青い春の音

作者/ 歌



第3音 (1)



「えっと……築茂、説明してくれない?」


困惑気味に春日井先生は、私じゃ話に
ならないとでも判断したのか、
橘、という男に助け船を求めた。


「それはこっちのセリフだ。
 どうしてただの待ち合わせにこいつが
 いるのか、説明しろ」


…そこまで、嫌わなくてもよくない?

嫌悪感剥き出しで私を睨み、尚且つ、
先輩であろう春日井先生に
命令口調で凶器とも言える声を出した。


この人、先輩にこんな口調で
やばいと思わないのかね?

え?私も馴れ馴れしい口調?

いやいや、私の場合は学校での
上下関係ではしっかり敬語ですよ。

ほら、今だって春日井“先生”だし!


……まぁ何はともあれ、何となく
この人が心を閉ざしてる、ってか部活内に
馴染めない理由がよく分かった。



「あぁ…ごめんごめん。俺さ今、
 この子、神崎悠さんの高校の吹奏楽部の
 トレーナーやってるんだよね。
 彼女は吹奏楽部じゃないんだけど、
 お前も知ってるだろ?彼女の噂は」


うっそー。

私ってそこまで名前知られてたの?
何かやだし、怖いんですが。


「で、それと今の状況がなぜ
 こうなるんだ」


全く理解できない、と言った様子で
薔薇のような刺々しいため息をついた。


ってか、本当に知ってたわけ?

否定しないってことは肯定だろうね、
この様子だと。



「なんだか俺のピアノをすごく
 気に入ってくれたみたいで。
 俺のが好きなら築茂のバイオリンも、
 すぐに気に入ると思ったから
 連れてきたんだよ」


それらしい理由を淡々と述べる
春日井先生は、視線だけで私に
頼む、と訴えてくる。

もちろんそれに背く理由はない。

大人しく黙ったまま、まだ納得できて
いないような表情で春日井先生を見る
橘築茂の横顔を見つめる。


「あっそ。どうでもいいけどな」


うわー感じ悪っ!

まぁ今に始まったことじゃないし、
これが今のこいつなんだから仕方ない。


「で、2人はどんな関係?」

「いや、1週間前くらいだったかな?
 私の家、中部にあるんですけど目の前が
 海で。たまたまその日、海に行ったら
 バイオリンを弾いている彼を見たんです」


今私たちがいる場所、私の高校や
春日井先生たちの大学は沖縄の南部、
つまり那覇市を中心とした賑わっている
ところである。

私の住んでいる場所は、沖縄の中部、
観光地で有名であり、数多くのリゾートホテルが
集まっているところだ。


だから実は、通うのが大変だったりする。



「へぇー…。まぁ一応、座ろうか」


ここで、未だに私と春日井先生は
橘の座っている机の横に立っていることに
気付いて。

どうぞ、とジェントルマンのように
椅子を促してくれる春日井先生に、
頭を軽く下げて、橘の前の席に座った。

その私の隣に春日井先生は腰掛け、
マスターに、いつもの二つ、と言って
話を戻した。


「でも築茂の家って中部じゃないよな?」


「あの時はたまたまあの辺に用があって
 ちょっと時間が出来たから
 弾いていただけだ。あれ以来、
 今日が会うのは初めてだしな」


橘っていう人の言ってることは最もだ。

よく海に行く私だけど、彼に会ったのは
あの日が初めてだったし、家が近くなら
もっと前にバイオリンの音が聞こえてくるはず。



「ふーん。まぁそれもそうだな。
 じゃあ神崎さんは、もうこいつのバイオリン、
 一回聞いているんだ?」


「あ、はい」


「どう思った?」


そう聞かれて、あの日のことを
ちらっと思い出す。

そーいえば私、めちゃめちゃ失礼なこと
言った気がする……。


「“もったいない”、“孤独の音をしている”
 って言われたが」

「もったいない?孤独の音?」


私が答えるよりも早く、橘の
氷河期のような冷たい瞳と、
挑発するような表情を見れば。

あの時、私が言った言葉を
物凄く根に持っていることが嫌って
言うほどに伝わってきた。


「あははー。あの時は大変失礼しましたっ」


乾いた笑いで一応謝罪の弁を
述べてみるが、表情は何一つ変わらない。



春日井先生だけが頭の上に
ハテナマークをたくさんつけて、
私と橘に交互に視線を送る。

うわ、なんか春日井先生に
ハテナマークとかそんな可愛い表現、
似合わないね。

いや、目の前にいるこの人物にも
縁のなさそうな言葉だ。


「でも私は事実を言葉にしただけですよ。
 思ったことをそのまま言いました」


私の次の言葉をじっと待つ2人に、
私は私の言葉を音にするだけ。


「この人のはとてもいいものを持っているのに、
 孤独の音をしているし、音楽を純粋に
 楽しめていないし、もったいないなって。
 バイオリンが可哀想だなって思いました」


自分の音がどんな音をしているのか、
自分の音を客観的に聞くことは、
音楽をやるうえでとても大切なこと。

それを知ったところで、初めて
自分の音を聞いている人の気持ちが
分かるんだから。


「……やっぱりすごい」


しばらくの沈黙の後、春日井先生が
感嘆の声を漏らした。


ちょ、ちょっと!

何でそんなキラキラした
目で見るんですか!

めちゃめちゃ眩しいし、キャラが…
春日井先生の爽やかなキャラが!


「マジですごい!本当に神崎さんに
 出会えてよかった…。しかも俺たちの
 音楽を聞いてもらえて!マジ嬉しい!」


えぇー…?今更ですか?

完全にキャラ崩壊してますよ。
女子高生がギャップ萌えとか言って、
鼻血出してぶっ倒れますよ。


「築茂もそう思うだろ?
 前に一度神崎さんに会ってみたいな
 って言ってたよな!?こんな近くに
 いたんだぜ!」


おいおいおいおい。

おいちょっと待てやこの野郎。
どうしてそこで橘までもが赤くして
視線を泳がすんだ。

気持ち悪いったらありゃしない。