ダーク・ファンタジー小説

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この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
日時: 2025/05/23 09:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919

 ※本作品は小説大会には参加致しません。


 ≪目次≫ >>343


 初めまして、ぶたの丸焼きです。
 初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
 感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。

 この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。



 ≪注意≫
 ・グロい表現があります。
 ・チートっぽいキャラが出ます。
 ・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
 ・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
 ※調整中



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 ありがとうございますm(_ _)m
 励みになります!

 完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。

 ≪キャラ紹介≫
 花園はなぞの 日向ひなた
  天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 笹木野ささきの 龍馬たつま
  通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 あずま らん
  光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 スナタ
  風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。

 真白ましろ
  治療師ヒーラー。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 ベル
  日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。

 リン
  日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。

 ジョーカー
  [ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。

 花園はなぞの 朝日あさひ
  日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。

 ???
  リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。

 ナギー
  真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
  現在行方不明。

 レヴィアタン
  七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。

 学園長
  聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。

 ビリキナ
  朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。

 ゼノイダ=パルファノエ
  朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

≪その他≫
 ・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.290 )
日時: 2022/03/02 19:10
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: EabzOxcq)

 16

『お前、やっと一人になったな!!』
「悪かったよ」

 放課後、ゼノと別れてボクは森に来ていた。ビリキナのことを思い出して、帰るまでに一度は出さないと怒るから、出しておこうと思って。というか、朝から放課後まで一度も出せないのはいつものことなんだし、そろそろ慣れてもらいたいんだけど。ボクと契約して何ヶ月経つと思ってるんだ?

『ったくよぉ。自由に動き回れないこっちの身にもなれ!』

 ボクの鞄は、ジョーカーに渡された特別なものだ。ビリキナが放つ黒の魔力を鞄の中に封じ込める。ボクがビリキナと契約していることを悟られる要素を一つでも減らすためだ。ただ、鞄が開いている時はもちろん魔力ダダ漏れなので、ボクが閉めて、ロックする必要がある。ロックしてしまえば、ビリキナは自分では鞄を開けられない。

「ごめんってば。それより、今日は姉ちゃんが帰ってくるから、ずっとボクの部屋にいてね」
『酒用意しろよ! 酒!』
「わかってるよ」

 姉ちゃんとの待ち合わせ時間まで、かなり余裕がある。これからどうしようか。

『そういや渡しそびれてたんだけどよ、これ』

 ビリキナはそう言いながら、鞄の中をゴソゴソと漁った。そして取り出したのは、紙切れ。
『朝、人間共の間を通った時に渡されたんだよ。魔力の残り香からしてジョーカーだった』
「は? あの速度で?」
 きもちわる。
『いいから読めよ。あいつが気味わりぃのは元からだ』
「それもそうだね」
 ボクはビリキナから紙を受け取り、それを読んだ。

『最終ミッションのお知らせだよ。
 今日日向ちゃんが戻ってくるんだって聞いたから、もう頻繁に君の家に行けないってことで、予定より早く伝えることになった。
 ちょっと待ってね』

 最後の一文が理解出来ない。どういうことだ?

 そう首を捻っていると、急に、文章の一文字一文字が黒く光った。
「わっ!」
 手紙からペリペリと文字が剥がれ、宙に浮いて渦を巻く。ボクより、いや、姉ちゃんの背よりも少し高い程度の位置から、螺旋を描くように下へ下へとくるくると規則的な動きをする。それはだんだんと歪んでいき、そして。

「結構それを読むまでに時間がかかったんだねぇ」
 ジョーカーが現れた。

 正直、びっくりした。声に出して驚きそうになった。でもそうしたらジョーカーが喜ぶことは知っているので、懸命に衝動を抑える。
「急に背後から現れるのは飽きたかなと思って、今日は凝った登場をしてみたよぉ」
「そういうの要らない。どうでもいい」
「ひどいなぁ」
「用件は?」

 ジョーカーはクスクスと笑う。なんだよ、気持ち悪い。

「ボクがある組織に入っていることは、知っているよね?」
 何を今更。そこから出た命令をジョーカーが伝えていたんだから、知ってるに決まってる。
「その組織の最終目的に、もうすぐで、ようやく踏み出すことができるんだ」
「最終目的?」
 ただの組織でないことは明らかだ。リンのことも真白のこともそうだ。確実に正規ではない、裏社会と言うべきか。
「そう。だからね、朝日くん。君にはこれを渡しておくよ。はい」
 はい、と言って、ジョーカーは握り拳をボクに向ける。ボクが手を差し出すと、解かれた拳から小さな棒のような物が落ちた。
「なにこれ」

