワタシたちはましろの──家族です」
ふーん、それで、どうしたんだろう。
「自分が手にかけた人の遺族と聞いても顔色一つ変えないのね、この悪魔」
心外だな。ボクは人間から生まれたれっきとした人間だ。勝手に種族を変えないでほしい。それにボクが直接真白を殺したんじゃないし。濡れ衣だ、不愉快極まりない。
「どうしてワタシたちがここにいるかわかる?」
えっと、答えたらいいのかな。なんて答えるのが正解だろう。
やっぱり、正直なのが一番だよね。
「いいえ」
モナはギリ、と歯を食いしばった。
「ある日、ましろが家に帰ってこなかった。思えばあの日のましろは変だった。いつもは上手く飛べないほうきに軽々と乗っていたわ。もっと遡ればそれより前からおかしなところがあった。ましろが契約していた精霊であるナギーが失踪したり、ましろの母親が訪ねてきたり。不思議なことが起こった時期と被ってましろの口からよく出てくる名前があった。
それがお前だ、花園朝日」
うんうん、なるほど、やっぱり関わっていた時期と事件が起こったときが近いと怪しまれるよね。予想していたよりも真白が早く堕ちたから身を引くタイミングを見誤ったんだよな。
「最初はお前がましろを殺したなんて思っていなかった。なにか知っているんじゃないかって、それだけだった。だけどいざ話を聞きに学園を訪れたら理由の説明もなく『花園朝日との面会は後日にしてください』なんて! こっちは真実を知ろうと必死なのよ!? 学園も共謀して、お前がましろを殺したに違いないわ!」
「それは聞き捨てならないなあ」
学園長が声を出した。
「精霊様は名誉毀損という言葉を知っているかい? 世間知らずは知らないかもしれないけど、立派な不敬だよ。自分が誰に話しているのかわかっているのかな」
学園長が言い終えると隣から負の気配を感じた。姉ちゃんだ。怒りの矛先を学園長に向けて睨んでいる。学園長は肩をすくめた。
「失礼、朝日くんの処遇はまだ決定ではなかったね。失言だったよ」
ボクと一緒に置いてけぼりになっているモナがむっとした様子を崩さないまま、学園長に問いかける。
「どういうこと?」
「言葉の通りさ、君たちは精霊だというだけでなにをしても許されると勘違いしているのではないかい? 精霊は天使と並ぶ高位種族だけど、更に上位の存在はごろごろいるよ。例えば私とかね」
え?
学園長の言葉に驚き、思わず学園長を凝視する。
いやいや、精霊はこの世界における最高位種族の一つだぞ? 精霊より高位の種族って言ったらそれこそ神しかいない。どういうことだ、学園長が神? そんなわけないよね。もしそうならなんで神が学園長なんかやってるんだよ。
「自分が神だとでも言いたいの? それこそ神に対する不敬よ。あなたからは神としてのオーラを感じないわ。あなたなんかが神なわけない。精霊であるワタシたちが神であるかどうか見誤るわけがないわ!」
モナの叫びを笑い飛ばし、学園長は言葉をかけた。
「私が神だなんていつ言った。私が神であるわけないだろう。さて、私に構っていていいのかい? 君たちが用のあるのは私ではなく朝日くんだろう?」
モナは悔しそうに学園長を見た。
「あとで話は聞かせてもらうわよ」
「いいよ、むしろ好都合だ。
違うか、都合のいいように神に操られているんだね」
学園長の意味深な発言にモナは眉をひそめたが、無視してボクに視線を戻した。
「ワタシたちは真実が知りたい。なんでましろなの? なんの目的でどうやってましろを殺したの? ましろが悪魔化するなんてあり得ないもの。精霊の力と悪魔の力は相反する。一体どうして?!」
真白って精霊だったのか、こいつの発言からしてそうだよな、へー。
ってのんきに考察している場合じゃない! なんて答えるなんて答える? ごまかさなきゃごまかさなきゃ、どこからどうやって?
