ダーク・ファンタジー小説

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この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
日時: 2025/05/23 09:57
名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919

 ※本作品は小説大会には参加致しません。


 ≪目次≫ >>343


 初めまして、ぶたの丸焼きです。
 初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
 感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。

 この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。



 ≪注意≫
 ・グロい表現があります。
 ・チートっぽいキャラが出ます。
 ・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
 ・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
 ※調整中



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 ありがとうございますm(_ _)m
 励みになります!

 完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。

 ≪キャラ紹介≫
 花園はなぞの 日向ひなた
  天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 笹木野ささきの 龍馬たつま
  通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 あずま らん
  光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。

 スナタ
  風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。

 真白ましろ
  治療師ヒーラー。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

 ベル
  日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。

 リン
  日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。

 ジョーカー
  [ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。

 花園はなぞの 朝日あさひ
  日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。

 ???
  リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。

 ナギー
  真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
  現在行方不明。

 レヴィアタン
  七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。

 学園長
  聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。

 ビリキナ
  朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。

 ゼノイダ=パルファノエ
  朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。

≪その他≫
 ・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.305 )
日時: 2022/06/02 05:10
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 31

「ロヴィの言う通りだよ。時間がかかり過ぎなんじゃない?」

 ノックスロヴァヴィス神の言葉に、イノボロス=ドュナーレ神が続く。苛立ちが見え隠れする声だ。でも、急かすようなことを言っている割には焦りの色は見えない。ただせっかちというだけかな。

「もう少し待って。あと一つ話せば終わるから」

 ジョーカーは手を笹木野龍馬の頬から外し、片手だけで笹木野龍馬の心臓あたりをなぞった。

「そういえば、りゅーくんに会うときはこの姿ばかりだね。と言ってもこれで二回目だけど。本来は『モノクロ』なんだよ。やりやすいように弄ってきただけであって」

 その言葉で、ジョーカーの格好に違和感を見つけた。

 普段の馬鹿みたいな格好は変わらない。白と黒の控えめな色合いなのに何故か派手な、あの格好。だけど、違う。いつもなら白であるはずの部分が、赤に変わっている。

「お喋りする気はないのかな? それでいいならそれでもいいよ。それでいいなら、ね」

 何も言わない笹木野龍馬に向けて、不気味な笑みを浮かべた。

「君に恨みがないとは言えないけど、別にそれを晴らそうなんて気はないんだ。する必要があるとも思えないし。ただ、ボクにもボクの目的がある。ごめんね?」

 言葉を投げかけながら、ジョーカーは笹木野龍馬の胸部に右手を突っ込んだ。爪が皮膚を、肉を裂き、ぐちゅりぐちゅりと段階的に手が埋まっていく。ジョーカーが手を動かすたびに、血液や血の塊、肉片や内蔵の一部が体内なかからこぼれる。

 時折乱暴に体内をかき混ぜるジョーカーの手を見ているうちに、錯覚でボクの胸や腹辺りが痛くなってきた。

「うっ」

 あまりにもグロテスクな情景に、思わず口を抑える。吐き気が胃から湧き上がり、喉を越えて口内で溢れた。

 これを出してはいけない。

 本能的にそう判断して、ボクは出てきたものを思い切り飲み込んだ。二重の意味での気持ちの悪さに苛まれる。喉が焼けるように熱い、痛い。

 笹木野龍馬は何も言わない。全てを受け入れるような、全てを諦めたような表情で、ジョーカーを──ジョーカーがいる方を眺めている。さっきからそうだ。痛みを感じないのか? それだけじゃない。意識が戻った直後を除き、ほとんど感情の起伏が見えない。笹木野龍馬って、あんなんだったっけ?

「あー、これならちゃんと動くね。全く動かしてない上に魂はボロボロだからちょっと不安だったけど、問題なさそうだ」

 そう嬉しそうに言うと手を引き抜き、左手に持っていたものを見せた。血に塗れているはずの手に、血は付いていなかった。

「これ飲んでくれる?」

 それを見て、笹木野龍馬が表情を変えた。虚無に包まれた瞳はそのままに、表情だけが歪む。
「ヒッ」
 短く鋭い息を吸い、座ったまま後ずさりした。数センチ下がった程度だったけど。

 ジョーカーが持っているのは、瓶だ。中に入っているのは赤黒い液体。笹木野龍馬の右目と胸部から流れるものと、とてもよく似た色をしている。
「はい。持てる?」
 差し出された瓶を、笹木野龍馬は黙って見つめるだけで何も言わない。ジョーカーも瓶を差し出した姿勢を維持して、黙ってしまった。不気味な笑みを、貼り付けたまま。

「〔役立たず〕、早くしてくれない?」

 先程にも増して苛立った声をノックスロヴァヴィス神は放った。

「お前が私たちを待たせてるの。早くしてよ」

「い……」

 笹木野龍馬の口から、音が零れた。恐怖に染まり切った表情をどこに向けるでもなく浮かべる。でも、言いかけた言葉をすぐに止めて、また表情から色が消えた。

「悪いようにはしないよ」

 ジョーカーが言った。

「怖いんだよね。何が起こるかわからないから。大丈夫。ちゃんと教えてあげる。

 彼らがしようとしていることは、言った通り支配者マストレス権限の譲渡だ。つまり、支配者マストレスの役割を持つ者を変える、ということだよ。

 支配者マストレスは権限であり役割であり、称号だ。条件タスクを満たせば称号が得られるという法則は、神々にも適用される。それは支配者マストレスであってももちろん同じだ。ほかの称号と違うことは、特別であり、一つの世界につき一人しかその称号を得られないこと、『二人目の称号取得者が出た場合、一人目はその称号を剥奪されること』、この二点だけ」

