― 君と出会えた日― 名の無い少女 作者/浜頭.悠希...〆

光った、誰かの心の欠片
顔を見れば、蒼海の姿
蒼海の心で耀いている・・・何か
その何かは光で分からなくとも
他のドールとは違う事が分かったんだ
第3夜
コンコンコンコン・・・
セリーヌの部屋に、ノック音が響く。
「セリーヌ様?朝で御座いますよ」
セリーヌは、綺麗なその声でハッと目が覚めた。
「あ・・・れッ?!此処は・・・」
セリーヌはハッと素早く起き上がる。
そういえば―――――。
私達は、任務で此処に宿る事になったんだ。
コンコンコンコン・・・
容赦なく響くノック音。
「セリーヌ様?起きていらっしゃいますか?」
耳に入ったのは、蒼海の声。
「あっ・・・御免なさい。起きてるわ」
セリーヌは慌てて蒼海に返事をした。
「後40分で朝食のお時間でございます。
30分の間に準備をしてください。
お時間の10分前には席について頂ける様お願いします」
蒼海がドア越しに声を張り上げて言った。
「態々有難う。気をつけますね」
セリーヌは見えもしないのにドア越しの蒼海に向かって笑った。
「では、お時間に食堂で待っております。
失礼致しました」
蒼海はそういうと足音を立てて出て行った。
セリーヌはふと時計を見る。
壁にかけられたアナログ時計は8時を指していた。
セリーヌはかけられた鏡を見て、鏡の中の自分に笑いかけた。
コッコッコッコッ・・・・
廊下に響く、鋭い足音。
それは紛れもなく、セリーヌのものだった。
ヒールの高い黒いブーツ、薄地の黒いノースリーブに、黒い革の短いズボン。
全身黒の洋服だからか、全身がすらりとして見えた。
セリーヌは洗面所で足を止めた。
「ん?あ・・・・セリーヌおはよう~」
ファルが顔を水で濡らしたまま振り返って笑った。
「おはよう~」
洗面所は女用と男用があって、女の方は着替え室もついているし、とても広い。
「でも凄いよねぇ~・・・
こんな広い屋敷に泊まらせてもらってるのって」
チェリーが顔にファンデーションを塗りながら言う。
「まぁ確かにラッキーですよね・・・
こんなに綺麗な洗面所も使わせてもらえて。」
レイアはそういうと花瓶に飾られた薔薇の花を一輪取って言った。
「弥さんから聞いたけど、朝食美味しいらしいよぉ」
チェリーがファンデーションを置いてアイシャドウを目に薄っすらと塗りながら言う。
「翡翠石さんから聞いたんだけど・・・
食事って弥と癒梨と黒姫と蒼海が作ってるみたいよ」
忍が更衣室から出てきて言った。
「皆色んなコト聞いてるんだねー・・・」
セリーヌはチェリーの隣に黒いポーチを置くと、蛇口を捻った。
ざぁぁぁぁと冷たい水が流れる。
「セリーヌは何か聞いてないの?」
リリーの発言に、セリーヌは昨日の蒼海の言葉を思い出す。
「・・・ううん・・・・何も聞いて無いよ」
セリーヌは笑顔で言うと、冷たい水に手を伸ばした。
洗面所での時間は楽しく、滞り無く過ぎて行った。
コッコッコッコッ・・・
様々な足音が混ざって沢山の足音を立てながら食堂に向かっていた時の事。
「蒼海!!
ちゃんと働けって言ってるでしょう?!」
「まったく!!
一番綺麗だからって怠けないで頂戴!!
どんなに綺麗でもあんたにはAliceなんか早いわ!」
鈍い音がした。
その音にセリーヌはハッとして、走り出した。
「えっ、セリーヌ?!ちょっと待ってよ!!!」
リリーが慌ててセリーヌを追いかける。
そんなリリーとセリーヌの姿を見て、4人は顔を見合わせて、後を追った。
声のする場所は、厨房から聞こえた。
バタンッ!!!
セリーヌは息を切らしながら、大きな厨房の扉を開く。
「・・・・あら、セリーヌさんではございませんか」
蒼海が笑う。
蒼海は皿洗いをして、他は誰も居ない。
「蒼海さん・・・さっきの音は・・・・?」
セリーヌは息を切らしながら蒼海に近付いて訊く。
「・・・・蒼海で良いですわ。
さっきは私がドジをして怒られていただけで・・・・
いつもの事です、お気になさらずに。
もうすぐ朝食の御時間ですのでお席について待っていて下さい」
蒼海は皿を洗いながら笑った。
セリーヌは眉間を顰めた。
さっきの言葉がとてもいつもの事のようには思えられなかったからだ。
「・・・・そっか。
じゃぁ、先に席についてるね」
セリーヌは作り笑いをして厨房を去った。
ガタンッ・・・
「・・・はぁ」
セリーヌが去った後、蒼海は真っ白な皿を1枚乾燥棚に置いてため息をついた。
厨房の窓から、楽しそうに席についているセリーヌ達の姿を、蒼海は哀しそうに見ていた。
「いっただっきまーす!!!」
ファルが勢いよく言うとパンにかぶり付いた。
「ファル、行儀が悪いわよ」
隣に居た忍がパンを少量千切って口に入れた。
「だって美味しいんだからいいじゃないの!!!」
「美味しいからいいってもんじゃないわよ」
忍は冷酷に言い張った。
「あはは♪
2人とも頑固だね♪」
チェリーが笑う。
楽しい、朝食のひと時の事。
ガシャンッ!!!