「ボクはなにも知らない」
全て知らないわけではないけど、嘘ではない。なんで真白かなんてボクだって知らない。ジョーカーに言われてやっただけなんだから。何の目的でってのも知らないよ。どうやってしか答えられない。
「なにふざけたこと言ってるの?」
「答えようがないよ、本当に知らないんだから。ボクが真白を殺したんじゃないよ」
「じゃあ、誰が殺したって言うの? いいから知ってることも全部言いなさいよ!」
「だから知ってることなんて」
知らないと言ってるのに。嘘じゃないのに。この理不尽に涙が出てきた。どうせ泣いて許されるとでも思ってるのかとか言われるんだ。許されたくて泣くんじゃないし泣きたくて泣いてるんじゃないよ。ボクはそんなに器用じゃない。
「泣いてないで答えなさい!」
ああ、ほら。そんな風に言われたら余計に声が出なくなる。息が詰まって視界すらも濁って見える。
右手が急速に熱を帯び、すぐに冷えた。元の温度よりも大きく下回る冷たさに心が落ち着く。心臓も魂も魔力も凍りつきそうな感覚に陥り、どこかから破壊衝動が顔を出してきた。
右腕がむずむずする。
「朝日」
姉ちゃんの声がして、ふと右手が温かくなった。姉ちゃんがボクの右手を握っている。姉ちゃんよりも冷たくなった右腕が徐々に人間らしさの取り戻し、自分じゃないみたいな強い情動も収まった。感覚を失ったはずの腕が伝えた姉ちゃんの温もりは、もしかしたら偽物なのかもしれないな。
それでもいい。偽物だったとしてもボクは、愛を知っていたい。
「落ち着いて、話して」
姉ちゃんはボクを見ていたが、そこに映るのは虚無だった。いや、ボクが姉ちゃんの瞳の中に、虚無を見ているのかもしれないな。
「いいえ、花園朝日に話をする気がないのならもういいわ。ワタシたちは真実さえ知ればいいの。代わりに話せる人はいないの? あなたとか」
モナが姉ちゃんに尋ねる。思ったけど、なんでこいつはタメ口で話してるんだ。図々しいな。
「朝日が言わなきゃ意味がない」
姉ちゃんは至極落ち着いた声で淡々と告げる。
「確かにワタシは知っている。しかしあなたたちにそれを教える義理も意味も持ち合わせていない。真白のことは私にも責任がある。ただそれに対するあなたたちへの罪悪感は一切持ち合わせていない」
姉ちゃんは徹底して無表情で、それがモナの神経をさかなでしたらしい。モナは猫のくせに般若のお面をつけたみたいな顔をした。
「モナ、落ち着くニャ」
キドが言った。
「まずはこっちの事情を話すのが先ニャ。真っ白がいなくなって辛いのは分かるニャ。だからこそ、ちゃんと話をしないといけないのニャ」
そして、ボクを見てぺこりと頭を下げた。
「ぼくたちの話を聞いてほしいニャ。それで、知ってることを教えて欲しいのニャ」
21 >>329
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.329 )
- 日時: 2022/09/01 06:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
21
キドはゆっくりと話し始めた。真白のことなんて興味ないけど、これは聞かなきゃいけない空気だ。あー、やだやだ。
「ぼくとモナはましろの守護精霊ニャ。ましろは精霊士の家系に生まれた女の子ニャ」
え、そうだったんだ。
ボクはキドの言葉を聞いて驚いた。
前に精霊について調べていたときに、精霊士という職業のことも目にしたことがある。
個人が使える魔法は遺伝に大きく左右されるが適正のない魔法が全く使えないということはない。そもそも魔法は白と黒、その二つから生まれたものだ。属性という点で越えられないのは白と黒の壁であり、火や水などの壁は決して越えられないということはない。向いてるか向いていないかがあるだけだ。
ただし精霊士が使う精霊術は違う。生まれながらに使えるか、使えないかがはっきりと決められている。それはそもそも魔法と精霊術は全くの別物として世界に登録されているからだ。魔法使いが持っている遺伝子と精霊士が持っている遺伝子とは明らかな違いがある。精霊術はそれを使って世界に異変をもたらすというものではなく自身の体を使って妖精界と魔法界の架け橋を作るというものだ。
「ましろが生まれた家は、最後の精霊士のルーツを持つ家ニャ。精霊士が絶滅しかけているのは知っているニャ?」
力を遺伝子に頼るしかない精霊士は元々の数が少なかった。そして、その遺伝子を正常に受け継げられないことだってある。精霊士は年々数を減らしていき、とうとう絶滅の危機に瀕した。
「うん、知ってるよ」
「そうかニャ」
キドは悲しそうに顔を伏せた。悪いけど、演技にしか見えないよ。嫌悪感が顔に出ないように気をつけながら、ボクはキドの言葉に耳を傾ける。
