ダーク・ファンタジー小説
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- この馬鹿馬鹿しい世界にも……【番外編追加】
- 日時: 2025/05/23 09:57
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: 5xmy6iiG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12919
※本作品は小説大会には参加致しません。
≪目次≫ >>343
初めまして、ぶたの丸焼きです。
初心者なので、わかりにくい表現などありましたら、ご指摘願います。
感想等も、書き込んでくださると嬉しいです。
この物語は長くなると思いますので、お付き合い、よろしくお願いします。
≪注意≫
・グロい表現があります。
・チートっぽいキャラが出ます。
・この物語は、意図的に伏線回収や謎の解明をしなかったりすることがあります。
・初投稿作のため、表現や物語の展開の仕方に問題があることが多々あります。作者は初心者です。
※調整中
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ありがとうございますm(_ _)m
励みになります!
完結致しました。長期間に渡るご愛読、ありがとうございました。これからもバカセカをよろしくお願いします。
≪キャラ紹介≫
花園 日向
天使のような金髪に青眼、美しい容姿を持つ。ただし、左目が白眼(生まれつき)。表情を動かすことはほとんどなく、また、動かしたとしても、その変化は非常にわかりづらい。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
笹木野 龍馬
通称、リュウ。闇と水を操る魔術師。性格は明るく優しいが、時折笑顔で物騒なことを言い出す。バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
東 蘭
光と火を操る魔術師。魔法全般を操ることが出来るが、光と火以外は苦手とする。また、水が苦手で、泳げない。 バケガクのCクラス、Ⅱグループに所属する優等生。
スナタ
風を操る魔法使い。風以外の魔法は使えない。表情が豊かで性格は明るく、皆から好かれている。少し無茶をしがちだが、やるときはやる。バケガクのCクラス、Ⅲグループに所属する生徒。
真白
治療師。魔力保有量や身体能力に乏しく、唯一の才能といえる治療魔法すらも満足に使えない。おどおどしていて、人と接するのが苦手。バケガクのCクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
ベル
日向と本契約を交わしている光の隷属の精霊。温厚な性格で、日向の制止役。
リン
日向と仮契約を交わしている風の精霊。好奇心旺盛で、日向とはあまり性格が合わない。
ジョーカー
[ジェリーダンジョン]内で突如現れた、謎の人物。〈十の魔族〉の一人、〈黒の道化師〉。日向たちの秘密を知っている模様。リュウを狙う組織に属している。朝日との関わりを持つ。
花園 朝日
日向の実の弟。とても姉想いで、リュウに嫉妬している。しかし、その想いには、なにやら裏があるようで? バケガクのGクラス、IVグループに所属する新入生。
???
リュウと魂が同化した、リュウのもう一つの人格。どうして同化したのかは明らかになっていない。リュウに毛嫌いされている。
ナギー
真白と仮契約を結んでいる精霊。他の〈アンファン〉と違って、契約を解いたあとも記憶が保たれている不思議な精霊。真白に対しては協力的だったり無関心だったりと、対応が時々によって変わる。
現在行方不明。
レヴィアタン
七つの大罪の一人で、嫉妬の悪魔。真白と契約を結んでいる。第三章時点では真白の持つペンダントに宿っている
が、現在は真白の意思を取り込み人格を乗っ取った。本来の姿は巨大な海蛇。
学園長
聖サルヴァツィオーネ学園、通称バケガクの学園長。本名、種族、年齢不明。使える魔法も全てが明らかになっている訳ではなく、謎が多い。時折意味深な発言をする。
ビリキナ
朝日と本契約を結んでいる闇の隷属の精霊。元は朝日の祖母の契約精霊であったが、彼女の死亡により契約主を変えた。朝日とともにジョーカーからの指令をこなす。朝日とは魔法の相性は良くないものの、付き合いは上手くやっている。
ゼノイダ=パルファノエ
朝日の唯一の友人。〈コールドシープ〉の一族で、大柄。バケガク保護児制度により学園から支援を受け、バケガク寮でくらしている。バケガクのGクラス、Ⅴグループに所属する劣等生。
≪その他≫
・小説用イラスト掲示板にイラストがありますので、気が向いたらぜひみてください。
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.310 )
- 日時: 2022/07/13 17:17
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: WfwM2DpQ)
2
六大家。統治者のいないこの大陸ファーストにはそう呼ばれる六つの家がある。この地に生きる民は等しく清廉で潔白で、誠実。醜い欲も汚い争いもないこの地に統治者は必要なかった。ただ、代表が必要だった。唯一神々によって外界から隔離された大陸ファーストの民はいつしか外界と関わるようになった、交わるようになった。
天宮、東、花園、八葉、神杜、月銀。
数多に存在する家の中で、これらの家が六大家に選ばれた。代表が決まり、交易が始まり、時を経て混血が生まれ、大陸ファーストが汚れだした。汚れた血が大陸に流れたからなのか、元々この地に住まう人間が汚れていたからなのか、それとも他の理由なのか。六大家はあくまで大陸の代表でありその地位は他の家と大差なかった。しかしどうしてか格差が生まれ、差別が生まれた。全てが厳正に均整に保たれていた大陸ファーストには権力という名のカーストが設定され、明確な上下関係が誕生した。優秀な血は六大家に取り込まれ、気づくと神の意思すら、ボクたちは無視していたんだ。
そんな六大家の中で、最も穢れた家が、東と花園だ。
ボクと姉ちゃんは、かつての自宅にして花園家の本家の目の前に立っていた。中からは怒号や泣き声や、時々叫び声も聞こえていた。ボクがここを出た一年前も花園家は崩れかけていたけど、ここまで酷くはなかった気がする。一年しか経ってないのにな。ああでも、白塗りの壁も茅葺き屋根も敷地を囲む長い壁も、少なくとも見た目だけは綺麗なままだ。重苦しい空気に包まれているだけで、手入れはきちんとされているらしい。
「そういえば、姉ちゃん。手紙が来てから随分経つけどなんで来たの? 無視しても良かったんじゃない?」
ボクはいまさら思い浮かんだ疑問を姉ちゃんに投げかけた。だって、その手紙って一か月前くらいに届いたものだし。あの口煩い連中が揃って姉ちゃんに唾をかけるのが目に見える。
「この手紙は、ただの口実だから」
「口実?」
「うん。ここに来るための」
ボクの疑問は晴れなかった。なにかほかの用事があるってことなのはわかるけど、じゃあ、どんな用事?
