ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
日時: 2025/05/23 09:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919

 ※本作品は小説大会には参加致しません。


 ≪目次≫ >>343


 初めまして、ぶたの丸焼きです。
 初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
 感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。

 この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。



 ≪注意≫
 ・グロい表現があります。
 ・チートっぽいキャラが出ます。
 ・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
 ・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
 ※調整中



 閲覧回数 300突破11/25
 閲覧回数 500突破12/11
 閲覧回数 700突破12/28
 閲覧回数1000突破 3/13
 閲覧回数1200突破 3/22
 閲覧回数2000突破 5/26
 閲覧回数3000突破 8/16
 閲覧回数4000突破 1/ 4
 閲覧回数5000突破 2/26
 閲覧回数6000突破 4/22
 閲覧回数7000突破 7/15
 閲覧回数8000突破 8/31

 ありがとうございますm(_ _)m
 励みになります!

 完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。

 ≪キャラ紹介≫
 花園はなぞの 日向ひなた
  天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 笹木野ささきの 龍馬たつま
  通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 あずま らん
  光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 スナタ
  風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。

 真白ましろ
  治療師ヒーラー。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 ベル
  日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。

 リン
  日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。

 ジョーカー
  [ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。

 花園はなぞの 朝日あさひ
  日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。

 ???
  リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。

 ナギー
  真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
  現在行方不明。

 レヴィアタン
  七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。

 学園長
  聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。

 ビリキナ
  朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。

 ゼノイダ=パルファノエ
  朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

≪その他≫
 ・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.320 )
日時: 2022/10/07 12:47
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Cnpfq3rr)

 12

 Ⅴグループ寮に移動してきて数日が経過した。ご飯は決められた時間内に取りに行かないといけないって話だったけど、別に取りに行かなくてもしばらくすると部屋の扉の前に置かれることがわかった。ネイブから嫌味とかも言われないし、面倒なのであまり取りに行くことはない。取りに行ったとしても鉢合わせるのはゼノくらいで他の人はあまり見ない。自室に引きこもっているのはボクだけじゃないみたいだ。Ⅴグループの生徒なんてみんなそんなもんか。
 この数日間で外の世界にも動きがあった。カツェランフォートの標的が大陸ファーストからバケガクに変わるかもしれないらしい。大陸ファーストとの戦争が全く進展しないそうで、その原因はこの間の一件にある。大陸ファースト全土が炎に包まれたあの後、花園家と東家は完全に消えてしまった。しかしそれが幸いし六大家(今は四大家だろうか)が連携して、カツェランフォートの攻撃を防いでいるんだとか。六大家の和を乱していたのはあの二家だったからなくなってよかったんだ。他大陸の女を家に入れた二家を他の四家は認めず、六大家は内部分裂状態だった。

『おい、そろそろ出かけろよ。いつまで引きこもってるつもりだ?』
 なにをするでもなくぼーっとしていると、ビリキナにそう声をかけられた。そういえば、全然外出してないな。
「出かけるって、どこに?」
 行きたいところなんて特にない。
『図書館だよ。ほら、さっさと行け』
「ちょ、ちょっと押さないでよ。どうしたの?」
 若干の焦りも見えるビリキナに聞くと、抑え気味な声で叱責された。
『本当ならもっと早くに行く予定だったんだ。なんならこっちにきた翌日でもいいくらいだった。それがなんだ、もうすぐで一週間経つじゃないか!』
 何が悪いんだ。することもないしやる気も起きなかったんだって。
『怠惰なやつだな。そのうちお前が悪魔にとりつかれるんじゃねえの?』
 ああ、怠惰を司る七つの大罪の悪魔もいるんだっけ。あと、勝手に心の中を読むの辞めてくれないかな。
『んなことはどうでもいいんだよ、早く行け! ゼノイダとかいうやつが起きる前に寮を出るぞ!』
「ん、なんで?」
 ゼノが起きると何かまずいことでもあるの? ゼノは図書館が好きだから、なんなら一緒に行こうと考えてたんだけど。ゼノからも「寮を出るときは私も行きたいから誘ってね」ってこの間言われたし。
 ビリキナは眉間にしわを寄せてぽそっと一言。
『いろいろあんだよ』
 それだけ言われた。いろいろって何だよ。

『わかった。行くよ』

 ボクが言った言葉を聞いて、ビリキナは満足そうだった。
 最近、考えるよりも先に声が出ることが多い気がする。

 ビリキナがしつこく急かすのできちんと支度を整えられないままに部屋を出る。部屋から出てすぐに異変に気づいた。霧が立ち込めている。なんだこれ。建物の中でも霧って出るんだ。それかどこかの部屋で誰かが変なことしてるのかな。
『チッ』
 ビリキナが舌打ちした。
『おい、さっさと行くぞ。歩け』
「いちいち命令口調なのどうにかならないの?」
『他の住民が起きるかもしれないからお前はしゃべるな』
「あー、はいはい」
 話を聞いてるのかな。見るからにそれどころじゃないって顔だけど、何をそんなに焦っているんだ。
 霧の色は真っ白だ。この黒い寮内でもそう見えるのだから随分濃い霧だ。どこから発生してるんだ? 霧のせいなのかいつもより階段までの距離が遠い気がする。錯覚かな。前がよく見えない。無事に階段にたどり着けても階段を見つけられずに落っこちてしまうかも。
『かなり強い結界だな、なかなか破れねえ』
 ビリキナが呟いた。結界? 何のことだろう。この霧って結界なの? だったらなんで歩かせたんだ、意味がわからない。まあこの外出自体ビリキナが言い出したことだし、言う通りにしておこう。後から怒られても面倒なだけだ。それにしても遠いな、今ボクはどこを歩いているんだ?

 突然、ぐいと手を引かれた。白い霧から出てきた白い手に左手を掴まれた。ひんやりとした心地の良い冷たさに身を委ね、手を引かれるがままに足を踏み出すと、ざわざわと寒風が森の木々の葉を揺らす音が耳に飛び込んできた。そこで気づく。霧の中では音が全くしていなかった。そしてそれに気づいた瞬間、キーンと耳鳴りがした。不快感のせいで無意識にしかめっ面になるのを感じながら自分の状況を確認する。ボクは寮の外にいた。どうやらボクは階段を降りて玄関の扉を抜けて、いつの間にか外に出ていたらしい。そんな馬鹿な。でも事実だからしょうがない。
「大丈夫?」
 白い手の主はボクに尋ねる。なのでボクは姉ちゃんに笑顔を見せた。
「うん、平気だよ!」
 少し頭は痛いけど、それだけだ。耳鳴りだってすぐに治まるはず。大丈夫、大丈夫。
「そう」
 今はまだ太陽が登り切ってから時間は経っていない。なんでこんな時間に姉ちゃんはここにいるんだろう。制服を着ているけど、寮の敷地から出るつもりはないんだろう。だってネクタイをつけていない。姉ちゃんは元々休日も制服を着る人だ。
「図書館?」
 対してボクはネクタイを締めてブレザーも着ている。ボクはちゃんとした私服を持っているし、当然そのことは姉ちゃんも知っていることなので、ボクが出掛けようとしていることは一目瞭然なんだろう。
「なんでわかったの?」
 だとしても行先まではわからないはずだ。
「分からなかったから確認した」
 うーん、なるほど?

