― 君と出会えた日― 名の無い少女 作者/浜頭.悠希...〆

剣に刺さった君

 癒えない痛みで傷ついて

 哀しい顔をした君

 でもそれは

 少しだけ

 少しだけ

 嬉しそうだったね



第21夜



颯を貫いた剣は鋭い音を立てて抜かれた。



 バタンッ・・・・


 颯はうつ伏せに床に倒れる。



「やあ・・・・
 誰かと思えばね・・・・

 久しぶりだね、颯」


 蒼嬢の剣はステッキに形を変える。



 蒼嬢は倒れた颯を見下しながら呟いた。


「颯ッ!!!」


 拘束されたセリーヌはどうする事も出来ず、その場でもがく。


「・・・・お姉様・・・・?」


 目を瞑っていた颯が、聞き覚えのある声ではっと目を開く。


 蒼海は忍の盾に乗ってやって来たのだ。



「・・・・蒼・・・海・・・・・・?」


 うつ伏せになったまま蒼海を見つめる颯。


「お姉様!!」


 蒼海は叫ぶと、颯の元に駆け寄って、颯を抱き起こした。



 颯の姿は穴の中の物質が輝いていて、丸い穴から蒼海のドレスの布色が見えた。


「・・・蒼海・・・かはっ・・・」


 今にも死に逝きそうな颯が、弱々しく目を開く。


「駄目・・・喋っちゃ駄目です・・・・」


 蒼海の目に涙が溜まって行く。


「・・・蒼海。
 君は・・・泣いてはいけない。

 君は笑顔が・・・一番似合う・・・
 蒼海・・・

 君の泣き顔は僕の無念さをそのまま映し出しているようで・・・
 僕が泣いているわけでもないのに・・・

 凄く怖かったんだ・・・

 だから・・・・もう・・・」


 颯は言い終わる前にガクリと首を垂れた。


「・・・お姉様・・・・?」


 蒼海はゆらりゆらりと颯の体を揺らす。


 あの声も温もりも帰っては来なかった。




 パァァァァ・・・・




 出て来たのは颯の〝心の翡翠〟だった。


 光を帯びた深緑の宝石のような心の翡翠はそっと、蒼海の手の中に舞い降りた。



「・・・・はや・・・て・・・?」


 
 颯の心の翡翠に、一雫の涙が零れた。



 その亡骸は二度と動くことなく、心の翡翠は亡骸の中で光る事は無くなった――――。



どうしようもないのに

 如何にかしたいと思ってしまう

 何も出来ないのに

 何かしてあげたいと思っている

 何も出来ない私は何?