 指を一本ずつ立てながら説明するジョーカーの言葉を、笹木野龍馬はぼんやりと、しかし焦点をジョーカーに定めて聞いていた。

支配者マストレスになるための条件は、『世界の創造』、『世界の掌握』、『全魔力の解除アンロック』、『全魔法の解除』。この四つだ。あとは称号取得可能条件として『女性』であること。マストレスだからね。
 もうわかるだろう? そう。彼らはノックスロヴァヴィス神を支配者マストレスにしようとしている。下界人は支配者マストレスには成り得ない。彼女が神だから出来ることだ。白と黒の縛りが影響しない神だから。ただ、たとえ神でも一人だけでは全ての条件を達成できない。それが『全魔力の解除』。混ざった魔力を得ただけでは条件を達成したとは言えない。純粋な魔力でなくてはいけない。そこで、君の出番というわけさ。『彼』の与奪の力を使って、君から純粋な赤の魔力を抜き、彼女に与えようと、そういうわけだ」

 やっと話が見えてきた。全部を理解することは出来ないけど、なんとなく、わかってきた。つまりノックスロヴァヴィス神は、[ニオ・セディウム]の神は、神以上の存在になろうとしているんだ。そしてそのために、笹木野龍馬の力が必要。
 でも、だとすると。

 ジョーカーは何のためにそれに協力しているんだ?

「ほら、わかったでしょ? この方法なら、確実にあの方を支配者マストレスの役割から解放できるんだ。いや、むしろ支配者マストレスの役割からの完全なる解放はこの方法しかないと言い切ってしまっていい。
 だからさ、ほら」

 ジョーカーは表情を消し、持っていた赤黒い液体入りの瓶を、ずい、と笹木野龍馬に近づけた。

「飲めよ」

「あの方の……」

 ジョーカーの気迫に構わず、笹木野龍馬は言葉を繰り返す。その隙をついてジョーカーは笹木野龍馬の手の上に瓶を置いた。

 躊躇ためらうように、怯えるように、笹木野龍馬は手の中にある瓶を見る。
 ふと、笹木野龍馬の目の焦点が瓶から外れた。そして躊躇っていたことを忘れたように、操られているような動作で瓶の口を自分の顔に運ぶ。

 瓶の中の液体が、外へ漏れ出した。自分の中へ流れ込んだそれに対する拒否の意志として、笹木野龍馬は表情を苦しげにしかめた。それでも笹木野龍馬は液体を飲み込む。

「かはっ」

 笹木野龍馬の体が痙攣した。口から飲み込みきれなかった液体を吐き出し、瓶を手から落とす。瓶の中にも多少の液体が残っていた。
 首を抑え、倒れ込む。

「あ……あ゛……ア゛ア゛」

 聞き慣れた声が、ゆっくりと変化する。掠れた、喉から絞り出すような声。

 獣のような、呻き声。

「いつまでそうしてるんだよ、〔役立たず〕。さっさと立って、自分の役割を果たして見せろよ」

 イノボロス=ドュナーレ神が楽しげに言葉をぶつける。
「父上もそう思われますよね?」
 問われたテネヴィウス神は、答えない。ギラギラと光る目を、笹木野龍馬に向けるだけだ。

 皮膚が割れ、血管が裂け、数分前の比ではない量の体液が噴き出した。でもそれ以上に受け入れ難い光景が、ボクの目に飛び込む。

 まるで液体が沸騰するかのように、ボコッボコッと笹木野龍馬の体のいくつもの箇所が大きく膨らんだ。質量を無視して、笹木野龍馬の体が次第に巨大化する。腕はちぎれ、足は外れ、残っていた左目も飛び出した。そして体の内側から、ずるりと大きな獣の腕や足が現れた。裂けた皮膚からも、青色の豊かな毛並みが見えている。

 自分の目の前で、何が起こっているのかがわからない。自分が連れて来たその人の姿が、どんどんバケモノに変わっていく。

「か、怪物!」

 恐怖にかすれた声が無意識に漏れる。
 どこかで間違ってしまったのだと、その時に初めて気づくことが出来た。ただ自分の求めるものを手に入れたかっただけなのに。そうすることは、罪であったとでもいうのだろうか。

 法が認める罪を犯している自覚はあった。自分自身では認めていなかった。でも、気づいた、気づいてしまった。ボクがしてきたことは罪だったのだと。唐突に、突然に。

 その瞬間、罪悪感に苛まれた。誰に向けての、どの罪による罪悪感なのかはわからない。ただひたすらに、申し訳なかった。心臓が押しつぶされそうなほどの後悔の念に、吐き気がした。

 そこにいたのは、笹木野龍馬ではない。笹木野龍馬だった何か──神獣『フェンリル』だった。

 テネヴィウス神やプァレジュギス神よりも遥かに大きな、超がつくほどの巨体。遠くからでもわかる鋼鉄の青の毛皮と、特徴的な、真っ赤なルビーのような目。全体を見ると、狼に似た姿をしている。口からは鋭い牙が隙間から覗き、荒い息と微かな炎を吐いている。よく見ると、体の周りに『赤い』もやがまとわりついている。もしかして、魔力が体内から漏れて具現化したものか?