広い食堂に、大きな音が響いた。
「!?」
その音に皆が音をした方に向いた。
「このパン、蒼海が焼いたんですって?」
冷たい声で言うのは瑠璃だった。
「はい・・・そうですが」
蒼海は少々圧され気味になりながら答えた。
「何なのこのパンは!!!」
瑠璃は食べかけのロールパンを蒼海の顔に投げ付けた。
「瑠璃!!食事中に止め・・・」
「翡翠石様には関係ございません!!!」
瑠璃はピシャリと言うと、床に倒れている蒼海の服の胸倉を掴んだ。
「貴女・・・
緑嬢から教えてもらってるでしょう?
なのにどうして教えてもらったとおりに作らないの?
貴女は何を考えてるの!!」
瑠璃はそういうと蒼海を投げ飛ばす。
蒼海は声も出さずに壁に体を強く打ち付けた。
「全くもう!!ジャンクに生まれたか・・・」
パシッ!!
瑠璃が再びパンを投げ付けようとした時、誰かが瑠璃の手を止めた。
「!!?」
瑠璃が驚いて振り向く。
手を止めていたのはセリーヌだった。
ギリギリとセリーヌの爪が瑠璃の腕に食い込む。
「何よ!!!放しなさい!」
瑠璃ががむしゃらに暴れる。
「平気で人をジャンクって言って・・・
その態度は何かしら?」
セリーヌは軽々と瑠璃を片手で持ち上げる。
彼女の体は異常に軽かった。
「う・・・ッ・・・!!ああ・・・ッ!!」
瑠璃は痛がってがむしゃらに暴れ始める。
「放して!!放しなさい!!」
瑠璃が空いているもう右手でセリーヌの腕を剥がそうとする。
だが、セリーヌの手はびくともしなかった。
ぎりぎりと瑠璃の腕に爪が食い込む。
「蒼海に謝りなさい」
セリーヌが手を無意識に震わせながら言う。
「・・・嫌・・・よ・・・・!!
誰がジャンクなんかに謝るもんですか・・・!!」
瑠璃は苦しそうに目を開く。
ギリッ・・・
「ああっ!!」
爪をさらに食い込ませると、瑠璃が唸り声をあげた。
「セリーヌ!!もうそれくらい・・・」
「あんたは黙りなさい」
リリーの止めの発言に忍が止めに入る。
忍の威圧感に耐えられず、リリーは黙った。
「パンを拾って蒼海に謝りなさい」
「い・・や・・・・」
「謝りなさい!!」
セリーヌの言葉が強くなった。
「・・・分かったわよ・・・・
拾えば・・・いいんでしょ・・・・?」
「心を込めて篤く謝りなさい!!」
セリーヌは怒鳴った。
「・・・降ろして下さい・・・」
セリーヌは瑠璃の正直な発言に瑠璃の腕をパッと放した。
ガタンッ・・・!!!
瑠璃はそれと同時に床に膝を着いた。
へなりと座り込んで、呆然としている。
瑠璃の腕には、セリーヌの爪の痕がしっかりと残されていた。
お礼という名の言葉
愛という名の気持ち
愛しているから、怒れるのではないのでしょうか?
