青い春の音

作者/ 歌



第8音  (7)



そんな可愛い玲央はまだ爆睡中のため、
早く起こさなければ。


「玲央、そろそろやるから起きて!
 大和が勝ったら先だよー、おーい、
 起きろー」


だ、ダメだ。

いやね、なんというかぁ……たぶん私、
本気で起こす気がない。

あはっ。

だってだってだって!玲央の寝顔なんて
見ちゃったらそれはもう、可愛いすぎるんだよ!

とっても綺麗な顔してるし。

くそぅ、身長も高くて顔も綺麗で
それなのに仕草は可愛くて天然で……って
羨ましすぎる!


「悠、玲央はまだ起きないのか?」

「うーん、起こしたくない気もするっていうかぁ」

「何言ってんだお前!俺が勝ったから
 先にやるんだし、早く起こせ」


あら、いつの間にかじゃんけんは
終わっていたみたい。

でも本当に起きないんだよねー。


「れーおーくーん、起きてよー。
 起きないとこちょこちょしちゃうよー」


やったことないから玲央に効くかどうか
分からないけど、言ってみた。

それでも起きないので。


「おりゃー!玲央ー!起きろー!」


大声で叫びながら玲央のお腹を
くすぐってやる、と。


ぐいっとくすぐっていたはずの手が
引っ張られて、態勢が……ん?


これはまさかぁ……やばくね?





なぜか、私の背中にソファがあり
上に玲央が圧し掛かっていて………
下敷きにされてます。


ちょ、重い!



「玲央!何やってんだてめぇ!」


いち早くことの重大さに気づき、
私から玲央を引きはがした声の主は
紛れもない、大和。

あー大和さん、助かりました。


「レオレオってそんな積極的なこと
 やれるやつだったのか!?悠にはダメだ!
 悠は絶対にダメ!」

「もちろん、お前もダメだからな」


玲央に向かって叫んだ空雅を築茂の
言葉が仕留める。


「神崎さん、大丈夫?」


眉を下げて心配そうに私の手をひいた
荻原先輩にお礼を言って立ち上がった。


「あー、びっくりしたぁ」

「全然びっくりしてるようには見えなかったけど。
 悠さ、危機感っていうものを知らないでしょ?」


煌の声も表情も怒っている様子はなく
とても静かなのに、きり、と
胸倉をつかまれている気持ちになった。

この様子は、確実に怒っている。


「どうして私が怒られるのでしょうか?」

「別に怒っていない。確かに今のはこいつが
 悪い。あと悠が玲央を起こす姿を
 見ていながら何もしなかった俺たちも」


なるほど。

今の煌の心中にある怒りの半分は、
自分に対してのものなんだ。



「ううん、私がごめんなさい。いくら心を
 許してる玲央でも男と女だもんね。
 これからは十分に気を付けるよ」



本当は。


男とか女とか襲うとか気を付けるとか、
どうだっていい。

でも今からずっと楽しみにしていた
アンサンブルをやるんだから、
ここでもめ事を起こすわけにはいかない。

なら、私が一歩引けば、事は丸く収まる。



「……分かってくれてよかったよ。
 俺のほうこそごめんね。さぁ、始めようか!」


煌も気持ちを切り替えてくれたみたいで、
生のいい声を発した。



ようやく玲央も頭が目覚めたようで、
大和を中心にその他もろもろの方々から
こっぴどくお叱りを頂き。

素直に「ごめん……」と子猫のように
謝ってきたので、即許しました。


「軽すぎるだろ」

「何のことかな?さぁ、始めましょう!」


私よりもずっと私の心配をしていたらしい
大和は、軽蔑の眼差しを送ってきたけど、
跳ね返した。


それぞれ、楽器を出して少し音だしや
チューニングをして慣らす。

その様子も観客である4人は静かに見ていた。

見られているとちょっとやりづらい気も
するけど、どんな舞台でも堂々と胸を張らなければ。


しばらくして、音がぴたりとやみ、
静寂だけが降り積もった。


2人に視線を送ると、微かに微笑みを浮かべながら
首を縦に振ったことを確かめると。

観客である4人にお辞儀をする。

上体を起こして玲央と目を合わせれば、
少しの間を置いて、コントラバスの低い、
重圧感のある音が響き渡った。


玲央の音に寄り添うように私も優しく、
弓を引いて音を奏でる。

そこに大和の優雅なサックスのメロディ。


細かい音符は走りまわり、長い音符は
美しく歌う。



ふと、閉じていた瞼の裏で感じるのは。



星降るコントラバスに心舞い上がらせる
バイオリン、きらめくサックス。

私の心を揺さぶって揺さぶって
心のありかを教える。

あぁ、鳴り止まないで。
力強いメロディ。



ゆっくり瞼を開けば、まだ体は最後の音の
余韻を感じていた。




すると、一つ、拍手の音が弾けると、
つられて二つ、また三つと増えて行った。

ソファに座り演奏を聞き終えた4人が
私たちへ贈ってくれているもの。


不思議と、胸が熱くなった。



「……すっげぇ!めっちゃすげぇよ!
 超うまかったし、なんていうか、
 うまくいえないけど、感動した!」


「うん、想像以上によくてびっくりしたなぁ。
 とてもいい演奏だった」


「まぁ、上出来だろう」


「素敵な演奏を、ありがとう。……大和の
 音色は成長しても温かいのは変わらないな」



4人の口からそれぞれの感想が自然に
零れていて、優しい雰囲気で包まれていた。


何よりも。


一番最後の荻原先輩の言葉が、すっと
心に入り込んできて。

大和を見てみると、照れくさそうにそっぽを
向きながらも、すごく嬉しそう。

素直じゃないなぁ。


玲央もきっと今までに感じたことのないものを
得られているような、そんな表情だった。

拍手なんてものを想像していなかったのか、
少し困惑の色を見せながらもその瞳には
しっかり、達成感が溢れている。


そんな2人の表情が見られたことも、
こうして聴いてくれていた人たちに
感動を与えられたことも。

音楽をするうえで、すごく、幸せなこと。



「聞いてくれてありがとう」


終わりの一礼をゆっくり起こしてから、
高鳴る胸を抑えながら感謝の気持ちを伝えた。


「吹いててめっちゃ楽しかったよな、悠」

「うん、とっても!玲央も楽しかったでしょ?」

「ん。気持ちかった」


自分たちが楽しめて、観客も楽しませられる、
これも音楽の楽しさ。