 見た目は円柱で、直径はちょうど片手で握って収まるほど。全体の長さは、ボクの手首から中指まで結んだ線分よりもやや短いくらい。先端には、一回り小さい円の突起がある。握る部分とそれは質感が異なっているように見える。

「ボタンだよ」
「ボタン?」

 ボクは自分が着ているブレザーのボタンを見た。この二つ、絶対に同じものじゃないだろ。飾りボタンですらないだろうし、どうやって服に付けるんだ。

 文句でも言ってやろうと口を開く前に、ジョーカーが笑いだした。

「ふっ、アハハハッ! 可愛いなぁ朝日くん、期待通りの反応だよ。アハハッ!」
「な、なにわらってんだよ!」
「いや、だってさ、アハハハッ!」

 よほどおかしかったのか、ジョーカーの笑いが引くまで時間がかかった。そんなに笑うことでもないだろ。知らないんだから。

「はぁ、ごめんごめん。
『装置』って、わかる?」

 ?

「わかんないか。えーとじゃあ、『魔法道具』」
 それならわかる。ボクは頷いた。
「これは【転移魔法】が付与された魔法道具だ。先端の丸い部分をおすと、元々設定されている場所に転送される。一度使うとそれっきりだから気をつけてね」
【転移魔法】を付与、か。魔法石といい、なんでもありだな。確かに【転移魔法】は発動時にいちいち魔法式を組み立てて発動するよりも予め用意してた方が楽かもしれない。でも、そもそも高位魔法を物に付与するということ自体が馬鹿げた話だ。そんなことが出来るなんて話、聞いたことがない。

「でねぇ、これをりゅーくんに触れながら押して欲しいんだぁ」

 17 >>291

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.291 )
日時: 2022/03/16 08:16
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pRgDfQi/)

 17

 今まであまり気にしたこと無かったけど、『りゅーくん』って笹木野龍馬のことだよな? どうしていま笹木野龍馬の名前が出てくるんだ?

「あいつが、どうしたんだよ」
「あれぇ、言ったことない? 組織の目的はりゅーくんだよぉ?」
「は?」

 どういうことだ? 笹木野龍馬を仲間に引き入れたい、ということか?
 笹木野龍馬は権力もあるし能力も高い。味方につけば相当頼もしいに違いない。でも、本当に?

「準備も整ってるし、実行は早い方が望ましい。ただ、今日はむりでしょぉ?」
 当然だ。これを使った後何が起こるか分からないし、教える気もないだろう。折角姉ちゃんが一緒に帰ろうと誘ってくれたのに、それを棒に振るなどありえない。
「明日でも、明後日でもいい。とにかく、早く。少しでも早く連れてきてくれ。目的の達成のために」

 二つの穴がボクを見る。恐怖にも似た感覚が、ボクの心臓を焼いた。

「朝日くん。ボクはね、君にチャンスを与えているんだ」
 ジャリ、と、ジョーカーが一歩近づく。
「こんなことはボクにでもできる。むしろボクの方が適任だ」
 それに合わせて、ボクは一歩退く。
「君の代わりはいくらでもいる」
 一歩進む。一歩引く。繰り返し、繰り返し。そのリズムは徐々に加速し、そして。
「やっとここまで来たんだ。失敗は許されない、許さない」
 背中に大きな木の幹が当たった。行き止まりだ。もうさがれない。ジョーカーの顔が目の前にある。
「これはお願いじゃない、命令だ。拒否権はない」
 口は弧を描いているけれど、目に宿る光はあまりにも刺々しい。ボクは目を逸らすことが出来ず、逃げ出せない状況の中で固まった。

「ま、君のことは信用してるよぉ」

 ジョーカーはそう言うと、ふっと瞳の奥の光を緩めた。また、何を考えているのか分からない不気味な笑みを浮かべ、こちらを見る。
「りゅーくんと日向ちゃんの関係は、切っても切れないものだ。日向ちゃんのことを知りたいのなら、これは避けて通れない。
 君は日向ちゃんが関わることなら、殺人ですらしちゃうんだから、これくらい朝飯前だよねぇ?」

 殺人。そうだ、その通りだ。ボクはこの手でじいちゃんとばあちゃんを殺した。邪魔だったんだ、二人とも。

 ばあちゃんは姉ちゃんを毛嫌いしていた。母さんと一緒に暴力をふるっていた。何をしても泣かず、喚かず、騒がず、助けを求めることすらしない姉ちゃんを、何度も何度も殴った。あの生々しい肉を打つ鈍い音は、今もなお耳に残っている。ボクが姉ちゃんに会っていない間も、たまに癇癪かんしゃくを起こしては姉ちゃんのところへ行き危害を加えていたらしい。ビリキナが取り憑いた後は攻撃対象がややベルへと傾いていたけれど、意識の根本にある姉ちゃんへの憎悪は変わらなかった。
 ただ、ビリキナがばあちゃんをけしかけていたことについてはあまり気にしていない。悪いのは全てばあちゃんだ。ビリキナはばあちゃんに力を与えただけ。精霊の力をどう使うかなんて契約者自身が決めることだ。何があったとしても魔法を使って姉ちゃんを苦しめたのはばあちゃんだ。