「えっ」
少し離れたところから、声が聞こえた。質素な緑の着物を着た二人の女性が、口元を手で押さえてこちらを凝視している。見覚えがある。花園家の使用人だ。名前とか担当場所までは知らないけど。
二人はこそこそと言葉を交わし、一人は母屋へ、一人はボクらの元に駆けてきた。
「花園日向様、花園朝日様。おはようございます。いまご当主様の元へ人を行かせましたので、ひとまずこちらへどうぞ」
使用人として鍛えられた美しい動作で、女性はボクらを家の中へ導こうとした。門から母屋まではそれなりに距離があって、母屋に行き着くまでに見かけない人達を見た。多分、花園家の人じゃない。というか、他所の家の当主だとはっきりわかる人が、その中に一人いた。がっしりした大柄の男。他大陸出身と思われる女を侍らせて、程よく肉のついた顔を苦々しく歪めている。その男は幼い頃見たことがあったけど、たぶん、見たことがなくてもどこの誰かは一目でわかっただろう。顔立ちこそ似ていないが、黄か橙か区別のつかない特徴的な瞳の色と、なにより雰囲気がなんとなく似ている。
東 藺。東家当主がいるのなら、東蘭もここにいるのかな。いや、どうだろう。東蘭はバケガクに入学してからほとんどこっちに戻ってないって話だったし。うーん、わからないな。
姉ちゃんなら知ってるかなと思って、姉ちゃんを見てみる。そんなに気になってたわけじゃないけど、なんとなく。姉ちゃんの表情に感情は浮かんでいなかった。ただ、じっとどこかを見つめている。その視線の先に、答えがあった。
「日向!」
バケガクの制服を着た東蘭が向こうから走ってきた。視界に捉えたタイミングが悪かったのでどこからやってきたのかはわからない。
東蘭はやや息を乱しながら姉ちゃんに話しかけた。
「会えてよかった。新聞見たか?」
「うん」
姉ちゃんの言葉を聞くと、東蘭は少しだけ悲しそうに笑った。
「……そっか」
けれどその笑みをすぐに消し、真剣な眼差しで姉ちゃんを見る。
「本当にやるんだな?」
『やる』って、何をだろう。そういえばさっき東蘭は『会えてよかった』とは言っていたけど、姉ちゃんがここにいること自体を驚いている様子はなかった。たぶん、事前に連絡をとっていたんだろう。それなら、普段大陸ファーストにいない東蘭がここにいる理由もわかる。姉ちゃんに呼ばれたんだ。でも、なんで?
「やりたくなければやらなくてもいい。私一人でも出来る」
突き放すように言った姉ちゃんに向かって、東蘭は怒りや悲しみや苦笑が混ざった、でもどれかと言えば怒りに近い表情を浮かべた。
「ただ確認を取っただけだろ。もちろんやる。というかそもそもおれがやりたいって言ったんだしいまさらやめるなんて言わねえよ。
日向が望む未来のためなら、おれは何でもする」
はっきりとそう言ったあと、東蘭がボクを見た。突然東蘭と目が合って、ボクは身構えた。
「朝日くんも連れて来たんだな」
東蘭の視線がボクに定まっていたのはほんの数秒だけで、すぐに姉ちゃんの方へ戻った。
「うん」
「理由は……いや、なんとなくわかるしいいや。じゃあ、またあとで」
そう告げるや否や、東蘭は来た道を引き返して駆けて行った。ボクたちも歩みを止めていた足を動かそうとして──また止めざるを得なかった。さっき母屋へ走って行った使用人が大慌てで母屋から飛び出して来た。その顔は恐怖一色に染まりきり、家の中で何かが起こったことは一目瞭然だった。
「だ、誰か!! 一葉様が!!!」
一葉というのは花園家現当主で、おじいちゃんの弟の息子、いわゆるボクたちの従伯父にあたる人だ。確か大叔父さんが、おじいちゃんが亡くなったときに空くであろう当主の座をずっと狙っていたらしく、実際に空いたとき、長年の根回しの成果で大した後継者争いも無くすんなりと一葉さんが当主の座についたらしい。少なくとも、前当主のおじいちゃんの孫であるボクが他人事のように語れるくらいには。
で、その一葉さんがどうしたんだろうか。とりあえず姉ちゃんを見てみる。ボクの視線に気づいた姉ちゃんが口を開いた。
「魔物が出た」
「へえ」
姉ちゃんの口から飛び出した衝撃的な内容よりも、それを聞いて全く動揺しなかった自分に驚いた。
大陸ファーストを囲む結界は世界最大規模のものだった。強度も大きさも。いままで大陸ファーストに魔物が出たことなんてただの一度もなかったことだ。ボクはどうしてこんなに落ち着いているんだろう。外で魔物に遭遇したことが何度もあるから? それとも最近色んなことがあって感覚が麻痺しているから?
