― 君と出会えた日― 名の無い少女 作者/浜頭.悠希...〆

愛しい人に抱き付けないという悲しみ
愛しい人に甘えられないという悲しみ
こんなにもつらいものだとは
思っていなかったの―――――。
第9夜 ―リリーside―
自室についたリリーは、結局留まって居られなくなり、左足を引き摺って廊下に出た。
ラビに出会わないようにと、願いながら。
「・・・莫迦な私・・・・」
リリーは左足を引き摺って疎かに歩きながら笑った。
「・・・・その足の傷は?」
後ろから冷たい声がする。
振り向けば、そこにはドールが1体立っていた。
「・・・・愚かな歩き方ね。美しくないわ」
淡い水色のドレスを着たドールが言う。
「・・・貴女は・・・・」
「沙希よ。
全く、名前も覚えられない程貴女は愚かなのね」
沙希は呆れてため息をついた。
「・・・・で?
わがまま沙希さんが私に何用?」
リリーが沙希に言い返す。
「な・・・何ですって?!」
沙希がドレスの布をぎゅっと握って顔を赤く染めた。
「まぁまぁ、今の冗談よ」
リリーが嫌味っぽく笑う。
「ややこしい人ね」
沙希が視線をそらした。
「あんたのその左足を見て来たのよ。
あんた、愛人に対する愛ってそんなものなの?」
沙希が左足の擦り傷を指しながら冷たく言う。
「なっ・・・」
さっきあった事を全て読み取られ、リリーは黙った。
「分かるわよ。
だってあの電話の会話聞いてたし?」
沙希がため息をついて言う。
「そんなことも気付かないの?鈍感すぎるわ」
沙希はそういうとさっとしゃがんで左足の傷に手をかざす。
手をかざした瞬間、リリーの左足の傷が治っていく。
リリーはあっと驚いていた。
今まで何も唱えずに治す術など見た事無いからだ。
「・・・・はい、終わりよ。
勘違いしないでよね?見苦しかっただけよ」
沙希はそういうと後ろに向き直って歩き出した。
「あ、待って!!」
リリーは右足を一歩前に出して沙希を止め様とした。
「なぁに?傷はもう治ったでしょ?」
振り向いた沙希が向けたのは鋭くて冷たい言葉。
「そうじゃなくて!!!
・・・・ただ・・・ありがとうって・・・・」
リリーは沙希から視線をそらして言う。
「・・・・ふん、感謝しなさい」
沙希はまた向き直ると早足で去って行った。
リリーはそんな沙希の後姿を見て、誰にも見えない微笑を見せた。
「・・・・リリー」
後ろからした、聞き覚えのある声。
リリーの肩がブルリと震えた。
「リリー、聞こえてるさ?」
愛しい、ラビの声。
リリーはゆっくりと振り向く。
後ろにはやはり、愛おしいラビの姿があった。
「・・・ラビ・・・・」
リリーは思わず、一歩後退した。
ラビは・・・・
ココロでも、その言葉の続きが出る事は無かった。
「・・・どうして・・・・」
そして、気が付けば口に出ている自分が居た。
ラビは驚いた表情でリリーを見つめている。
「情を移せない・・・流せないなんて・・・そんな・・・・」
ガタンッ!!
泣き崩れて行くリリーを見て、ラビはそっとリリーに近付いた。
「・・・・・・・・・んな事考えんなよ」
リリーの泣き声が止まる。
「・・・そんな事はどうでもいい。
だから・・・今はオレだけを見てくれ」
ラビはぎゅっと、リリーを包み込む様に抱き締めた。
―消えない君の温もり
消えなくていいから
私に・・・・移さないで―
離れないでほしい
君の温もり
離れなければならない
私たちの運命
引き裂かれた2つの運命は何処へ――――。
第10夜
「・・・・無理よ」
「!!!」
ラビはリリーの言葉に大きく目を開く。
「・・・今・・・・」
「無理・・・って言ったのよ」
リリーは間髪入れずに突っ込んだ。
「どうしてさ?!何か理由があるなら話・・・」
「理由?
ラビが一番分かってるんじゃないの?