 私に出来る事を頂戴



第22夜



「颯ぇっ・・・・」


 今にも動き出しそうな綺麗な亡骸は濡らされて行く。



 蒼海は生まれて一度も颯と呼ばなかった事を悔いているだろう。



 そして、姉を失った悲しみは





 どんなに深く悲しいのだろう――――。




 頼むから生き返って欲しいと、



 願ってもどうにもならなくて





 それでも彼女は願っている――――。



「颯・・・・ッ・・・
 これからは名前で呼ぶから・・・だから・・・

 だから・・・・」


 蒼海の悲鳴のような高い声。



 悲しみと沈黙に包まれたこの場を、セリーヌのイノセンスがかき消した。



「・・・ッ?!セリーヌ!!」


 セリーヌの腕と足のイノセンスが、六角形のタイルで形を形成する。



「セリーヌ!!!
 止めてください!!そんなことをしたら・・・・」


「アレンは黙っててよ」


 セリーヌが顔を伏せたまま言う。



 その言葉にアレンはどう返す事も出来ず、黙った。



 セリーヌは黙って歯を食い縛る。



「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 セリーヌは限界まで叫んだ。




 イノセンスの強制開放は、どうなってしまうか分からない。


 セリーヌはそれを覚悟して、足と手に力を入れる。



「・・・!?」


 セリーヌを拘束していた輝鋼が表情を変えた。



「イノセンス・・・発動!!!」


 セリーヌは張り切れるような声で力一杯叫んだ。



 パァッと両腕両足のイノセンスが光る。



 セリーヌはイノセンスの光に飲まれて消える。



 光は全てを包み込んで、ついには屋敷全体を飲み干した。




 光は5秒も経たないうちに晴れる。



 輝鋼が目を開けると、その手の中にはセリーヌが居なかった。


 太陽があの光と同じ様に、キラリと輝く。




 屋敷の外で出くわしたアクマと戦っていたリリー達も、上を見上げた。



 そして、リリー達が気が付けば目の前にアクマは居なかった。



「・・・・まさか!!!」


 ファルは恐る恐る上を見上げた。



 セリーヌが1体のLv3と、3体のLv1に四方を囲まれていたのだ。



 Lv1を数え切れないほど倒したファル達は、残る4体で苦戦していたのだ。


「セリーヌ!!
 駄目ッ!!戦っちゃ駄目!!」


 リリーの叫びも虚しく終わり、Lv3のアクマが口を開いた。



「お前がセリーヌ・レドリアだね?」


 と。



 そしてその言葉と共にLv3はセリーヌに飛びかかる。


「ノア様がお前に用がある。
 伯爵様とノア様の為にも早く死ね」


 アクマは重そうな鎧に包まれた頭を傾げて、堅苦しく笑った。



「・・・・嫌よ」


 セリーヌはアクマの耳元で呟くと、アクマを両足で蹴り落とす。



 その反動でくるりくるりと空中を回って近くのビルの屋上に足を擦りながら着地した。



 Lv3とは言えども次のレベルに進化寸前で、手強い相手だ。



「なんだイ?
 お前の力はそんなモノカ?

 それなら容易く連れて行けそうダ」


 アクマはそういうとセリーヌを追いかける。


 出くわす攻撃をさっさっとかわし、口を開いた。



「氷を舞え・・・・」


 セリーヌの足元に吹雪が渦を巻く。



「雪風!!!」


 足を高く振り上げた瞬間、吹雪はアクマ目掛けて飛び出した。



 吹雪は容赦なく、アクマに襲い掛かる――――。



亡骸を抱いたまま君は何を思っただろう

 亡骸に咲いた極彩色の花は

 何に変わって行くのだろう



第23夜



 氷に包まれたアクマは消えずに堅苦しくもがいている。


 光り輝く太陽は悪魔のように残酷だった。



「セリーヌ!!危ない!!」


 リリーが叫ぶ。



 アクマはあっという間に氷を破り、瞬時にセリーヌの目の前にやって来た。






 その場にグサリと鈍い音が響く。



 セリーヌは思わず呟いた。





「・・・・あま・・・・ね・・・?」







 そう、刺されたのはセリーヌでは無く、弥だった。


「ご無事でしょうか・・・セリーヌ様・・・っ・・・・」


 弥が振り返って辛そうに笑った。


「大丈夫なわけ無いでしょう?!」


 セリーヌは涙ながらに泣き叫んだ。



 その頬には涙と六角形のタイルが浮び上がっている。



 セリーヌは真っ先に素手で剣を弥から引き抜いた。


「う・・・ッ・・・」


 剣を引き抜かれて、崩れた弥を片手で支える。



 左腕で弥を抱えて、アクマに飛びかかる。



 Lv3の鋼鉄の鎧には、足で無いと傷はつけられない。



 空中で激しくぶつかり合う。


「死ネェェェェェェェェ!!!」


 アクマは剣でセリーヌを刺そうとするが、セリーヌは差し出された刃をいとも簡単に避ける。



「碧い治療・・・暗闇を舞え・・・」


 セリーヌの足元に黒い風が渦を巻く。



 その渦はいつもよりもずっと速く、大きくて強い。



「黒風!!!!!」



 セリーヌは叫んだ。



 黒い風がアクマを飲み込んで行く。



 時折アクマのうめき声が聞こえた。


 黒い風が晴れた頃、もうアクマの姿は無かった。





「弥!!
 もう大丈夫だよ・・・」


 セリーヌが弥の髪を撫でる。


 しかし、返事は返って来なかった。



 弥はぐったりと首を垂れて、目を閉じている。


 白い手と綺麗な足は動かぬままだった。




 弥の淡い色の髪が風に靡いた。


「弥・・・・?」


 それに答えるように、弥の髪は風に揺れた。


「弥・・・?弥・・・!!」


 何度も名前を呼び続けるセリーヌ。



 しかし、返事が返って来ることは無かった。



 そして、その体が動く事も許されず――――。



 ―・・・そう、あの時に弥の心の翡翠は破壊されていた。


 あのアクマの刃は見事に心の翡翠を割っていたのだ。



 それに気付いたセリーヌの目から、涙が溢れて行く。



「弥・・・・」



 ただそれだけを呟いて、セリーヌは発動を解いた。