 じいちゃんは、いい人だった。殺すつもりなんてなかった。少なくとも、ばあちゃんよりはマシだった。だけどあの日。笹木野龍馬が姉ちゃんの家に来たあの日の会話で気持ちが変わった。
『八年も一緒に過ごしているんだから、おじいちゃんと意見が揃っている可能性があるでしょ?』
 姉ちゃんのあの言葉で、気が変わった。ボクが姉ちゃんに求められるためには、じいちゃんは邪魔になると気づいたんだ。
 だけどひとつ、気になることがある。ボクがじいちゃんを毒殺しようとしたとき、じいちゃんはそれに気づいた素振りを見せた。箸を止め、ボクに何かを言おうとしていた。でも、何も言わなかった。気づいていたはずなのに、その毒を飲んだ。あのときじいちゃんは、何を考えていたんだろう。

「これは君のさいごの仕事だよぉ。これさえ終われば、組織の目的も、ボクの目的も、そして君の目的も、全てが果たされる」

 考えていてもしょうがない。組織の目的なんか、ジョーカーの目的なんかどうでもいい。ボクはただ、この命をもってやり残したことをするだけだ。

 でも、やり残した事が無くなったそのとき。ボクはどうすればいいんだろう。ボクの罪が裁かれたとき、姉ちゃんと離れ離れになったとき。
 自分が狂うことを抑えるために、自分が壊れることを抑えるために、現実逃避のために用意した柱が粉々に砕け散ったとき、ボクは。

「わかった。やる」

 手の中にある『ボタン』とやらをぐっと握る。

「ボクは、ボクのためだけに行動する」

 下からジョーカーを睨みつけると、ジョーカーは満足そうに笑った。

「よろしくねぇ」

 18 >>292

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.292 )
日時: 2022/03/16 08:17
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pRgDfQi/)

 18

 カチッカチッカチッ

 一秒ごとに動く針をじぃっと見つめる。もうすぐ五時だ。姉ちゃんが来る。
 教室には、ボク一人だ。さっきまでちらほらいたけれど、もうみんな帰って行った。
「アイテムボックス・オープン」
 帰る用意はすませておこう。そう思ってほうきを取り出す。
「ビリキナ、鞄の中に入って」
『着いたらすぐに出せよ!?』
「分かってるから」
 騒ぐビリキナを押し込んで、鞄を閉める。鞄はいつもと比べると、少しだけ重い。

 あのボタンは、アイテムボックスではなく鞄に入れて持ち歩けと言われた。ビリキナ同様に、あのボタンから放たれる魔力を姉ちゃんに気づかれてはいけないらしい。
 それにしても、いつ決行しよう。明日? せっかく姉ちゃんが帰ってくるのに、早急じゃないか?
 明後日、それともその次の……。

 ゴーンゴーンゴーン……

 遥か彼方まで響きそうな鐘の音。終業を告げる音とはまた別の、五時を知らせる鐘の音。『通達の塔』から響いてくるあの音は、あそこにいる二人の仮想生物が鳴らしてるんだよな?

「朝日」

 少し離れたところから、心地よい、低めの女性の声がした。振り向くと、姉ちゃんは出入口に立っていた。

「帰ろう」

 片手には、昔、何度か乗せてもらったことのあるペガサスの羽ぼうきを持っていた。

「うん!」

 姉ちゃんと一緒に校門まで歩く。すると、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえた。生徒が集まり、けれど何をするでもない。こころなしか戸惑っているように見える。
「どうしたのかな?」
「向こう、見て」
 姉ちゃんが校門を抜けたさらに向こうを指した。見ると、空に黒い斑点が広がっている。
「え、まだいたの?」
 考えるまでもなく、記者たちだろう。しつこいな。

「朝日、後で合流しよう」

 その言葉が、一瞬、理解出来なかった。

「あいつらの目的は私や龍馬だから、私が行けば注目は私に向く。大半は私を追いかけるだろうから、その隙に出て。撒いたら、追いかける」
「待って!」
 頭が判断を下す前に体が動いた。姉ちゃんの腕を掴んで、引き止める。
 何か言わないと。何か言わないと! でも、口が動かない。声が出ない。どうして、なんで!