 フェンリルは、[ニオ・セディウム]の神々が従えているとされている神獣で、かつ、とてつもない怪力を持つが故に神ですら恐れる神獣でもあるという伝説がある。そのため、普段は鎖に繋がれているんだとか。まさか、笹木野龍馬──ディフェイクセルム神がフェンリルだったなんて。なら、神々が『畏れる』神獣ということか。

「うん、暴走状態になったね。
 いいよ。これで赤の魔力は取れる」

 ジョーカーがイノボロス=ドュナーレ神に言うと、イノボロス=ドュナーレ神は自身の左手を持ち上げた。その後ろで、手の形をした大きな青黒い影が浮かび上がる。

「はぁー。やっと? おっそいなぁ」

 あからさまなため息を吐きながら、影をフェンリルまで伸ばす。がフェンリルの体を鷲掴みにするような形をした。イノボロス=ドュナーレ神が左手を引くと、影もフェンリルから離れ、その中には赤いモヤの一部が握られていた。

 満足気な笑みをイノボロス=ドュナーレ神が浮かべた、その時。

 一筋の光が、イノボロス=ドュナーレ神の腹部を貫いた。

「え?」

 目を見開いて、光が降ってきたであろう方向、背後をイノボロス=ドュナーレ神が見る。その視線の先で、同じようにノックスロヴァヴィス神やテネヴィウス神、プァレジュギス神が光の雨にうたれていた。

 悲鳴は聞こえない。苦痛の表情も浮かべていない。ひたすらに顔に疑問符を浮かべ、力なくその場に膝をつく。

「アッハハハハハハハハ! 馬鹿だなあ!」

 イノボロス=ドュナーレ神に劣らないくらい邪気のない、狂気の滲んだジョーカーの笑い声が、辺り一帯に響き渡った。

 32 >>306

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.306 )
日時: 2022/08/19 10:35
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: TFnQajeA)

 32

 見方によっては雷の光にも見えなくもないあの雨は、数秒も経たずに闇に溶けた。あれは、一体なんだったんだろう。わかることは、目の前の神々が力なくその場に崩れていること、光の雨の主が神々に危害を与えられるほどの存在だということだ。

「馬鹿って、お前、わたし達に何を?!」

 ノックスロヴァヴィス神が叫んだ。腹よりは喉から叫んでいるような声だ。見ると、顔を真っ赤にしてジョーカーを睨んでいる。自身が乗っている黒羊の毛を掴んで、なんとか体勢を保っていられているという状況だろうか。

「ごめんね、りゅーくん。少しだけ待ってくれるかな」

 神の言葉を無視したジョーカーがそう言うと、フェンリルの周囲から鎖が現れた。フェンリルは抵抗したが、あっという間にその巨体を囲い、縛り上げてしまう。重たい呻き声をあげながら鎖から逃れようともがくも、鎖が重なったところからチリチリと小さな音が鳴るだけで、それ以外には何も起こらなかった。

「答えなさいッ、ふざけないで!! こんなことが許されるわけない。神に逆らうことは最大の禁忌!!! すぐにパパに罰される!」

 ノックスロヴァヴィス神の言葉を合図に、テネヴィウス神の腕が持ち上げられた。床の藍色が闇色に変わり、どろりと沼のようにぬかるんだ。
「うわっ」
 ボクは驚いて少し動いた。動くと軽くはない頭痛に襲われ、バランスを崩して手を床につく。すると、手が床に沈んだ。体の芯を凍らせるような冷たさに、手を引っ込めようとするも叶わず、むしろどんどん引きずり込まれていく。床自体が意志を持ってボクを取り込もうとしている。

「なんだ、これ」

 自分の力ではどうすることも出来ないと悟った。これは神の力なのだから。縋る思いでジョーカーを見る。助けてくれるわけがない。そんな義理はない。でも、じゃあ、他に誰に助けを求めればいい!?

 闇はジョーカーを襲おうと、床から飛び出して渦を巻いた。ジョーカーを取り囲み、すぐに黒で包み込む。

「……だから、馬鹿だと言ったんだ」

 闇に阻まれ、くぐもって聞こえるジョーカーの声は、聞き取りにくいが確かにそう言っていた。

 そして突然、床に魔法陣が浮かび上がった。半径百メートルくらいの大きな赤い魔法陣。これは、よく見る五芒星か? けど、術者であるジョーカーが向いていた方向からすると模様が逆向きだ。なにか意味があるのかな。

 現実逃避気味にそう考えていると、魔法陣が一際強く輝き、気づくと床は元に戻っていた。

「語る前に、まずは『正式に』自己紹介をしておこうか。
 ボクはジョーカー。モノクロジョーカー。黒と白のモノクロの魔力を宿す、〔初めの下僕スート〕。ヒメサマの力を最も多く受け継いだ仮想生物さ」

 仮想生物だって?!

 ボクはあの『通達の塔』にいた二人を思い出した。たしかあの二人も仮想生物と学園長は言っていたはずだ。
 仮想生物。つまりジョーカーも、『作られた』存在ということか?

 ……。

 待って。

 あの時、学園長は何と言っていた? 確か、そう。

『私はこのバケガクを管理・維持するためだけに作られた者でね』

 作られた、者。

 作られた、存在。そしてあの、二人の仮想生物。
 無関係じゃない、よね?

「カラージョーカーと区別するために、〔イロナシ〕なんて呼ばれたりしているね」

 カラー。モノクロの反対? もう一人ジョーカーがいるのかな。そのジョーカーもまた、作られた存在?