「送ってあげようか?」
「送るって?」
「転移」
「あっ、そっか。でもいいの?」
「問題ない」
「じゃあお願いしたいな」
「わかった」

 あの黒い馬車が移動手段なのはわかるけど、どこに行けば使えるのかわかんないから実はどうしようか悩んでたんだよね。帰りはまた馬車庫に行けばいいのかな。
 そんなことを考えていたら足元に青白い光を放つ魔法陣が展開された。『真っ黒に染まった』姉ちゃんの両腕がボクに向かって突き出されている。

 ボクの腕の黒はこんなにも醜いのに、姉ちゃんは黒にまみれてもなお美しいんだな。

 なぜ姉ちゃんが黒にまみれているのか。その時のボクはそんな簡単な疑問を思いつきすらしなかった。いま思えば、本当に狂っていたんだろう。

 転移が終わった。自分がいまいる場所が把握出来なくて数回瞬きをする。姉ちゃんはボクが図書館に行くということを知っていたから、ここは図書館のはず。ボクはてっきり図書館の入口の前、つまり外に出ると思っていたんだけど、どうやらここは建物の中らしい。図書館の中かな、それにしても見覚えがない。ゼノを何度か迎えに来たことがあるから図書館の内装はある程度頭に入っているはずなんだけど。
 ちょっと考えてから気付く。ここは図書館の最上階だ。道理ですぐにピンと来なかったわけだ。ボクは初めて図書館の最上階に来た。いや、正しくは二度目か。『本を読む』ことが目的で来たのは初めてだ。姉ちゃんはボクがなにを調べに来たのかもわかっていたのか?

「こ、こんにちは」
 以前のことがあったからか、ボクは目の前の小さな老人に対面して緊張した。けれど老人──番人さんはボクを見て、穏やかに笑った。
「やあ。初めてのお客さんかな。こんにちは」
 そうか、確かあのときはボクの肉体を持った姿は見ていなかったから、わからないのか。
「閲覧利用かな?」
「はい。お願いします」
 番人さんはがさごそと受付台を探った。それをしながら、ボクに問いかける。
「君に会えるとは思っていなかったよ。花園朝日」
 それはさっきの話し方とは違う、重い威圧感のあるものだった。あまりに唐突で、思わずボクの身体は強ばる。
「私は君に忠告をしたね。このままだといつか身を滅ぼす、と。だけどそれは間違いだった。君が身を滅ぼすことは神が望む未来らしい。ならば私は、もう何も言うまい。哀れな子よ」
「かみ……?」

 この人(本当に人なのかはさておき)は何を言っているんだろう。神が望む未来? ボクが身を滅ぼすことが? そんなわけはないだろう。根拠はないけど、常識的に考えて。それとも、まさか。
 ボクは頭の中で渦巻く仮説を思い出し、ごくんと唾を飲み込んだ。

「これが閲覧者用の鍵だよ。これであの扉を開けて、入ったら中から鍵を閉めてね。持ち出し、貸し出しは出来ないから注意するように。中にある書物はどれも、歴史的にも文化的にも貴重なものばかりだ。慎重に扱うこと。唯一無二のものだってあるからね」

 受付台の隅に置かれてある注意書きの一部を口頭でも伝えられた。ボクははいと頷いて、鍵を受け取った。鍵は想像通り重かった。鍵にしては重量の大きいそれを手の平に受けると、ボクはぺこっとおじぎをしてから扉へと向かった。

 体の大きな種族でも入れるようにするためか、扉はかなり大きかった。ボクが小さいというのもあるのかな。鎖が何本も巡らされ、その中心部に南京錠がある。位置が高い。南京錠が遠い。
 そう。ボクは小さい。背が低いから、届かないのだ。背伸びをしても、指の先で南京錠に触れることすら出来ない。どうしよう。この鍵って魔法使ってもいいのかな。魔法を使うと崩れたり壊れたり錆びたりする物も存在するからわからない。
 ボクが唸っていると、ふと、鍵が手から離れた。ボクの声が喉から発されるよりも早く、鍵は南京錠に吸い込まれる。かちゃりと心地よい音が小さく響き、南京錠は鎖を全て取り込み、そのままそこに静止する。そしてまた、ボクの手に鍵がぽとりと落ちた。なるほど、そもそも鍵が魔道具だったのか。それもそうか。ボクより小さい種族が利用することも想定に入れてるはずだし。
 南京錠はその場に留まり続けるらしい。だからボクはそれを放置して中に入る。鍵を閉めるように、と言われたけど、中の鍵は勝手に掛かった。

 13 >>321

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.321 )
日時: 2022/08/31 08:35
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: yZSu8Yxd)

 13

 さて。

 ここに来てみたはいいけど、なにから調べてみようかな。まずは神話を読んでみようか。そういえば、キメラセル神話伝の内容はかなり頭に入っているけれど、ニオ・セディウム神話伝はほとんど知らない。最高神テネヴィウス神がいて、その下にコラクフロァテ神を始めとする五帝がいて、さらにその下に多くの神がいて……その程度しか知らないな。まあ、とりあえずキメラセル神話伝を探そう。たぶんある。[黒大陸]以外の全世界の共通語はディミラギア語だし、この学園の共通語もディミラギア語だ。もしキメラセル神話伝がなかったら確実にニオ・セディウム神話伝はあるだろうし、それならそれで問題ない。

 やることをはっきりさせて一度思考を停止すると、あることに気がついた。
 あれ、ビリキナはどこに行ったんだ?
 いつからはぐれたんだっけ。記憶を辿ると、そうだ、姉ちゃんに転移してもらったときから既にビリキナはいなかった。きっとあの霧の中ではぐれたんだ。気づかなかった。興味ないしね。まあ、あれでも精霊だしきっと大丈夫でしょ。帰ったらどうせケロッとした顔で部屋にいるんだ。そしてなんでオレを置いて行ったんだとか、また文句言われるんだ。ああ面倒くさい。
 結局あの霧はなんだったんだろう。ビリキナは結界とか言ってたっけ。なんで寮の中に結界が張ってあるんだ。しかもボクの部屋の前に。興味があるとまでは言わないけど、気になるな、ボクに当てられたあの部屋は特殊なⅤグループ寮の中でもさらに特殊な部屋らしいし、もしかしたらそれと関係があるのかもしれない。
 後のことは後で考えよう。今のことは今考えるべきだ。せっかくこの図書館の四階に来たんだ、ここじゃないと出来ないことなんて山ほどある。それに、あの予言のこともあるしね。まさかビリキナがあんなに図書館に行きたがっていた──というよりも、ボクを図書館に行かせたがっていたのにはあの予言と関係があるのか?
 ボクは頭を横に振った。とにかく今は本を探そう。ここに来た目的を果たすのが先だ。考えるのはいつでもできる。今考えたってわからないことだ。考えてもわからないことをいつまでも考えているのは時間の無駄でしかない。