『どうか、幸せに』
 行かないでよ、姉ちゃん。だってこの状況、昔のあのときと同じじゃないか。

「ボクを」

 拒絶しないで。

「置いて、いかないで」

 ボクの幸せは、姉ちゃんのそばにあるんだよ?

 姉ちゃんはボクを凝視した。驚いているように見える。口を開けて、閉じて。なにか言おうとしているのに、何も言わない。
 しばらく沈黙が続いた。そしてようやく、姉ちゃんは言う。

「わかった」

 ボクを安心させるためだろう。感情のこもっていない顔で、にこっと笑った。

「一緒に帰ろう」

「っ、うん!」

 それでもいい、それでいい。その気持ちがどうしようもなく嬉しい。ボクは大きく頷いた。
「理事長は、何をしてるのかな」
 珍しく苛立ったような声で姉ちゃんが呟いた。たしかに。生徒を安心させるためにこの場にも教職員は数名いて、記者たちがいる方へ駆けていく人や、そこから戻ってくる人もいる。でも、それらのどれにも学園長の姿はなかった。

『生徒の皆さんに連絡します』

 どこからともなく、女性の声が聞こえた。大人じゃない。たぶん、バケガクの生徒の声だ。どこかで聞いたことのある気がする。でも、どこだ?
「生徒会長の声だ!」
 誰かが叫んだ。そうだ。エリーゼ=ルジアーダの声だ。

『対応が遅くなり申し訳ありません。ただいまより、当学園の魔獣を放ちますので、先生方の指示に従い、十分に注意してください』

 その言葉で、一斉に混乱の声の嵐が巻き起こった。

「魔獣ってなに? どういうこと?」
「そんなのいたのか?!」
「怖いよ、なになに!」

 驚いていたのはボクも同じだ。でも、隣にいる姉ちゃんはひどく落ち着いている。
「遅いな」
 ただ、そう吐き捨てた。
「姉ちゃん、魔獣って?」
 ボクが訊くと、姉ちゃんの顔から表情が消えた。いつも通りの無表情がボクを見る。

「こういうことは、たまに起きるの。威嚇用の、つまり、戦力」

 そんなものがあるのか。ここまでくると、バケガクにないものを探す方が難しいんじゃないか?
 けれど言われてみて納得する。バケガクは独立した領域だ。どこにも属さないということはどこにも縛られず、どこにも守られることがない。ただでさえ神の建造物なんて言われる特別な場所なんだ。その何物にも代えることの出来ない価値を巡って戦争が起こったとしても不思議じゃない。それを防ぐためには、バケガク自体も戦力を持つ必要がある。
 そして、魔獣なんて危険なものは、戦力として使うことそのものが人道に反するとして世間から非難される。過去にもそんな国はたくさんあったと授業で習った。きっと、魔獣を使うという結論を出すのに時間がかかってしまったのだろう。

「で、でも、魔獣が暴れたりしたらどうするの? 制御できるの?」

 戦力として使おうとして国が滅ぼされたことなんて、それこそよく聞く話だ。完全に魔獣をコントロール出来るだなんて保証は、どこにもない。

「大丈夫」

 姉ちゃんは言いきった。

「それにもし何かあっても、私が守る」

 少しだけ、ほんの少しだけ力強い声を聞いて、ボクは安心した。そうだ、姉ちゃんがいる。姉ちゃんがいれば全部大丈夫。心配することなんて何も無い。

「うん!」

 嬉しくなって、ボクは笑った。

 バササッ

 突如、鳥が羽ばたくような音がした。空に満ちたオレンジの光の中に、黒が落ちる。
 空を見上げると、そこには本でしか見たことの無いような生物がいた。
 鷹の前身、獅子の後身。地上からでもその姿をはっきりと認識できるほどの巨体。翼は空を覆い尽くさんとばかりに広げられ、爪は大地を引き裂きそうなほど鋭く、足は筋骨隆々。空と陸の支配者の融合体である、あれは。

「グルフィン?!」

 まさかと思った。けれどあの姿はそうとしか思えない。
 魔獣なんて冗談じゃない。グルフィンは神話でしか出てこないような神に仕える神獣だ。太陽神に従属する、グルフィンそのものすら守り神として奉られる存在。なんでバケガクなんかにいるんだよ!
「よく知ってるね」
 姉ちゃんが褒めてくれた。
「え? へへ。でしょ?」
「うん、よく学んでる」