「それじゃあ、種を明かそうか」

 それまでとは打って変わった、落ち着いた口調。ジョーカーはゆっくりと、優雅とまで思える動作でシルクハットを取り、一礼した。顔には嘘くさい笑みを貼り付けて、──それでもどこか、楽しげだった。

「上には上がいる。下界でよく言われる言葉だけれど、それは神々にも同じことが言える。何も能力や強さだけを意味するものではない。子の上には親がいて、親の上には親の親がいる。神々もそうだ。君たちで言えば、[ニオ・セディウム]の神々の頂点に君たちがいて、君たちの最頂点が最高神テネヴィウス神だ。では、テネヴィウス神を生み出したのは誰だろう?
 下界では弱者が強者を打ち破るなんてことは稀に起こるけど、神の世界でそれは起こり得ない。何故に答える理屈は存在しない。ただそう定まっているだけだ」

 さっきのテネヴィウス神を見る限り、あの光の雨は力そのものを奪うものではないようだ。しかし神々は静かにジョーカーの言葉を聞いている。まるで、抵抗することを忘れたかのように。まるで、『抵抗』という選択肢そのものを忘れ去っているかのように。

「それに、君が支配者マストレスの称号を得るためにボクやイノボロス=ドュナーレ神の力を借りようとしたよね? あの方だって、一人で全てをこなすことは出来ない。一人で完結した存在だけれど、一人で完成しきった存在だけれど、だからと言って全てを押し付けてしまうのは酷というものだ。支援者が必要だ。ひとつの種子につき一人支給される、ナイトが。彼はあの方の忠実な下僕だ。彼が、君たちが支配者マストレスになることを許すはずない。ボクは偽りは言ってないよ。真実を隠していた。それだけだ」

 ナイト? 騎士のことだろうか。違う気もする。騎士は主を守るものであって、支援者とは言い難いんじゃないか?

「他に言い残したことは……。いっか。報酬に見合うだけの情報は与えただろうし」

 ジョーカーはボクに歩み寄った。コツ、コツ、と靴と床が当たる音が低い位置で響く。

「お疲れ様」

 根拠はないがなんとなく、感じた。ジョーカーとはもう会うことはない気がする。ジョーカーもきっと、そう感じているのだろう。

「もうすぐで君の役割も終わるだろう」

 ああそれと、と、何かを思い出したようにジョーカーは言った。

「そういえば、ヒメサマと日向ちゃんは別人だから、それは勘違いしないでおいてね」

 は?

「あとはボクらの仕事だ。今までありがとう。きっと君とは永遠のお別れだ。
 じゃあね」

 ボクの両肩に、ジョーカーの手が置かれた。にこにこと、いつもと全く変わらない本心ではなさそうな笑みがボクの目の前にある。

「また会おう」

 ジョーカーの言葉に困惑する暇も与えられず、ボクの体は両肩にかかった重みに従い、ぐらりと後ろに傾いた。
 その先に穴なんてなかったはずだ。しかしボクはその場所から真っ逆さまに落ちていった。



 あの空間の外に広がっていたのは、果てしない暗闇。ここは一体どこなんだろう。

 空で、満月が、輝いていた。

 33 >>307

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.307 )
日時: 2022/06/02 05:13
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

 33

「はっ」

 焼けるような喉の渇きで目が覚めた。ずっと荒い呼吸を繰り返していたらしい。つむじから足の先まで気持ち悪い汗で湿っている。もちろん、愛用の寝巻きも。

「ここは……いたっ」

 頭痛がした。体がだるい。起き上がろうとすると、全身が痛んだ。この痛みには覚えがある。筋肉痛だ。
 でも、その痛みはすぐに意識の外へ追いやられる。痛みを忘れるくらい不可解な状況に置かれていた。

 ボクはベッドの上にいた。一日の始まりと終わりを過ごす、淡い黄色と白色の、ボクの部屋のベッドの上に。
 暗い部屋。カーテンの色も真っ黒で、今がまだ深夜であることは時刻を確認するまでもない。

 怖いくらい、静かだ。

 どうしてボクは部屋ここにいるんだ? もしかして、全部夢だったのか? そんなわけない。だって──
 いや、夢だったのかもしれない。ボクがあんな風に怪物族と対等に戦えるわけないんだから。

 とにかく、水が飲みたい。喉が渇いた。そう思ってベッドから降りようとすると、そばに机があることに気がついた。机と言ってもあまり作りがしっかりしているものではない。小さなもの、軽いものを置くことを想定して作られたものだ。その上に、コップが置かれているのがぼんやりと見える。暗くてよく見えないが、中に液体も入っているみたいだ。

 自分が持ってきた記憶はないし、そもそもこの机自体別室にあったものだ。姉ちゃんが持ってきてくれたのかな。
 後でお礼を言いに行こう。いまはまず、喉を潤したい。ボクはコップに手を触れた。

「え?」

 驚いて、慌てて手を引く。ゆっくりコップは傾いて、机とぶつかりカツンと硬い音を鳴らす。コップの底がボクに向いている。意思のないそれが、ボクを拒絶しているかのように見えた。

「『当たった』んだよね」

 コップが倒れたということは、そういうことだ。そういうことのはずだ。
 当たった感触が、しなかった。

「え?」

 疑問の音を繰り返す。おそるおそる、左手で右手に触れる。
 ──感覚がしない。
 けれど、左手が右手に触れる感覚はする。右手の触覚だけが失われているんだ。
 なぜ、どうして。一体、何があったんだ?

