花言葉の約束  空花 /作



【62】



「お母さん……」

震える声で私は呟いた。

「許さないのは分かってる。気が済むまで何してもいい」

私が目線をお母さんに戻すと、お母さんはやっぱり真剣な表情をしていた。

私が"悪"ならお母さんを殴っていただろう。

けれど、そんな事しても、罪悪感が増えていくだけ。

悪には、なれなかった。

私は、善にもなれない。

許していいかなんて自分自身が決める事なのに、少しだけ琴音に頼ろうかと考えてしまった。

さっきから琴音はずっと黙っている。

ずっと夢見た事が既成事実になっているのに、私はまだ混乱していた。






「もういいよ、お母さん。無理しなくていい」

しばらく考えた末に、出た言葉はこれだった。

「七海……?」

「私は、許せないほど辛かったけれどお母さんだってきっと辛かったんだよね?」

「自分の気持ち隠さなくていいのよ、七海」

お母さんは少し泣き声になっていた。

本気で許してもらえないのを覚悟していたんだろう。

「隠してなんかない、お母さんだって辛かったはずなのにそれに気付けずに私もお母さんを傷つけてた。これでおあいこだよ」

もう、嘘はつかない。

最初から、お母さんが本気で謝っているのを分かっていた。

とっくに、十分責めたよ。

「そんな簡単に許していいの? お母さんの事なんか心配しなくていいの」

お母さんは目の前に起こった出来事を信じれていないようだった。

私も、信じれなかった。

「確かにお母さんは一生許されなくてもいいくらいの事をした。私はお母さんが謝ったからそれだけで許したわけじゃないの。お母さんが本気で謝ってるの、分かってたから……」

「七海、信じてくれてありがとう」

そう言ってお母さんは私に笑顔を見せた。

けれどその目には涙が浮かんでいた。

それがお母さんの頬を伝い、アスファルトへと落ちていく。

何年も見ていなかったお母さんの笑顔。

懐かしすぎて私も泣きそうになったけれど、じっと堪えた。

「お母さん……ありがとう」

そして、涙の代わりにお母さんにそう言った。

お母さんは笑顔のまま、涙を流し続けている。

その時琴音が私とお母さんに近づき、こう言った。

「何も言わずにこれだけ言って帰るなんて、と思われるかもしれませんが……2人が、元の幸せな親子関係に戻れることを祈ってます。それでは」

不自然なほど大人びた口調の琴音は、別人のように見えた。

「また、あの公園で会おうね」

琴音は私にそっと囁き、走って帰っていった。

本当に"何も言わずにこれだけ言って帰るなんて"だよ。

でも、きっと私達の事を思ってなるべく空気を壊さないように黙っていたんだろう。

『あの子、誰?』

いつもならお母さんはそう私に聞いていただろう。

けれどお母さんはその事については言わずに、涙をポケットから出したハンカチで拭きながらお母さんはこれだけ言った。

「七海、そろそろ帰ろうか」

「うん、お母さん」

私がそう返事をすると、お母さんは黙ってハンカチをしまった。

その時にはもう、お母さんの涙は止まっていた。

「じゃあ、行こうか」

それだけ言ってお母さんは私と手を繋いで歩き出した。

笑顔のままのお母さんと、手を繋いで歩いていく。

私がずっと望んでいた光景だった。