どうでもいいや。
それと、そうか。母屋から悲鳴や怒声が聞こえてくるのは近い未来に待ち受けている戦争を恐れているからだと思っていたけど、魔物が出たからだったのか。そうだよね。結界の効果をまだ信じている呑気なあいつらが起こっていない戦争を恐れるなんておかしいと思ったんだ。それにしても、それなりに広さのある大陸ファーストの中で花園家の本家に魔物が出たのか。いや、もしかしたら他のところでも出てるのかもしれないけど。なんだか面白いな。
「行こう。おいで」
姉ちゃんはボクに言う。姉ちゃんが何を言っているのかわからなくて、ボクは目を数回瞬きした。
「え?」
「中に用がある。朝日にもそれを見てもらう必要がある。そのために今日は連れて来た」
わざわざ面倒臭そうな中に自ら入るのか。姉ちゃんにしては珍しいな。
「うん、わかった」
別に、嫌なわけではないしね。
3 >>311
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.311 )
- 日時: 2022/07/16 22:35
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: uqhP6q4I)
3
母屋から飛び出して来たのはその使用人だけではなかった。いや、飛び出して来たと言うよりはこれはもう、家が人を吐き出した、と言った方が合っているかもしれない。色とりどりの着物を乱しながら大量の人が血相を変えて吐き出される。見苦しいほどに。これが六大家に選ばれた家の人間の行いなのか。花園家って祓魔師の家系じゃなかったっけ? 魔物が出たならどうして祓わないんだ。そりゃあ魔物祓いが専門外の祓魔師は多いだろう。祓魔師の大半が得意とするのは悪魔祓いだ。魔物と悪魔では祓魔の勝手が違うということは知識としてだけではあるけれど知っている。でも、魔物に対抗する手段が全くないわけがない。
「退け! 退かないか!!」
その声を聞いて思わず顔をしかめたのを自覚した。大叔父さん──四葉さんの声だ。苦手なんだよねあの人。やたら偉そうだしそれ以外にも色々、波長が合わないというか。
人がほとんど吐き出されてから、四葉さんは両肩を男の使用人に支えられた状態で出てきた。無地の紫の着物はしわだらけで髪も崩れ、顔もしわくちゃ。老いを体の節々から感じられ、無様なことこの上ない。
「行こう」
出てくる人が少なくなってきて、ボクたちが家に入れるだけの余裕が生まれてきた。姉ちゃんがボクの右手を引いて歩き出すと、また四葉さんが叫んだ。
「この忌々しいネロアンジェラが!! お前のせいだ! お前のせいでッ!!!!」
ネロアンジェラ。姉ちゃんの名前を呼びたがらない大人たちがつけた蔑称。『黒い天使』という意味で、姉ちゃんの外見が天使族とよく似ていることからつけたものらしい。姉ちゃんの美しさは大人たちも認めているんだ。
姉ちゃんを探して、叫ぶだけの気力があるのか。大したものだ。そんなことしてないでさっさと逃げろよ。目障りだ。
姉ちゃんは四葉さんに近づく。あ、違うな。四葉さんにじゃなくて、玄関に、か。
「全てはお前のせいだ!! わしがどれだけ苦労したと……思っ」
四葉さんは唐突に膝を地面について嘔吐した。気持ち悪い。吐瀉物は真っ黒で、同じものが鼻から目から、身体中の穴という穴から這い出てきた。四葉さんの体はあっという間に黒いものに覆われた。
「キャアアアアアッ!!!!!」
それを周りが見て、また悲鳴が上がる。
「うげぇ、きもちわる」
ああ、声に出ちゃった。まあいいか。
姉ちゃんは四葉さんを見つめていた。そしてふと、呟いた。
「あなたと私は、似ているのかもしれない。
どうして、救いたいと思えないんだろう」
似てる? 姉ちゃんとこいつが? え、どこが?
姉ちゃんはすぐに四葉さんから目を逸らし、ボクの手を引く。逃げろ、なんて忠告の声すら聞こえない。周囲の人間は、姉ちゃんを疎んでいる。身内と呼べる全員は、ボクらを蔑んでいる。
開けっ放しの玄関から見える、中で蠢く黒い物体。あれが魔物。モンスターではなく魔物という名称の似合う、悪意や邪気の塊。それに臆することなく姉ちゃんは玄関をくぐり、手を引かれているボクもそれに続く。
母屋に入った瞬間、うるさい悲鳴なんかが聞こえなくなった。違和感がするほどに無音に包まれる。次にキーンと耳鳴りがした。耳が痛くなるくらいの静寂。それと、暗闇。何も聞こえない、何も見えない。
「姉ちゃん?」
自分の声もくぐもって聞こえる。
「あれ?」
おかしなことに気がついた。
姉ちゃんがいない。
取り残された。音も光もないこの空間に。なんで?
「姉ちゃん!」
右手では感覚がしないので左手で辺りを探る。左手で何かをするのはまだ慣れない。左手を伸ばして少し歩くと、ぬちゃ、と嫌な音がした。もう古いものとなってしまった一年前の記憶を辿ると多分この辺には壁があったはず。この感覚はなんだ?