第4夜
ピィピィピィ・・・
外で小鳥が鳴いている。
セリーヌはそんな小鳥の姿を憂鬱そうに見つめていた。
「そんなに憂鬱な顔をして、一体如何したのでしょう」
クールな声が聞こえ、左を向く。
「・・・颯・・・・」
セリーヌはぼぅっと呟いた。
「よくお名前をお憶えで。
そんなに哀しそうな顔をしていても綺麗な顔立ちは変わらないのですね」
颯が隣に来て言う。
「上手い事言うね」
セリーヌが颯に向かって笑った。
「いいえ・・・。
貴女の笑顔は全てを映す鏡のようだ」
颯は微笑んだ。
〝全てを映す鏡〟―――。
「有難う・・・。
あと、颯に1つ訊きたい事があるんだけど・・・
今空いてる?」
セリーヌが窓に寄り掛かるのをやめて言う。
「大丈夫だから貴女の元へ来たのです」
颯は再び微笑んだ。
セリーヌはその笑みにつられて笑った。
「・・・・蒼海の事ですか?」
颯が呆然とした表情で言う。
「ええ・・・
なんか今朝からずっと虐められているような気がして・・・」
セリーヌは憂鬱そうな顔をして俯いた。
「いつもの事ですよ。
蒼海は・・・」
颯は突然黙り込む。
「蒼海ちゃんは・・・?」
セリーヌがつられて訊く。
「・・・蒼海は・・・
我等、Citrusdollsで一番の美しさを誇るドールです。
仕事もよく出来て、綺麗で・・・
だがそういう事は蒼海をよく思わない奴も居て・・・
そいつ等・・・主に瑠璃達ですが・・・
そいつ等が虐めているのです。
自分より美しい存在を認めたくないからです。
僕も蒼海は嫌いです。
でも・・・僕は自分の思っていることを言わずにいつも言いなりになっている蒼海が嫌いで・・・・
美しくて・・・何でも出来る器用な蒼海は好きで・・・」
颯はそこで深くシルクハットをかぶる。
「でも・・・どんなに虐められても・・・
自分がどんなになっても・・・
いつも、〝平気だよ〟と笑顔で言うんです・・・
その度に瑠璃達は虐めて・・・僕は何も・・・」
颯のシルクハットの中から、一筋の涙が伝って来た。
「ねぇ・・・貴方達は・・・・ドールなんでしょう?
ドールなら地位なんて関係なく・・・
関係なく・・・仲良く出来るはずなのにどうして?」
セリーヌは颯に聞き訊ねる。
「・・・ドールはドールでも・・・
地位やグループくらいはあります・・・。
でも瑠璃達はそういうのではなく・・・
自分より・・・美しい存在を認めたくない・・・
ただそれだけで・・・」
颯の口元が緩む。
「僕は・・・朝のセリーヌさんの行動・・・・
ずっと凄いなあと思って見ていました・・・
瑠璃は長女なので・・・
翡翠石様でも逆らえないくらい・・・
そんな気難しい人で・・・
だけど瑠璃は・・・
仲間思いで優しいけれど・・・
その分頑固なところもあって・・・・
瑠璃は昔とても優しかった・・・
でもお母様が死んでから・・・
蒼海にあたるように・・・」
颯が言う。
ぽろぽろとシルクハットの下から伝う涙に、セリーヌは目を反らした。
「・・・僕は弱虫です・・・
僕は今までずっと蒼海を護りたかったのに・・・
いじめられるのが怖くて・・・護れなかった・・・
今の瑠璃に逆らえるのは多分・・・
セリーヌさん・・・貴女だけです」
颯は涙を拭いて顔を上げた。
「じゃあ・・・
颯は、蒼海を護れるように強くならなきゃ。
瑠璃ちゃんだって、グレた理由があるでしょ?」
セリーヌの言葉に颯は頷く。
「颯なら強くなれるよ。
遅くてもいいから、蒼海を護れる様に強くなろう」
セリーヌは笑った。
カチャ・・・
ふと扉が開いて、颯とセリーヌは扉のほうを向く。
「あ、こんなところに居たぁ・・・」
ドアの影から出て来たのは、チェリーだった。
「チェリー・・・私を探してたの?」
セリーヌは言う。
「神田が呼んでるの。
至急皆を集めろってね・・・」
チェリーは浮かない顔をして俯いた。
セリーヌの脳裏に嫌な想像が浮き出て来る。
その想像を消そうとセリーヌはぶんぶんと首を横に振った。
「邪魔・・・ですね・・・。
僕もこれから用事が入っているので。
これで失礼します」
颯はシルクハットをとって一礼をすると、走って談話室を去って行った。
颯に代わり、ぞろぞろと仲間達が入って来る。
チェリーと神田以外、皆は楽しそうに入って来た。
10人、全員が揃った時、チェリーが口を開いた。
「皆・・・突然呼び出して御免ね・・・
ただ・・・どうしても話したい事があって」
チェリーが目を伏せる。
「やっぱり・・・私達はエクソシストでしょ?
