― 君と出会えた日― 名の無い少女 作者/浜頭.悠希...〆

やがて、歯車は回り出す。

この屋敷で誰かが眠る。

その眠りは〝死〟という名の眠りよりも深い眠り――――。



第24夜



咲き乱れた色とりどりの薔薇。



私はこの薔薇を何を想って摘んでいたのだろう。



「夜空の星の・・・♪輝きは君の瞳の輝き・・・♪
 君の眠りは深い眠りよ・・・♪

 死という名の夢よりも・・・♪

 深い夢だよ・・・♪」


綺麗だけれども、何処か哀しい歌を歌っている。



その歌に合わせるかのように薔薇が摘まれていく。



赤、白、青、黄色、紫、緋色、紅色、桃色・・・



赤系の色が多い薔薇畑。



「あっ・・・」



赤系の色の薔薇が咲き乱れた中に、一輪だけ黒い薔薇があった。



その黒い薔薇を見つけ、ファルは思わず声をあげた。



片腕一杯に摘んだ色とりどりの薔薇が揺れた。



ファルは何も思わず、そして何も求めずに操られたように黒い薔薇を手に取った。



その薔薇を手で千切れば何故か、満足感が得られた。



―これでもういいや―



と。



「ずいぶんと沢山の薔薇を摘みましたわね。

 満足頂けましたかしら?

 満足頂けましたら私に着いて来てくださいませ。
 ラッピングのご用意をしましたわ」

少女がいつの間にか隣に居た。


「・・・有難うございます・・・」


ファルは丁寧にお辞儀した。






―数分後―



しばらく歩くこと、数分。



少女は長い机に色とりどりの髪とリボンが置いてある場所で止まった。


「わぁ・・・たくさんですね・・・」


「ええ・・・揃えましたのよ・・・。
 久しぶりのお客様ですもの・・・

 丁寧に接してあげなければ・・・」


少女は綺麗な笑みを浮べた。


その笑みは何処か強張っていた。


ファルは器用に白い紙に薔薇を包み、透明シートでまた包み、リボンを結んだ。



両手に持つのがやっとぐらいの大きな薔薇の花束。



その中に黒い薔薇は入れなかった。


「この黒い薔薇は入れないの?」


少女が黒い薔薇を手にとって言う。


「ええ・・・。
 これはまた別の人にプレゼントしたいんです・・・」


ファルはたった一輪の黒い薔薇を見つめた。



「そう・・・一輪しか無かったの?」


少女は冷たそうに言う。



「はい・・・珍しいからかしら・・・」


ファルが呟いた。


「黒い薔薇なら目の前の畑にたくさん生えてるわ。
 この屋敷の薔薇はそれぞれテーマが分かれてるの。

 さっき貴女が居た所は〝光〟。

 此処は〝闇〟。
 黒い薔薇も花束にすればいいじゃないの?」

少女は言う。


「いいですか・・・?有難うございます」


ファルは一輪の黒い薔薇だけを持って花畑に走って行った。


―闇は命の花

  光は誰かの希望

   失ってしまえ何もかも

  砕けてしまえ何もかも


   命でさえも壊れてしまえ―



貴女は何輪摘みますか?

貴女は何輪狩りますか?

貴女は何輪、壊しますか?

私達の希望を――――。



第25夜



出来たのはたった3輪の黒薔薇の花束。



「あら・・・ずいぶん少ないのね」


少女が言う。



「あ・・・はい!!
 やっぱり多すぎるのもいけないかなー・・・って・・・

 でもあの人は少なくても悦んでくれるかなって・・・・

 そう思って・・・」


ファルの頬が赤く染まった。


「いやぁ♪そんな事言わないでぇ♪」(狂



ファルが花束を抱えたまま手を頬に当てた。


「・・・ふーん・・・そういうことね」


少女はファルの行動を見て何と無く分かった。



そして少女は笑った。


「時刻は3時だけど・・・大丈夫なわけ?

 こんな長居して」


少女が時計を見ながら呟いた。



「え、3時!?
 急いで帰らなくちゃ!!」


ファルが花束を抱えて走りだす。



「あ、花の中に花言葉の紙入れといきましたわ・・・
 後でご覧遊ばせ」


少女は門を開けた。


「あ・・・今日はどうも有難うございます・・・

 もしよかったらですけど・・・

 友達を連れて、また来てもいいですか・・・?」


ファルが訊ねる。


「・・・ええ・・・
 その時は紙に書いてある連絡先にご連絡してくださいまし・・・。

 しましたら私、紅茶を入れて待ってますわ」


少女は笑った。


「あ・・・名乗り忘れましたね・・・
 危うく名無しで帰る所でした・・・。

 ファル・アルフェイスといいます・・・。

 次は何時になるか分かりませんが・・・
 よろしくお願いします」


ファルが笑った。



「私は・・・」



少女はそこで口を閉じた。



貴方は取って来られますか?

仲間の心に咲く、命の花を。

仲間の命を、その足で踏み潰せますか?

私は―――――。



第26夜



「・・・お名前は?」


口を閉じた少女に向かってファルが訊ねた。



「マリア・フルートゥといいます・・・
 まぁこれはあくまでも仮名だけど・・・」


私はマリアと名乗った少女の言葉の意味が解らなかった。


「・・・本当の名は私も知らないのよ・・・。
 私はこの町で一番大きな聖堂の、マリア像の前で拾われたのよ・・・。

 だから名前はマリア。

 そして私の仮の妹がユリア。
 ユリアは元々この屋敷の長女だったのよ・・・。

 でも拾われた私の方が年上だったから、
 ユリアは次女とされてしまったの・・・

 ユリアはそれにも関わらずに、次のこの屋敷の王女を私に譲ってくれたのよ。
 それがどんなに嬉しかったか・・・

 その嬉しさに埋もれている間にユリアは出て行ってしまったのよ。

 私はその時、初めて気付いたの・・・
 なんて無様極まりない事を仕出かしたのだろう・・・

 だから私は妹を探してるの。

 私が姉でもうユリアなんて呼べる日は来ないと思うけれど・・・」


マリアが言った。


語るマリアの瞳は酷く悲しそうだった。



「だから私はユリアを探してる・・・
 人形師が美しい人形を作り求めるかのように・・・

 人が星を探すように・・・

 でもユリアが見つかった頃、私は居ないでしょうね・・・
 死んでいるかもしれない妹を探すなんて・・・

 無理でしょう?」


マリアの口調が冷たくなったような気がした。


血の繋がりの無い妹を手放すような、そんな口調。



「・・・ユリアはある意味で許せない妹なの・・・
 私が大切にしていたドールを・・・

 自分と一緒に持っていったのよ・・・!!

 今は流通しているかも分からない・・・
 そんなレアなドールを!!」


マリアの目は怒りに満ちていく。


その言葉をファルは呆然として聞いていた。


「Citrusdollsといったかしらね・・・。
 第11番ドール蒼海と名乗っていたわ・・・

 今は何処に居るのかしらね・・・あの子・・・

 会えるものなら会わせていただきたいわ」


マリアが言う。


相当怒っているようだ。



「・・・あ、御免遊ばせ・・・。
 勝手に1人過去を語ってしまい・・・

 申し訳ございませんね・・・」


「あ・・・いえ・・・。
 私も急いでるので、失礼します・・・

 どうも有難うございました。」


ファルは丁寧にお辞儀をして振り返る。


草木の広がる森の坂道を下っていく。


「・・・フフッ」


マリアが怪しく笑った。



その笑いは何処か孤独で、何処か寂しい。



その笑い声は誰にも届かず風に消し飛ばされて行く――――。