青い春の音
作者/ 歌

第6音 (8)
すぐに家のインターホンが鳴って、
玄関のドアを開けると、愛花と愛花のお母さん。
いつものように穏やかな笑みを
浮かべていて、ふっくらした顔つきが
愛花によく似ている。
「よろしくね」とお母さんが焼いてくれた
クッキーをもらって、それにお礼を言い、
愛花を上がらせた。
「タコライス、できてるよ」
「やったぁ!ね、DVD借りてきたんだ!見ようよ」
「何の?」
「君へ届け!」
「あぁ……三浦秋真が出てるやつ?」
「そうそう!もうめっちゃかっこいいんだから」
愛花の大好きな俳優が出ている恋愛映画の
DVDを早速取り出して、見せびらかす。
全く興味ないのですが。
「そんなの一人で見なさいよ」
「はぁ!?お前ふざけてんの?」
「興味ないってば」
「出たよー。悠って本当に恋愛系とか
興味ないよね」
「うん。ほら、冷めちゃうから早く食べな」
「……悠のは?」
「あんたが来るの遅かったから、お腹
すきすぎて先に食べた。まぁ、あまり
好きではないからちょっとね」
「タコライスのどこが“あまり”なの!?
味覚おかしいんじゃない?」
「あーはいはい。早く食べろって」
自分の好きなものを否定されると、ムキに
なるのが愛花の癖。
こーゆーのは適当に流すのが一番。
まだぶつぶつ言いながらも、満足そうに
タコライスを完食した姿を見て
改めて実感した。
やっぱり愛花は、大切な存在だと。
それからお風呂に入った後、嫌々言いながらも
強引に愛花の隣に座らせられてDVDを見た。
途中からぐすぐすと鼻水をすする音が
聞こえてきたから、ティッシュを
目の前に置いてあげる。
どこが感動の場面なのか、分からなーい。
つくづく冷めた人間だな、と思いながら
つまらない2時間を過ごした。
「あーもういい話だったぁ」
「それはよかったですねー。はい、お菓子」
「ありがどー。あんな恋愛したいよー」
「そうですかー。はい、ジュース」
「ありがどー。悠ー結婚しよー」
「嫌ですー。はい、ガムテープ」
「いらんわ!」
泣くのか、突っ込むのかどっちかに
してください。
しばらくいつものくだらないやり取りを
した後、愛花はお菓子を片手に、
2人で寝室に入った。
一応ベッドはあるけれど、ほとんど
リビングのソファしか使わないから綺麗な
ままで愛花がそこに寝る。
ボスン、と勢いよく座りながら
さっきのDVDの話を一生懸命していると。
「うちさぁ……告白しようかな」
遠くを見るような目でぼそっと呟いた。
誰に、とは聞かないし、いいと思う、とか
無責任なことも言えない。
愛花の表情を見ればなおさらに。
ずき、と静かに胸の奥が軋む音に
気付かないふりをして、じっと愛花を見つめる。
「このままじゃ、何も変わらないし
うちもやれるだけのことやりたいなって」
「……そっか」
「悠は……好きな人とか、本当にいないの?」
「本当に恋愛に興味がないからさ。
何も話すことないんだよね」
なるべく嫌な思いをさせないように
言い方と声のトーンを優しくする。
1つ間違えれば、友情が壊れるかもしれないから。
「もしできたら、言ってよ?」
「もし、ね」
「でも悠が恋愛なんてしたら、うちは悠の
おもりになっちゃうのかなぁ」
「んなわけないでしょうよ。何言ってんの。
愛花は愛花。私の中でそれは絶対に変わらない」
そう言うと、ちょっと照れくさそうに笑った。
「ありがと。恋愛だけじゃなくてさ、今日の
テスト結果もそう。本当に中途半端どころか
全然ダメダメだよね」
「思い当たるようなこと、あるの?」
「……うん。部活にも影響出ちゃってさ、
練習に身が入らないんだよね」
たぶんこの言葉の裏側には。
大高を好きすぎて、でも叶わないって
分かっていながらも諦めきれない。
恋愛のことしか、大高のことしか
考えられない。
だから、何をやるにもやる気が出ない。
それを実際に言葉にして私には言わないこと、
よく分かってるし聞きたいとも思わない。
愛花を苦しませてるのは、間違いなく
私が関係しているんだから。
でもたとえ大高が私を好きだとしても、
嫉妬は多少なりともすると思うけど
私を嫌ったり恨んだりするような奴じゃない。
友達だ、って信じてる。
「負ける、って分かってるんだよね。
当たって砕けるって分かってる。
だから怖くて前に進めないの」
「……うん」
「悠だったら……負けるって分かってる
勝負に、いく?」
負けるって分かってる勝負……か。
「いくよ。私に負けたくないから」
弱い自分に、逃げ出そうとする自分に、
臆病な自分に、負けたくない。
最大の敵は常に自分だから。
ベッドに座っている愛花を、下に
敷いてある布団から見上げる。
真っ直ぐに見つめる瞳が、すっ、と逸らされた。
「……本当に、悠はかっこいいよね」
寂しそうな表情を浮かべる愛花に
そっと手を伸ばして、頭を撫でた。
すると、ずっと我慢していた涙を次々と
流していく愛花。
立ち上がって優しく抱きしめた。
しばらくそうしていると、スースー、と
寝息が聞こえてきて、名前を呼んでみても
返事はない。
「おやすみ、愛花」
泣き疲れて眠ってしまった愛花を
そっとベッドに横にして、布団をかけてから
電気を消して寝室を出た。
リビングに戻ると、寝室に入る前に
消し忘れていたオーディオが小さいボリュームで
流れていることに気付いて、すぐに止める。
時計の針は深夜の2時を回ったところ。
まだ未開封のメールのせいであろう、携帯の
ランプが点滅している。
いい加減、返事しないとね。
携帯の画面を表示すると、電話がさらに
1件入っていた。
誰からかなんて容易に想像できる。
案の定、愛花の名前をはさむ煌の
名前が表示されていた。
電話があった時間からすでに4時間は入っているし、
こんな時間に電話するのは迷惑だろう。
受信BOXから、未開封のメールを一つずつ
開いていく。
煌のメールを見てみると、電話してほしい、と
一文書いてあっただけ。
大高のメールには、今日はごめん、と
ありがとう、と二文綴られていた。
何にありがとう、なのか分からないけど、
傷つけてはいないみたいでちょっと安心した。
煌には後で電話する、大高には、
私こそありがとう、と返信を打ち、
他のメールは適当に削除して。
ソファに寝転び、目を閉じた。

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