― 君と出会えた日― 名の無い少女 作者/浜頭.悠希...〆

立てられた作戦
やりたくなくとも体は動く
時計の針は滞り無く時を刻む
私の心には
ドール
人形達の死が刻まれる――――。
第6夜 ―セリーヌside―
「現地点では何も分かっていないのが現状。
唯一分かっている事は・・・
あの子達がドールだって事だけよ」
チェリーが視線を伏せて言った。
「でもどうやら・・・・
あの翡翠石さんとやらはドールではないようね」
忍が立ち上がって窓の景色を見つめる。
「そりゃーねぇ・・・
主も人形は勘弁だよぉ・・・」
ファルが椅子の背もたれに寄り掛かって言う。
「でもイノセンスを取るには時間が・・・!!」
アレンが言う。
「だからセリーヌがスパイになってあっちを知ってとっとと取って来るんだろうが」
シフォンがアレンの言葉に突っ込んだ。
「!!!」
シフォンの言葉にアレンがセリーヌの方を向く。
セリーヌは下を向いて、黙ったままだった。
唇を噛んで、スカートをぎゅっと握る。
「ねぇ・・・セリーヌ。
協力して・・・くれるよね?」
チェリーがセリーヌの顔を覗き込みながら訊ねる。
セリーヌはその問いかけに目をあわさずに頷いた。
「じゃぁ・・・これで解散しよう。
各自なにか情報を集めて来てね・・・
いつ・・・集まるか分からないけれど」
チェリーはそういうと真っ只中に、談話室を走り去って行った。
涙の道筋を作って――――。
神田もチェリーの後を走って追う。
だんだんと人は減って行き、最後はアレンとセリーヌ、2人だけになった。
「・・・しょうがないよね」
セリーヌの言葉にアレンが振り向く。
「・・・・しょうがない・・・・よね・・・。
だって・・・・だって私達はエクソシストだから・・・・
此処にプライベートで泊まってるんじゃないもん・・・・
任務で泊まってる・・・それだけなのに・・・」
セリーヌはブーツを履いたまま足を上げて、顔を埋めた。
しゃくり上げる声が度々聞こえてきて、その声はアレンの心までも縛り上げる縄のよう。
コンコンコン・・・
カチャ・・・・
ノック音が響いて、扉が開く。
さっと涙を拭いて扉の方を見た。
「セリーヌ・・・様・・・。
いらっしゃいますでしょうか・・・」
扉の影から現れたのは、涙ぐんだ蒼海だった。
「・・・!!・・・あの子は・・・・」
アレンが呟く。
「蒼海・・・・一体如何したの?」
セリーヌは心配そうに蒼海に近付いて、蒼海を見つめた。
「・・・・瑠璃様が・・・・弥様が・・・
癒梨様が・・・萌衣様・・・沙希様・・・永久様が・・・・」
ガタンッ!!
蒼海はそういうと膝を落とした。
蒼白い頬にポロポロと涙が伝っていた。
「セリーヌ・・・・
談話室・・・空けますね」
アレンはそういうと冷たくセリーヌの横を通り過ぎて談話室を出て行った。
セリーヌの頬からも、涙が伝いそうになっていた。
涙を止めようと蒼海に笑いかける。
「皆が如何したの・・・?」
セリーヌが口を開いた。
蒼海はしゃくり上げるだけで何も答えない。
「・・・椅子に座ろうか」
セリーヌは蒼海を立たせるとソファーに座らせて、蒼海に訊ねる。
「もう一度聞くけど・・・
一体・・・・・・・何があったの?」
セリーヌが蒼海の顔を覗き込む。
白いエプロンドレスには涙で無数の染みが出来ていた。
「瑠璃様には・・・・
お前みたいな使えない使用人は要らないと・・・
弥様には・・・・
お前みたいな奴が同じ使用人って有り得ないと・・・
癒梨様には・・・・
出来損ないなんだから出来ないのもしょうがないで・・・
萌衣様には・・・・
仕事も出来ないなんて使えない使用人だなで・・・
沙希様には・・・・・
Purpledollsを誇る出来損ないだなと・・・・
永久様には・・・
お前Citrusdollsじゃなくて本来はPurpledollsだろ出て行けよ・・・って・・・・」
蒼海は枯れた声で必死に訴えていた。
初めて話した時も、枯れた声だなと思っていた。
皆にそうやって当り散らされて、蒼海は動けずにいたんだね――――。
必死に震える声で訴えて、どれだけ話し辛かっただろう。
そして、どれだけ辛かっただろうか・・・・
「ねぇ・・・蒼海。
Purpleって・・・何の事なの?」
セリーヌは蒼海に訊ねる。
蒼海のしゃくり上げた枯れた声が止まった。
「・・・・Citrusdollsを追放された無法のドール集団ですわ」
蒼海がかすれた声で言った。
「中には・・・
Citrusdollsの1番や2番・・・そのほかになる予定で作られたドールがあまりにも悪に満ちたように出来てしまい・・・
それで捨てられたドール・・・
悪を犯してCitrusdollsでなくなったドール・・・