肩から提げた鞄から杖を取り出す。恐れる気持ちを押さえ込み、杖の先についた水晶に魔力を込めて、辺りを照らした。
おぞましい光景が目の前に迫っていた。口から飛び出そうになった叫び声はそれを上回る激しい動悸に遮られる。
黒光りする液体が立方体の形でボクを囲んでいる。液体は流動性があり、大量の虫が蠢いているようで鳥肌が立った。それだけならよかった。まだマシだった。なにより恐ろしいのは液体に空いた無数の穴から覗く大量の目玉。橙や黄といった暖色の瞳を持った目玉だ。光を受けて数秒後、ギョロギョロとそれぞれ違う方向を向いていた目玉が、一斉にボクを睨んだ。
『……』
脳が言葉として受け取れない、不思議な言葉を聞いた。けれど何故か、なんとなく意味を理解出来るような気がする。
『……ケ』
聞き取れそうな気がする。しかしその猶予はなかった。足元が急にぬかるんで、ズッと足が沈んだ。足首までが見えなくなってしまった。この感覚には覚えがある。神界でテネヴィウス神が使った魔法によく似ている。床が足を包んで、自らが意志を持って這い上がってくるような感覚。あのときはどうやって助かったんだっけ。
そうだ、ジョーカーだ。ジョーカーが魔法陣を展開して、それで助かったんだ。じゃあ今回はそれは出来ないな。どうしようか。
そうこうしている間に横からも手が伸びてきた。左手に持っていた杖が絡め取られ、光が闇に呑まれた。直後、猛烈な恐怖に侵され、手足が震える。体温が急激に低下し、ボクは叫んだ。
「わあああああああっっ!!!」
もがいてもがいて必死に逃れようとするが、足はピクリとも動かない。
「ビ、ビリキナっ、助けッ」
鞄の中でうずくまっているはずのビリキナに声をかける。返事はない。ボクは鞄を開けて、鞄の口を下に向けた。
『……なんだよ』
ビリキナはゆっくりと上昇して、ボクの鼻の先まで来た。光を失った、下手くそな絵みたいな目と、以前のビリキナとはかけ離れた雰囲気。全く頼りにならない。それでも誰もいないよりはよかった。心細さがさっきと比べて雲泥の差だ。
『情けない顔してんじゃねえよ。自分が蒔いた種だろうが』
情けない顔をしたビリキナはそう言って、ノロノロと腕を動かし、ボクの顔に人差し指を向けた。
『これはお前の罪だ。贖罪だ。オレはもう、正直に言ってお前とは関わりたくない』
「なに、言ってるの? 冗談はやめてよ、行っちゃうの? ボクを置いて?」
『そういうところが嫌なんだよ。気持ちわりぃ。お前は面白いやつだったよ。前まではな』
腕をおろし、ビリキナが大きなため息を吐いた。
『違うな。お前が変わったことはあまり関係ない。お前の罪に巻き込まれるのが嫌なんだ。ただ、精霊であるオレは神には逆らえない』
そう言って、胸の前で両手を合わせ、祈るように手を組んだ。すっかり霞んでしまったビリキナの目が、まっすぐにボクを捉える。
『私は貴方に従いましょう。私の主にして、未来の神よ。
望みはなんだ。言えよ。少なくとも今はオレの方ができることは多い』
ビリキナの言葉の大半はよくわからなかった。とにかく助けてくれるってことだよね?
「たすけて! こわい、こわいよ。ここはもう嫌だよ……」
『わかったわかった。見苦しいから泣くな鬱陶しい』
「なっ、泣いてなんか!」
『ほんっと変わったよな、お前』
ビリキナは手を解き、脳が暗号としか認識できない呪文を唱えた。
『……』
パアンッ!
何かが弾ける音がして、暗闇は少し和らいだ。ボクを囲んでいた魔物は消えて、カランと杖が床に落ちた。
視界の先には、血みどろになってなおボクに近づいてくる『かつての』親類たちがいた。無理やり頬を持ち上げたような笑み。ぽっかりと空いた二つの穴。眼球は抉り出されたようでそこからの出血量が一番多い。それぞれが一歩進む度にぴちゃぴちゃと紅い飛沫が飛ぶ。
そう。歩いてくる人達は原型が多少崩れているんだ。でも、見間違えるはずがない。間違えるはずなどない。頭髪が薄くなってしまった頭に、大陸ファーストの人間ではやや珍しい彫りの深い顔立ち、年齢の割にはがっしりした体格。懐かしさと罪悪感が一度に押し寄せ、吐き気を催した。
「なんで、ここにいるの……じいちゃん」
4 >>312
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.312 )
- 日時: 2022/07/27 20:39
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
4
じいちゃんがいつも浮かべていた優しげな笑みは、作られた狂気的な笑みに変わっている。歩き方もおかしく、足元はおぼつかない。まるで別人だ。
そうだ。別人に違いない。じいちゃんがここにいるなんて、そんなわけがないじゃないか。ボクはじいちゃんの葬式に行かなかったけれど、大陸ファーストでは火葬が一般的だからじいちゃんの死体は燃やされたはず。だから本物のじいちゃんがここにいるなんてありえないんだ。だってじいちゃんは、ボクがこの手で、殺したんだから。
別人だ。そうじゃないとおかしいんだ──そう自分に言い聞かせるけれど、心の奥で、目の前にいる壊れた人間はじいちゃんだと叫ぶ自分がいる。これは罰だと、この罰を受け入れるべきだと怒鳴る自分がいる。
「テンカイ・シールサークル」
壊れた人間がそう唱えると、黒く光る魔法陣が出現した。それを見てドキリとする。偶然だろうけど、この【シール・サークル】はボクがカツェランフォートの屋敷で使った魔法だ。偶然だと思う、けど、どうしても暗示しているように感じてしまう。ボクの、『罪』を。
魔法陣はボクが一度瞬きをしている間にボクの足元まで広がっていた。ギョッと目を見開く隙さえ与えられず、上の方向から凄まじい圧力をかけられ、ボクはその場に崩れ落ちた。
「ガッ」