 グルフィンはボクらの頭上を通り越して、記者たちがいるあの場所まで飛んで行った。

『警告はしたはずだ。これよりこちらは攻撃態勢に入る。覚悟はいいな?』

 ぼわぼわと反響して聞き取りづらい学園長の声が聞こえた。遠くの方で叫び声がする。みると、ひとつの黒い塊と化していた記者たちが、塵のように散っていった。
 さすがにグルフィンを出されたら怖気付くんだな。警告はしたと言っていたから、その時点で逃げ帰ればよかったのに。それか、まさか本当に神獣を持っているとは思わなかったんだろうな。ハッタリで魔獣を使役していると宣言する国家だって一つや二つじゃない。バケガクもそうだろうと、あいつらは踏んだのだろう。

 周囲はまだ、肉眼でグルフィンを目の当たりにした熱から冷めていない。そりゃそうだ。魔獣を従えている国すら数少ない有力国家だけなのに、神獣を、古い歴史を持つとはいえ所詮はただの(かどうかはさておいて)学校が従えているなんて、誰が想像できることだろう。

「ギエエェェェエエエエ!!!!!」

 鼓膜が破れるのではないかと錯覚するような、グルフィンの咆哮。それを聞いて、まだ僅かに残っていた黒い粒も、消え失せた。
_____

 ようやく下校することが叶い、ボクと姉ちゃんは海の上を飛んでいた。闇に追われるように太陽の方角を向き、並んでほうきを進める。
「それにしても珍しいね、姉ちゃんが誘ってくれるなんて」
 せっかくなので何か話したい。そう思って声をかける。姉ちゃんは、自分から話すことは少ない。
「たまにはね」
 それだけ言って、口を閉じた。
「そのほうき、まだ使ってたんだね」
 それに、鞄も。確か鞄ってじいちゃんが昔入学祝いとして渡していたものだったよね。まだ持ってたんだ。それに、二つとも綺麗なままだ。多少はボロくなってるけど、古臭さは感じない。よっぽど丁寧に扱わないと、九年はもたないだろう。すごいなぁ。
「うん」

 素っ気ない返事ばかりだけれど、それでも楽しい。楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまうものだ。金色に染まった海ばかりだった視界に、うっすらと膜を張ったような白いドーム──大陸ファーストを覆う結界と、広大な陸地が見えた。
 ここから自宅までは大した距離ではない。会話も弾んでいたわけではないので自然と収まり、ボクらは黙って空を飛び、家の玄関の前に着地した。

「あ、待って姉ちゃん!」

 先に入ろうとする姉ちゃんを止めて、ボクは先に扉に手をかける。ガチャリと鍵を回し、ドアを開けて、不思議そうにボクを見る姉ちゃんに、とびっきりの笑顔でこう言った。

「姉ちゃん、おかえり!」

 姉ちゃんは数秒静止し、やや目線を緩めて、言った。

「ただいま」

 長かった。やっと姉ちゃんが帰ってきた。もうどこにも行かないよね? そうだよね?

「荷物置いてくるね」
 そう声をかけてからビリキナを置くために一度部屋に戻る。それからすぐにリビングへ行くと、姉ちゃんは難しい顔をして机の上の手紙を読んでいた。
「あ、それ」
 もう読んだんだ。早いな。

「これ、いつの?」
「一週間前後くらいかな」
「ふうん」
「行くの?」

 無視すると思っていたのに悩んでいたから、興味本位で聞いてみた。いや、興味本位じゃないな。もし姉ちゃんが行くのなら、姉ちゃんと過ごす時間が減ってしまう。これは大問題だ。
「うん。近いうちに行く」
「ついてっていい?!」
「え。ああ、いいよ」
「やったー!」

 喜ぶボクを見て、姉ちゃんは首を傾げる。確かに理解できないんだろうな。ボクも姉ちゃんも、本家にいい思い出なんかほとんどない。
 ただ、姉ちゃんと過ごした思い出があるだけだ。

 19 >>293

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.293 )
日時: 2022/03/16 08:19
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: pRgDfQi/)

 19

 あの騒動から一週間は経った。バケガクに記者が群がることも無くなったし、家の前に張り付くやつもいなくなった。たぶんあの日限りのことだったんだろうな。そう何度も大陸ファーストに部外者が入れるはずがない。
 てか、そこはちゃんと守るんだな。は無視して毎日のように家に押しかけてきたのに。あの事件の時に、大陸ファーストに楯突いたらどうなるのかを学んだのか? あのとき、あのときも今と同じように、あいつらがすぐに引いていたら、ボクは姉ちゃんと離れなくて済んだかもしれないのに。

 考えていても仕方ない、か。

 ボクは正面を見た。昼であっても暗い、太陽光とはまた違う不思議な光がぼんやりと目の前の屋敷を浮かび上がらせる。鬱蒼とした森に包まれるようにしてそびえるそれは、重々しい雰囲気を醸し出していた。ここから離れたところは真っ暗だったのに、どうしてここだけは明かりがあるんだろう。暗く感じるとはいえ人間のボクがなんとなくと見える程度なら、怪物族にとっては多少なりとも眩しいんじゃないか? それに点々と屋敷の窓らしきところからオレンジっぽい弱い光が漏れている。こういうものなのか?