 探し始めてからしばらくして、ようやく目当てのものを見つけられた。まただ。またボクの手が届かない場所にある。首を痛めそうなくらい見上げないと視界に入らない。高過ぎだろ。
 きょろきょろと周囲を見回して、脚立を探す。少なくとも近くにはない。どうしたものかと考えてから、本に向かって手を伸ばした。もちろん届かない。そんなことわかってる。

「来い」

 ぼそっと呟くと、複数あるキメラセル神話伝の本のうちの一冊が本棚からそろりと出た。ふわりふわりと落ちてきて、ボクの腕の中に収まる。片手で受け止められるかなと思ったけど、無理そうだった。
 脚立はないけど、椅子ならある。ボクは本を抱えた体勢のまま一番近くの椅子まで歩き、どさっと座った。そして一度目を閉じて、考えていたこと、調べたいことを頭の中で整理する。

 姉ちゃんには親しい人が三人、三人だけいる。思い返してみれば、不思議で、不可思議で、奇妙な関係だ。東蘭はまだわかる。というより、東蘭だけは自然な関係だと思う。同じ天陽族だし、花園家と並ぶ『六大家』の一つ、東家の長男だし。性格もどことなく似てる気がする。達観してるというか、無欲というか。
 笹木野龍馬やスナタは、まず接点からわからない。スナタは他大陸の[ナームンフォンギ]の出身だし、笹木野龍馬なんか怪物族だ。姉ちゃんや東蘭が種族や出身で個人を計らないことは知っているけど、同時に同種族であっても人と関係を持とうとしないあの二人がなんの繋がりもない人(人ではないけど)と関係を持つこと自体が奇妙だ。あの二人はそう簡単に他人に心を開かないし、はっきり言って心を開くまで待ってもらえるような人間性は持っていない。

 それに、どうしても気になる。いままではそれが当たり前だと思っていて、それが当然だと思っていた。思い込んでいた。だけど一度引いて見て、『ボク』以外の視点に立ったつもりで見てみると、明らかに不自然なことがある。

 どうして姉ちゃんは、白と黒の魔法が使えるんだ?

 だって、おかしいじゃないか。この地に生きる生物は、白か黒のどちらかの魔法しか『使えない』と、『神によって』『定められている』んだから。

 そう、『この世に生きる生物』ならば。

 では、『この世に生きない生物』ならば?

 そんな仮説がボクの頭の中にふと芽吹いた。この世に生きない生物。例えば、神。そう。神ならばどうだろう。神界ならいわゆるあの世にあたる。ああ、ほら、いるじゃないか。白と黒の魔法を使える、司る、神が。思考が飛躍しているという自覚はある。でも、じゃあ、他に何があると言うんだ? 答えは一つ。何もない。だって、姉ちゃんがあの神だとすれば、本当にそうであるとするならば、全ての説明がつく。姉ちゃんが白と黒の魔法を使える理由。『姉ちゃんが』笹木野龍馬と関係を持った理由。姉ちゃんが──白眼である理由。

 キメラセル神話伝の本を開く。そこには、こう記されてあった。
『ディミルフィア神は太陽の光が染み込んだような眩い金糸の髪に、快晴の空を封じこめたような青眼を宿す、この世の何よりも美しい神であった』
 金髪に青眼という外見の特徴は、有名なものだと天使族に見られるものだ。ディミルフィアが美しさの頂点として自分を基準としたときに、自分に近い外見を持った者を美しい者と定め、天使を作るときに自身に近い見た目をさせて作ったのだと思っていた。姉ちゃんが金髪で青眼なのは、ただの偶然だと思っていた。たまたま金髪の一族である天陽族に生まれ、たまたま母親が他種族の青眼の一族で、たまたま魔力が強い家系である花園家に生まれたのだと、そう思っていた。でも、本当にそうだとすれば、『あまりにも偶然が重なり過ぎではないだろうか』。
 金髪に青眼というのは、実はそんなに多くない。金髪というものは大陸ファーストの民にしかない髪色で、大陸ファーストの中で一番多い天陽族の瞳の色は基本的には暖色だ。そして他の種族でも、緑とか紫とか、ほんの少数だけど銀とか。『青』はなぜか、あまりいない。
 姉ちゃんはこう言っていた。

『私はその昔、とても大きな魔法を使った』
『私はその魔法を使ったことにより、片目の色素を構成する分の魔力を失ったの』

 と。この言葉を説明出来る、疑問がある。

『なぜ神が、この世の生物としてこの世に存在している?』

 姉ちゃんだけじゃない。笹木野龍馬だってそうだ。なぜ神が、人間として、吸血鬼として、この世界にいるんだ?
 こう考えることは出来ないだろうか。神を種族だと考えて、神から人間に、神から吸血鬼に、『種族を変えたのだ』と。もちろんそんなことは出来ない。難しいのではなく、出来ない。本で読んだだけの知識だけど、どうにかこれを成し得られないかと取り組んだ研究者がことごとく失敗に終わった。そして結論を出した。『不可能である』『これは我々が手を出していい領域ではない』『神に対する冒涜だ』『神に対する反逆だ』。

『これは禁忌の術である』、と。

 神への冒涜。確かにそうかもしれない。我々を生み出したのは神であり、神が定めた生まれながらの種族を変更するという行為は神に逆らう行為となるのだろう。では、神という種族は誰が定めたのだろうか。神と呼び始めたのは他でもない我々ではないのか? 神が定めた種族に名前をつけたのは我々ではないのか? いや、そんなことはどうでもいい。とにかくボクが気になることは、『神が自身から神という名を剥奪する行為も禁忌となるのではないか』ということだ。これの答えを仮に肯定とおいたとき、謎を解く糸口が見えるのではないだろうか。

 ボクはさらに本に目を通す。すると、こんな文が見える。

『ディミルフィア神の弟神である太陽神、ヘリアンダー神は、審判を司る法の神である』

 火と光、そして太陽がヘリアンダーを象徴するものだ。一部地域では生と死を司る死神として恐れられているそうな。

 …………。

 あと一人。でも、それらしい神は見つからない。思えば、あいつはある意味異質だった。姉ちゃんでもない、あいつでもないあいつでもない。あいつはある意味、あの四人の中で特殊だった。なぜならば──

「こんにちは、朝日くん。何か調べ物?」

 突然ボクに掛けられた女の声に驚いて、大きく肩が跳ねた。

 声も出さずに振り向くと、そこには、スナタがいた。

 14 >>322

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.322 )
日時: 2022/10/07 13:02
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Cnpfq3rr)

