青い春の音

作者/ 歌



第4音  (6)



また静寂に包まれた空間を、
スリッパの音が歩く。


メールを知らせるランプが
ちかちかと長い間光っていて、
ようやくその中身を開いた。


大和と出会う前に確認していた
11件という文字は15件に増えている。

それに少し気疲れを感じたけど
息を吐いてずらっと並ぶ
名前を見て、一番最初に目についた
『春日井煌』のメールを開いた。


内容は来週、時間があったら
会いたいとのことだった。


昨日会ったばかりなんだけどな……。


なーんてことはあまり気にしないで
一応ほかのメールも開く。

バンドの人からの依頼や
頼んでいた新曲はできたか、
後は友達からの遊びの誘いなど。

愛花から送られてきた
リアルアンパンマンの画像を
保存して、返信を順番に打つ。


煌には広報委員会の集まりの
次の日を指定した。

たぶん築茂も一緒だろうし、
なるべく早いほうがいいよね。


愛花を含めた何人かのメールは
スルーして返信完了。



時計を見るとすでに8時。

結構長い間、大和がいたんだなと
今頃気付いてちょっと気が引けた。


今からやることは結構ある。

バンドにあげる新曲の歌詞は
できたけど、曲自体がまだだから
それをすぐに作り終わらせる。


あとはインタラクティブフォーラムの
原稿を30分以内で仕上げよう。


数学の課題はもう終わってるから
問題なしとして。

全部終わったらピアノと
バイオリンの練習をしようかな。


私の部屋は防音されているから
時間帯を気にすることなく、
気持ちよく音楽ができる。



流れていたコブクロのアルバム曲が
止まり、オーディオの電源を切って、
音楽用の部屋へと向かった。



ふと。


今日の大和とのやり取りを思い出して、
もう仕事してるかなと考えたら。

自分のやってることなんて
狭い箱の中での出来事でしか
ないんだ。


だから、精一杯やろう。



一人頷いて、これから生まれる
音たちに向かっていった。




HRが終わって教室内がざわざわと
する頃、いつもは一番最後まで
残って誰もいなくなってから
席を立つ私も。


今日は広報委員会の集まりが
あるから、ざわめきの中に
混じって動いた。


「あれ、悠今日はどっかの
 ピンチヒッターに行くの?」

「いや、広報委員会の集まり」


後ろを振り返った愛花に
カバンを肩にかけながら答える。


「あ、そっか。頑張ってね」


そう言って笑った愛花にサンキュ、
とだけ言って広報委員会の
教室へと向かった。


空雅や大高、クラスメイトたちと
挨拶を交わしながら。



あの噂が流れてからなぜだか
周りの反応がやけに
優しくなったような気がする。

私の様子をうかがいながら
ある一点の話に持って
いかないように気を使って。

バカみたいに今までの
やり取りが空雅や大高からも
なくなった。


どんな噂になってるのか、
私の耳には入ってこないけど
こちらから聞こうとも思わない。


いくつかの視線をはねのけて
しっかり足を前に進めた。





3-Eと書かれた教室のドアは
すでに開かれていてちらほら
生徒が座っている。

3年生の廊下だからもちろん
先輩がたくさんいるわけで。


以前は気軽にナンパしてきた
男子の先輩たちも目を合わせない
ようにしているのがもろばれ。


でも私としては好都合。

いつもめんどくさくて
仕方なかったからね。


教室の中に入り、適当に窓側の
一番後ろの席にカバンを置いた。

いつものように荻原先輩は
教団でなにやら作業をしている。


荻原先輩以外の視線を受けながら、
窓の外を眺める。

さすが3年生の教室は3階でもあるから
眺めがかなりいい。

自然にあふれているこの高校は
きれいな桜の木が校門を
入ったすぐ目の前にあって。

もう6月に入ろうとしている
この時期はちょっと寂しくも見えた。



「じゃ、時間になったので始めます」


荻原先輩の声で前に視線を
移すと、いつもの穏やかな瞳が
私に向かってる。

……ような気がした、だけ。






今日の内容は、この前荻原先輩自身が
言っていたように、図書室の前に
貼ってあるポスターを張り替えるだけ。

ただ結構な量があるから
今、教室内に座っている数人の
生徒だけだと大変そうだ。


いつもなら誰かしらが私に
声をかけて一緒にやるんだけど、

今日はやっぱり、違う。


だからだろうか。


いつもは委員会の中であまり
話しかけない荻原先輩だけが、

画びょうを一つずつ外す
私の隣に立った。



「ごめんね、今日来てもらって」

「何で謝るんですか。私も
 一応広報委員会なんですし、
 呼ばれたらいつでも来ますよ?」


どこまで気を使う人なんだろう、と
ちょっと苦笑いが零れた。

それに、ありがとう、と微笑んで
くれた荻原先輩は至っていつも通り。


いや、ここまで噂一つで変わる
ものなのかと逆に他人事のように
感じてしまう。



作業は着々と進んで、5時から始まった
委員会も1時間ほどで解散となった。

思ったよりも早く終わったから
ちょっと気が抜ける。

さほど多くなかった生徒たちは
すでに下校するなり、部活いくなりで
あっという間に教室内には
私と荻原先輩だけが残った。


やっぱり委員長というものは
大変みたいで、いつもこうして
終わった後も一人で記録を
しているらしい。


誰もいないときに昇降口に
行きたいからもう少し、
ここにいようかな。

それとも、体育館倉庫の上で
寝ていようか。


そんなことを窓の外を
見ながら考えていると、


「神崎さん、帰らないの?」


いつの間にか、すぐそばで
立っていた荻原先輩が
口を開いた。


「え、っと……。もう少し
 人がいなくなったら帰ろうかなと」


一瞬、言葉に詰まったけど
すぐに平静を装って笑顔で答えた。

そっか、とそれについては
これ以上聞こうとはしない。