 怪物族が住む大陸には、太陽の光を遮る雲のような物が上空にある。だからこの光は太陽光でないはずだ。いや、そもそもこれは光なのか? 日暮れの、あの真っ暗になる直前くらいの光。光源となるものは見当たらないので、まず間違いなく永続の魔法だとは思うんだけど。
 まあ、いい。こちらにとって都合のいい条件なんだ。深く考える必要は無い。

 今夜は新月だ。

 怪物族の力は満月の夜に最高に、新月の夜に最低になる。生活リズムもそれに影響され、怪物族の大半は新月の夜は眠りについている。吸血鬼も例外ではない。それにいまは夜ですらない。おそらく目の前の屋敷はほとんど眠っていることだろう。
 とはいえ、あそこは吸血鬼五大勢力の一派、カツェランフォートの屋敷だ。笹木野龍馬や当主はもちろん、他にも吸血鬼がゴロゴロいるはずだ。一人で人間百人分の力を持つ吸血鬼にあってしまえば、まず、死ぬ。

 だから、最善を尽くす必要がある。
 まずは気配。大陸ファーストの人間は特殊な気配をしているそうなので、敵対する怪物族にはすぐにバレることだろう。なのでいまはビリキナと魔力を混同させて気配を混ぜて、その上でジョーカーから預かった【気配消し】の力を使っている。

 次に髪、というか顔。金髪は闇の中でなくともあまりにも目立つ。幻影を被せて髪を染めるという方法もあるにはあるけど、それは自分が騙す相手よりも技術面で上回らなければいけない。なので今回はこれは使えない。だからボクはいま、目だけを出して、あとは髪も首も鼻も全て覆う形のマスク(布)をつけている。こんなことをしても怪物族の目にはボクの姿はハッキリと映るだろうけど、金髪よりは断然マシだ。

 そして服装。これもジョーカーから渡されたものだ。だからあまり着たくないんだけど、今はそうも言ってられない。それに、妙に体にあっていてまさに『戦闘服』だからこの状況にはうってつけの服なのだ。露出は少ないが、かと言って無駄に布がかさばっている訳でもなく、動きやすい。加えて【治癒】や【装備回復】なんかが付与されている。なんでこんなものをジョーカーが用意できるんだろうか。ボクが思っているよりも大きな組織なのかな。
 鞄はいつもの肩掛け式ではなく、ベルトと一緒になっているポシェットだ。これは魔道具で見た目以上に物が入る。その中身いっぱいに武器である投げナイフを入れている。姉ちゃんに護身術として習った武器の中で一番の得意な武器だ。その一つ一つに≪聖水≫を浸して来た。大変だったけれどやる価値はあった。一対一での力の格差が激しい怪物族との戦闘において頼みの綱はこれだ。ジョーカーも流石に≪光の御玉≫は用意できなかったようだ。いや、実際に聞いてみたわけではないのでもしかしたら言えば持ってきたかもしれない。

『楽しみだな』

 脳内でビリキナの声が響く。念話だ。敵に声を聞かれるのは避けたいので、しばらくは念話で話すことに決めた。なので使う魔法も無詠唱になる。ボクが無詠唱で使える魔法は限られているのでどこまで出来るのかはわからない。でも、やるだけやってみよう。

『そんなに呑気なことを言ってられる余裕があるんだね』

 呆れるやら羨ましいやら。

 ボクは【察知】で屋敷内のある程度の生命体の数を把握する。うわぁ、結構いるな。ほとんどが使用人だとは思うけど、それでも全員怪物族だろうと予測されるので気が滅入る。
 でも、今日を逃せばチャンスはまた次の新月までやってこない。

 笹木野龍馬がバケガクへの登校をやめた今となっては、どちらにせよこの屋敷に侵入しなければならないのだ。

【百里眼】で屋敷の中を覗く。けれど廊下を照らす弱いろうそくの灯りがどこまでも続くだけで、ほとんどの部屋の中は暗くて全く見えず、肝心の笹木野龍馬も見つからなかった。とは言ってもしっかり見たわけではないけど。