変な声が口から漏れた。ミシ、と不気味な音が地面についた腕から聞こえる。無理やり顔を上げると、壊れた人間は両手を掲げて黒い球体を生み出していた。たった一つ、しかも指先で転がせるような大きさだ。しかし脳内で『あれに触れてはいけない』と警告が鳴り響く。
壊れた人間が手を振り下ろすと、その動作に合わせて黒い球体がボクをめがけて飛んできた。幸い速度は思っていたよりも遅く、重い体を動かす時間があった。間一髪で助かった──そう思ったのだけれど。
ジュウゥッ
肌が焼ける音と、焦げ臭いにおい。見ると、右手につけた手袋の一部が焼けて、じわりじわりと溶けていた。闇色に染まった醜い皮膚が顕になり、ゾクッと悪寒が背を撫でる。嫌悪感と、これは、そう、恐怖。じいちゃんに恐怖を抱いたことなんてあっただろうか。多少はあっただろうが、それは今この瞬間に抱いているものとはまた別の類のものだ。いや違う。目の前のアレはじいちゃんではないと、説得力のない言葉が強引に自分に言い聞かせようとする。壊れた人間は、もはや人間ではないのだと。人間の形を僅かに保ったなにかなのだと。自分が信じたいだけの現実を必死に念じる。
「ァァアアアァアアアアア!!!!」
喉を裂く勢いで意味もなく叫び、その勢いのまま立ち上がる。ズシンと足をつけた衝撃で床に亀裂が走った。体にかかる圧力がさらに増す。でも今度は耐え抜き、ボクは鞄から投げナイフを取り出した。カツェランフォートの屋敷へ潜入するにあたって用意した、聖水を浸した投げナイフ。重みで手元が狂う両手に三本ずつ構え、乱暴に放つ。特に感覚のない右手から放たれた投げナイフが、いつもならありえないほど的外れの方向へ飛んで行く。だけどまぐれで正確に飛んだ投げナイフも全て不自然に軌道を変え、大きく弧を描いて戻ってきた。
それらがまた手に戻るのかと言えばそんなことはもちろん無く、六本の投げナイフがボクの体を貫いた。
鈍い痛みが体内で暴れ回る。
「あう……」
ふと、ガチャンと投げナイフが大袈裟な音を響かせて落ちた。どうしたのかと見てみれば、投げナイフが突き刺さった右腕がどろりと焼けただれている。液状化した黒い肌が、雫となって床に滴る。
「ヒッ」
『アサヒ』
壊れた人間が、ボクの名を呼んだ。
『オマエノセイダ』
じいちゃんがそう言うと、波紋が広がるように他の壊れた人間も口々に言葉を零し始めた。
『クルシイ』
『タスケテ』
『アツイ』
『ツメタイ』
『コロ、シテ』
ボソボソと呟くだけだったそれらの言葉はいつしか大合唱となり、ボクを飲み込もうとしていた。ザワザワと、ガヤガヤと。
「うるさいな」
無意識のうちに言葉を吐く。突如、ずるんと腕が抜け落ちた。だけどおかしい。右手が動く。視界に映るこれはなんだ? 形状は確実に腕だ。まあいいか。
ボクの意思に関係なく、右腕は急激に体積を膨張させ、粘性のある液体となった。【シール・サークル】に張り付き、魔法陣を床から引き剥がして破壊する。
『イマイ、マシイ』
じいちゃんがぐるると唸ると、壊れた人間たちがボクに襲いかかった。飛びかかる者、突進してくる者、その全員をボクの右腕は覆い尽くす。自分の中で壊れた人間たちが動いている気配がする。なんだこれは。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
右腕はもにゅもにゅと動いたあと、どぱっと赤黒い肉塊を撒き散らした。それはさっきまで人の形をしていたもので、完全に崩れてしまったものだった。
『コノッ、イマイマシイ!』
じいちゃんの悔しそうな声は、もはやボクになんの感動も抱かせなかった。
そうだ。クルシイのなら、もう一度楽にしてあげればいい。ボクにはそれが許されているのだから。
『オマエノセイデッ!!!!』
じいちゃんの足元に再び黒い魔法陣が展開された。【シール・サークル】ではない。これは見たことがある。ボクはクスッと笑った。
「馬鹿だなぁ」
『……ιστή』
祓魔の魔法陣。祓魔師であるじいちゃんが仕事をするところを何度か見たことがあって、これはそのときに展開していた魔法陣だ。
「じゃあね、死に損ない」
ボクは魔法陣を乗っ取った。ボクの中の半分を占める聖なる力を魔法陣に流し込むと、黒い魔法陣は白い輝きを纏い、暗いこの空間を光で覆った。
光はまるで陽炎のように、燃え盛る炎のように、じいちゃんを包み込んだ。
『コノイマイマシイネロアンジェラガァァァアア!!!』
その断末魔を残し、じいちゃんは消えた。白い光も消え失せて、また闇がボクを取り囲む。その瞬間、ボクの脳内に大きな疑問符が浮かんだ。
「あれ?」
いま、じいちゃんが──じいちゃんによく似た壊れた人間がいた気がしたんだけどな。見間違いかな? いやいや。少し考えればわかることじゃないか。じいちゃんなわけない。
じいちゃんは、ボクがこの手で、殺したんだから。
それに、ボクはじいちゃんの葬式に呼ばれなかったから正確には分からないけど、じいちゃんの死体は燃やされたはず。大陸ファーストでは火葬が一般的だ。だからあれはじいちゃんではない。幻覚だったんだろう。たぶん。
そういえば、手袋どこかで落としたっけ? 左手はつけてる。外した記憶もないし。どこいっちゃったんだろう。
『ヒドイヨ、アサヒクン』
鈴を転がしたような美しい、しかしどこか角張った不気味な声が背後から聞こえた。
振り向くと、見覚えのある姿がそこにあった。
体の大きさはビリキナくらい。ふわふわのショートボブの髪はクリーム色から黒色に変色していて、肌も枯葉みたいにくしゃくしゃだ。だけどやけにみずみずしい若草色の瞳が、異様なまでに存在感を主張している。背中の羽はなくなっており、代わりに黒いもやが羽の形をしてその精霊に──精霊だった存在に植え付けられている。
「リ、ン……」