一番分かってること、私に聞かないでよ」
リリーはそういうと立ち上がってラビから離れた。
「私はラビの邪魔なんかしたくない。
・・・・したくないの・・・・」
リリーはそういうとラビの背の方に向かって走り去って行った。
ラビには、リリーの表情が一瞬、泣いているかのように見えた。
ラビはただ、走り去るリリーの姿を悔しそうに見つめていた。
―セリーヌside―
「・・・・妹の名は仮で・・・
〝鋼水晶〟と言うんです・・・・
本来はPurpledollsを引き継ぐ予定の子で・・・。
でも鋼水晶は・・・・
とても病弱で、入退院を繰り返していて。
でもとうとう自室のベットから動けなくなり・・・」
翡翠石はそういうとしゃがみ込んで顔を伏せた。
「お祖父様が遺してくれた遺産で・・・・
妹の薬代を払っていました・・・
でも・・・
ある朝、妹は眠りについていました。
死んだのでは無いけれど・・・
死んだと同じ様に深い、眠りに・・・・」
翡翠石の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「・・・・御免なさい・・・泣いてばかりで・・・・
妹のことを思い出すとどうしても辛くて・・・」
翡翠石が涙を指で拭って言う。
「いいえ・・・・
誰にでも辛い時って・・・・あるものですから・・・
泣きたい時には泣いた方がいいと思います・・・
本当に泣きたい時に・・・泣けないから・・・・」
セリーヌは一瞬、遠い目をした。
その心の中のセリーヌの想いを、彼女、翡翠石はしっかりと読み取っていた。
「セリーヌさんも辛い事があったようですね・・・・
私はコレも乗り越えられると信じていますから・・・」
翡翠石はそういうとニコリと笑った。
セリーヌもそれにつられて優しく微笑んだ。
「では・・・私はこれで」
翡翠石は失礼しましたと一言言って、部屋の扉を閉めて行った。
「・・・・乗り越えられる・・・・か・・・・」
セリーヌは眩しそうに、目を閉じた。
―リリーside―
白い窓枠に出来た、小さな涙の水溜り。
涙を流す人形のように、虚ろな目から涙を流し続けていた。
「・・・・ドールのようですね」
はっと声が聞こえて、リリーは虚ろな目を開いた。
「・・・御機嫌よう、リリーさん」
黒姫がドレスを掴んで上にちょこんと上げて言った。
「・・・・貴女は・・・」
リリーがつぶやく。
「黒姫で御座いますわ」
黒姫と名乗るドールは微笑む。
「・・・どうも・・・」
リリーはペコリと礼をした。
人形と言えども、心の何処かで威圧感を張っていた。
「ご丁寧にどうも有難うございます。
対したものでは無いのですが・・・
これを・・・」
黒姫は一輪のユリの花を差し出した。
白くて花びらに水滴が残っている。
「・・・一輪だけですが・・・
白ユリには、純潔という花言葉があるそうです」
リリーは黒姫の説明を聞きながらユリの花を受け取った。
白く咲き乱れた一輪のユリの花は、教団の花壇にある白いユリの花と限りなく近かった。
「・・・有難う・・・
ユリの花・・・大好きなのよ」
リリーは大切そうにユリの花を自分の胸の前に掲げた。
「・・・喜んでもらえて光栄です。
それと・・・・
泣きたい時には泣くように・・・
言いたい事はきちんと言った方がいいですわ。
後悔なんて・・・してはいけないものですから」
黒姫は柔らかくリリーに微笑むと、廊下を去って行った。
「黒姫ちゃん!!」
リリーははっとして呼び止める。
「・・・何でしょう?」
黒姫は微笑んで振り返る。
「その言葉の意味は・・・どういうことなの?」
「さぁ・・・ご自分で考えてくださいな」
黒姫は意味深な発言を残したまま、階段へと消えた。
リリーは手に持った白いユリの花を見つめた。
白い純潔の花びらに、雫が零れ落ちた――――。
愛は嘘?真?
君への恋心は嘘?真?