 でも、そうか。真っ暗なところもあるのか。なら仕方ないか。

『ビリキナ。視界を共有しよう』

 ビリキナは夜目が効くので、ビリキナと視界を共有すると、ボクも暗闇の中で目が見えるようになる。日中も闇に沈んだ大陸フィフスで行動するとなったときに考えた打開策がこれだ。
 ただ、この方法はあまり好ましくない。ボクがやりたくないというだけなのでそんなことを言ってられない状況になればそりゃあやるけど、出来ればしたくなかった。
 学園長の視界を共有したときは体を動かさなかったから平気だったけれど、自分以外の視界を見ながら移動したり、戦闘したりするのは非常にやりにくい。慣れるためにダンジョンに潜ったときに練習してはいるけれど、嫌いなものは嫌いだ。長時間の使用は酔って吐き気や頭痛がする。諸刃の剣をわざわざ振るいたいと思うような性格はしていない。

『行くよ』

 ビリキナに声をかけ、ビリキナと視界を共有する。見える光景がガラリと変わって足元がふらついた。それでも徐々に慣れて、すぐにしっかり立てるようになる。
 夜目が効くとか以前に、まず、ただの生物と精霊では物の見え方が違う。横にも上にも下にも視界が及ぶので、脳への負担は大きい。これに慣れるのにはかなり苦労した。
 いや、慣れたというのは少し違う。全方位を見ることに慣れたのではなく、『見たい方向を見る』ことに慣れたんだ。始めは全方位を一気に見てしまっていたけれど、そういうことはもうない。

 くっきりとその姿があらわになった屋敷を見据え、ボクは一歩を踏み出した。

 20 >>294

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.294 )
日時: 2022/03/30 21:53
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)

 20

 大陸ファーストの人間と怪物族との価値観の違いはもちろん住居にも現れる。その一つが防犯面だ。大陸ファーストでは家の周囲に結界を張ることが多く、対して怪物族は個々の力を誇りに思い結界等には頼らない。防犯のための術式を使わずとも侵入者を追い払う自信があるのだ。おかげで結界に細工をするという面倒な手間は省けて助かる。
 そもそもカツェランフォート家に侵入しようなどと馬鹿なことを考える輩がそうそういないんだろうな。

 侵入自体は難なく成功した。けれど本番はここからだ。怪物族の五感は優れていると聞く。……神経使うんだろうな。

 庭にも人影が見えたのでひとまず近くの茂みに隠れた。出来れば屋敷の中に入れる場所が見つかるまで茂みの中を移動したいけど、葉や枝があって、動けばすぐに音が鳴る。移動できるタイミングが限られてしまうから、長居は出来ないな。

「今日は仕事が少なくていいわねー」
「ほんと。でも、今晩を越えたらまた増えるわよ」
「最近は龍馬様の様子がおかしなせいで屋敷内全体がピリピリしてるしやりにくいわ」
「ちょっと! 誰が聞いてるか分からないんだから口を慎みなさい!」
「あ、ごめんごめん」

 顔は見れないけど、声からして女──メイドか? 笹木野龍馬の様子がおかしいって、どういうことなんだろう。どういう『おかしい』なんだろう。ちゃんと【転移】させることが出来るかな。

 探りながら、行くか。そんな器用なことが出来るかは分からないけど。

 メイドと思しき女の足音が聞こえなくなってから、その足音が消えていった方向へ歩いた。もしかしたら使用人が出入りするための入口があるかもしれない。
 足元の枝なんかを気にしながら、極力を音を立てないように気をつけながら、歩を進める。すると、向こうから声が聞こえた。今度はメイドだけじゃない。男、でも、なんだか優しげな声。

「そう、残念だ」
「申し訳ありません」
「いやいや、ツェマが謝る必要は無いよ。気分転換にどうかなと思ったくらいだからね」
「はい」

「龍馬に、私が『一人で抱え込まないで』と言っていたと、伝えてくれるかい?」

 え?

 ボクは慌てて口を抑えた。危ない、声に出すところだった。
『なにやってんだよ』
『仕方ないだろ。だってあの口調、どう考えても笹木野龍馬の血縁者じゃないか』

『龍馬』と名を呼び捨てにしたことや、笹木野龍馬を気遣う言葉、そしてメイドらしき女が敬語を使って話していること。そのどれを取っても、まず間違いなく屋敷に仕える身ではない。
 まずい。こんなに早く吸血鬼に遭遇するなんて思っていなかった。声からして当主ではなさそうだ。でも、だれだ? いや、誰だって一緒だ。吸血鬼であれば、必ず人間よりも圧倒的な力を持っているんだから。

「承知致しました」

 そう言って、女は立ち去った。

 あれ、笹木野龍馬への伝言を任されたってことは、あのツェマと呼ばれた女は、いまから笹木野龍馬のところへ行くのか? なら、見失うわけにはいかない。でも、吸血鬼がいるから迂闊には動けない。どうすればいい? 考えろ、考えろ。