ボクはよろよろと後ずさった。そりゃそうだ。自らが手にかけた死んだはずの人物が続けて現れたら、それに対して抱く感情は恐怖以外の何物でもない。本当にあれがリンなのなら、さっきのじいちゃんも見間違いじゃないのかもしれないな。
『オボエテテクレタンダ』
リンはケタケタと笑った。
『ヒドイヨアサヒクン。ワタシシンジテタノニ。ヤットジユウニソトヲミテマワレルッテオモッテタノシミニシテタンダヨ?』
リンが言っているのは、ボクがリンを捕まえるために話したデタラメな話のことだろう。
ボクはリンにこう言った。『ボクと仮契約を結ばないか』と。
リンは焦っていた。外を見たいという想いから外に出てきたのに、姉ちゃんはリンに全く関心を示さず、なかなか自分がしたいこと、見たいことを叶えられなかった。そうこうしているうちに仮契約期間は終了し、いままで溜めてきた外の情報を忘れてしまう。
ということをジョーカーから聞いて、リンに話を持ちかけたのだ。姉ちゃんとの仮契約期間が終了してすぐにボクと仮契約を結べば、リンは記憶を持ち越せる。当然リンは喜んでそれに承諾した。あっという間にボクに心を開いたんだ。
『ハジメカラコウスルツモリダッタンデショ? ズットワタシヲダマシテタンダヨネ?』
そもそも、たとえ仮契約だとしても二人以上の精霊と契約を結ぶことは難しい。精霊は天使族と並ぶ『神に近い存在』。契約関係になると互いの力が互いの魂に作用するのだけど、その負担にこちらの魂が耐えられなくなるのだ。仮契約だろうが本契約だろうが魂にかかる負担の量は等しく、既にビリキナと契約しているボクがリンとも契約を結ぶとなると、単純計算でボクにかかる負担は倍増する。これは世間の常識とも言える知識だが、常識を教えられていないリンはこのことを知らなかった。その上姉ちゃんが二人の精霊と契約して、リン自身が姉ちゃんの契約精霊の一人だったから余計に信じてしまったんだろう。
『ヒドイヨヒドイ。アツカッタサムカッタツメタカッタイタカッタクルシカッタタスケテタスケテアツイクルシイコロシテコロシテコロシイタイテコロシテコロシテツメタイコロシテコサムイロシテコロシテタスケテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ』
これはもしや呪文だったのか。闇からボコッと音を立て、赤い液体が滴る巨大な触手が現れた。
5 >>313
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.313 )
- 日時: 2022/07/27 20:41
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
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何が起こったのか、数秒理解が遅れた。気づけばボクの視界は光に溢れ、母屋の一部は瓦礫と化していた。ボクの身体は地面を跳ねて、口の中で砂を噛んだ。途端に不快感がボクを追う。
おそらくボクは、窮屈そうに母屋から顔を出しているあの触手によって外に投げ出されたのだろう。正しくは顔じゃなくて手だけど。
外はこの短時間で随分人が減っていた。残されていたのは逃げ遅れた十数名と、ぐにゅぐにゅ蠢く黒い、スライムみたいな物体。なんだこれ?
「キャアアァアアアァァア!!」
あー、うるさいうるさい。叫んでる暇があるなら逃げろよ。まあ、それが出来ないから叫んでるんだろうけどさ。
『タスケテアツイアツイヨクルシイヨシラナイチカラガワタシノナカニハイリコンデクルノキモチワルイヨタスケテタスケテタスケテタスケテ』
リンの姿はどこにも見えない。きっとまだ母屋の中にいるんだ。でも声は聞こえる。ボクの頭の中に流れ込んでくる。念じるみたいに。罪の意識を植え付けるみたいに。
タスケテ、か。なら、また楽にしてやればいいのか? コロシテと望むなら、叶えてやろうか。うーん、めんどくさいな。そんなことをしてやる義理がどこにある? どこにもない。
『どうするんだ?』
ビリキナがボクに尋ねる。
「別に、何も」
『それでいいのか?』
「何その言い方。どうしたんだよ」
『いいや。お前がそれでいいならそうすればいい』
「なにそれ」
ボクは肩を竦めた。この感情は呆れに近いかな。ビリキナが何を言っているのかいまいちよくわからない。無視していいかな。いいよね。いっか。
『ただ』
無視をしようと意識を固めた直後。
『自分の一つ一つの選択が、後の自分を決めるってことを理解しておけよ』
「……なにそれ」
まあ、いい。それよりもふと気になったことがあるからついでに聞いてみようか。
「ねえ、君の名前は何だっけ?」
『は?』
黄色い髪の精霊は、ガリガリと頭を掻いた。
『ビリキナ』
ため息でも吐きそうな顔で答える。
『って答えでいいのか?』
「それ以外の答えがあるの?」
『わからないから聞いたんだよ』
「何言ってんだか」
『こっちのセリフだっての』
「?」
自分でも何の会話をしているのかが曖昧になってきたので、ビリキナから視点を移して意味もなく母屋の方を見てみた。
『ミ・ツ・ケ・タ』
腹を抱えてケラケラと無邪気に笑う、どす黒く染まったリンがボクの左目に手をかけた。
「う、わっ!!!」
急なことに驚いてバランスを崩し、尻もちをついた。
『ネエアサヒクンコロシテヨコワイ ヨアツイヨク、ルシ●ヨ』
リンの声はだんだん壊れていく。リンの肌に、枯れた葉のような茶色の肌に、じわじわと黒が滲む。
リンの体がどろりと融けた。
どぼどぼとリンの体からスライムみたいな液体が溢れて溢れて、リンの体が大きくなる。
……嗚呼。この光景には見覚えがある。
これはなんだろう。いまボクがおかれているこの状況は。なんだか、誰かに導かれているような気がする。何度も何度もボクの『罪』を連想させるものに遭遇する。
誰だ? 誰がそうしている? 何の目的で?