嘘とは言えない
でも真とも言えず
私は今日も、立ち止まったまま――――。
第11夜
シャァァァァァ・・・・
静かな音を立てて、花達に水の女神が舞い降りる。
少女、リリーは1人庭で花に水をあげていた。
「・・・・この花達・・・
眠っている、鋼水晶様の物なのですよ」
リリーは左から声がして、ふと水をあげるのを止めた。
「・・・・」
リリーは唖然としてみている。
無論、少女はドール。
「・・・颯でございます」
颯は、綺麗にリリーの前で一礼をして言った。
「ガーデニング、お好きなようですね。
リリーさんに生かされて、お花も喜んでいる」
颯は水滴をかぶった赤薔薇の花に手をかざした。
「・・・いいえ・・・
元の赤薔薇が綺麗なだけではないでしょうか?」
リリーは敬語で返す。
「そんな事はございません。
赤薔薇はリリーさん達が来るまでこんなに輝いては居なかった。
赤薔薇はリリーさんを求めている」
颯は言いながらポケットからガーデニング用の鋏を取り出して、一番輝いている赤薔薇の茎を切った。
「赤薔薇の花言葉は、「情熱」「熱烈な恋」。
リリーさんは今純粋な恋心を持っている。
その恋心、何処かの掟という鎖で縛られ動けずに居る。
リリーさん自身の力でその恋心の鎖を解いてあげてください」
颯は姫に結婚を申し込む王子の様に赤薔薇をリリーに渡した。
その姿に、本当にドールなのか、そして男の子のような気品を感じた。
「・・・ほら、彼も寂しそうです」
颯は屋敷の方に振り返って言う。
颯の視線をたどると、視線の先には憂鬱そうに自分の部屋で空を見つめているラビが居た。
「今行かない鎖は解けません。
永久に解けなくてもいいならば赤薔薇を気の遠くなるまで愛してください。
解けて欲しい・・・少しでもそう願うなら。
ならば彼の元へ行ってあげて下さい。
このままでは彼の心までも永久に解けない鎖で縛られてしまいます。
では・・・失礼」
颯はそういうと屋敷の玄関に駆けて、扉の向こうへ消えた。
バサッ・・・・
草の絨毯に、赤い如雨露が落ちる。
手で咲く赤い薔薇の茎を握り締めて屋敷の中を駆け抜ける。
そして、いつの間にかはラビの部屋。
ラビの部屋は3階の一番右端で、後ろを振り向けば上に繋がる階段と下に繋がる階段があった。
離れたいのに離れられない。
そんな私は愚か者。
どんなに愚かでも君を好きで居たい。
そんな私は我侭な女。
愚かで我侭な私は、罪の子でしょうか?
ブックマンのラビを愛す事は、罪になるでしょうか?
ねぇ、神様―――――。
「リリーさ?」
ドアの向こうから、愛しい君の声が聞こえる。
「・・・そうよ」
リリーは戸惑いながらも答えた。
求めたい君は、お互いに扉の向こう。
神の下で、この扉を開けることは赦されないの?
「・・・好きさ・・・リリー」
「・・・次期ブックマンがそんなこと言っていいの?」
リリーの口から出るのは躊躇いの言葉ばかりだった。
「・・・それでも好きさ・・・」
ドア越しに、ラビが言う。
「次期ブックマンはそんな事言わないわ」
リリーの声が少し震えた。
手で握り締めていた薔薇に、水滴と同じ様な涙が零れ落ちた。
「・・・扉、開けてぇ」
ラビが呟く。
「・・・開けないで」
リリーの声はますます震えあがっていく。
「・・・どうしてさ?」
ラビはしばらく経ってから言った。
「・・・駄目って言ったら駄目なのよ・・・
開けたら・・・開けたら承知しないんだから・・・・」
リリーの声は悲鳴に近くなっていた。
ドア越しにいるラビでも分かる位に。
「リリー、愛してる」
ラビの言葉。
「黙ってよ・・・ラビのせいよ・・・・」
ラビは部屋で窓の外の景色を見つめる。
そしてしばらく経ってから、ラビが口を開いた。
「・・・・オレ、リリーが開けてくれるまでずっと待ってるわ」
ラビが突然言い出す。
その言葉にリリーは黙ったままだ。
「別に開けろとは言わねぇさ。
リリーがその手でこの扉を開けてくれるまで、
オレはずっと待ってるさ」
ラビのいつもの明るい声。
その声にリリーはドア越しに笑った。

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