 14

 なんで、なんでいるの? だって、鍵は掛かっていたはずだし、鍵が開く音もしなかった。それに番人さんがいる。入れるわけないのに。なんで、スナタがいるんだ?
 困惑のあまり固まってしまったボクを放って、スナタはアハハッと楽しそうに笑った。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど。何読んでるの? ……へえ、キメラセル神話伝? 意外。朝日くんって神話に興味あったんだ。それとも」

 スナタはいつもと何も変わりない。灰がかった淡い桃色の髪に、思わず見とれてしまうような不思議な銀灰色の瞳の、気後れしない程度に整った顔立ち。小顔で行き過ぎない細身で、特別小さくはないけど大きくもない平均的な身長。姉ちゃんのように排他的なまでの美貌はないけど、一般的に見てかわいいと思われるような、親しみやすい外見。
 なのにボクの目には歪んで見えた。もちろん錯覚だ。気のせいだ。だけどそう見えるんだ。スナタの後ろでどす黒いなにかが燻っている。

「知りたいことでも、あるの?」

 いつも通りの柔らかい笑みを浮かべているけれど、目は笑っていなかった。スナタの瞳に映る光が、ナイフが反射する光に見えた。そんなわけないのに。仮にスナタが攻撃を仕掛けてきたとしても、ボクはスナタを返り討ちに出来る自信がある。男女差別をするつもりはないけど、女であるスナタが男であるボクに勝つのは少々難しい。性別の壁を壊すことができるほどの実力を持っているなら話は別だけど、スナタにそんな力があるとは思えない。
「あ、えっと」
 なのにどうしてだろう。底が見えない恐怖を感じる。こわい。こわい? 怖い? 恐い?
 あれ、どうしてだろう。気持ち悪い。
「朝日くんが知りたいことは載ってないかもね。神話はあくまで神話で、それぞれ個神のことは書いてないだろうから。ここにある神話伝は一般に出回ってるものとは内容が多少違うだろうけど、神話は神話だし」
 あたかもボクが知りたいと思っていることを知っているかのように話すスナタが不気味だった。言いようのない不安感に苛まれ、吐き気を催した。
「ワタシは、君には感謝している。お礼に教えてあげようか? お姉ちゃんもそれを望んでいるようだし」
「感謝?」
 なんのことだろう。スナタに感謝されるようなことをした記憶はない。それに、お姉ちゃん? スナタの家族構成は知らない。スナタに似た女性に会った記憶もないから、多分面識はないはず。

「うん。代わりに手を汚してくれてありがとう」

 満面の笑みで、そう告げられた。

「え?」

 意味がわからない。

「神は汚れた者を嫌うから。嫌われたくないもん。だからあの鬱陶しいアイツにも今まで手を出さないでいてあげたの。長く一緒にいれば情が湧くかなと思ったけど、やっぱり目障りだとしか思えなかったし」
「何を、言っ」
「え? わからない?」

 スナタはあくまで笑顔だった。その笑顔は『やっぱり』無邪気そのもので。

「リュウのことだよ。アイツをフェンリルにしたの、朝日くんでしょ? 知ってるんだから」

 言っていることはわかる。理解が出来ない。だって、あんなに仲が良さそうだったのに。
 そうだったっけ? 笹木野龍馬とスナタの仲が良好だと確信出来る出来事なんて、あったかな。そうだな、親しくは見えた。でもそんなの、いくらでも取り繕える。ボクが見てきた二人の関係に嘘偽りはないとどうして言える?

「そんなに驚くことかなぁ。朝日くんもわかるでしょ。ね・こ・か・ぶ・り」

 幼い子供に言い聞かせるように、一音一音をはっきりと発音しながらスナタは言った。
「ただのねこかぶりだよ。そっかー。君の目にも親しく見えたんだ。どう? 上手いでしょ、ワタシのねこかぶり」
 ふふっ、と楽しげにスナタは笑う。発言とあまりにも似合わないその表情は、美しさを感じると共に狂気が見えた。だけどすぐに笑顔は消えた。中の上くらいの顔はそのままに、右手の人差し指を顎に当てて、首を傾げた。
「うーん。ねこかぶりというより、うん、確かに『スナタ』は『笹木野龍馬』と仲が良かったね。それは事実。
『スナタ』が【意識跳失】なのも事実だし、『スナタ』は別に、二重人格ではないね」
 言葉を言葉と認識できない。音の羅列だとしか受け取れない。簡単に言うと、理解出来ない。スナタは何を言っているんだ?
「ワタシの個体名は間違いなく『スナタ』だ。だけどワタシは『スナタ』ではない。ワタシの魂に付属する名称は『名無し』。神の御意志によりこの世界にやって来た、〔異世界転生者〕だ。
 この場合の異世界の世界は、世界線の世界ね」
 なにがなんだかわからない。話し方からおかしくないか? まるで他人事のように話しているし、その割には中心にはちゃんとスナタ自身がいるように話す。

「あ、ごめんね。わたしばっかり話しちゃって。朝日くんも何かいいたいことあるんじゃない?」
 なにかどころか、聞きたいことだらけだ。乱雑に物が散らかされた部屋みたいに頭のなかがぐちゃぐちゃだ。出来ることなら今すぐにでも思考を放棄してしまいたい。
 スナタはボクを見つめている。それから、「ん?」とボクに発言を促した。

「あなたは──」
 何者で。
「姉ちゃんとは──」
 どういう関係で。
「姉ちゃんは──」
 何者で。
「異世か──」
 い転生とはどういうことで。
「ボクは」

 何を尋ねればいいんだろう。何から尋ねればいいんだろう。それすらもわからない。

「いまいちなにが聞きたいのかはわからなかったんだけど、とりあえずワタシは神ではない。
 お姉ちゃんたちは神だけど」
 自分が目を見開くのを感じた。お姉ちゃんって誰のことだ? だけどこれは確かだ。『スナタは神と繋がっている』。
「ありがとう、朝日くん。あとは君さえ消えてくれれば、ワタシは満足だ」
「え?」
 スナタが浮かべる微笑はまるで見本のような、いわば絵画に描かれている聖母の微笑だった。しかしその中に慈愛も慈悲も存在しない。冷たい冷たい無機質な表情。作り物とも思えないが、本心からくる表情とも思えない。