「ましろは実の家族に捨てられた女の子ニャ」
「ああ、そう」
心の中で思っていたつもりだけど、間違えて口に出してしまった。キドの、いまの言葉で同情を引こうという意志が透けて見えて腹が立ってしまった。同情なんてしないよ。あいにくそんな感情は持ち合わせていないからね。ボクはボクが一番可哀想だと思っている。誰だって心のどこかではみんなそう思ってるんじゃないかな。ずっとじゃなくてもそういう時期があったのは確かだと思うよ。
違う、ボクは可哀想なんかじゃない。認めようよ、ボクはかわいそうだよ。うるさい、うるさい。
かわいそうなボクに誰かを哀れむ余裕なんてないんだよ。
「その理由は、ましろの家族がましろの精霊士の才能を見つけられなかったからニャ。絶滅という危機に追い詰められた精霊士たちは赤子を選別するという習慣を覚えてしまったのニャ」
ボクの態度に疑問を持った表情をしつつも、キドは言葉を続ける。
「精霊士が思う優秀な精霊士が、ましろの生まれた家には既にいたのニャ。でもぼくたち精霊にとってより優秀な精霊士の素質があったのはましろだったニャ。ましろは魔法を使うのに向いていなかっただけで、本来の精霊術である魔法界と妖精界の架け橋となる媒体の素質はずば抜けていたニャ。その証拠に、ぼくたちがいるんだニャ」
時間が経てばどんな真実もねじまがる。精霊術と魔法は違うものだ、しかしそう思わない人の方が多い。精霊術にも魔法と似た面があるからだ。魔法も精霊術も精霊の力が関与するという点では共通している。精霊を呼び出すことで魔法に似た術を使うというものも精霊術に含まれ、人々はこれを魔法と勘違いしたとボクが読んだ本には書かれていた。実際他の本を読んだときも精霊術と魔法は元は同じものであると記されているものが多かった。ボクが精霊術と魔法の違いを知っていて精霊士が知らないというのは一見おかしな話に聞こえるかもしれないが、真実と信じているものを改めて調べようとはしないだろう。そういうことだ。
「証拠?」
ボクが言うと、キドは大きく頷いた。
「本来精霊は妖精界以外で実体を持つことはできないのニャ。でもそれには例外があって、精霊士の力を借りて実体を作り出してもらうことができるんだニャ。ただ精霊の実体を外の世界に作り出す精霊術は数多くある精霊術の中でも最も難しく最も力を必要とする精霊術の一つニャ。術者がなかなかいないんだニャ」
そうだろうね。つまり無から有を作り出すということなんだから。それは神の所行だ、神の真似事だ。魂という情報があるからこそ人でもできるというだけで。
「だけどそれを可能にするだけの力をましろは生まれながらにして持っていたのニャ」
ボクは本で得た知識しかないからそれがどれだけ凄いことだかはわからない。キドの話からしてすごいんだろうなと客観的に判断するしかない。
「ぼくたち精霊にとってましろは失えない存在だニャ。守護精霊であるぼくたちとアニア様はましろの力を借りてこの魔法界に来たんだニャ。捨てられたましろを救うために」
「強制的に?」
ボクは尋ねた。
真白からそんな話は聞いたことがない。猫がいることもおばあさんと一緒に暮らしていることも知っていたけど。つまりこいつらはましろに真実を隠していたということ。真白の力を借りて、なんて言っているけど要するに真白の同意を得ずに勝手に力を使ったってことだ。それは借りたんじゃなくて奪ったってことだ。
偽善者は嫌いだ。
「それは!」
キドは言い返そうとしたけど言葉が見つからないらしい。はは、図星か。やっぱりね。
『精霊ともあろう者が守護対象に負担をかけるなんて不甲斐ないな』
ボクが言うとキドは目を丸くした。モナも同じ顔をしてるし、なんなら老婆も口を押さえている。横でがたっと音がして姉ちゃんが言葉を発した。
「朝日、まさか」
「おやおやおや、まさか朝日君は本当に神に──」
愉快と言わんばかりにそう叫ぶ学園長の声が破壊音にかき消された。見ると学園長室の壁に学園長が刺さっている。なにしてるんだ。
「いっ、たたた、酷いなぁ。事実じゃないか。そろそろ認めなよ」
壁から身体を引き抜きながら訴える。
「うるさい!」
姉ちゃんが一喝すると学園長は肩をすくめた。
「はいはい、悪かったよ」
なにを話しているんだ? 姉ちゃんに訊こうと口を開く直前、老婆に言われた。
「貴方は、ああ、そうだったのですね……」
勝手に納得されても困る。老婆は絶望して額に手を当てた。
「貴方は、いえ貴方様は、神として愚かなワタシたちに罰をお与えになったのですね」
「は?」
心の底からの本心だ。わけのわからないことを言わないでほしい。説明をしろよ説明を。
「お許しください、我らが神よ。罪を償うためならばどんなことでもいたしましょう」
「ちょ、ちょっと、まってまって! なんのこと?」
「どうして気づかなかったのでしょう。貴方様から感じるオーラはまさしく神のもの」