だから・・・イノセンスも取らなければいけない。
そこでユウが、ドールたちの中にイノセンスが入っているんじゃないかと言ってるの。
それでまぁ・・・作戦立てないといけないなぁって」
チェリーの言葉に皆の視線が神田に向く。
「それはしょうがないことでしょうね。
あいにく私達はエクソシスト。
此処で永久に豪華暮らしってわけにも行かないわ。
じきイノセンスは取らねばならないものね」
忍はチェリーを見つめながら言った。
「でもそんな・・・!!」
アレンが口を開いた。
「俺は此処にプライベートで来たわけじゃねェぞ」
アレンの言葉を神田が遮る。
「・・・じゃぁ・・・作戦立てようか」
チェリーの元気の無い声で、10人の脳が動かされた。
自分にかける自己暗示
自分はドールだという自己暗示
どんなに気を紛らわせても
哀しみは消えない――――。
第5夜 ―蒼海side―
キイ・・・
蒼海は仕事の合間に暇が出来たので、部屋に戻る事にした。
部屋には寝るだけで、部屋で過ごす暇も無かった。
蒼海はバサリとベットに倒れこむ。
視界に入る、白い天井。
太陽の光が、壁にかけてある自分のドレスを照らし出していた。
淡い青のドレス。
色とりどりの飾りやリボンがついている。
Citrusdolls11番ドール蒼海が本来着ていたドレスだ。
最近はメイド服ばかりで、自分が本来着ていたドレスなんか触れた事も無かった。
自分があのドレスを着る事なんか、赦されない事だから――――。
コンコン・・・
「蒼海居るかい?
仕事が入ったから、一緒に行ってくれないか?」
その声は光姫のものだった。
「分かった」
蒼海はそういうとベットから立ち上がり、部屋のドアを開けた。
鍵をかけると、光姫と一緒に集合場所へと向かって行く。
光姫は蒼海とは違う、執事服を着ていた。
白いブラウスに黒いタキシード、青色のリボンネクタイ。
同じCitrusdollsで女の子なのに、嫌と言うほど執事服が似合っていた。
私なんか、メイド服でさえも本来の服でさえも似合わないのに。
「そんな事は無いさ」
光姫は蒼海の心を読むように呟いた。
いや、実際には読んだ。
「蒼海はこの世のどんなドールよりも美しいと思う。
そんなに自分を批判されたからって、見失わないで。
君が着れない洋服なんか無い。
僕は蒼海がAliceだと信じているよ」
光姫が蒼海の頬を撫でた。
優しい言葉に、思わず涙が零れ落ちる。
「光姫・・・有難う・・・・」
その言葉を聞いて光姫は笑う。
「ほら・・・
その泣き顔も、颯とよく似ている」
蒼海は黙った。
「どんなに似ていない姉妹であっても・・・
1つは似ている場所があるんだから。
蒼海は颯によく似ている。
颯に似ているって事は・・・出来損ないでは無い事」
光姫が言った。
今まで散々出来損ないと言われ続けてきた蒼海にとって、どれだけ優しい言葉だっただろうか。
そして、どれだけ・・・・
どれだけ、心に効いた傷薬だっただろうか――――。
「へぇ~・・・
まず蒼嬢チャンの狙いは蒼海ちゃ?」
癒夢が実験室入り込んで来て言う。
「ちゃん付けは勘弁してくれないかな」
蒼嬢が画面に提示された蒼海の映像から目を放して癒夢をちらりと見た。
「いーじゃんいーじゃん?
後ねぇ、ウチ今シトラスの方見て来たんだよぅー・・・
そしたらねぇー・・・
蒼海ちゃ以外にも怪しい奴は居るんだよぅー」
癒夢が奥にポツリと置いてあるソファーに座って言った。
「・・・それはどういう事だ?」
蒼嬢が映像を止めて振り返る。
「えっとねぇー・・・
翡翠じゃないのが入ってる奴がー・・・
蒼海ちゃと弥ちゃと黒姫ちゃと光姫ちゃと颯ちゃ。
この5人は只者じゃなさそぉよーぉ・・・」
癒夢が言う。
「その言葉頭の何処かにしまって置くよ」
蒼嬢が映像の再生ボタンを押す。
映像が再び流れ出した。
「そうした方がいいっぽいよぉー」
癒夢が映像を見つめながら素っ気無く言った。
「・・・癒夢、蒼嬢の邪魔になるからこっちに来なさい」
実験室のドアに立っていたのは翠嬢。
「何だよぉ、その邪魔者扱いはさぁ?」
「本当に邪魔になっているでしょう?」
翠嬢は癒夢の発言も聞かずに即答した。
「まぁまぁ、翠嬢。
許してやってくれないか?
癒夢は大切な情報を提供してくれたんだ」
蒼嬢は映像と書類を分析しながら言った。
「そう・・・
癒夢、用が足せたら戻って来なさいね」
翠嬢はそういうと実験室を出て行った。
「翠嬢の言うとおり、ウチ行くわぁ。
輝鋼チャンは纐纈と弥銀の世話終わったっぽいよぉ?
2人の戦闘能力、むっちゃ高いよぉ。
実験終わったら見に来なよぉ~」
癒夢はバイバイと手を振りながら実験室を出て行った。
カシャンと扉が閉まり、実験室に沈黙が戻って来る。
蒼嬢がニヤリと卑しく笑った。
その微笑みは誰にも見えずに消え失せる――――。

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