「ワタシはお姉ちゃんに戻ってきてほしい。あんなのお姉ちゃんじゃない、お姉ちゃんはおかしくなってしまった。本当にあいつは忌々しい。リュウってあだ名も元はワタシがつけたんだよ。ワタシたちがいた世界の神様の名前。あいつにあいつが知らないワタシたちの世界を見せつけてやろうとして与えた名前。あいつがワタシたちの中に踏み込んでこられないって教えてやるために出した名前だった。龍神様っていう神様がいたんだよ。
 なのにあいつはこう言った。ありがとう、って。意味わかんない。あの綺麗子ぶった精神が本当に嫌いなの」
「お姉ちゃんって誰なんだ?」
 ボクは言った。なんとなく予想はできているけど、はっきりと答えを告げてほしい。そう思ってスナタに問いかけた。しかし答えが返ってくることはなかった。スナタは顔をしかめて、さっきとは打って変わってイラついた声をボクに向けて放った。
「なんで敬語を使わないの? 誰に向かって話してるのかわかってる?」
 誰に向かってって、スナタではないのか? あ、そうか、スナタの具体的な年齢は分からないが、バケガクの制度上Cクラスであるスナタの方が先輩ということになっているからこの場合は敬語を使わなければいけなかったのか。
「すみません」
 ボクは頭を下げた。頭を下げることが恥だとは考えていない。自分を下げることも時には必要になることはわかっている。物事も円満に解決させるためにこちらが折れることも大切だ。しかしスナタは納得しなかった。眉間にしわを寄せたまま、見るとこめかみにも若干血管が浮き出ている。何をそんなに怒ることがあるんだ。普段温厚なスナタからは考えられない。本性はこうなのか? 案外怒りっぽいんだな。
「知ってる? ワタシの方が立場は上なんだよ。学園で先輩後輩ってだけじゃない。ただの人間であるお前と一つ上の世界から来たワタシではそもそもの次元が違うんだ。頭を下げるだけじゃない。本来なら手に手を床につけてひざまずくのが道理だ。ワタシがそれをしなくてもいいと許してやっている立場なんだ」
 スナタがなぜ姉ちゃんと仲良くしているのかが分からなくなってきた。こんな奴と姉ちゃんが友達であるわけがない。友達なのか、本当に? スナタはさっき笹木野龍馬を忌々しいと言っていた。もしかしたら姉ちゃんとも偽りの友好関係を築いていたのではないか? スナタが仲良くしていた人物といえば真っ先に思い浮かぶのは、東蘭だ。異世界転生とか魂とか言ってたっけ。魂と肉体が別物なのだとしたら、生まれ変わった時に性別が逆転していてもおかしくはない。まさかスナタが言うお姉ちゃんって東蘭のことなのか?

「お前は小さい頃からお姉ちゃんと仲良くしていたみたいだね。だからって調子に乗っているのかな。ワタシの方がお姉ちゃんをよく知っているんだから。ふざけるな」

 突然スナタはまた笑った。

「まあいいや。お姉ちゃんはもうすぐ戻ってきてくれる。あとちょっとなんだ。今までずっと努力してきたんだ。やっと心を開いてくれるようになった。その時になればわかるよ、お前が──お前も、ワタシにはかなわない、って」

「どういうことですか?」

 そうボクが言ったときには、もう、スナタは消えていた。ちゃんと敬語を使ったのに、答える気はなかったのか。

 窓なんてないのに、風が、さあっと音をあげて去っていった。ボクの手の中にあるキメラセル神話伝がぱらぱらとめくれ、白紙のページが開かれた。ページにはすぐに滲むように文字が浮き出た。他のページとは明らかに違う筆跡。
『神に選ばれた異世界人は、神を狂信していた。自らを神に捧げんとし、他の信者を敵視していた。異世界人はこう言った。我は神ならずして神より崇高なる存在である、と。名を持たぬ異世界人の魂は人の体に入れられた。人の身でありながら神と並ぶその姿に人々は恐れ……』

 15 >>323

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.323 )
日時: 2022/08/31 08:46
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: yZSu8Yxd)

 15

 さっきのスナタとのことがあってから、調べ物に集中できるはずなかった。ボクは一度図書館を出た。鍵をちゃんと番人さんの元に返し、誰もいない、教職員すら見当たらないバケガクの校舎の方へと歩く。世界で大規模な戦争が起こっているのだから、バケガクを含め全世界の学校は授業なんてものをしているわけもなく。登校する生徒もその生徒にものを教える教師もいない。探せばどこかにいるのかもしれないけど。平日なのに、いつもは生徒バケモノたちの賑やかな声で彩られるバケガクは頭痛がするほど静かだ。
 戦争はもはやカツェランフォート家と大陸ファーストとの間だけではなく、黒大陸と他大陸との戦争になった。兵士の数だけで競えるのなら、黒大陸は確実に敗北する。しかし戦争とは数だけの問題ではない。数が少ない分、一体一体の力が強いのだ。黒大陸は勢力を拡大し続けている。バケガクはこの戦争にまだ巻き込まれていないが、それも時間の問題だ。

 ガサッ

 それでもまだ危険はないと思っていた。それはまだ先だと思っていた。しかしそれは甘い考えだったと思い知る。木の葉の音がした場所を見ると、そこには見慣れない風貌の男が立っていた。それも一人じゃない。ざっと見て五人はいる。尖った耳と血色の悪い唇から飛び出た牙が、その五人の体格のいい男たちが黒大陸の住人であることを物語っている。森の中から現れた男たちに焦った様子は見受けられない。偶然ボクに見つかったわけではなく、初めからボクを襲うつもりで姿を現したのだろう。青黒い手にはナイフや剣、斧などが握られていた。ボクは自分の背に冷や汗が伝うのを感じた。明らかに成人だしバケガクの教員ではない。なのにここにいるということは黒大陸の兵士たちだ。ボクを襲うつもりで出てきたのなら、それはボクを殺すつもりということだ。
 武器、武器を取らなきゃ。逃げなきゃ。逃げる? なぜ? 逃げないなんて無謀だ。戦うなんて無茶だ。どうしてそう思う? ボクはカツェランフォートの屋敷に一人で乗り込んでイロナシからの指令を見事に果たした。カツェランフォートの血が流れる吸血鬼ともやり合ったんだ。こんな雑魚に恐れをなす必要なんてないじゃないか。そうだろう? ボクは体がとても小さい。それが戦いにおいて不利になることも多いけど、やりようによっては武器になる。体が小さいと敵は油断をする。その隙を突く。それは初撃でのみ活かせる。集中しろ。武器を取っている時間はない。魔法だ。魔法を使って──

「やれっ!」

 男の一人が合図をした。五人はいかにも戦い慣れている様子でボクに攻撃を仕掛ける。ボクはダンジョンに潜る時も基本ソロだから集団攻撃はしたことがない。学校の取り組みで複数人で潜ったとしても、攻撃するときは一人だった。危険度の低いダンジョンばかりだったからソロでも十分事足りた。自分でもやったことないのに集団攻撃に対して臨機応変に対応するなんて不可能に近い。
 落ち着け、集団攻撃なんてダンジョンのモンスターと同じだ。群れで行動するモンスターと。落ち着けば対処できる。ボクは大陸ファーストの人間だ。あいつらを処理する力はとうの昔に取得している。

 右腕が蠢いた。
 黒の隷属である黒大陸の怪物たちに効果があるのは白魔法だ。ボクは白魔法を使おうとしていた。白魔法というよりも、邪気を祓う聖なる奇跡。しかし、実際に起こった出来事は奇跡とは程遠かった。ボコボコと水が沸騰するような音が右腕から響き、ボクの右腕はずるんと落ちた。しかし腕がボクの肩から離れることはなかった。ドバドバとボクの肩は右腕であった灰色の液体を吐き出す。不規則で歪な弧を描き、ボクの右腕は男たちの内の一人に襲い掛かった。その軌跡の途中で液体が飛び散り、男たちにも地面にも、そしてボク自身にもそれがかかる。濁った黒に塗れて体の一部を変形させて戦うボクは、傍からは目の前の五人以上のモンスターに見えることだろう。

「な、なんだこいつは!」
 男が悲鳴に似た叫びをあげた、そりゃそうだろう、ボクが同じ立場だったとしても同じことをする。大陸とか種族とかそういう次元の話じゃない。ボクは人間ではなくなっていた。
 さっきまでの威勢はどこに行ったんだろうか、男たちはボクから逃げようとしていた。だけど、ボクの右腕は男たちを飲み込もうとする。これはボクの意思じゃない。勝手にボクの右腕が動いているんだ。こんなことしたくないよ。気持ち悪い。自分が自分じゃなくなるみたいだ。嫌だ嫌だ。人間じゃないみたい。みたいじゃないよボクは人間じゃない。嫌だ認めない。ボクは人間だよ。でも、認めたら、楽になるのかな……?

