青い春の音

作者/ 歌



第1音 (2)



「おはよー」

いつも通りの校門をくぐり、
友人らといつもの挨拶を交わす。

この春から無事進級し、高2になったため
まだ制服が初々しい新1年生を見かけては自ら声をかけていた。


「お、おはようございますっ」

ビックリしながらもしっかり返事を返してくれる子もいれば、
頭をちょこっと下げるだけの子もいた。

その様子を見ながら春の穏やかな陽射しのせいか、


また新しい音が浮かぶ。


登校して早々、既に頭の中では家に帰ってから
何をやろうか、そんな計画が立て始められている。

ふっ、と音楽のことを考えるだけで
表情が緩んでしまうのを隠すこともせず、
靴箱までたどり着くと。


「悠!おはよう」


背中に突然の重みを感じ、
履き替えようとしていたシューズを取り損ねた。


「はよー」


高校での一番の親友、青田愛花(アオタマナカ)の
私より一回り大きい姿を視界に捉え、
だるさ満開で挨拶を返した。


「相変わらずだわー。ってかあんた、
さっきまで超周りから見られてたんだけど」

「えー。そんなん知らんよ。ってか早くしないと
まだ課題終わってないからヤバいって」


一刻も早く課題を隣の席の秀才くんに
やってもらわなければいけない。

愛花の腕を引っ張り、急かすように前に進んだ。


「ほんっと、悠って変わってるよねー。
あんた、顔だけならモテるんだからその性格何とかしろよ」

「てめぇに言われたくないわ!」


いつものだる絡みをしながら、
私たちのクラス2年B組に向かった。


今日も私の大嫌いな授業が始まる。




「ぐはーっ」

「顔と口から出てるものがミスマッチすぎるよあんた」


4時間目のチャイムの音を耳にした瞬間、
机に項垂れて変なため息を吐き出す。

それを斜め前の席に座っていた愛花に横目で指摘された。


「あー腹減った!愛花!購買!早く行くよっ」


お昼のことが頭を過り、直ぐ様だるい体を起こして
カバンの中をかき混ぜながら、やっと見つけた財布を手にして。

うだうだ何か言っているヤツの首を掴んで
一目散に教室を飛び出した。


「あー悠!ウチも!」

「ウチも行く行くー」

と、教室を出る間際に私と愛花といつも一緒にいる、
いわゆるイツメンの2人が後ろから追いかけてくる。

いつもの光景に、1年の頃から変わっていないクラスは
いつもの様に賑やかだった。



廊下を走れば通りすがりの先生の声を背中に受け、
他クラスの友達と目が合えば男女構わず、私なりの挨拶をかける。


自分で言うのもあれだけど、私はたぶん、
しっかり華のJK生活を充実させているだろう。


私自身も今の生活に何の不満もなく、
居心地のいい場所で平凡とも言える時間を過ごしていた。




人だかりになっている小さな購買で
梅おにぎりを買って、自動販売機でいつもの
ポケモンコーヒー牛乳のボタンを押した。


今日もいつもの時間が過ぎようとしている。


「ほんっと、あいつの頭どうにかなんないかね」

「だよねだよね!毛薄いくせに
ふっさふっさしててキモいんだけどぉー」

「笑いこらえるのに必死で授業どころじゃないよね…」


私1人、ストローを吸いながら歩く隣で
イツメンの3人は国語の教師の話題で騒いでいた。


うん、今日もうまいなぁー。
イチゴミルクは甘ったるいし、
ヨーグルト味はエグいし、これが一番だよね!


「ねぇちょっと悠!聞いてんの!?」


いつものコーヒー牛乳の味に
満足していたのも束の間、
隣から甲高い声が鼓膜を揺らした。


「悠もそう思わない?」


愛花以外の2人は何としてでもキモいことを伝えたいらしい。


「えー興味ない。あ、もう無くなっちゃった」


空になったコーヒー牛乳のパックを
一生懸命縦に振るが、もう残っている様子はない。

名残惜しさを感じながらも
次はゴミ箱へと直行した。


「だから言ったじゃん。悠は興味ないことは
とことん目を向けないから」


愛花が2人に苦笑しながら言っている間にも、
また帰り買って飲もう、と心に決めていた。


「ま、それが悠らしいかー」


2人もやれやれと言った感じだが、私にはそんなの関係ない。

これから私は自分の世界へ飛び立たねば!

追い付いた3人にいつもの「んじゃね」を言い残し、
学校で一番大好きな時間を過ごす場所へと足を向けた。




よくドラマや小説に出てくるような
『屋上』なんてのはなく、いかにも青春!
なんてのはあり得ない。


むしろ私は屋上があったとしても、
絶対にそこに足を運ぶことはないと思うけど。


いつもの軽やかな足取りで向かう場所は、
体育倉庫の屋根の上。

ちょうどこの時間帯になると
体育館の影が重なり、とても涼しい。

普通の生徒じゃ一切目もくれないこの場所が
、私のお気に入り。


結構な高さがあるのを、助走をつけ
て壁に足をつければそのまま腕の力だけで
登れるようにまでなった。

誰もいないからスカートをはいてることなんて気にしない。



「ふぅー。今日も最高だ」



大人数で過ごす時間も好きだけど
1人の時間だって私は大切にしてる。
ちょっと冷んやりしているコンクリートに寝そべり、
ちょっと目を細めて青空行く雲を観察。

それに満足したら、ゆっくりと瞼を閉じた。



風の音。鳥の鳴き声。
草木が揺れる音。
どこからか聞こえる笑い声。


いろんな音が溢れているこの世界に耳を澄ませていたとき、



上からポロン、とよく知っている音が降ってきた。




それは、私の大好きな音…


言葉にならない音たちだけど、
生き生きと一生懸命自分たちの存在を伝えようとする。


そして、その小さくも大きい存在が
音を奏でている本人の心を表現してくれる。


まぎれもない、『ピアノの音』



体育館の向かいにある校舎の三階には音楽室がある。
たぶん、そこで誰かが弾いているんだ。


ただいつもここにいても聞いたのは今日が初めて。

それにこの弾き方……


たぶん、女でも高校生でもないと思う。


音楽の先生は女のおばさん先生ただ1人だし、
吹奏楽部に男がいるとは聞いたことがない。

昼休みにわざわざ音楽室にいるのは吹奏楽部のはずだし。

吹奏楽部じゃなかったとしても、この学校に
そんなピアノのうまい男子生徒なんていなかったはず。


男らしさがある中にも、優しくて穏やかな
気持ちを誘い出す、この独特の世界を創れる人…



誰が弾いているんだろう?



そう思い、反射的に体を起こして
音楽室に向かうとした瞬間、


5時間目の授業が始まる5分前チャイムが鳴ってしまった。
その音と入れ替わるように、降ってくるピアノの音の雨がやむ。


ものすごく気になったが、次の授業に
出ないといけないため、心とは裏腹に教室へと体を向けた。