花言葉の約束 空花 /作

【56】
七海目線
琴音が少し黙った。
――ねえ、やっぱりそうでしょう? 戻るはずなんか、ないんだよ。
私はそう言おうとしたけれど、声にならない。
真っ赤に染まった空が、私達を照らす。
私も、琴音も、黙ったまま。
その間、どんどん時間は過ぎて行く。
風も冷たくなってきた。
「……信じよう、ね?」
琴音が溜め息交じりに言った言葉は、それだった。
もう……信じられるはずなんて、無い。
「無理だよ……」
私はお母さんを殺.してやろう、何度もそう考えた。
散々傷ついてきたんだ、私は。
そんな日々の中で見える希望は、ほぼ無い状態。
なのに。
――琴音は、知らないんだ。
傷ついて一日中泣いたりとか、自分の為に人を傷つけたりとか。
誰かを本気で殺.してやりたいと思った事もないだろう。
琴音は、今考えてみれば出会った時から綺麗な言葉を重ねていた。
その時は落ち着いてなかったから分からなかったけれど。
「琴音は分からないでしょ? すごく傷ついたりとかしたことないでしょ? なのに、何にも知らないくせに、信じなよとか言わないでよ!!」
分かったような言葉並べて、『あの子は可哀想ね』とか言う人が一番嫌いだ。
琴音は、友達だけど。
だけど――もう――誰も、信じられない。
「……僕だって、傷ついたことあるよ」
「嘘つき!! じゃあその時のこと話してよ!」
私は何もかも無くしていた。
唯一の光は、琴音だけで。
だけど――私は自らその光を閉ざした。
見たくない、そんな光。
「七海は、桜に似てるから」
……何?
「桜は、私のせいで死.んじゃった」
独り言のように琴音は喋り続ける。
「私が助けてあげてれば、気付いてあげれば、桜は死.ななかったのかもしれないのに」
「……どういう事?」
「僕が今までの中で一番傷ついた事」
どうせ……嘘なんじゃない?
そんな気持ちがまだあるけれど。
少しだけなら、耳を傾けてもいいかもしれない。
「桜は、私の親友だった。いつも明るくて優しくて人気者だったけど、中学の時、桜は……」
琴音はベンチの傍の木を見上げながら続けた。
「自.殺した」
「……辛かったくせに何も話さないから気付けなかったんだ、僕は」
琴音の目はもう私を見ていなかった。
そこに居ないはずの人を見つめているかのように。
「ねえ――七海だって辛かったのにここまで自分の気持ち押し殺して、耐えて生きてきたんでしょ?」
琴音の目が再び私を見ている。
答えは……もう分かる。
「そうだよ」
そうとしか、答えようが無かった。
琴音は分かっていたから。
「……お母さんを捜しに、行こう」
琴音は私の返事に答えずに、ただそれだけ言ってベンチから立ち上がった。
「信じても無駄」
私はそう言って、立ち上がらなかった。
立ち上がる気がしない。
「いいから捜しに行こう。何か、変わるかもしれない」
冷たい琴音の表情と言葉。
さすがに私は首を振ることも出来ずに、頷いてベンチから立ち上がった。
琴音は先をスタスタと歩き、振り向きもしない。
そこにはもう、優しい琴音の姿はなかった。
ただ、悲しげな風が吹いているだけで。

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