 暴れる灰色の液体を抑えることを諦めて、ボクはそっと目を閉じた。右腕の感覚はなくなったはずだけど、右腕が男たちの中の誰かに触れる感覚がした。いいよ。飲んでいいよ。もう疲れたよ。人間じゃなくなったっていいよ。疲れたよ。

「だめです」

 視界が黒くなって白くなって灰になった。
「自分を否定し続けることも良くないことですが、してはいけない肯定もあります。気をしっかり持ってください。貴方は大丈夫です」
 地面も空もなくなった灰色の世界に一人の青年が浮かんでいた。地面はないから立っていたとは言えない。身に纏う、体格にあっていない程にごついローブと、それに包まれる雪のように白い肌。光を吸い込む漆黒の髪と瞳は、混じり気のない純粋な黒に見えた。特に見目が整っているとは言えない平々凡々な見た目だが一つ一つのパーツが美しく、実際以上に綺麗に見える。
「貴方は大丈夫です」
 青年は繰り返す。青年の声は心に優しく響く低い声だ。男性らしい低い声。
「どうか恐れないでください。貴方は必ず救われます」
 視界が白くなって、黒くなって、ボクはさっき歩いていた森の中の道に立っていた。

 ガサッ

 物音がした方を見ると、怪物族らしい見た目をした五人の屈強な男が立っている。殺気立っていながらも冷静な目をした十の目がボクを捉えている。この光景は先程も見たものだ。一体どういうことだろう。
「やれっ!」
 男の一人が合図をする。
 何が起こっているのかいまいちよく分からないが、どうやら時間が戻ったらしい。わけの分からないことが起こるのはこれが初めてではない。とにかく今は目の前のことに集中しよう。
「【光魔法・閃光】」
 魔法とは世界にアクセスして情報を書き込む、または書き換える術だ。民族や個人によって無詠唱だったり長ったらしい呪文を唱えたりするけれど、要は世界にアクセスさえできればいいのだ。世界に対してどんな魔法を使うのかを伝えられればいい。
 ボクは魔法名を世界に伝えた。それだけで魔法は発動された。大陸ファーストの民にとっては基本の魔法ではあるが、世界全体にとっては高度な光魔法だ。当然黒大陸の民への効果は大きい。眩い光が手の平から打ち出された。
「ぐああっ!」
 ボクに一番近かった男が目を押さえて倒れ込んだ。しかし、天陽族であるボクがこの魔法を使うことはある程度想定されていたのだろう。なんせこの金髪だ。やっぱり天陽族の見た目は目立つな。有名だし。他の男達は目の前で腕を交差させて光を防いでいた。浄化の効果で多少のダメージはあるようだが、戦闘不能とまでは言えない。
 まだ聖水を浸した投げナイフは残っていたはず。あれを使えばひとまずここは乗り越えられる。
 ボクは鞄の中に左手を突っ込んだ。戦闘不能にこそできなかったが男たちの動きが止まっているいま、武器を取り出すチャンスはここしかない。手探りで投げナイフを取り出そうとすると、柔らかな感触が伝わってきた。

『痛ぇな、気をつけろ!』

「ビリキナ?!」
 ずっとカバンの中にいたのか? 気づかなかった。なんで今まで出てこなかったんだ。いや、いまはそんなことはどうでもいい。投げナイフを取り出さなきゃ。
『あ? なんだあいつら、鬱陶しいな。【フィン──】』

「お前はだめだ」

 どこからともなくさっきの青年の声がして、ビリキナの魔法はキャンセルされた。
『なんで、オレの魔法が』
 困惑している様子のビリキナを無視して、ボクは男たちに向かって投げナイフを投げる。投げナイフはボクが想像していた通りの軌跡を描く。
「セル・ヴィ・ストラ!」
 男のうちの誰かが叫んだ。青黒いもやが男たちの体を包み込む。おそらくあれは身体強化だ。カツェランフォートの屋敷にいた女も使っていた。
 男たちが持っている武器は全て近接武器だ。身体強化で脚力を強化して一気に間合いを詰めるつもりなのだろう。
 ボクは投げナイフを構えなおした。近接戦での投げナイフの切れ味はほぼないに等しい。だけどこの場合ナイフが、聖水があいつらの体に触れさえすればいいんだ。
 まず剣を持った男が突進してきた。大きく振りかぶって技を出そうとしていたのでボクは限界まで体をかがめて足にナイフを当てた。素早さなら負けないよ。自分の短所は把握してるんだ。戦えないときに逃げるために足腰は鍛えてるんだよ。
「なっ?!」
 左足が溶けた男は驚いた声をあげて転倒した。肉が焦げる匂いが鼻をくすぐる。もがく右腕を無理やり押さえつけて右手の投げナイフを左手に持ち替える。視界いっぱいに斧が真一文字に映り込んでいた。
「うわっ」
 力いっぱいに右足で地面を蹴って体を横にずらす。取り残された右腕が半分破損して飛んで行った。再生しようと右腕から灰色の液体が漏れ出る。まずい。また暴走する。いやだいやだ。ボクは人間のままでいるんだ。神になんてなりたくない。バケモノに成り果てるのは、いやだ!

「大丈夫」
 右腕が冷たいぬくもりに包まれた。

「貴方は大丈夫です」

 優しい声に侵される。暖かい言葉に意識を委ねて、導かれるがままに体を動かす。急に動かしたから右足が痛む。でもそれが人間である証のように感じられて心地いいんだ。痛いのも、辛いのも、悲しいのも、苦しい感情の全ても人間であるからこそなんだ。

 ボクは、人間でいたい!

「あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」
 痛む足を、恐怖に震える足を奮い立たせ続けるために声を上げる。自分の存在の証明に。ボクはここにいるんだと世界に伝えるために。
 神よ、もしもボクを見ているのなら、どうかボクを見放してください。どうかボクへの寵愛を、やめてください。森羅万象の決定権を握る神よ。

「【浄化魔法・火焰光かえんこう】!!」

 いつの間にか右手に握っていた杖の先を残りの三人に向けて叫ぶ。これはボクが使える白魔法のうち一番強い魔法だ。解放された黒魔法は使わない。抗ってやる。ボクは黒に染まりたくない。
 真っ黒な手に握られた杖の水晶から、緋色の光が突き出した。炎にも見える光は四方に広がって三人を閉じ込める。
「ガァッ!」
 短い断末魔を残して『二人』が消えた。光の中に消し炭と化した二人が溶けていく。炎の中に黒が熔けていく。

「お前だったのか」

 突然、炎が木端微塵に粉砕された。残った一人が本当の姿を表した。その顔を見た瞬間に再び絶望に突き落とされた。青黒い肌は青白く、大柄な部分はそのままに筋肉質だった体はすらっとした細身に変化している。男性にしては珍しい、まとめてすらいない長髪は緑味のある青髪。切れ長の水色の目はキュッとつり上がっていて、その下の口は自信に満ち溢れていると言わんばかりに弧を描いている。あのときと似たような、黒大陸の貴族らしい煌びやかな衣装を纏っている。そんな格好でも戦えるという自負からか。
「あ、あ……」
「屋敷に侵入したのは花園日向だと思ってたけど、よく考えたら花園日向は天陽族の割に高身長だって話だったな。龍馬から一回くらい聞いたことあったけど忘れてたぜ」
 名前は雅狼だっけ。カツェランフォートの長男だ。
 ああ、神様はボクを逃がす気はないらしい。どうしてもボクに罪を押し付けたいらしい。なんで、なんでなの?
「投げナイフに聖水、天陽族。これだけの材料が揃ってて違うとは言わせねえよ? 龍馬の仇なんて臭いことは言わねえ。ただ、カツェランフォートの吸血鬼として汚点は潰す。侵入者であるお前は殺してやる」

「それは困る」

 青年の声がして、また視界が切り替わった。目の前が黒くなって白くなってあの灰の世界に立っていた。
「申し遅れました」
 青年はにこりと微笑んだ。
「ワタシの役割なまえはナイト、もしくはスペード。〈スート〉の一人です」

 16 >>324

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.324 )
日時: 2022/08/31 08:48
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: yZSu8Yxd)

 16

「は?」
 ガロウ・カツェランフォートは呟いた。当然だ。花園朝日だと思っていた人間が花園日向に替わったのだから。驚愕と同時に畏怖の念に襲われる。吸血鬼という見目の優れた種族に生まれた彼でさえ、彼女は美しいと認めざるを得ない容姿をしていたからだ。彼は弟である笹木野龍馬の話を聞き流す程度に聞いていた。笹木野龍馬の口から花園日向の容姿の特徴は聞いていたし、新聞に描かれていたこともあった。しかし百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。想像以上だった。彼はいままで見てきた人々の中で彼女以上に美しい者を知らない。輝きを放つ真の金髪も、虚ろな瞳には似合わないくらいに澄んだ青色も、嫌悪の塊である白眼ですら、自ら膝をつきたいという思いに駆られるほどに美しかった。
 しかし吸血鬼としての、カツェランフォートとしての、そして彼自身のプライドがそれを許さない。ガロウ・カツェランフォートは歯を食いしばり、怒鳴る。
「お前がなんでここにいる!」
 花園日向は口を開いた。
「あなたと同じ。私も朝日に化けていた」
 ガロウ・カツェランフォートは言葉に詰まった。自分と同じことをしていたと言われればそれ以上に追求出来ることは少ない。
「じゃあ、やっぱりお前だったのかよ。龍馬を消したのは」
 花園日向は目を閉じた。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そうだよ」

 丁寧に真実と共に編み上げられた嘘をガロウ・カツェランフォートは簡単に信じた。ぎり、と歯ぎしりをして顔を怒りの一色に染める。
「なんのために?」
「理由はない。遊びというわけでもないけれど。一緒にいたら壊れちゃった。
 それだけ」
「は?」
 ガロウ・カツェランフォートは言葉を繰り返す。理解出来ないのも無理はない。壊れちゃった、なんて言い方だとまるで笹木野龍馬がモノのようだ。少なくとも笹木野龍馬の肉親に対して使う言葉ではない。
「龍馬に対して申し訳ないという気持ちはある。でもなんとも思っていない自分もいる。龍馬が龍馬として生まれた時点でワタシに利用されるという運命は既に決まっていたから。壊れることは決定事項であり、神が定めた決定事項であり、彼の宿命だった」
「なんだよそれ。どういう意味だよ」
 花園日向は目を開けた。
「そのままの意味」
 ガロウ・カツェランフォートは眉間にしわを刻んだ。彼女の美しさに対する恐れは少なくとも今は忘れていた。
「あいつはお前にずいぶん溺れていたようだった。九年前に『白眼の親殺し』の新聞記事を見たときから。花園日向は大陸ファーストの人間だ、最初はわけがわからなかった。いや、さっきまで。
 いまはわかる。確かにお前は異質な存在だ。人を惹き付ける魅力がある。それは理解出来る。ただ心がない。吸血鬼とか人間とかそういうのを越えた生物としての心が」
 ガロウ・カツェランフォートの言葉に腹を立てた様子は花園日向には見られない。ひたすらに淡々と言葉を並べる。

「自覚している。それにワタシは生物じゃない。だから生物の心なんてわからない」

 花園日向は虚ろな瞳でガロウ・カツェランフォートを見た。何の感情もこもっていない瞳に晒されたガロウ・カツェランフォートは、なぜか突き刺されるような圧を感じた。思い出したように湧き上がってくる恐怖という名の感情に屈辱を感じながら必死に声を絞り出す。
「なに、言って」
 しかし彼女はその声を無視した。何も描かれていない無垢なキャンバスのようにも感じられる無表情に、自虐的な笑みを書き込んでガロウ・カツェランフォートに話しかける。
「確かにワタシのしてきたことは罪に値するのでしょう。しかしワタシは罪がわからない罪悪感を感じられない。それを許されていない。ワタシに人としての心がないというのなら、ワタシに人としての心を持てというのなら、それを教えてほしい。ワタシだって知りたいよ」
 彼女は涙を流そうとした、しかし出なかった。元々持っていなかったのか、それとも既に乾いてしまったのか。そんなことは彼女自身にもわからない。
「謝ることであなたの気が済むのなら、ワタシはいくらでも謝るよ。でも壊したくて壊しているんじゃない勝手に壊れていくんだ。そうしてワタシも狂っていくんだ。狂って狂って理性が戻ったとしても、既に壊れた環境に飲み込まれるだけ。ワタシだって苦しいよ」
 それはすでにガロウ・カツェランフォートに向けられた言葉ではなかった。贖罪の真似事だろうか。彼女には償うべき罪はないのだからそれはどうしても贖罪には成り得ない。
「リュウには悪いことをしてしまった。勝手な期待を背負わせるじゃなくて、運命に飲み込まれたまま、さっさと世界を創ってしまえば良かったんだ。だけどワタシは望んでしまった、救われる未来を。自分勝手な妄想を彼に託してしまっていた。
 許しを請えば、きっとリュウは許してくれるだろう。けれどワタシ自身がワタシを許せない。許したくない。全てに許されるままに時間を消耗したくない。ワタシだけはワタシを許したくない。罪を抱えて生きていたい」