「あ……」

 思い出した。【一撃必中】の代償だ。やっぱりあれは夢じゃなかった。現実のことだったんだ。となるとはじめの疑問に戻る。どうしてボクはこの部屋にいるんだ? ジョーカーに体を押されて落っこちて、満月を見たところまでは覚えているんだけど。

 満月?

 ボクはベッドから降りて、カーテンを開いた。外は真っ暗だ。月なんて欠片すら見えない。
「そう、だよね。今日は新月だよね」
 自身を落ち着かせるために呟いてみる。

 空に瞬く小さな星々。姉ちゃんは昼や朝よりも夜の空を好んでいた。よく空を見上げていた。ボクも一緒に。綺麗だと思った。美しいと思った。だけどもう、くすんで見える。あれくらいの景色なら、似たものを光魔法で作り出せると思ってしまう。光だけなら、生み出せる。
 ボクは手を振って、暗い部屋に光を置いた。赤や、青や、黄。思い出せる限りの星座なんかも真似てみる。ほら、これと夜空と、なんの違いがあるって言うんだ。違うことといえば、本物の星の光とは違って部屋の中を微かに照らせることくらいだ。

 その偽物の光によって、コップが乗っていた机の上に他のものがあることに気づいた。これは?

 ボクはそれを手に取った。手袋だ。白い手袋。防寒具としての機能は足りてない。それにしては生地が薄い。どちらかと言えば、ファッションの一部として取り上げる部類のものだ。模様も飾りも一切ない、どこにでも売っていそうなものだ。

 どうしてこんなものが? 私物どころか、これを見た覚えすらない。姉ちゃんの忘れ物かな。だとしたら、届けないと。でも、手袋なんてつけてたっけ?
 部屋の光を消して、ボクは部屋を出た。廊下は部屋の中よりもさらに暗い。床が軋む音がやけに耳に残る。
 姉ちゃんは、どこだろう。部屋にいるのかな。まずはそこに行ってみよう。

 今が深夜であること、つまり深夜に訪れることが迷惑になることを忘れ、ボクは姉ちゃんの部屋に向かった。花園家は大陸ファーストの中でも屈指の名家だけど、この家はあまり大きくない。本家と比べても、一般の民家と比べても、狭いとまでは言えないが、広くはない。だから、ボクの部屋から姉ちゃんの部屋までの距離は短い。三十秒もすれば姉ちゃんの部屋の扉の前まで辿り着く。

 コンコンコン

 三回ノックして、反応を待つ。返事はない。

「姉ちゃん?」

 問いかけてみる。返事はない。

「っ!」

 嫌な予感がした。なんで? なんでいないの?
また、どこかへ行ってしまったの? そんな、まさか! いやだいやだいやだいやだ!!!
 急激に低下する体温と、激しい喉の渇き。精神と身体の両方から来る不快感に耐えかねて、ボクは叫んだ。

「姉ちゃん!!」

 直後、廊下に薄明るい光が満ちた。ボクの魔法じゃない。これは──

「どうしたの」

 ふと、すぐ横から声がした。驚くよりも前に、言葉を発するよりも前に、声の主にしがみつく。
 力加減を気にせずに抱きついたから、姉ちゃんはちょっとだけ不安定に体を揺らす。けどすぐに建て直し、ボクの背中に手を回した。最近、姉ちゃんはよく抱き締め返してくれるようになった気がする。
「姉ちゃん……ッ」
「うん」
 自分の手が震えているのがわかる。左右の手で感覚が大きく違うのが気持ち悪い。でもそれ以上に、姉ちゃんの声が、心地いい。姉ちゃんは、冷たくて温かい。
「ここにいるよ」
 姉ちゃんの手が動いた。ゆっくり、ゆっくり、ボクの背中をさする。そのおかげか、だんだん気持ち悪さがおさまる。

「朝日、具合どう?」
「具合?」

 なんのことだろう。姉ちゃんとくっついたまま、首を傾げて姉ちゃんを見上げる。暗くて姉ちゃんの顔はよく見えない。光を失った二つの瞳が、静かにボクを見つめていた。
 視界いっぱいに姉ちゃんがある。その事実が嬉しくて、ボクは姉ちゃんの胸に顔を擦りつけた。姉ちゃんから心臓の音は聞こえなかった。
「熱があったから」
 そう言いながら、姉ちゃんはボクの額に手を置いた。冷たさがボクにも移る。姉ちゃんの体温がボクに移る。
「そうなの?」
「うん。でも、良くなってる」
 言いながら、姉ちゃんの手が離れた。同時に、体も離してボクから距離をおく。……部屋に戻れって、言いたいのかな。

「姉ちゃん、また受け取ってもらえなかったの?」

 まだ姉ちゃんと話していたくて、まだ姉ちゃんのそばにいたくて。姉ちゃんが歩いてきた方向の先にある部屋を頭に浮かべながら、姉ちゃんに尋ねた。

 34 >>308

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.308 )
日時: 2022/05/04 22:25
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bAc7FA1f)

 34

 ボクたちの両親は、あの事件の日に亡くなった。ある意味必然に、ある意味偶然に起こったあの事件。姉ちゃん曰く、両親、特に父さんはこの世に心残りがあるらしい。きっと、ボクたちのことだ。そう思う理由は、ある日を境に姉ちゃんが日課としている行動にある。姉ちゃんが寝る前に毎晩行っている、名前はよく分からないあの行為。