「どうしたものかな」

 ぶつぶつと呟く声と男の足音が遠ざかっていく。たぶん、メイドが向かった方向とは逆だ。一か八か、メイドを追いかけてみよう。男に気づかれてしまうかもしれないけれど、これ以上はメイドを見失ってしまう。既にメイドの足音は聞こえない。今から顔を出しても見つけられるかどうか。

 よし。
 そう意気込んで立ち上がろうと、足を動かした。足元の枯れ枝を踏み、パキンと小さく音が鳴る。
 大丈夫だ。この程度なら気づかれない。大丈夫。

 その時。

 水の滴り落ちる音がした。

『なにしてる?』

 その声を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

 近い。すぐ前にいる。何故だ? 全く気配を感じなかった。注意を払っていたはずなのに、どうして? ボクの【察知】や【索敵】の能力はずっと小さい頃から姉ちゃんにお墨付きをもらっている。でも、気づかなかった。

 ビリキナの声じゃない。頭に響くような、それでいて外から聞こえる不思議な──精霊の声。

 顔を上げると、目の前にいた。ボクより少し小さいくらいの背丈で一見ただの人間に見えるけれど、背中から薄い、膜のような羽根が生えている。
 宝石のような光を放つ、艶のある蒼色の長髪に、ガラス玉のような、淡い蒼の光を宿す大きな瞳。体はぼんやりと月光をまとい、神秘的な雰囲気をかもし出していた。

 こんな状況であるにも関わらず、ボクはその姿に見とれてしまった。彼はあまりにも美しかった。
 精霊という種族そのものが、まず、美しく作られている。伝説上の天使族もそうだけど、神に仕える者は誰もが美しい。

 でも、それ以上に美しい。どうしてだろう。美しいものに見とれるなんてこと、そうなかったはずなのに。確かにボクは精霊が、精霊の神秘性が好きだ。存在するかもわからない神を知ろうとはしなかったが、存在を感じられる精霊には非常に興味を持った。精霊を美しいとも感じた。精霊と本契約を交わすことにも憧れていて、だからこそ自分と真逆の魔力を持つビリキナとの本契約を受け入れたのだ。

『おい、逃げろ!』

 ぼんやりしていると、ビリキナからの叱責が飛んできた。
『そいつは〈スカルシーダ〉だ! そんくらい気づけバカ!』
 スカルシーダ。その言葉は聞いたことがある。姉ちゃんと離れたあと、ボクが自力で調べた言葉の一つだ。

 精霊という存在自体が、ボクらのような『神ではない存在』が『世界へアクセスする』ための媒体だ。媒体精霊だけでは無い。空間精霊、種族精霊を含めた全ての精霊がその役割を担っていることが明らかになっている。それが『普通』の精霊だ。
 しかし、〈スカルシーダ〉は違う。根本の存在理由が『神への従属』であり、個体数は正確な数値は判明していないが世界中でも五体はいないとされている。

 この世界に存在する全てのものは『神への服従』が絶対だ、と、ボクが読んだ本には書いてあった。例外を除くこの世の全ての生物が『光の隷属』、『闇の隷属』に分けられることからもそれはわかる。『隷属』というのは神に服従するということで、キメラセルの神々に服従するか、ニオ・セディウムの神々に服従するかということだ。
『服従』と『従属』は違う。天使族でさえ、神に謁見する権利を持つ者は有数で、少数だ。そしてその少数も、神と直接顔を合わせる訳では無い。〈スカルシーダ〉以外の存在が『服従』の範囲を越えることは決してない。数多の世界が混在するこの次元において、唯一『直接神に仕える』ことが許された存在。それが〈スカルシーダ──最も神に近い存在〉だ。

 でも、なぜ? どうして〈スカルシーダ〉がこんなところにいるんだ? 一生に一度見れるかどうかも分からないと言われる竜よりもよっぽど珍しい生物だぞ?

 青いスカルシーダは顔をしかめた。それでもその端正な顔は歪まない。

『声が二重に聞こえる。でも、二重人格ではないよな?』

 精霊は、精神に干渉することが出来る。声が二重に聞こえるというのは、ボクとビリキナの念話のやり取りのことだろう。

『それに、魔力の流れもおかしい』

 そしてなにかに気づいたように目を見開く。

『【一体化】か! どこでそんな技術を!? ……ああ、そうか。わかった』

【一体化】。それは精霊を身体の中に取り込む技術。これは姉ちゃんから教わったもので、比較的最近わかったことだけど、この技術があることすら知らない人が大半のようだ。

 青いスカルシーダは目を伏せ、そして開き、ボクを見た。冷たくて、静かで、透き通るような蒼い目は、不思議と姉ちゃんを連想させた。

『おれはネラク、第二の器。
 花園朝日。お前はどうしてここに来た?』

 21 >>295


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