「姉ちゃん?」
忘れてた。いつの間にか姉ちゃんはどこかへ消えていたんだ。どこに行ったんだろう。まだ母屋にいるのだろうか。
『アサヒ』
目の前に、姉ちゃんがいた。名前を呼ばれたから、立ち上がりながら返事をする。
「なに? 姉ちゃん」
金髪に成り損なったウェーブがかった黄色の髪と、黒に近い中途半端な灰色の肌。バケガクの制服を着て、赤いネクタイを締めている。
『ドウシタラアサヒハクルシムノカナ』
ぐちゃぐちゃと汚い音をたてながら、口があるであろう部分が裂けた。笑っているように見える。
『アサヒノセイデワタシハクルシンダ』
姉ちゃんは言葉を続ける。
『コロシテコロシ コロ●タ イコロシテコ、ロシタスケコロシタス●コロシテコロシテコロ○タ コロシタイ』
「殺したいの?」
ボクは表情を作った。
「ボクを?」
にっこりと、笑ってみせた。
理由は、わからない。笑顔を作ったつもりだけど、自然と、あるいは無意識に浮かんだ表情なのかも。
「姉ちゃんが?」
姉ちゃんはボクの問いに答えずに手の平をボクに向けた。
『……』
聞き取れない呪文を姉ちゃんが呟くと、辺りに散乱していたスライムもどきが破裂した。
「がはっ」
破裂したスライムもどきがボクの腹に直撃して、再び膝をつく。見ると、着ていた制服にべったり黒い液体が付いていた。うわ、ブレザーは一着しかないのにどうしよう。
しかしそれは杞憂だった。液体は服に染み込み、ボクの身体に染み込んだ。冷たいゼリー状の液体が、ボクの血液と混ざり、魔力と混ざり、心臓へ魂へ送り込まれる。そんな感覚。
「はあ……」
気持ち悪い。
だけど。
どうしてだか、とても気分が高揚する。
気持ち悪いのに、心地いい。
「は……」
ボコボコと、水が沸騰する時に聞く音と酷似した音が右腕から重たく響く。
「ハハハハハハハッ!!」
右腕から黒い液体が噴き出し、辺りにボクの身体の一部が散らばった。
『アサヒ?』
姉ちゃんの顔に白い円が二つ浮かんだ。驚いている表情だ。でもすぐに表情を変え、ボクをキッと睨む。
『……!』
地面が割れて、赤黒い触手が出てきた。一秒足らずでボクの髪に触れたそれを、ボクの右腕は受け止める。
ズシャリ
グシャリとも違う独特な音が流れ、ボクの目の前で触手が弾ける。中から緑の水が漲った。ビシャ、と顔にかかった水も肌に染み込んで、ボクの体に混ざる。
いまもなお噴き出し続ける右腕が姉ちゃんを狙って伸びた。
『…………』
地面に出現した奴隷紋。姉ちゃんの体を中心として展開され、ボクも範囲内に入っている。
ボクの右腕は地面を殴りつけ、ボクの体は弾き飛ばされる。
「か、はっ」
背中を強く打ち付けて、喉から声が絞り出される。体が痺れるけれど、右腕だけは変わらず動き続けている。視界に映った右腕は姉ちゃんの奴隷紋を破壊しようと試みていた。さっきじいちゃんの【シール・サークル】にしたように奴隷紋に張り付き、引き剥がす。引き剥がした奴隷紋は──ボクの右腕に現れた。
逆五芒星の形に切れ込みが入り、ボクの右腕は粉砕された。
「えっ」
右腕の欠片が飛び散って、ボクの体にもかかった。不思議な感覚だ。明らかにおかしな状況なのにおかしいと思えない。むしろこの思考がおかしなものとして脳が処理する。
『アサヒ』
姉ちゃんの顔が崩れた。
『コレハバツダ』
肌の色に、白が差した。一滴の黄色が入り込み、崩れたはずの皮膚は人形を思わせる硬質な美しさを暗に語る。
『朝日の』
太陽の光を受けて輝く金髪が、春に近づきつつある優しい風に吹かれて揺れる。
『貴方の』
開かれたまぶたから、夏の晴天を閉じ込めた青眼が覗く。二つの青い目が、ボクを捕らえる。
『バ つ だ』
6 >>314
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.314 )
- 日時: 2022/07/27 20:42
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
6
姉ちゃんの顔が、ぼやけて見えた。
「あれ、おかしいな……」
目をこする。おかしい。姉ちゃんの顔だけじゃなくて周りの景色までぼやけて見える。急に目が悪くなったのか? そんなわけないか。原因が思い当たらない。
『フフフ』
姉ちゃんが笑った。
『安心して、朝日。ヤサシイヤサシイカミサマが与えるバツは、とてもあまいものだカラ』
見間違えだろうか。姉ちゃんの服が変わってる。真っ黒なワンピースだ。丈は長いが露出が多く、いわゆるノースリーブの形のもので肩の部分は紐に近い。冬も終わりかけているとはいえこの季節に不似合いな格好だ。それに、靴も履いていない。裸足。見ているこっちが寒くなる。
『あさひ』
姉ちゃんがゆったりと微笑む。
『…………』
姉ちゃんが世界に向けて発した信号により、地中から触手が呼び出された。またか。ほかの攻撃手段がないのかな? そんなわけないか。だって、姉ちゃんだし。
ボクの右腕が再度生えてきた。それはまるで肩が黒い吐瀉物を吐き出しているようで、軽度の不快感に苛まれた。そんなボクの感情を無視し、ボクの右腕は触手を襲った。しかし、逆に触手に絡め取られ、腕が伸びきった紐のようにピンと張った。
だから余計にボクの体は大きく飛んだ。触手が大袈裟な動作でボクの右腕を振り回す。ボクは空中に巨大な円を描いた。二、三回そうされたあと、触手はボクの右腕を離した。
「わあぁぁぁぁあああああっ!!!」
遠ざかる地面と増えていく情報量にめまいがした。人の体はこんなに飛ぶものなのかと他人事みたいに感心する。大陸ファースト全土とは言えないが、大陸のそれなりに遠くまで見渡せるほど、ボクの体は天に近づいていた。
驚愕した。触手に飲まれかけている花園家とその周辺にも驚いたけど、そうじゃない。
少なくとも視界に映るほとんどが、炎に包まれていた。家も、人も、木も、花も。
それだけじゃない。大陸ファーストを覆う結界が消えている。あの結界は大陸ファーストのどこにいても見えていた。結界の濁った白で遮られていた空の青がいまは残酷なまでにくっきりと見える。
