青い春の音

作者/ 歌



第5音  (3)



すると。


「Amazing grace……」


彼がさっき私が歌っていたメロディを
気持ちよさそうに奏で始めた。

気持ちが、通じたんだ。


それだけのことだけど、すごく
たまらなく嬉しくて私は彼がさっき
歌っていたハモりのパートを
彼の声に重ねた。


あぁ、こんなにも誰かと一つの
歌を歌うことは、

楽しいんだ。


いつも海辺で私の声だけで、
私の世界だけで、音を奏でているのが
楽しかったけど。

誰か、がいるだけでこんなにも
心が温まる、一人では感じることの
できない想い。


でもきっと“誰か”ではなくて
“彼”だったから、なんだと思う。




すぅ、と最後の音の余韻を
十分に確かめて、彼に微笑んだ。


表情はあまり顔に出ないほうなのか、
さっきまでとは何ら変わらない
ように見える。

この人は、何者だろうか。


「歌ってくれて、ありがとう。
 すごく気持ちよかった」


誰かの歌を聴いてここまで
歌というものに感謝を
覚えたことはない。

きっとこの感情が、感動、と
いうものなんだろうな。


こんな感情を持ったのは
いつぶりだろう。



「……名前」


「あ、神崎悠って言います。
 あなたは?」


「氷室玲央(ヒムロレオ)」


私の名前を聞いても何も
反応を見せなかったってことは。

よかった、名前知られてなかった。

ってこんなところにいる人にまで
知られてるわけないか。



「玲央、さん。……歌は好き?」


「好き。君の歌も、好き」


一言一言、単語だけを話すように
変わったしゃべり方をする玲央さん。

なんだか、すごく面白い人だ。


「ありがとう。私も玲央さんの声、
 すごく好き。音楽何かやってるの?」

「コントラバス」

「本当に?すごい!今度聞きたいな。
 音楽活動かなんかで?」


コントラバスをやってるってことは、
吹奏楽かなんかをやっているんだと
すぐに思ったけど、

玲央さんはゆっくり首を横に振った。



どうゆうことかと首を
傾げて見せると。


「趣味の一つでやってる」


ってことは、私と似たような
感じかもしれない。

私も集団の世界に属している
わけでもなく、自分の音楽を
好きなように楽しんでいるだけ。


「そうなんだ。私も同じです」


少しずつ、親近感が深まっていく
のを嬉しく感じた。

玲央さんから海に視線をずらして、
海に浮かぶ光を眺める。


本当に、今日も綺麗……



「何歳?」


しばらく海を眺めていると、
先に口を開いたのは玲央さん。

その言葉に彼に視線を戻した。


「16です。早生まれなんで
 高2になるけど。玲央さんは?」

「19。12月で20になる」


年齢相応とまではいかないけど、
何となく納得した。

もっと大人っぽい雰囲気だけど
しゃべり方は片言で子供っぽい
感じもするから。



それからしばらく私たちの
静かな会話は続いた。


私の住んでいる地名を口に
すると、彼もあまり遠くでは
ないことが分かった。

いつもここにいるわけではなく、
今日は本当にたまたまだった
らしいから、それも同じだと
微笑みあった。

ほんの少ししか話してないのに、
最初に感情を読めなかった表情も。

僅かだけど、きちんと
変化があることにも気付いた。


きちんと、笑えることも。



「コントラバス、今度聞かせてね。
 あ、じゃあ連絡先教えて?」


絶対にまたこの人の音楽に
触れたいから、そう言葉をかけて
携帯を取り出す。

それにつられて彼も同じように
携帯を目の前に出した、けど。


「やり方、分からない」


えぇええぇ!?

いまどき、そんな人本当に
いるんですね。

でもなんだか、それがこの人らしくて
あまり驚きはしなかった。


「じゃぁやってあげる。貸して?」


失礼します、と言って彼の
携帯を操作しだす。

私は機械にもかなり強くて
パソコンも携帯もいまどきの
i-Padなんかもすぐに
使いこなすことができた。


彼の携帯を開いて、まず
一番に聞きたいことが。



「あのー……何のために
 携帯持っているんでしょうか?」