 家の奥の、姉ちゃんの部屋と同じこの階の、階段から一番離れた部屋には、両親の生前の思い出の品々が積まれている。部屋の中央には、当初床なんて見えないほど荷物が押し込まれた中に無理やり空間を作り、魔法陣が描かれている。何も知らない人が初めて見れば、それはそれは異様な光景だろう。この家に帰ってきたその日に確認してみると、毎日毎日行っているからか、部屋は随分と片付いていた。残っていたものは、ボクとはあまり関係が深くないものばかりだった。

「うん」

 その品々は、ボクが産まれる前、花園家が最も暗闇を抱えた時期の思い出を閉じ込めたものだった。三人が揃って描かれた絵画や、姉ちゃんが幼少期に来ていた服や、姉ちゃんが昔買い与えられたおもちゃや。
「もう、捨てることにした。……燃やす」
 やや口にするのをためらうように、姉ちゃんは言い直した。
「燃やしちゃうの?」
「母さんは十分妥協してくれた。私も、邪魔だし燃やしたかった。父さんが拒んでいた」
 姉ちゃんは、直接的なものではないけど死者との意思疎通も可能なんだそうだ。それは両親も例外ではない。そもそも遺品を含む思い出の品の移送は父さんが望んでいたことらしく、母さんも姉ちゃんも乗り気ではなかったらしい。これは単なる予想だけど、母さんは乗り気でないどころか拒絶までしていただろう。姉ちゃんを思い出させるものを、あの人は視界にすら入れたがらないはずだ。
「そっか」
 ボクは姉ちゃんの言葉に異論はない。姉ちゃんの意志なら、ボクは全てを受け入れる。思い入れがあるものなんて一つもないし、なんなら、ボク以外の姉ちゃんの家族を思い起こさせるものなんて必要ないとさえ思う。姉ちゃんの家族はボク一人だ。母さんも父さんも、姉ちゃんの意識の中から消え去ってしまえ。姉ちゃんには、ボクだけがいればいいんだから。

「部屋に戻って」
 姉ちゃんは話題を変えた。
「寝て、休んだ方がいい。熱は下がったけど、回復し切ってはいない。魔法で直すよりも自然に治すべき」
 ボクは頷いた。
「わかった」
 姉ちゃんにおやすみを言おうとした直前に、思い出した。そうだ、そもそもボクは手袋を返しに来たんだった。
 いつもの癖で、聞き手である右手で手袋を姉ちゃんに差し出す。
「姉ちゃん、こ──」

 べちん、と手袋を床に叩きつけた。別に、これが目的の行動ではない。目的は、右手を姉ちゃんから隠すこと。手を早く動かすことを優先して、手袋を掴む力を緩めてしまった結果だ。
 どく、どく、と、と心臓の拍動が足の底まで響く。驚愕、恐怖、負の感情がぐちゃぐちゃに潰されて、かき混ぜられて。気持ち悪い。吐き気がする。頭が痛い。

 ボクの右手は、真っ黒に染まっていた。日に焼けたなんて言い訳は通じない。日に焼ける季節ではないし、大陸ファーストの人間は日に焼けにくい。でも、そうじゃない。それ以上に、この黒さは日焼け程度で引き起こされない。
 まさに、闇色。いつかにバケガクで、ジョーカーが呪いだと言いながら見せてきた、あの黒色。今着ている寝巻きは長袖なので腕がどうなっているかは視認出来ないけど、たぶん、同様に黒く染まっていることだろう。

 これも、代償だ。皮膚の色まで変わるのか! 誤魔化しきれない。さすがにこれは、いくらなんでも姉ちゃんに問われる。なんて答えたらいい? どう答えたらいい? 真実を告げるべきか、嘘を吐くか。姉ちゃんは多分、真実を知っている。だけど、だからと言って自分の口から告げる勇気はボクにはない。嘘を吐けば、嘘を吐いたとすぐにバレる。どうしたら……!

 ボクが動けずに固まっていると、姉ちゃんが屈んだ。手袋を拾って何度かはたき、ボクに差し出す。

「これ、あげる」

 そう言って、言葉を切った。

「え?」

 言葉の意味が見えてこない。どうして? なんで問わないの? この色が見えなかったの?

 いや、違うな。見えなかったんじゃない。姉ちゃんがいまので見えなかったなんてありえない。意図的に、無視しているんだ。
 それに、この手袋をボクにくれるということが、姉ちゃんがボクの手を認識している何よりの証拠だ。姉ちゃんのすることには必ず何か意味がある。だから、これは、きっと。

「……ごめんなさい」

 突然、姉ちゃんは謝った。わけがわからずさらに困惑する。
「ごめんね」
 泣きそうな顔と、震える声で、そう言った。
「どうしたの? 急に」
 本当にわからない。何を謝っているの? 謝られるようなことはされてないはず。ボクは姉ちゃんになにをされてもプラス思考だから見落としがあるのかもしれないけど、少なくとも思い当たる節はない。
「──これまで、何も祝ってあげられてなかったから。誕生日も、入学も」
 なにか別のことを言おうとして、それを飲み込むような言葉遣いで告げられた。えー。なにを言おうとしたの? どうして嘘を吐くの? 別にいいけど。ボクも吐いてるから、おあいこだ。

 姉ちゃんがボクに、手袋を渡す理由としてボクがそう納得することを望んでいるのなら、ボクはそれを受け入れよう。いいよ、姉ちゃん。謝らないで。姉ちゃんから何かをもらえるなんてことはボクにとっての至福だし、姉ちゃんのいつもとは違う表情が見られたことも至福だから。なんなら、泣いてもいいよ。涙を見せて。言わないけど。

「大丈夫だよ、気にしないで? ありがとう。大事にするね」

 右手は背中に隠して血が滲むほど固く握り、笑顔を浮かべて左手で手袋を受け取った。

「おやすみ、姉ちゃん」

 笑えているかな。姉ちゃんはいま、何を考えているんだろう。わからない。姉ちゃんのことが、わからない。ジョーカーには姉ちゃんの情報と引き換えに協力していた、協力させてもらっていたけれど、結局なにもわからなかった。振り出しに戻ってしまった。また、情報を集めなきゃ。早くしないと。時間がない。


 なんのために?