そんな出来損ないの無法集団ですわ。
Purpledollsが正式名称で・・・
私達の何倍の力を持つドール集団です」
蒼海は顔を上げる。
「最近・・・光姫の研究では・・・・
第8ドール・・・つまり・・・
Purpleの中で最も強いドールが覚醒される可能性があるそうですわ」
蒼海は言う。
「もうその8番ドールが覚醒されてしまえば・・・
全てはあちらの物・・・
翡翠石様でさえも敵いません・・・」
蒼海は目を伏せた。
「セリーヌ様方ならば・・・・
Purpledollsを滅ぼせる事が出来るでしょうか・・・・
お願いです・・・私達を護ってください・・・」
蒼海は立って深く頭を下げた。
「・・・分かった。
任務が終わるまで・・・蒼海達を護るよ。
だから・・・安心して」
セリーヌは笑った。
蒼海も笑って、ありがとうございますと一言言った。
任務を早く終わらせるには、やはり味方について親しくならなければいけない。
蒼海は気付いていなかった。
任務が終わるまでというのが、
自分達が殺められる時までという事
それを、知らなかった―――――。
―果てを知らない鉢の黒薔薇
果てを知った庭の白薔薇
赤薔薇の愛、白薔薇の想い
紫薔薇の哀愁、青薔薇の戻れなさ
黄薔薇の薄れ行く愛情
黒薔薇の・・・・貴女―
私への冷たい宣告
当たり前だと思っているのに
どうしてだろう
涙が止まらないの―――――。
第7夜 ―リリーside―
「ん?・・・・ああ」
ラビが黒い電話機の受話器に耳を当てて、誰かと話している。
電話の相手はどうやら、ブックマンらしい。
「・・・・リリー、ジジイが呼んでるさ」
ラビは耳から受話器を放すとリリーに言った。
「え・・・私?」
リリーが自分を指して言う。
リリーの言葉にラビはコクリと頷いた。
受話器の持ち手がラビからリリーへと交代される。
リリーは空いている左手で右耳の髪を掻き分けると、受話器に耳を当てた。
「・・・・替わりました、リリーです」
受話器に向かって話しかけた。
「オレは屋敷の中を散歩してくるさー」
ラビはリリーに向かって笑いかけると、のんびりと歩いて廊下の向こうへと消えた。
リリーはラビが消えたのを確認し、再び受話器に耳を澄ませた。
「・・・替わってくれたか。
早速話したい事があるのだが・・・
時間あるかの?」
ブックマンは掠れた声で言った。
その声はまるで隣に居るかのような、迫力があった。
「・・・ええ・・・・あります」
リリーは電話機の真上に飾られたアナログ時計を見ながら頷いた。
「そうか。
では単刀直入に言わせてもらうが・・・・
必要以上に、ラビに近付かんでくれるかの」
ブックマンの言葉に、リリーの目が大きく開いた。
「・・・彼が次期ブックマンだからですよね」
リリーが冷たい声で言う。
彼女の心に深く突き刺さった心の刃は、誰に見えるのだろうか。
「・・・そうだ。
ブックマンは情を移さず、情に流されず。
ラビは今修行中だ。
くれぐれも邪魔はせんでくれ」
「・・・分かりました・・・気をつけますね・・・
では・・・失礼します」
カチャ・・・
リリーはゆっくりと受話器を電話機に戻した。
ブックマンは気付いていた。
リリーが受話器の向こうで泣いているという事を。
リリーが受話器を放した手は小刻みに震えていた。
諤々と震えた足で、フラリフラリと歩き出す。
麗しい青い瞳からは、ポロポロと涙が溢れた。
リリーの歩く速度はだんだんと速くなり、最後はもう走っていた。
涙を零さない様にと目をかっと大きく開いて、廊下を走り抜けた。
「あっ!!」
サンダルのヒールのせいで、リリーは廊下で転んだ。
足がズキリと痛んで、慌てて起き上がる。
左足が擦り剥けていた。
血を思わせる紅の廊下の床に、一雫の涙が滲んだ。
「・・・何やってるんさ?」
上から聞こえた、聞き覚えのある声。
リリーは恐る恐る見上げた。
「ラビ・・・」
リリーは驚いたような表情を一瞬見せたが、すぐに唇を噛んで今にも泣きそうな表情を見せた。
その表情にラビも表情を変える。
「ど・・・どうしたんさ?」
ラビが苦笑して言う。
「・・・何でもない・・・じゃぁね」
リリーはヨロヨロと立ち上がると、擦り剥いて血が滴り滴り流れている左足を引き摺りながら自室へと消えた。
さっきの場所には、一雫の涙のしみと赤い血が残されていた。
ラビにはリリーとすれ違った瞬間が、とても冷たかった。
そして今も消えない、君の温もり――――。
―透き通った翡翠の中
透き通らない君の笑顔も
透き通らない君の温かさも
今ではすべて、透き通ってしまうの
君の甘い言葉も
君の甘い口付けも
全て、私を透き通って行ってしまうの―
ねぇ、どうしてだと思う?
