花言葉の約束 空花 /作

【28】
「大丈夫だよ。ちょっと嫌な事を思い出しただけだから……」
そう言って琴音は笑った。
作り笑いだ。
それくらい、私でも分かるよ。
無理して笑わないで。
「……全然大丈夫じゃないよっ! どうしたの!?」
「いや……大丈夫」
琴音は弱弱しい声で言った。
「ほら、大丈夫だって」
琴音は再び立ち上がった。
そして、段々明るい表情を取り戻した。
「ごめん、心配かけて……」
「ううん、大丈夫ならいいよ。何か……嫌な事思い出してた?」
「……えっ」
図星だ。
言ったくせに。
「『悲しいこと』より『楽しいこと』を考えて時間を使ったほうがいいよって言ったばかりなのに。」
言葉が溢れてしまう。
どうしよう、止まらない……!
「人に言ったばかりなのに自分は悲しいこと考えちゃうんだ」
違う! そんな事思ってない!!
思ってないのに……どうして?
私がバカだから?
怒ってもいい。
琴音。
「……そうだよね、人に言ったばかりなのに自分は悲しいこと考えちゃうんだよね。僕は」
琴音は俯いて言った。
正直、驚いた。
絶対怒ると思ったのに……。
思ってなくても。
でも、言ってしまったから。
謝らなきゃ。
「ごめん……!」
私は謝った。
どうして、こんな事言っちゃったんだろう。私はバカだ。と何度も頭の中で繰り返す。
私が虐待で傷ついてきたように、 琴音も【何か】で傷ついてきたの……?
琴音のあんな姿、初めて見た。
「……もういいよ、」
琴音は何か言いたげだったけど、言いかけてやめた。
「そっか……」
何だか暗い雰囲気になってしまった。
息苦しい。
公園の時計を見ると、もう午後9時半近く。
私達、結構長く一緒に居たんだな……。
いつの間にか雨は止んでいた。
「もう……9時半近いよ? 琴音。帰らなくて平気?」
「そうだね……」
琴音は頷くように言った。
「もう、帰らなくちゃね。でも、七海、平気?」
琴音は心配するように聞いた。
「何って……」
言いかけて言葉が詰まる。
そうだ。
私は、お母さんに、虐待されてたんだ。
毎日罵られて殴られて。
時には真冬のマンションの廊下に放り出されたり。
【虐待】
たったこれだけの文字なのに、
その文字には、辛い、悲しい意味がたくさん詰まっている。

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