「うん、おやすみ」

 姉ちゃんの返事を聞くなり、踵を返して自室に向かった。
 疲れた。頭の中が複雑に絡み合った糸のようにこんがらがっている。たくさんのことがあったし、たくさんの疑問もあった。頭の中の整理をする前に、いまはまず、休みたい。

 ……嗚呼、喉が渇いた。

 第二幕【完】

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.309 )
日時: 2022/10/06 05:13
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 4CP.eg2q)

 1

 今朝リンたちを入れていたあの箱を確認したら、中身が空だった。リンだけならまだしも、ナギーまでいない。死んだことで消滅したわけではないように思う。そもそも精霊が死んだときに自力で出られるわけがない。ジョーカーが回収したのかな。それとも姉ちゃんが見つけたのかな。どうでもいいや。そもそも何が気になって確認したんだっけ。
 ああ、そうだ。リンが死んだのかどうかが気になってたんだった。あれ、『どうして』気になっていたんだっけ?

 ──どうでもいい。

 ボクは手袋を着けて一階のリビングに向かった。そこには既に姉ちゃんがいて、新聞を開いて椅子に座っている。机の上には二人分の朝食が乗っていて、遠目からでも湯気が立っているのがわかる。
「おはよう、姉ちゃん」
 頬の筋肉を持ち上げてみる。姉ちゃんはちょっとだけ目を細めて、言葉を返した。
「おはよう」
 そして、少し首を傾げる。
「体調、どう?」
 苦しい。
「大丈夫だよ」
 なんで?
「一晩寝たらスッキリした」
 苦しい理由が、わからない。何が苦しいのかも、わからない。
 いいや。どうでもいい。
「そう」
 感情のこもっていない声と目で応えて、姉ちゃんは新聞に目を落とした。なんだか難しい顔をしている。
「どうしたの? なにが書いてあるの?」
「龍馬が行方不明。神獣が暴れてる」
 あまりにも淡々とした口調で、ボクはその言葉を理解するのに少しの時間が必要だった。

「え……」

 頭からつま先まで、一気に体温が下がったような気がした。サアッと音が聞こえるくらい。もちろんそれらは錯覚だけど、この焦りは、錯覚じゃない。
「キメラセル、ニオ・セディウムの両方を合わせた上での神獣の中の最上種〈フェンリル〉。初めて出現した場所は明らかになっていない。[黒大陸]のどこか、らしい。
 龍馬の行方不明と関係がある可能性があるって書いてる」

 姉ちゃんはそこで一度言葉を止めて、新聞を置いてボクに向き直った。
「朝日、よく聞いて」
 なんの感情いろも浮かばない姉ちゃんの目が、ボクを見る。虚ろで、空っぽで、だけどそれでも、他の誰よりも美しい、姉ちゃんの瞳。
「カツェランフォートの当主は、昨日、屋敷に大陸ファーストの人間が侵入したと主張している」
 笹木野龍馬が消えたというのに、姉ちゃんはちっともうろたえていない。どこを取って見てもいつも通りだ。ちょっと残念。
「朝日、聞いて」
 やや語気を強めて、姉ちゃんが言った。

「戦争が、起こる。今すぐでなくとも、確実に」

 戦争。それがこの世に実在するものだということ自体はボクも知っている。記事の大きさは別として毎日のように新聞に世界のどこかで起こっている戦争のことが書いてあるし、学校でも、戦争で家族を亡くしたとか、あるいは生徒自身が戦争に行くとかで学校を休んだりする人が結構いる。だけどボクがそれを体験したことはない。だから戦争というものがどれだけ恐ろしく残虐なものなのかはよくわからない。戦争経験者からの話や学校の授業でそれらを伝えられたりはするけれど、自分で経験したわけではないのだから漠然と『怖いもの、恐ろしいもの』としか思えないのも無理ない。そう。無理ないのだとわかって欲しい。わからないのだ、戦争など。

「この大陸ファーストには結界がある。でも、わかっていると思う。もうほとんど機能していない」

 姉ちゃんは、一拍おいて、言った。

「神は、この地を見放した」

 ──ま、そうだろうね。

 この地は清らかであるべきだった。けれど、穢れてしまった。いわゆる、『神に選ばれた』人々によって。
 世界の滅亡から逃れるための方舟は、とうの昔に崩れてしまった。これから起こるであろう戦争の引き金はボクであっても、根本的な原因は他にあるのかもしれない。