ボクの言葉が届いていないのか、老婆は言葉を切らさない。そろそろうんざりしていると、学園長が言った。
「そろそろ話を戻してくれないかい? 日向君も落ち着いて」
姉ちゃんは学園長を睨みつけた。おお、こわいこわいとわざとらしく肩を震わせ、学園長は自分の机に戻っていった。
「失礼いたしました」
老婆はそう言うとすっかり黙った。話し手の座を猫たちに譲る。
口を開いたのはモナだった。
「仰る通り、ワタシたちはましろの力を奪い取りました。その結果、ましろは魔法も精霊術も自由に使えなくなってしまったのです。しかし、あの子の持っている魔力は強く、濃く、特別なものでした。使えなくなっただけで存在はしています。だからこそ魔物を呼び寄せてしまうのです」
なにやってるんだよ。ましてやそれを本人に伝えていなかったなんて。守護精霊ってそんなものだったっけ。理想と現実は違うっていうのはよくある話だけど、実際に体験すると少なくともいい気分にはならないな。
「あの子がいなくなってから色々なことを考えました。そしてワタシたちが犯した過ちに気付いたのです。あの子は他と変わりない人間であることを忘れていました。精霊であるワタシたちはものを食べる必要がありません。しかし、ましろは食べなくては死んでしまう。そこまでは理解していました。ただ、ましろがもっと食べたいと言わなかったことを遠慮ではなく我慢だと気付けなかったのです。ワタシたちはましろを特別だと思うあまり、人間を超越した精霊に近い存在だと思い込んでいました。人並みにものを食べなくても生きていけると信じて疑いませんでした。
あの子は不幸なまま死んでしまった、それはワタシたちの責任です。そう思いたくなかった。ワタシたち以上の悪を探し求めていたワタシたちは、腐っています」
あー、なるほどね、そういうことだったんだ。
でも、モナが言っていることもある程度は正しいかもしれない。真白の食生活は聞いている限りだと普通の人間ならすぐに倒れてしまうようなものだった。それでも真白は生きていた。健康だったかどうかはわからないが、目に見えて体が弱っている様子もなかったし深く心を病んでるわけでもなさそうだった。
「虐待」
ボクはこの二文字が頭によぎった。
ボクと対面する全員が苦々しい表情を浮かべる。事実じゃないか。お前たちがしてきたことは、立派な虐待だよ。まあボクには関係ないけど。今更だしね。
「はい、そうですね」
キドはうつむくが、モナは懸命に顔を上げる。
「他にもきっと、ワタシたちはましろに償いきれない不幸を与えてきたはずです。ましろは人としての幸せを願っていたはずですから。それを私たちが知らないばかりにあの子を不幸にしてしまった」
モナは一度そこで言葉を切り、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ワタシは精霊失格です」
「ぼ、ぼくもだニャ! モナだけじゃないニャ! ぼくとモナは二人で一つニャ! モナだけじゃないニャ!」
「そして、それは私もです」
「おや、アニアもそう言うのかい?」
すっとぼけているようにも聞こえる学園長の声。学園長はあははと楽しげに笑ってからこう言った。
「精霊の女王たる君が簡単に精霊失格だなんて言っていいのかな」
「女王?!」
驚きのあまり声が出た。えっ、アニアってえっと、えっと、ティターニアから取ってアニアか? そうなのか?
精霊の女王、ティターニア。まさかこんなところで出会えるなんて。
「はい。ですが、私はこの座を降ります。幸いにも私には優秀な後継者がおりますから。私にティターニアの名を名乗り続ける資格はありません」
ティターニアというのは精霊の個体名ではなく称号の名前だ。ティターニアの名を受け継ぐ者、その者こそが次期女王となる。
「なんせ一人の優秀な精霊士を死なせてしまったのですから」
「真白君が死んだのは君たちのせいではないのではなかったかい? 君たちがそう言ったんじゃないか。さっきまで朝日君が殺した殺したと言って攻めていたのはどこの誰かな」
学園長の言葉にモナが顔をしかめた。
「アニア様……」
本心ならボクが真白を殺したと責めたいのだろう。しかしボクが神であるとわかった以上そういうわけにもいかない。その葛藤の狭間で揺れているという顔だった。
「情けない限りです。私はあろうことか神に責任転嫁をしようとしていたのです。どうか神よ、私に裁きをお与えください」
そう言って精霊の女王は胸の前で手を組み、まぶたを閉じた。
「ええぇ」
困惑して姉ちゃんを見る、姉ちゃんは何も言わない。
「まあまあそんなことはどうでもいいからさ、私の話を聞きたまえよ」
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