『神は、この地を見放した』
今朝この言葉を聞いたときはいまいち実感が湧かなかった。でもいまは違う。はっきりと理解した。世界の終焉から逃れるための大陸は、いまこの瞬間、完全に崩壊してしまったんだ。
『オマエノセイダ』
違う。これはボクのせいじゃない。
『これはお前の罪だ』
違う。これはボクの罪じゃない。
『コレハバツダ』
違う。違う。絶対に違う。
『貴方の、バつだ』
違う。断じて違う。
だけど。
仮に。仮にだ。もし仮にこれがボクの罪だとしたら、罰なのだとしたら。
「……なんでいまさら、ボクを裁くの?」
ボクは空を見た。空の向こうの天の向こうにいるはずの神を睨みつける。
だってそうじゃないか。罪人なんてボクだけじゃない。自分が非道だって自覚はあるよ。でもボクよりも酷い罪人だってたくさんいる。なんで、どうしてボクなんだ。これがボクの罰なら、なんで──
「迷いがあった」
そう告げたのは、神だった。
「私には罪がわからない」
嫌悪の対象であった神が悲しそうに目を伏せる。
「私に朝日を裁く権利はないと思っていた。いいえ、いまも思ってる。個々の罪の実態も知らずに裁くことは、それ自体が罪なんじゃないかと、そう考えた」
けれど、と、神は言葉を続ける。
「私は裁く者。これは覆ることのない事実。
これは私なりの償い。贖罪であり懺悔でもある」
神は手を組んだ。祈られるはずの神が何に何を祈ると言うのだろう。
「これは『私』の最後の願望。せめて、せめて朝日だけは、救いたいと思った」
神が目を開く。
「既に手遅れなのだとしても」
知らぬ間にボクは姉ちゃんの腕の中にいた。背中や足を支えられている。姉ちゃんは壊れてしまったボクの右腕を愛おしそうに撫でる。相変わらずの無表情だったけど、ボクの目にはそう見えた。
「姉ちゃん」
何故か、そう呼ぶのがとても久々に思えた。自分の口から発せられた音がひどく懐かしく感じ、同時に切なくも感じた。
胸の奥から湧き上がってくるこの感情の名前をボクは知らない。息が苦しい胸が締まるような感覚がするずっと姉ちゃんの腕の中にいたいもっと姉ちゃんの声を聞きたいもっともっともっともっともっともっと。
嗚呼、でも。この感情の名前はわからないけれど。名前をつけるとしたらこれはきっと──愛、なのかな。
「……め、なさっ」
嗚咽混じりの声が自分の口から零れるのを聞いた。
「ごめん、なさい……ッ」
姉ちゃんが着ている制服が少しずつ濡れていく。そんなことは気にしないと言いたげに、姉ちゃんは変わらず優しい眼差しをボクに向けていた。
「姉ちゃん、ごめんなさい……」
何を謝りたいのかははっきりしてない。ただ『申し訳ない』という気持ちに侵されていた。
「うん」
姉ちゃんがそれだけ言った。それだけ言って、その細い指でボクの頬に流れる冷たい水を拭った。
『幸せそうだね』
姉ちゃんの声だ。姉ちゃんの声によく似ている声が聞こえた。けれど違う。高い声と低い声が重なったような硬質な声だ。姉ちゃんの声は女性にしては落ち着いた低めの声で、温かくて冷たくて、冷たくて温かい。
『良かったね、花園日向。束の間の幸せに浸れて』
姉ちゃんの姿をしたリンがふわりと微笑んだ。対する姉ちゃんは眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにリンを見る。
「あなたはワタシじゃない」
『そうだね。けれどワタシを語る権利はあるんじゃないかしら。ワタシの中には確実にワタシの魔力が流れている』
ボクを支える姉ちゃんの腕に力が入った。
『その子はいいんだ。わたしのことは助けてくれなかったくせに。その子よりもわたしの方が被害者なのにね』
リンの瞳が一瞬若草色に変わって、すぐに透き通った青眼に戻る。
『ワタシにその子を裁く権利はあるのかな? ふふ、無いよね。貴女こそが罪人なんだから。おかしな話ね。罪人が罪人を裁くなんて。ああ、でも、甘い甘いあなたにはおかしな話が良くお似合いよ』
何か言い返そうとした姉ちゃんが口をつぐむ。それから、何の光も宿らない空虚な目を偽物の姉ちゃんに向けた。
「貴方にこの子は裁かせない」
リンは楽しげに笑う。
『ええ、わかっているわ。わたしはあくまで人形だもの。ただの道具。理解しているわ。ただ』
無邪気は笑みが、にぃっ、という不気味な憫笑にすり変わった。
『あの御方の御考えになることは、ワタシもよくわかっているでしょう?』
姉ちゃんの表情は変わらない。代わりに姉ちゃんの体が強ばるのを至近距離で感じた。
唐突に、雨が降った。見覚えのある雨だった。雨雲なんて見えない空で堂々と輝く太陽に照らされてキラキラと光る光の粒が冷たい温度を伴い、雨となって大地に降り注いだ。
『酷いなぁ』
リンが言う。見ると、リンの体が壊れかけていた。濁った黄色の髪はボロボロと抜け落ちて、肌の色も見る見るうちに崩れていく。それこそ、化けの皮が剥がれるように。
『さんざん利用した挙句こんな仕打ちか』
光の雨に打たれた部分からリンの体は液体化する。光に混ざって黒い雫が地上へ落ちていくのが見えた。
『さすがだね、日向』
その言葉を最後に、リンは消えた。
「朝日、これ、落ちてた」
姉ちゃんが白手袋を差し出した。あ、右手に着けてた手袋だ。やっぱり落としてたんだ。
「ありがとう、姉ちゃん」
左手で受け取ってさっさと着けた。こんな手を周囲に見せるわけにはいかない。また失くしたら大変だ。次からは失くさないようにしないと。その心配はきっと必要ない。
「じゃあ、行こうか」
「することは終わったの?」
「うん。もうここに用はない」
「そっか」
なんだかとても静かだ。地上から遠いからかな。降り続ける雨はボクたちを包んで、ほかの雑音を遮断する。光を纏う姉ちゃんが、いつもよりも遠い人に思えた。
こうしてボクたちは、誰よりも早く大陸を降りた。
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