「この地に神の加護は、もう存在しない。この地に安全な場所は存在しない」

 そうだね。だけど、唯一安全だと言える場所が、この世界にはある。

「朝日」

 姉ちゃんがボクを呼んだ。そちらに顔を向けると陰が落ちた、二つの空虚な目がボクを見ていた。瞳にボクが映っているかどうかはわからない。
「大陸を、出ようか」
 急に言われて驚きはした。だけど。
「うん、わかった」
 ボクは笑顔で頷いた。ボクが姉ちゃんを疑うなんてあり得ない。あってはいけない、そんなこと。
 どうして?
 どうしてもだ。何があっても覆ることはない。
「どこに行くの?」
 姉ちゃんは目を伏せた。どういった感情がそうさせたのか、それを知る術はボクにない。
「バケガクへ」
 なんとなくだけどそんな気はしていた。というか、頼れる人のいないボクたちがここを出て受け入れてくれる場所なんてあそこしかない。ボクは、まあ、なんとかしようと思えばなんとかなるけどさ。
「その前に、本家に行こう」
 姉ちゃんはいつの間に出していたのか、机の上の本家からの手紙を指した。ああ。そういえばあったね、そんなもの。
「本家に行った帰りにそのままバケガクに行く。持って行きたいものがあれば持って行っておいて。もうこの家には戻らない」
 姉ちゃんがまっすぐに、ボクを見る。
「この家には、火を放つ」
 ボクは自然と笑みが溢れた。
「いいね」

 この世界において光は、そして火は裁きを意味する。法を司る太陽神『ヘリアンダー』から由来する考え方だ。神聖なる火は物体をこの世から消すときにその物体に付属する、罪や穢れを落とし、清らかな状態で天界へ送るらしい。きっとこの家についた汚れも何もかもをそぎ落としてくれることだろう。
「準備が出来次第出発する」
「うん、わかった」
 この家にいい思い出なんてあんまりない。持っていける思い出は、ほとんどない。最低限の必需品だけ持っていこう。それで足りるはずだ。

 持っていきたい思い出など、皆無だ。

 ボクは朝食を済ませると荷物をまとめるために自室に戻った。思い返すとこの家で過ごした記憶はひどく浅い。生まれてから十年と少し、それから八年は本家で過ごした。ボクの年齢からその年月を差し引いた年月しか、ボクはこの家で、この部屋で過ごしていない。この家に戻ってきたとき、この部屋に戻ってきたとき、ボクは確かに嬉しかった。でもそれはこの場所に何か情があったからではない。姉ちゃんはボクの部屋をボクがいた頃そのままにしてくれていた。そのことが姉ちゃんの中のボクの存在を示しているような気がして嬉しかった。それだけだ。
 まず机上を見やる。あの木箱はいらない。
 クローゼットを開ける。選択の必要は特にない。元々服の量が多くないから。本家で着ていた周りの大人から買い与えられた服は既に捨てた。戻ってきたとき服もそのままだったからそれを着ている。ボクはあの九年前の事件から全く成長していない。カチャカチャといらない音を鳴らしながら整理をしていると、真っ黒な衣装が目についた。ああ、そういえばあったね。これはどうしようか。持っていかなくていい気がする。もう使うことはないだろうし。なんとなくポケットを探ってみると、中から二つに欠けた白い石が出て来た。あの時の折れた奥歯はまた生えていた。というより元からそうであったようだった。どこからが夢で、どこまでが現実か。全て現実だったのか夢だったのか。とにかく、少なくともあの出来事は現実だったらしい。
 いらない。
 ボクは服をカバンに詰めてアイテムボックスに入れた。旅行用の大きな鞄はほとんどが余白だった。バケガクで使う教材は大抵学校のロッカーに入れてあるので、持っていくものはあまりない。あとは洗面道具を用意すれば、それでいいかな。
「ビリキナ、行くよ」
 いつもの通学鞄に入ったビリキナに声をかけた。返事はない。昨日の夜目覚めてから妙に静かだ。姿すら見せようとしない。一度確認したからいることはわかってる。
「……いるよね?」
 ちょっと不安になって念のため確認してみる。鞄を開けると、底で小さくなって座っていた。何も言わずに俯いているのかと思えばそうではなく、聞き取れないくらいの微かな声で何かブツブツ唱えている。どうかしたのと問いかけても返事はない。大して興味もないのですぐに閉じて鞄を肩にかけた。部屋の中を整頓して家の中をある程度見て、家を出る準備は整った。
 リビングに戻ると、姉ちゃんがいた。ボクがリビングを出たときと様子はあまり変わっていない。静かな空っぽの二つの目を、真っ白な手で支える新聞に向けている。
「出来た?」
 ボクにすぐ気づいたらしい姉ちゃんが、目だけをこちらに向けて問いかけた。
「うん」
 多分姉ちゃんは既に用意を済ませていたんだろう。手早く新聞を畳み、並んだ食器はそのままにして立ち上がる。
「それじゃあ、行こうか」
 何も盛られていない食器、机に置かれた真新しい新聞、そよ風に揺らされるカーテンと、カーテンから漏れる光に照らされるリビング。華やかさは微塵もない質素な場所だけど、生活感だけはちゃんとある。今から出かけるボクらの帰りを疑っていないと主張するような、空気。これから燃やされてしまうなんて、ただの少しも思っていないのだろう。

 これが当然だったんだ。これが当たり前だったんだ。だけども一度外に出てしまえば、もう見れない。何故だろう。胸が苦しい。息はできるのに、苦しい。

「朝日?」

 足が動かなかったボクを、姉ちゃんは不思議そうに見つめた。姉ちゃんは苦しくないのかな。どうして? どうして辛くないの? ボクとの思い出の形が消えてしまうのに? 燃えてしまうのに? なくなってしまうのに? 姉ちゃんはそれでいいの?
「ううん。なんでもない、行こう」
 ぐしゃぐしゃに絡まった糸の玉を、ごくんと飲み込んだ。

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