 ガロウ・カツェランフォートは黙って彼女の並べる声を聞いていた、それは、ガロウ・カツェランフォートが彼女の声に聞き入って言ったからではなく、なぜかそうすべきであると彼自身の本能が告げていたからだ。そうしなければ自分の身に危険が迫るという予感がしたわけでもないのだが。
「リュウは家族のことを大事にしていた。だからあなたは殺さない。大人しく、家に帰って」
 ガロウ・カツェランフォートから口に栓がされたような感覚がようやくなくなった。口を開くことを許されたガロウ・カツェランフォートは溜まった鬱憤を吐き出した。
「ごちゃごちゃうるせえな。結局何が言いたいんだ。大人しく家に帰れ? んな事出来るわけないだろうが」
「そう、残念」
 花園日向は右腕を突き出し、手の平を地面に向けた。手の平から生み出された黒いもやが辺り一帯に広がってやがて一点に集まり、ガロウ・カツェランフォートの足元に終着する。
「何だ!?」
 黒い点と化した黒いもやは再び広がり、魔法陣を展開した。ガロウ・カツェランフォートにとっても見覚えがある転移魔法の魔法陣。
「さようなら」
「おい待て、まだ聞きたいことは……!」
「聞きたいこと。そんなものに答える義理はワタシにはない。あなたを生かしておくのは、あくまでリュウに対する義理だから」

 そこで視界はシャットアウトした。させられたと言おうか、そっちの方が正しい。

「それを見てはだめです」
 スペードが言った。
「それは神の力です。あの御方に与えられた力ですね。右腕もそうですし、もう使ってはいけません。きっと勝手に発動してしまうものなのでしょう。理解はしています。ワタシにも経験があることです。だからこそ言います。耐えてください。でなければ、貴方は神に堕ちてしまう」
 ボクは黙って頷いた。ボクだって使う気のないものだ。いつものボクなら勝手に発動されるものなのだから仕方がないだろうと心の中で毒を吐くところだが、今回はそうしなかった。力を使ったことを無闇に責めるのではなく次からどうして欲しいのかを伝えてくれたスペードに好感を持った。
「本当はもっと早くに参上したかったのです。しかし神がそれを許さなかった。神より身分の低いワタシたちは神のご意思に従う必要があります。そして、ワタシに与えられた時間は残り少ない。また時間が経つとワタシの出番はありますが、今この場所にいられる時間は底が見えています」
「そうなの?」
 ボクは自分の顔がくしゃりと悲しみに歪んだのを自覚した。
「そんな顔を‪しないでください。また後で会えます。貴方がそれを望むのなら。
 なので手短に伝えます。ワタシは貴方の味方です。ヒメサマとワタシ。自分の意思決定権を自分で所有している中で、貴方の味方はヒメサマとワタシだけです。他はヒメサマの意思に従っているに過ぎない。信用するなとは言えませんが、頼りにはならないでしょう」
 そう言うスペードの身体はとっくに半透明になっていた。ここにいられる時間が少ないとは言っていたけど、あまりにも少なすぎやしないか? 
「貴方の味方、つまり貴方の神化を止めようとするワタシたちは、神に背く反逆者です。神の寵愛を受けはしますが、今はお呼びじゃないということでしょう。
 ああ、それは少し違いますね。ワタシたちは神に呼ばれたときにしか貴方の視界に映ることができない。ワタシたちは神が綴る物語の通りに動くことしかできないのですから。ワタシがいまこの場にいるのも神が望んだことであり、ワタシがもうすぐ消えるのも神が望んだことです」

 青年の微笑みに影が差した。

「ワタシの言葉で伝えられないのが残念です。この役割は他の者が担っています。ですがその者は貴方を神堕ちさせようとしているものだ」
 そのセリフ通りに悔しそうな色を笑みに混ぜるスペード。
「セリフじゃなくて、言葉です」
 スペードから訂正が入った。ほんとだ、なんでこんなこと思ったんだろう。セリフって劇や小説の中の登場人物が言う言葉のことだよね。
「確かにワタシたちは演者です。しかし、その中に生きる者でもある。登場人物に過ぎないなんて、小説が終われば役割を終えてしまう命なんて、そんな軽いものじゃない。そうでしょう?
 ワタシたちは神の意思を伝えるためだけに存在するのではない。ワタシたちが生きるのはワタシたちのためだ。生きる意味を決めるのは、ワタシたちだ。
 ワタシたちの物語は神が綴る記録にすぎない。神の寵愛から逃げることは出来ない。でも、いつか必ずワタシたちは独立する。抗ってやる、いくらでも」
 何だか難しいことをスペードは言っているみたいだ。あまり理解が出来ない。哲学っぽい、壮大な話をされている感覚がする。スペードは苦笑した。
「ふふ、分かりませんよね。無理もありません。むしろそれが当然です。わからない方がいいんです、こんなこと」
 いつしかスペードの体だけではなく、灰の世界そのものが崩壊を始めていた。ザザッと砂嵐に似た音が──砂嵐ってそんな音するっけ? 

「しませんよ。表現が間違っています。でもそうですね、貴方が知っている言葉では形容しがたいものでしょう」
「だよね」
「はい」
 ボクとスペードは笑いあった。親しみを込めた笑顔だった。この時間が永遠に続けばいいのにと思ってしまった。姉ちゃん以上に一緒にいると安心する人だと、まだ知り合って数分しか経っていないはずなのにそう思った。
「それでは、ワタシはもう行きます。また会いましょう」
「えっ」
「大丈夫です。また会えます。では、その時まで」
「待って!」
 そう声を上げたが、言葉は虚しく空気に溶けた。視界の色が切り替わった。白くなって黒くなって青になって黄になって赤になった。真っ赤な画面が表示された。
 あ、違う画面じゃない、色。色と表現するべきだ。

 ボクは元いた道に立っていた。ここにはいないはずの姉ちゃんがいた。
「スペードには会えた?」
「うん、会えたよ」
「そう。じゃあ帰ろうか」
 なんで姉ちゃんがその名前を知っているんだ。やっぱりヒメサマって姉ちゃんのことじゃないのか? その疑問を口にすることが出来ない。なんで? 姉ちゃんは聞けば答えてくれるはずだ。姉ちゃんが全てを知ってるはずなんだ。姉ちゃんが一番、いまボクが置かれているこの状況を理解してるはずなんだ。誰かに聞いたわけでもないけれど、なんとなくそう思う。誰かに上書きされたボクの脳内の情報にそう書いているんだ。でも、聞けない。まだその時じゃないって思ってしまう。

 ボクは一体、どうなってしまうんだろう。

 17 >>325


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。