さっきの君がとても冷たく感じたの
優しい温もりが消えたような気がしたの
ねぇ、貴方はどうしてだと思う?
第8夜 ―セリーヌside―
バタンッ・・・・
がらんと空けられていた自室にセリーヌが戻った。
枕とかけ布団が薔薇模様の大きなベットに身を任せた。
右腕をおでこの上に乗せて、目を閉じる。
談話室での、アレンの冷酷な表情が浮かんだ。
思い出したくなくて、すぐに目を開けた。
涙が零れそうになる。
脱いだコートを壁にかけた。
「はぁ・・・・」
一段落してため息をついた、そのとき。
コンコン・・・・
「セリーヌさん、いらっしゃいますか?」
その声の主は翡翠石だった。
「・・・・翡翠石さん・・・?」
セリーヌがドアの方に向き直って呟く。
「・・・ええ。
中に入れて頂けませんか?」
翡翠石は言う。
「・・・どうぞ」
セリーヌはなんの戸惑いも無く、返事を返した。
「・・・失礼します」
翡翠石が上品に扉を開けて、そして閉める。
「御機嫌よう、セリーヌさん」
セリーヌの方に向き直って翡翠石は笑った。
「あ・・・はい。」
なんて返答したらいいのか分からず、とりあえず返事をした。
「・・・何かありましたでしょうか?」
翡翠石がセリーヌの顔を覗き込む。
「いえ・・・特に何も」
セリーヌは翡翠石に笑顔で答えた。
「・・・そうですか。
いえ・・・・悲しそうな目をしていらっしゃったので」
翡翠石が言った。
悲しそうな目―――――?
そっかぁ・・・私は、悲しそうな目をしてたんだね。
「・・・その写真は?」
翡翠石は、セリーヌの足元を指して言う。
「・・・これ?・・・ッ」
セリーヌはその紙を拾って裏を見る。
髪が長かった頃の、セリーヌの写真だった。
パサパサッ・・・
タイミングよく、セリーヌの団服から他の写真が零れ落ちる。
その写真は、セリーヌ自身のものだった。
「・・・どうして・・・どうしてなの・・・?」
落ちてきた数枚の写真は、全て髪の長い頃で、リリーやファルと写っていた。
「・・・・セリーヌさんの昔のお写真なんですね」
翡翠石が写真を一枚、拾い上げて言う。
「・・・髪の毛を切られた事を・・・お悔やみになって」
翡翠石は他の写真も拾い、とんとんと整わせるとセリーヌに渡した。
セリーヌは黙ってその写真を受け取る。
「・・・私でよかったら、髪を元に戻してさしあげましょうか?」
翡翠石の言葉に、セリーヌがかっと目を開いて向き直った。
「・・・戻すなんて・・・・」
セリーヌが俯いた。
「私はお母様に教えてもらいました。
本来はドール達に使う術なのですが・・・・
今回は特別に」
翡翠石が笑った。
その笑顔につられてセリーヌも笑う。
「戻せるものなら・・・戻してほしいです・・・
この黒髪は・・・
私の愛する人に・・・褒められたものですから」
セリーヌはそういうとそっと自分の短い黒髪に触れた。
目からは滴り、涙が零れ落ちる。
翡翠石は気を集中させて、セリーヌの髪に触れる。
「・・・夢」
翡翠石は一言、ボソリと唱えた。
スルリと黒髪が伸びて、あっという間に元の状態に戻った。
太陽の光を帯びて輝くセリーヌの黒髪、そしてセリーヌは、女神のように美しかった。
「・・・綺麗な黒髪ね」
翡翠石が目を細めて、セリーヌの髪を撫でた。
「・・・有難うございます」
セリーヌはその言葉に目を伏せて言った。
「後・・・髪をとめる物を・・・・」
「髪止めなら此方に」
翡翠石が机の引き出しを開けて、2つの髪止めを取り出す。
それは青薔薇の髪止めで、長い緑のモールが付いていた。
翡翠石はセリーヌの髪を器用に2つに結んで、青薔薇の髪止めで飾りをつけた。
「これ・・・・妹の愛用品なのよ」
翡翠石が微笑んで言う。
「えっ?!
そんな大切なもの私なんかが・・・」
「いいのよ・・・・
妹は今、4階で眠っているけれど・・・
貴女につけてもらえたら・・・光栄だと思うの」
翡翠石は窓から見える4階の一番左端を見つめた。
屋敷はL字になっているので、もう一方の屋敷を見る事が出来る。
「妹は・・・
5年前から・・・ずっと眠り続けています」
翡翠石は悲しそうに話し始めた。

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